銀河漂流教室

春菊も追加で

Track.1 アンコール

「うっひょー、超砂漠じゃん!」


「本当。完膚なきまでの砂漠ね」


 三階から落っこちそうなほど身を乗り出しているあたしの感想に、隣に立つ委員長は同じように風景を眺めながらそう返した。


 教室の外から見える景色は、三日前は辺り一面の氷だった。六日前はジャングルの真ん中で、九日前は銃弾飛び交う戦地。


 ――で、今は先の会話の通り、見渡す限りの砂の海にいる。


「でも、どうして金沢さんはこんな場所で『卒業』しようと思ったの?」


「ん? なんか、来世では石油王と結婚したいらしいよ。アラビアンな生活するんだって息巻いてた」


「そうなんだ。この暑いのによくやるわねえ」


 キャンパスノートを団扇代わりにしてパタパタ仰ぎながら、委員長は砂漠の真ん中を悠然と歩くラクダと、その背に乗っている制服姿の背中を見やる。彼女は金沢さんといって、この教室で半年ほど、あたしたちと過ごした少女だった。


「金沢さん、お達者に! 次の人生でも元気でね!」


 あたしが大きな声で呼びかけると、マントに身を包んだ金沢さんは振り返り、こちらに向かって大きく手を振る。校内に消防ベルの音がけたたましく鳴り響いたのは、それと同時だった。


「千歳、窓閉めよう。そろそろ校舎が出発する」


 委員長に促され、あたしは身体を引っ込めて窓を閉める。しばらくして、走る地下鉄の中から眺める様に、窓外の景色が高速で流れ出す。



 校舎が、亜空間の移動を開始したのだ。



「それにしても」あたしは振り向き、教室内を見渡した。机の数が、ここ数週間で随分と減っている。「結構『卒業』しちゃったね、生徒も」


 場に流れる、何だか少ししんみりした空気。


 それを切り替えようとしたのか、委員長はパンと両手を叩いた。


「でも、また増えるよ。――泰平の世でも戦乱でも、人は変わらず、絶えず死んでいるんだから」


「そうだね」


 委員長の言う通りだった。どんな時代でも人は死ぬ。だから、しばらくすればまた、新入生がこの『銀河漂流教室』に大勢やってくるだろう。


「さ、次はいよいよ千歳が『卒業』する番ね」


 藪を突いてしまった。それに気付いて、あたしは露骨に嫌そうな表情を浮かべた。


「えー、あたしはいいよー」


「よくないわよ! こんな場所にいつまでもダラダラと居ても仕方ないじゃない!」


 唇を尖らせるあたしに、委員長はグッと顔を近付ける。


「千歳が転生してくれないと、私も安心して『卒業』出来ないからね。――あなたにも生きたいと思える次の人生、絶対に見つけてもらうわよ!」


 へいへい。あたしはいつも通り、気のない返事を委員長に返した。



* * * * *



 銀河漂流教室。


 この学校は、生徒であるあたしたちにはそう呼ばれていた。もう何十年も前に『卒業』した生徒が名付けたもので、彼が去ってしまった後も代々、名前が受け継がれていた。



 死者の通うこの学校を後にし、現世に転生することを『卒業』という。


 銀河漂流教室に『生徒』としてやって来た死者たちは、亡くなった時の年齢や時代に関係なく、みんな十代半ばの容姿で、制服姿でここに居る。


 教室は三日毎に移動して、現世のどこかに漂着する。生きている人たちからは、あたしたち『生徒』や学校の存在を知覚することが出来ない。


 学校が現世に顕現している間、『生徒』は自由に校外に出られる。そして、その場所で次の人生を生きたいと感じたら、学校に戻らずにその地に滞在し、何処かの女性のお腹の中で赤子の姿で生れ落ちるまで眠りにつく。


 期限の三日が過ぎたら銀河漂流教室は死者を乗せ、また、世界のどこかに向けて漂流を開始する。



 あたし、灰羽はいばね千歳ちとせが『生徒』として銀河漂流教室に入学したのは三年ほど前のことになる。


 新しい人生を生きる気は、――今のところない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る