筆箱は秘密基地

 僕の筆箱には宇宙人がいる。いつもは消しゴムを入れるところで寝ているけれど。


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 僕の名前は茶利ちゃりおさむ。ついこの間まではなんのへんてつもない小学4年生だったんだけど、今はちょっとへんてつがある。

 それというのも、いま現在の僕の筆箱には、宇宙人が住んでいるからだ。名前はアイスバーグ星人モナカ・コールマン。「天才物理学者にして偉大な冒険家」らしいけど、何のことやらちんぷんかんぷんだ。とりあえず、いつも偉そうにしている。

 アイスバーグ星人はじつに消しゴムによく似た格好をしている。たまに消しゴムと間違えて鉛筆を消そうとすると、キーキーと甲高い声を上げて怒る。それなら消しゴムの横で寝ていないでくれよと僕は思う。

 コールマンは昼間はずっと寝ていて、夕方ごろに起き出して夜通し起きていて、朝日が昇ると眠る生活をしている。このまえ夜行性なの? ときいたら、「生きたいように生きるのが肝要だ」っていってた。


 コールマンが寝床にしているのは、僕のお気に入りの筆箱だ。小学校の入学式の前の日に買ってもらったもので、鉛筆のホルダーはミサイル発射台のようにばね仕掛けではねあがって格好いいし、消しゴムを入れるところはボタンを押すとカシャッと飛び出すようになっていて、極めつけはなんと、鉛筆削りまでついているのだ。しかも取り外しできる。全体の色は落ち着いた黒で、F1レースカーの写真がプリントされた上ぶたは大変格好いい。


 僕とコールマンが出会ったのは、もう半年も前。いじめっ子のカバ山が僕の筆箱をバキバキに壊してしまった日だった。もちろん僕はカバ山をバキバキにぶちのめした。そのあとで、無残な姿になってしまった筆箱を抱えて泣いていた、そんな時だ。


 急にビカッと空が光って、何かが勢いよく教室に飛び込んできた!


 それは狙いすましたかのように僕の筆箱に衝突して、ドカンという大きな音が鳴った。僕はまぶしいやらうるさいやらで一瞬気を失っていたのだけれど、気が付くと、手の中の筆箱は新品とまるで変わらないほどきれいに直っていた。買ってもらってすぐの時、間違って破いてしまったふたの隅っこのビニールもだ。

 放課後のことだったし、カバ山とその腰ぎんちゃくどもは無様に白目をむいてぶっ倒れていたから、その奇妙な出来事を見ていたのは僕ただ一人だけだった。

 僕は驚いたやら嬉しいやらで、いそいで筆箱をランドセルに突っ込んで、一目散に家へと走った。とちゅうカバ山を踏んづけてしまった気がするけれど、そんなことはこの際どうでもよかった。


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「そうして私と出会ったわけだな」


 ……急に回想に割り込んでこないでほしい。僕は消しゴムみたいな異星人をむっすりと見下ろすも、彼は実にひょうひょうとしたまま言葉をつづけた。


「チャリオ、そう怖い顔をするものではない。それから先の話は、あまりに私のトラウマなのだ。出会いしなにひねり殺されそうになったことなど、思い出したくないだろう?」


 僕はうっと言葉に詰まった。真新しくなった筆箱に見慣れない消しゴムが入っていて、しかもそれがしゃべったものだから、おもわずキュッとしてしまったのだ。コールマンは全治二週間の大けがを負った。負い目みたいのはちょびっとあった。


「ちょびっと!?」


 コールマンが驚いている。なんだろう、ちょっとも負い目を感じていないと思っていたのだろうか。失礼な奴だ。


「そうではなくてだね、いや、まあいい。チャリオ、君はそういう奴だったな」


 やれやれといったふうに肩(どこが肩なのかはよくわからないけど)をすくめるコールマン。そういう奴ってなんだよ、ヘッセかよ。変わり者ということなら、そっくりそのままお返しすることになるけれど。僕は筆箱で宇宙人を飼っている以外、なんのへんてつもない小学生なのだから。

