第11回 「平行戦」
ナキは地面を蹴り、三人との間合いを一気に詰めようとした。
「させねぇよ!」
すかさずヴォイドが杖を向ける。杖の先から拳大の火球がいくつも生成され、ナキに放たれた。後退し、距離を取る。牽制の目的のためか、火球は正確さを欠いていたようで、放射状に広がり、当たらなかった。
「チッ、避けたか」
「お前の狙いがヘタクソなだけだ」
「何だと、ならナイルがやれよ」
「遠慮する。無駄な魔力は使わん。前衛はお前がやれ。顔から前衛だと滲み出ている」
「あぁ?」
「二人ともぉ、やめてよね」
……私を前にして仲間内で言い争っている。
ナキはその隙を見逃さず、再び距離を詰めた。
「ほら、来たぞ」
「うるせぇよ!」
ヴォイドの火球が飛んでくる。眼前にそれが迫った瞬間、杖で地面を強く叩いた。土煙が巻き上がる。ナキは身を低くし、火球を凌ぐと、割った地面から拾った小石を投げた。
「うぉっ」
ヴォイドが火球を放つ音が聞こえた。釣られたな。そう思うとナキは土煙から飛び出した。
「馬鹿がっ!」
しかし、事前に予測していたのか、ナイルが杖を向ける。
「もう!」
ドラナも同時に杖を向けていた。ナイルの杖から逆巻く突風が、ドラナからは雷球が放たれた。ヴォイドとは違い、狙いも正確だ。しかし、躱せる。ギリギリまで引き付け、すんでのところで横に飛んだ。
ドガッ!
背後の木々に着弾した。受け身を取りつつ、後ろを見る。ナイルの風は、木をズタズタに切り裂き、ドラナの雷球は、木を砕き、そして燃やしていた。ナイルが感心したような素振りで口を開いた。
「よく動けるな。てっきり魔法中心に戦う冒険者だと思っていたぜ」
「……」
戦いの最中に相手に話しかけてくる。数的有利とはいえ、油断しすぎでは。ナキは彼らのことを実戦を通して、徐々に分かってきていた。
「なら、今度は避けられないやつ、やれば良いんじゃない?」
「あぁ、そうだな。ヴォイド、アレやるぞ」
「ふん、わあったよ」
三人は目配せをすると一斉に飛び出し、ナキを取り囲んだ。連携か。
「いくぞ、合技!
ナイルの号令と共に三人が同時に魔法を放った。ナキは目を見張った。ドラナは雷球だけでなく、さらに水流も打ち出していた。圧縮された糸のように細い水流、威力が段違いだ。
ドォンッ!!
三人の取り囲んだ中心に激しい爆発が起こった。
「直撃だな」
「意外と大したことなかったね」
「なら、さっさとテンヤのところに向かおう」
三人はその場を立ち去ろうとした。
「……今ので最後ですか?」
その言葉を聞いて、三人は一斉に振り返った。爆発の
「こりゃ、驚いた。まさか
ナキは燃えるような金色の瞳で三人を睨んだ。
「その返答は間違いですよナイル。あなたが言うべきだったのは、何故、俺達の今の隙を狙わなかったのか? です」
ナイルは眉間に皺を寄せた。
「はぁ?」
その反応でナキは確信した。彼らの実力を正確に理解した。
「理解できないのでしたら結構。それがあなた方の程度というものですよ」
ヴォイドが唸り、拳を合わせた。
「煽ってんのか?」
「えぇ」
ナキはわざと嘲るような口調で返した。その瞬間、ヴォイドは顔を真っ赤にして突撃してきた。いや、本当に真っ赤になっている。顔だけでなく全身が。体に火を纏わせた突進か。こんな技もあったのか。
「うおぉぉ!!」
ナキは嘆息した。そして杖をヴォイドへ向けた。
「魔力は使いたくなかったのですが、良いでしょう」
――パキンッ!
