蜥蜴と人形
鈴宮縁
初日
人形遊びに飽きたのはいつだったかな。
幼稚園のうちには飽きてしまったんだったかなぁ。
でも、お人形のようにかわいい女の子で着せ替え遊びをしたいという気持ちが同時に芽生え始めた、それだけは確か。
昼13時のファミリーレストランは少し混雑していた。
私の目の前には、私に微塵の興味も無さそうにハンバーグを食べる女の子がいる。かわいらしい女の子が。
二重でぱっちりした茶色い目はずっと下を向いていて、まだじっくりとその虹彩は観察できていない。でも、他はじっくりと観察できる。彼女の黒髪はボサボサな上にパサついている。ノーメイク。荒れた肌。よれよれの白いTシャツ、色褪せたジーパンに、黒のサンダル。
「もったいなぁい……」
思わず、そんな声が漏れてしまうほどに彼女の素材の無駄づかいはひどかった。彼女はハンバーグから私へとわずかに視線をずらすと、不思議そうに言った。
「なにが? 残さず食べてるけど」
「ハンバーグじゃなくて! 君のことよ」
「あたし?」
「そう、こんなにかわいいのに、それを活かしきれてないのよ」
めんどくさそうに眉間にシワを寄せた彼女に続けて言う。
「ねえ、私に君のこと着飾らせてくれない?」
彼女の眉間のシワが一層深くなる。
「そんなことしてる暇ないんだけど」
「えぇ〜そうなの? さっきまで暇そうだったじゃない」
図星だったのか、彼女は小さく舌打ちをする。
そう、彼女はとても暇そうだった。道端の、自動販売機の下に手を突っ込んでいた。そして、そのとき一瞬見えた彼女のポテンシャルに私が一目惚れして、ナンパしたようなもの。そこにホイホイついてきたのだから、暇じゃないなんてことはない。
もう言い訳を思いつかなくなったのか、彼女は大きくため息を吐いた。
「それ相応の見返りがあればいいよ」
「もちろんよ! なんでも言って、現実的なものならなんだって提供するわ」
「じゃ、あたしのこと養って」
「いいわよ! じゃあ決まりね」
養うくらいどうってことない。なんならまあまあ遊んで暮らしたって問題はない。私が稼げばいいだけだもの。
「養ってもらえるなんてラッキー、あたし
「真白ね! 私は
ファミレスを出て、私の家に彼女を連れて行く。
小さな一軒家。叔母が再婚したときに私に譲ってくれた二階建ての家。
とりあえず二階の空き部屋に真白を住ませよう、と考える。ただ、誰かが泊まりに来るわけでもないから布団もない。今日はとりあえずソファで寝てもらおう。
どうやらつい最近親に家を追い出されたらしい真白は「ようやく屋根の下で暮らせる!」と喜んでいるし、きっとソファで寝ることに文句は言わないだろう。
さて、ベッドはあとでゆっくり探すとして、まずは真白のことをぴっかぴかに磨かなきゃ。
「じゃあ、さっそくお風呂入ろっか」
「やったー! 久しぶりの風呂!」
私に連れられて風呂場に来た真白は、躊躇なく服を脱いでいく。しかし、私も脱ぎ始めると怪訝そうな顔をした。
「一緒に入るの?」
「うん、まずは真白のこと磨かないと着せ替えのしようがないもの!」
「い、嫌だよ」
「じゃあ。仕方ないわ。真白を着せ替えられないなら真白を養うのも……」
「ああ! わかったわかった! いいよ、好きにして」
不服そうではあるけれど、真白は受け入れてくれた。
ひとまず今日は家にあるもので丁寧に真白を洗っていくことにした。本当は真白の肌やら髪やらとの相性を調べ尽くした上で、ピッタリなものを使いたいけれど。
頭から爪先まで、丁寧に丁寧に洗う。
腰まである髪は不揃いで、あとで予約するためにいくつかの美容院の候補を頭の中に思い浮かべた。
腕や脚は細く、胸もない。良く言えば華奢、悪く言えば不健康。バランスの良い食事も取らせなきゃいけない。
そんなことを考えていると、
「ね、ねえ、自分で洗えるから」
「真白」
真っ赤な顔で磨かれることを拒否しようとする真白に微笑みかけると、彼女は大人しくなった。拒否権などない、それをきちんと理解していてえらい。
彼女の肌は荒れに荒れていた。
髪もゴワゴワしていた。
一度、真白を湯船に入れて、今度は自分の番。ゆっくり洗いながら、真白について考える。
真白は磨けば、名前の通り白くてふわふわぴかぴかした肌になるに決まっている。絹のようなサラサラとした黒髪になるに決まっている。
これから何日も、必要なら何年もかけて、そうなるように綺麗に磨いていかなきゃ。
私は一人、そう決意した。
その思考を遮るように真白の声がする。
「ねえ」
「どうしたの?」
「なんであたしのこと養ってまで着飾りたいわけ?」
真白は訝しげに私を見上げる。
私は笑って質問に答える。
「理想の子をずっと探してただけよ」
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