第3回 「反異世界人同盟」

 『反異世界人同盟』なんて、訳の分からない組織名に思わず吹き出したその翌日、俺は件の同盟が有するアジトに来ていた。

 アジトといっても、至って普通の民家だった。

 ハイシの領内にある村で牧場を営むマドロ家、その母家おもやにある地下室に俺は案内された。ナキ曰く、同盟はこのようなアジトをいくつも持っているそうだ。

 地下室には先客がいた。

 豪奢な礼服に身を包んだ老人が座っていた。

 銀縁ぎんぶちの眼鏡、髪をオールバックに整えた身綺麗な老人だ。彼は俺とナキを見ると、目を細めた。

「ナキ君、ご苦労だったね。彼がそうなのかい?」

「はい。ゴードン。既に泉での儀式も済ませ、魔力を得ています」

「それは、素晴らしい! さぁ、二人ともかけてくれ。」

 促されるまま、俺は老人の向かい、テーブルを挟んだ木製の椅子に腰掛けた。少しぐらつく。ナキは俺の隣に座った。さっきから緊張が解けない。同盟が危険な集まりかどうかまだ判断がつかない。悪い想像ばかりが俺の中に広がっている。

「申し遅れたね。私はゴードン・リンドバーグ。この『反異世界人同盟』の長を務めている。オミヒト君、君のことは聞いているよ」

 そう言ってゴードン・リンドバーグは手を差し出した。俺はその手に恐る恐る応じた。しばらくの間は、これまでの経緯を確認も兼ねて話した。ゴードンさんは、話し言葉や所作一つをとっても気品と優しさに溢れていた。彼は同盟の長の他に、どこぞの偉い立場としての顔も持っているそう(はっきりとは教えてくれなかった)で、身綺麗な理由が伺えた。


「さて、改めて君に異世界人テンヤの討伐を依頼したい。頼まれてくれるかな?」

 俺はゆっくりと首肯しゅこうした。

「よろしい。ナキ君には手段は問わないと伝えているが、我々が成したいのは、つまるところ『テンヤの無力化』だ。失脚しっきゃくさせるもよし、実力行使で退けるもよし。方法は君達に任せる。我々も人手不足でね、しかし、出来るだけの支援はするつもりだ」

 ナキは黙ってやりとりを聞いていた。その無表情な顔からは感情を読み取れない。方法は任せる、といっても恐らくナキが具体的な作戦を考えることになるだろう。今までを踏まえると、きっと荒っぽい手段をとるに違いない。俺ができるのはナキの策の間隙かんげきを縫ってなんとか穏便にできないか動くことだろう。

「報酬は、今後の君の生活の支援を同盟が全面的に行うこと。もちろん成功報酬としてまとまった金額も渡す予定だ」

「あの、一つ聞いてもいいですか?」

 ゴードンさんは頷いた。

「テンヤと同じ異世界人の俺を信頼していいんですか? 作戦もアジトの場所も俺に教えて、おまけに魔力まで授けて……。お言葉ですが、同盟の目的と合わないんじゃないかと……」

 ゴードンさんは俺の言葉を聞いて笑った。自分でも変なことを言っているのは分かっていた。ただ、確かめたかった。

「確かに、君の言う通りだ。異世界人に反対するのに、その一方で異世界人を組織に取り込む。おかしな話だ。ただ、君と実際に会ってみて信用に足る人物だと私は感じた。だから協力を申し入れた。ナキ君も私と同じだろう」

 ナキはゴードンさんから話を振られると「ふんっ」と鼻を鳴らした。自分が認められているようで嬉しかったが、話をうまく逸らされた。見え透いたお世辞だ。事実、ゴードンさんの目は笑ってないように見えた。

「う……それはあくまでゴードンさんの個人のお話ですよね。その、組織として大丈夫なんですか?」

「ハハ、そうだね。オミヒト君はそこが解せないようだね。よろしい。では私が君を信頼する証として話すとしよう」

 ゴードンさんは軽く咳払いをした。

「同盟の長の立場から言わせてもらうと、君は完全に信用されているわけではない。君に明かしたのはほんの一部だ。魔力も我々が管理している泉から授かったもの。その気になればすぐに没収できる」

 薄々そうなんじゃないかと思っていたが、実際に言われると結構キツイな。

「反異世界人同盟はその名の通り、異世界人の排除を目的とした組織だが、君のような異世界人を使うのには訳がある。もちろん、今回の策に納得がいかない者達もいる。だから申し訳ないが、私とナキ君、そして数名の同盟の支援者しか君は会うことができない」

 同盟も一枚岩じゃないのか。どおりで大変そうな任務なのに、人手不足を理由にして俺とナキしか実行メンバーがいない訳だ。

「さて、異世界人は我々、大衆市民と比べて圧倒的な力を持っている。君のような非力な存在はまれで、彼らは何処から来たのか、何の目的があるのか全くの不明のまま、凄まじい魔力を持って世界中を闊歩かっぽし、混乱を招いている。反異世界人同盟が結成されたのも、そうした不条理な存在である異世界人を認識したからだ。だが、同盟は異世界人に対抗する活動を続ける中で、ある結論に辿り着いた。それは、異世界人には異世界人しか対処できないということだ」