杖の先から放たれた冷気は、ヴォイドの纏う炎ごと、氷漬けにした。氷の中で虚しく燃え続けるヴォイドは僅かに動く目だけを右往左往させている。
「燃える突進に一体何の意味があるのですか?」
「ぐっっ!」
ナイルとドラナは苦渋の表情を見せている。畳み掛けよう。
「私は普段、戦いの最中に必要なこと以外は喋らないようにしているのですが、今回は特別に、あなた方に合わせて不必要なことも喋ります」
「クソがッ!」
ナイルが突風を放つ。ナキは目の前に瞬時に氷の壁を作り出し、それを防いだ。
「クソッ……
「あなた達の魔法は私には通用しない。私の氷は岩より硬く、剣のように鋭い。対してあなた達の魔法は見た目通りの威力。練度が違います。褒めるところがあるとすれば、体術が
「ぐぅぅっ!」
ナイルはどんどんと頭に血を昇らせているようだ。ドラナといえば苛立っているが、幾分落ち着いている。この女が一番出来る。
「なら、こいつはどうだ!」
ナイルが杖を向ける。杖の先から風が発生し、みるみる大きくなり、竜巻と化した。建物ほどの高さの竜巻は小石や枝葉を巻き込んで向かってくる。ナキは杖をナイルに向けた。氷の礫をいくつも生成し、勢いよく射出した。礫は竜巻をものともせず飛び越え、一直線にナイルへ殺到した。
「ぐわぁぁ!!」
ナイルはもんどり打って倒れ込んだ。各部の関節を狙った。これで暫くは動けない。竜巻は虚しく霧散した。
「本物の竜巻の方がよっぽど恐ろしいですね」
残るは一人。ナキはドラナへと視線を移した。
「ナキちゃん、私ね、勝てない勝負はしない主義なんだよね」
そう言ってドラナは杖を投げた。
「そうですか。賢明ですね」
「それにしても、凄く強いんだね。びっくりしちゃった」
ナキは杖をゆっくりとドラナへ向けた。
「え、なんで?」
「上、気にした方がいいですよ」
「……はっ!」
ドラナが上を見た瞬間、氷の塊を落とした。頭に硬い氷を食らったドラナは、糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちた。ナキはドラナへと近寄り、懐を漁った。
「やっぱり」
ドラナは杖を二つ持っていた。
「連携魔法を使った時、私が見ていないとでも思っていたのですか?」
ナキは杖を折り、投げ捨てた。そしてナイルとドラナの両手足に氷の鎖をつけた。オルオのもたらした情報のお陰で有利に進められた。魔力も多少使いはしたが、充分余力はある。上出来だ。
「最後に、あなた方は異世界人テンヤに加担し、ハイシを混乱に陥れた。今日あなた方が負けたのは、その際限のない
ナキは彼らの様子を見て頭を掻いた。
「そういえば皆聞こえませんでしたね。やはり、慣れないことはするものではないですね」
ふと空を見上げた。すると、狼煙が目に入った。
「マイオと村人達がやってくれたのですね。急がねば」
ナキは平野へと走った。
なんとか体の自由を取り戻さないと……!
そう思ったが、どうすりゃいいんだ? とりあえずこう言う時は……集中だ。体の感覚をものにするんだ。そしてテンヤから流れ込んでくる感情を切る。
…………駄目だぁ。出来ない。何でだ、どうして出来ない。このままじゃ街を壊してしまう!
