第13回書き出し祭り出品作

リ・サイクルガールと鋼のカイナ

 こういうの、前世で見たことあるな。

 酒場のテーブルに手をついて、深々と頭を下げる勇者しんゆうを見下ろしながら、俺はどうしたものかと腕を組んだ。


「本当に、スマン……!」


「だからやめろって、そういうの。おまえさ、仮にも勇者様だぞ、アル」


 俺がいくら気にしていないといっても、この男は年季のいったテーブルに額をこするつけるのをやめない。このやり取り、もう3回目だぞ。


「俺には、こうすることしかできん」


「あのな、おまえの状況がわからない俺じゃないぞ.

あらかた状況に察しはついてる。だからそんなに気にすんなって」


「本当に、すまん。モナカ、俺は――」


 盛大にため息をつきながらアル――アルフレッド・コールマン――の肩に手をやると、大柄の彼はようやく卓に伏せていた上体を起こした。精悍で整ったかんばせからは、普段の勇壮さは影を潜めている。代わりに浮かぶのは後悔だとか悔恨だとか、おおよそこいつに似合わない種類のものばかり。なんて顔してやがんだ。付き合いの長い俺でも――いや、長いからこそか。だんだんイライラしてきた。


「おおかた、いや十中八九姫様絡みだろ。お前にべったりだもんな。見てりゃわかる。魔王退治の大事なスポンサーだもんな。その意向にゃ逆らえない。しかたねぇよ。俺はどうせ、村で一番つるんでたからってだけでついてきたんだ。それだけの縁さ」


「モナカ、それは違うぞ! 俺はお前がついてきてくれたから……!」


「んじゃ、巣離れの時が来たんだよ。俺がこれ以上ここにいちゃあ、パーティに致命的な不和が生まれる。だから追放する。それでいいじゃねぇか」


「それは……!」


「なに、よくあるはなしだろ。一緒にベンチャー立ち上げたけど、投資家の意向で古参メンバーが切り離されてくみたいなのはさ」


「ベンチャー……?」


「ああいや、こっちの話。だからさ、アル。お前は気をしっかり持て。そんなんじゃ、姫様の尻に敷かれて苦労するだけだぞ」


「モナカ……」


 アルは一度瞼を固く閉ざして、ややあってゆっくりと開いた。そこには既に後悔の色はない。それでこそだ。俺は笑った。


「当面の路銀だ。村に帰るまでの分はある。それと、食料も」


 ごとりと卓に置かれたのは、厚手の革袋だ。内容は確かめず、俺は懐にしまう。……見栄を張りやがって。


「俺のエミューは持っていくぞ。代わりにいくらかの道具と、整備の手順書は置いていく。リックは手先が器用だったから、奴に任せるといい。反発するようなら、アイラにとりなしを頼め。そういうのはあいつが一番うまいからな」


「……わかった」


 言いたいことはあったろう。アルはしかし、それをぐっと飲んだ。そういうところが好ましい。未練たらしくないところは美徳だ。

 俺は席を立ち、踵を返す。背にアルが動いた気配を感じるが、しかし思いとどまったようだった。それでいい。それが決別だった。


 その日、俺、モナカ・アイスバーグは、終生の友と誓い合った勇者と袂を別った。便宜上の「追放」という形で。



///



「三年近く旅をして、手元に残ったのは多少の路銀とお前だけ、か」


 ナイロン製のカバーで覆われた首筋を撫ぜる。エミューは何も答えない代わりに、操縦にはしっかり応えてくれる。十分だ。かつてこの世界でウマ代わりに使われていた鳥をエミュレートしたマシーンだから、エミュー。不整地をものともせず、たっぷり荷物も積めてスタミナもべらぼうに高い。最高の足だ。元になった鳥はもう絶滅してしまっているらしく、残念なことだ。


 一人旅を始めて、瞬きの間にひと月経った。


 この世界は未知に満ちている。俺には前世の記憶があるが、そんなものは何の役にも立たないほど、この世界は鮮烈だ。生活水準レベルは中近世のそれだというのに、一部のメカトロニクス分野だけが突出してレベルが高い。このエミューのような複雑な二足歩行マシーンなんて、前世ではよちよち歩きがやっとだった。物心ついた時から俺がメカ弄りに興味を示したのは、無理からぬことだ。幸いこの世界での実家は鍛冶屋をやっていたから、材料には事欠かなかった。

 ――望郷の念は薄い。所詮は、十四のあの日に捨てた場所だ。それでも思い出というのは、ふとした時に脳裏をよぎる。

 アルは昔から体の丈夫なガキで、それ以上に誰にも分け隔てなく優しい男だった。自然、奴の周囲には同年代のガキが集まっていたし、あぶれ者だった俺を輪の中に引っ張ってくれたのもアルだ。感謝している。だからあいつが尋常ならざる魔法の才を認められて、勇者として起たねば・・・・ならなくなった・・・・・・・時、俺は奴の背中を蹴っ飛ばして、その背中についていったのだ。