「どういうことですか?」

「うむ。異世界人は魔力を持っているだろう? 君も泉から魔力を得た。……しかしね、普通の人間は魔力など持っていないのだよ。その身に宿すことさえできない。それが大きな理由だ。例え暴力に訴えたとしても、彼らの強大な魔力の前では全てが塵に等しい」

「魔力を持ってない? 本当ですか?」

「本当だ。現に我々が授けの泉に入り、祈っても魔力を得ることはついぞなかった。誰一人としてね。君達、異世界人は……特別なんだ」

 テンヤが、いや、異世界人が恐れられているのはそういうことが理由か。

「これが、私が君にテンヤ討伐を依頼した背景だ。これでいいかな?」

「ええ。充分です。わざわざ話してくれてありがとうございます」

 溜息でもつきたい気分だった。想像していた以上に、俺を取り巻く状況は深刻になっている。いや、元々この世界が詰みかけてる。異世界人とこの世界の人々には深い溝がある。その只中に俺は放り込まれてしまったようだ。俺も最初からとんでもない魔力があれば、強者の側に立てて、こんな苦労はきっとしなかっただろう。クソッ、甘い汁吸えて羨ましいぜ。はぁ、折角ならもっと夢のある異世界に行きたかったなぁ。






「では、後は頼むよ、ナキ君」

 そう言って、ゴードンさんは足早に出て行った。同盟の長と権力者の立場、二足の草鞋わらじで忙しいんだろう。

 地下室にはナキと俺が残された。ナキは椅子から立ち上がり、壁にかけてあった自分の杖を取った。

「食事の時間まで訓練をしましょう。あなたの魔力がいかほどのものか測らなくては」

「あぁ……」

「随分と覇気のない返事ですね。まぁ、怖気付おじけづくのも無理はありません。あなたの双肩そうけんにはハイシの命運がかかっていますからね」

「……他人事みたいだな」

 ナキは頬を膨らませた。俺の発言が気に障ったらしい。棘があったのは確かだけど。

「もちろん、あなただけに重荷を背負わせるつもりはありません。私も共にテンヤと戦います。あなたはただ、私が言われた通りに動けばいいのです。それに、悪いことばかりではありませんよ」

「そうなのか? とんでもないことに巻き込まれたと思ってるんだけど」

「あなたの魔力、同盟の管理下にあるとはいえ、それを使いこなせれば、この世界を生き抜くことなど造作もないでしょう」

 確かに一理あるかも。そうか、魔力を完全に扱えるようになれば、同盟を出し抜いておさらばできるかもしれない。まぁいつになるかは分からないけど。

「分かった。やるよ。乗りかかった船だ。それに借りを返さないとな。すまん、悪く言って」

「構いませんよ。ではさっさと行きましょう。時間が惜しいです」

 俺はナキの後を追って地下室の軋む階段を登った。






 オミヒトと反異世界人同盟が密会していた頃、渦中の人物、異世界人『テンヤ』は、深い森の奥、竜の巣にて手負いのワイバーンと対峙していた。

 数日前、テンヤはワイバーンを追い、手傷を与えた。その後、逃げたワイバーンの捜索を続け、ついに寝ぐらを見つけた。

 「テンヤ、気をつけろ! こいつは並の魔物じゃねぇぞ!」

 仲間の一人が騒いだ。テンヤはその雑音を気にすることなく、剣を構えた。ワイバーンは周囲を警戒している。近づくのは容易ではない。しかしそれは普通の人間の場合だ。

 テンヤは出し抜けに大きく踏み込み、間合いを一気に詰めた。ワイバーンが吠える。その強烈な咆哮が竜の巣に響き渡る。ダメージがあることを全く感じさせない勢いと殺気。しかし、テンヤは自らが与えた、ワイバーンの傷の深さをよく分かっていた。


 こいつはもう何も出来ない。


 事実、ワイバーンの動きにはキレが無かった。薄暗がりの巣の中に、怪しく光る青い眼球は精細を欠き、テンヤの姿を追いきれていない。

 ワイバーンの反応を超えた速度で剣を振るう。

 斬りかかる直前、ぼんやりとその鳴き声が、かつて暮らしていた世界の子犬に似ているなとテンヤは思った。


「流石ねぇ、テンヤ。ワイバーンを狩るなんて」

 仲間たちが次々にテンヤに賛辞の言葉を投げる。テンプレ通りの美辞麗句びじれいく。しかし、テンヤの耳には届いていない。

 事切れたワイバーンを足蹴にして、テンヤは大きく溜息をついた。

「こんなもんか。つまんねぇなぁ」

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