「不思議だなァ、お前からは楽しさと怒り、両方を感じるぜ。どっちなんだ? 力を解放するのが楽しいのか、それとも仲間を人質に取られているのが気にくわねぇのか」
「俺は、あんたをぶっ飛ばせるのが楽しみだね」
「ははぁ、言うねぇ」
違う。……そうだ、俺はこいつに一言文句を言いたかったんだ。
その時、これまでの出来事が脳内を駆け巡った。
初めてこの世界に来た時のこと。
冒険者になれなかったこと。
路地裏で見た遺体。
ナキとの出会い、そしてハイシの現状。燃えた村。
このままじゃ終われない。俺が、ここで過ごして、感じた思いをこいつにぶつける。そして、勝つんだ。
「…………ぐぅッッ! あぁァァ!!」
口を無理やり動かした。血の味がする。口内が切れたが、気にしてる場合じゃない。腕に力が入らず、短剣を取り落とした。様子を変えた俺に、テンヤは機敏に反応し、距離を取った。緑光が激しく揺らぐ。きっと操れるはずだ。俺がテンヤの感情に負けなければいいんだ。負けないくらいの感情、今ら俺が出せるのは、テンヤに対する怒りだ。
「うぅアッ! あんた……に、オれは! ……言いたいこト、があんだよ」
「ハハ、お前大丈夫か?」
「ハァ……ハァ……」
体を埋め尽くしていた多幸感が少しずつ抜けていくのを感じる。俺の意思でやり遂げるんだ、必ず。
「あんた、ムカつくんだよ。少しは他人のこと、考えたらどうなんだ! 俺はあんたのせいで散々苦労した! 俺だけじゃないハイシの人、みんなだ」
「……はぁ? 魔法の使いすぎで頭がおかしくなったのか?」
「いいや、マトモだね。今一番マトモだ」
「あのなぁ、俺に文句言いたきゃ、勝ってからにしろよな。俺より弱い奴の言うことは、聞かん」
ホントにこいつは……。もういいや。
「俺はなぁ、ガッカリしたんだよ! こんなの、こんなの望んでた異世界じゃない! 俺だって夢みたかった。それを壊しやがって。許さねぇ」
テンヤは目を見開いた。
「フンッ、それが本心か。お前も俺と同じじゃないか」
「そうかもな。でもな、俺はあんたみたいに、他人を昔の自分と重ねて痛ぶったりしない」
テンヤの額に青筋が走る。地雷を踏んだか。
「どういう意味だ」
「……あぁ、言ってやるよ。あんたが弱者を過剰に嫌悪するのは、昔の弱かった自分を思い出すからだ。苦い記憶は消したいもんなぁ。分かるよ」
それを聞いたテンヤは顔を下げた。その瞬間、どろりと黒い
「もう、喋らなくていいぞ。……お前は必ず殺してやる」
テンヤが剣を落とした。そして魔力は瞬く間に四つの属性へとその姿を変えた。右手には炎、左手には水、右足には風、左足には雷。これが本気なのか……。見た目の威圧感もそうだが、またさらに魔力が増加している。まばたきをした、ほんのひととき、テンヤの姿は消えた。
「えっ?」
次の瞬間、上空から強烈な光線が俺を襲った。その圧力に押され、地面にゆっくりと、しかし確実に沈んでいく。地面が消滅していってる……!
だが、怯む訳にはいかない。ここで必ず、倒すんだ!
そう覚悟を決めた時、頭の中が
「今まで随分と好きにやってきたな! でもな、ここはあんたのご褒美の場所なんかじゃない!」
「そうかよ!」
光線が止んだ。テンヤがゆっくりと地上へと降りてくる。俺は巨大なクレーターの中心に立っていた。
「俺があんたのこれまでを否定してやる」
「へぇ、防御しか出来ないその魔法でどうする?」
テンヤがせせら笑う。
そんなの関係ない。とにかく、一発入れてやる。
テンヤが右手を差し向ける。掌から爆炎が放たれ、俺に襲い掛かる。周囲が炎で包まれ、何も見えない。これに乗じて何か仕掛けるつもりか。上等だ。迎え撃ってやる。どうせ緑光で効かないんだ。腰を低くして身構える。微妙な炎の揺らぎを目の端で捉えた。その瞬間、背後からテンヤが現れた。俺はすかさず上体を捻り、拳をテンヤの顔めがけて打ち込んだ。しかし、テンヤは予期していたのか、器用にも俺の拳にぶつかるように自らのパンチを合わせた。
クソッ、ナメやがって。
拳が重なり、互いの魔力がぶつかり合う。爆炎が一瞬で消えるほどの衝撃が発生する。
「……!?」
その時の違和感は多分、テンヤも感じていたはずだ。ほとんどダメージがないはずのテンヤが、その時初めて、片膝をついた。
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