第4話 悪姫(前編)
およそ数百年前、科学という存在を確立し、それに伴い魔法や神を否定し、世界の繋がりから離れていった世界線…文明の塊があった。
その世界は遠い遠い遥か彼方へと去っていき、無限にも広がるように思える漆黒の空間に佇み、やがてその形を球体へと形成して行った。
まるで最初から、その形であったかのように。
その形が生まれたのが46億年前であったかのように
その世界が生まれたのが138億年前であったかのように
絶縁体と化した、他の世界の介入を拒む、凝り固まった球体の文明、 ー地球ー
◆◆◆◆◆
天聖軍からすれば、地球への侵攻は正義でしかない。
神、自然、魔法、ありとあらゆる畏れを抱くべき不定形の威権を蔑ろにし、世界(ここで言う世界は異世界と呼ばれるあらゆる異界全てとの繋がりを含めたもの)から逸脱し、急速に人間たちだけが不自然な形で繁栄し暴走しているのだから。
そのような存在は、魔族に比しても遥かに邪悪である。それが彼等の正論なのであるー
「地卑の反逆者はまた抵抗を続けるか」
「そのようですね」
この戦場における指揮官であり、現在の日本の体制側を操る異界、天聖国の使者クルルァがつまらないものを眺めるように吐き捨てる。
今、ここ日本は、彼ら異世界人達に大方支配されている。
いかに科学文明が進めど、神の奇跡と魔法の存在の前には全く無力で、瞬く間に国の中枢を制圧された。
それに伴い日本の軍事力である自衛隊も、天聖自衛隊と改名され天聖国人第一の防衛に就く組織となることを余儀なくされる。
しかし、その支配に反抗し、自衛隊から分派し現体制側と槍を交えるもの達もまた現れる。
それが、彼等が反逆者と呼ぶ智也達、日本防衛軍である。
しかしその戦力差は歴然、日本防衛軍へと渡ったものは全体の1割ほどにしかのぼらず、装備も全て旧式。挙句天聖自衛隊の軍はクルルァ達により兵士及び装備に魔法補強がなされている。数でも勝り単独の兵の戦闘力も勝る。この戦争の勝敗は、もはや論じることすら馬鹿馬鹿しい一方的なものにしかなり得ない 。
「クルルァ尊官!反逆軍の陣営が完全に壊滅いたしました!」
日本防衛軍の殲滅を終え、天聖自衛隊の下士官が報告に来る。だが、クルルァの表情は変わらない。
「ご苦労、しかしどうやら、1匹狩り残しが残っているようだ」
「狩り残し、ですか?」
「やれやれ。やはり地卑の人間には分からないか」
両手をひろげわざとらしくため息を吐くクルルァ。
「マジックアイテム持ちの兵が混じっているのだよ。この天聖軍の平定に、毎回生き残る鼠がのさばっているのだ」
智也の事である。
全てを優位に進めているはずにも関わらず、決して被弾しない一兵。
智也が戦場の連絡を防衛軍本隊に絶えず継続し続けている結果、神風特攻隊が如く防衛軍の兵は次から次へと命を落としてゆく状況にはあるものの、天聖軍もまた容易に占領に至れずにいた。
「そのためにわざわざ私たちが出向いたのだ。マジックアイテム持ちの下民の排除、そしてマジックアイテムの回収もしくは破壊」
そして、智也の身につけている壊れた時計、昔のスマートフォンから、魔力が発されていることも掌握されていた。
「我々は正義であり完全だ。故にこの侵攻も完全でなければならない。この地底に広がる全ての穢れを浄化しなくてはならないのだからな」
智也が討たれれば、いよいよ唯一天聖軍へ食いついいていた強みが全て消失する。
日本防衛軍、ひいては日本という枠組みで生きることを望むもの達の完全な死が今まさに目前と迫らんとした、
その時
『残念、その必要はもうないわ』
どこか、空からか、そんな澄んだ声が聞こえたかと思うや否や、周囲が漆黒の光に覆われる。
そして、この世のものと思えない轟音と衝撃が迸り、辺りを焼きつくしてゆく。
「なっ…………!???!!!!」
クルルァ達正規の異界人達は防衛魔法を張り、今まで体験した試しのない激しい魔力損耗にもがき苦しみながらも耐え凌ぐ、が、彼らの下にいた天聖自衛隊の軍人たちは自分たちに何が起こったかもわからぬまま一瞬で消滅した。
「これは……一体どう言うことだ……!???」
ややして衝撃が収まったのを確認し辺りを見渡すクルルァ達。そこには全てが吹き飛ばされて平地となった周囲、真っ黒に淀み、そこらかしこに禍々しい渦が浮かび上がった空。
そして、宙に浮かびながらゆっくりと舞い降りる1人の少女。
一見、華奢で可憐な美少女。
異界では珍しい黒髪黒目に、ゴシックロリータ調のドレスを見に纏った姿は、やや幼げながら人形のようにも妖精のようにも映る美貌を放っている。
しかし、この惨状を引き起こした犯人であることは火を見るより明らかであった。
そして、異界においてもこの少女はひどく有名であった。
…あまりの危険性と残虐性から、悪姫羅刹と恐れられた、最凶最悪の魔女。
「魔王、ミレイア……!!!」
「御機嫌よう、天聖国のみなさま?」
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