「村に帰るにしても、どこかで水を補給しなきゃな」


 アルは魔法で水を出せたから、給水の問題とは無縁の旅だった。だが、これからは違う。俺は魔法なんてけったいなものをあつかえないから、必然、逐一水を補給する必要がある。濾過器くらいは作れるが、水を作るだけに一日ボケっとしているのももったいない。それに魔王に一度支配された土地は水が呪われてしまうから、濾過器程度じゃどうにもならないしな。


「一の太陽が真上、二の太陽が真正面だから、東に向かってるのは間違いないよな……となると、この村か」


 太陽の位置から方位を割り出す。この世界は太陽が二つもあるから、方位の見方を覚えるのも一苦労だった。これも昔の思い出だ。アルが都合してくれた地図は、彼が手ずからマッピングしたものを複製魔法でコピーしたものだ。信頼性は高い。あいつは魔法で自分の位置をある程度正確に知ることができる。大事にしなくては。

 ともあれ。地図に書かれているような大きな村ならば、きっと水の補給も叶うだろう。


「行くぞエミュー。目的地はヒルスト村だ」


 相棒は答えず、ただ足を前へ前へと進める。少し砂風が立ってきた。俺はローブの前を寄せ、フードを目深にかぶった。



///



 ヒルスト村にたどり着いた時、一の太陽は地平線の向こうに没し、二の太陽もだいぶ南に傾いでいた。荒野には夕暮れ時特有の砂風が立ち、復興もままならない街道は、積もった砂が東風に流されて奇妙な波紋を作り出している。その波紋を無粋に踏み崩して、エミューは進む。


「ずいぶん時間がかかっちまったな」


 途中、あからさまに罠を張っている街道商人狙いの盗賊を大きく迂回した影響で、1時間ばかり到着が遅れていた。

 ヒルスト村はそこそこに大きな村で、簡素ながら廓と門がある。まだ開いていたのは僥倖だった。


「ん?」


 ふと視線を感じる。門を守る衛士のものかと考えたが、少し違う。視線を巡らせると、すぐに視線の主が明らかになった。それは半ば砂にうずもれた、身長4メートルほどの鉄と石でできた巨人だった。


「――ゴーレムか。死んでいる……?」


「おいあんた、旅人さんかい!」


 視線の主、ゴーレムに気を取られていると、横合いから声がかかった。ずいぶんと怒鳴り声だったが、別に怒っているわけではないだろう。砂風がひどいからだ。


「ああ、そうだ! 一晩か二晩滞在したい。それと、水の補給も!」


「とにかく中に入ってくれ! 今日はとくに砂風がひどいから、門はもう閉めちまうぞ!」


 衛士が急き立てる。確かに俺自身砂まみれで、早くひと心地をつきたいというのもあった。物言わぬゴーレムの骸が投げかける寂寞の視線を振り切って、エミューを門の中へと進ませた。



///



「門の中は、ほとんど風がないんだな」


「ああ、廓が守ってくれてる。旅人さんはこの村は初めてかい?」


「……そうだな。こうして中に入るのは初めてだ」


 思い返すのは、数か月前のこと。まだ魔王の支配領域がこの一帯を包んでいた頃に、この村の近くで戦闘になったことがある。まあ、そこまで説明する謂れもない。元勇者一行のはぐれ者というのが知られると、色々面倒なことになるだろうから。


「そうかい。ま、この村の中なら夜は安泰だ。ゆるりと過ごすと良いよ。宿はこの通りをまっすぐ行ったところだ。デカい建物だから、すぐにわかるさ。砂はここで払っていくといい」


 衛士は気さくに言うと、大きな羽ブラシを手渡してきた。大きな村だけあって、旅人には随分寛容らしい。


「ありがとう。宿でエミューは預けられるだろうか」


 羽ブラシで丹念にエミューの砂を払う。関節に砂が噛んだままにしておくと、ただただ整備が面倒くさくなる。この3年の旅路で得た教訓の一つだ。


「ああ、ちゃんと厩もある。安心すると良いよ。エミューもいいが、あんたも砂を払ったらどうだい」


 衛士はおかしそうに笑う。整備をしたことがない奴はこれだから、と喉まで出かけて呑み込んだ。誰しも経験したことのない苦労はわからないものだ。俺は曖昧な笑みをフードの奥に浮かべて、自分を手早く羽ブラシで払った。


「世話になった。それじゃあ」


 俺はエミューにひらりと飛び乗り、一路、宿屋のある通りに踏み出した。


「ああ、兄ちゃんも気をつけてな」


 背中にかかる、気のいい衛士の声。俺は少しの悪戯心を覚えて、ぴたりとエミューを制止させた。いぶかしがる衛士の視線が刺さる。


「一つ、訂正しておきたいんだが」


「な、なんだい」


 おもむろに振り返って、顏を覆っていたフードをはらりと脱ぐ。

 空にはいつしか白い月が上がっていて、さやさやと降る月光が、群青の髪を青く透かした。


「ナリはこう・・だが、俺も女でね。"兄ちゃん"は、やめてくれると助かる」


 俺はふわりと、挑発的な笑みを浮かべた。

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