 あと、チャリオっていうのはそろそろあらためてほしい。僕は茶利・理であってチャリオ・サムじゃないのだから。何べんいったらわかるんだろう。


「まあまあ、いいじゃないかチャリオ。私としては、こちらの方が呼びやすいのだ」


 コールマンは悪びれもせずに言う。へし折るぞ。


「ヒエッ……君、見てくれは文学少年っぽいのに思考が蛮族なんだよな……そういうとこだぞ?」


 どういうところなのかは知らないけれど、そんなことより宇宙船の修理は進捗どうなんだ。じろりとコールマンをにらむと、かれはあからさまに目を泳がせた。


「に、20%ってとこカナ」


 先週も20%だった気がするんだけど。なんなら先々週から変わっていない。


「いや、そうは言うがねチャリオ。この星では資材の調達が難しいのだ。私としても苦心しているのだよ」


 ところでコールマンは気付いていないのだろうけど、僕はコールマンが夜通し僕のパソコンでシヴィライゼーション5をプレイしているのを知っている。そううそぶいてやると、コールマンは明後日の方角を向きながら口笛を吹き始めた。異国情緒あふれるへんなメロディーだった。

 どうやら物言わぬ消しゴムになりたいようだな。


「ま、まちたまえ! そうだ、お話、お話をしようじゃないか。居候をさせてもらっているホンの恩返しに、私が宇宙の隅々で見聞きしたお話を!」


 コールマンは慌てて、キーキーとした声で提案してきた。千夜一夜物語のシェヘラザードにでもなったつもりだろうか。とはいえ、宇宙冒険譚というのは純粋に気になった。なかなか聞けるものじゃないし、僕はSFが大好きだ。

 コールマンはほっと胸をなでおろして、コホンとひとつ咳払いをした。


「あれは私が、とてもとても高い塔のある星に降り立った時の話だ。塔は雲を浮きぬけてなお高く、いつ、なんのために作られたのかは誰も知らなかった。そして、塔のてっぺんまで登ったものもまた、誰もいなかった。

 ある日、一人の冒険家が塔に挑んだ。彼は大きなリュックサックに様々な道具と、数か月分の食料と、おやつとしてちいさな金平糖を――」


 佐藤さとるじゃん。


「ん?」


 コールマンがさかしらに語りだしたのは、佐藤さとるの「宇宙から来たかんづめ」の1エピソードだ。塔を登るうちにどんどん金平糖が大きくなっていって、しまいにリュックが金平糖がいっぱいになったところで、これは自分が小さくなっているのだってことに気づくっていう、不思議なお話。

 コールマン、盗作はいけないよ盗作は。


「いや違うんだって、実体験なんだって! なに、誰、作家?? 君たち文明レベルはカスみたいなもんなのに妄想力だけ逞しすぎない!?」


 そういやこの間も意気揚々と星新一朗読してたよね。


「いや実体験なんだって……」


 コールマンは膝から崩れ落ちてよよよと鳴いた。たしかに僕も少しだけ意地が悪かったかもしれない。すまない。だけどもそう言う話だったら図書館で読めるんだよな。新鮮味がない。それだけ星新一や佐藤さとるがすごいと言うことなのかもしれないな。消しゴムごときじゃ及びもつかないよ。


「謝罪の後の方が辛辣になってない……?」


 そんなことない。

 それよりも、このまま進捗もない、面白い話もできない宇宙人を飼っていく余裕はウチにはないんだ.ごめんね。新しい素敵な飼い主を見つけてね。僕はいそいそとダンボールを組み立て、油性マジックで大きく「拾ってください」と書いた。……よし!


「よし! じゃない!」


 コールマンは地団駄を踏んだ。そしてキーキーと喚いて、一瞬、ハッとして動きを止めた。


「そこまで言うなら、チャリオ、いいだろう。フフフ」


 なんだよ気持ち悪いな。


「今から君に、超最先端宇宙文明のとっときを見せてやろうじゃないか! ホントは未開部族に接触させちゃいけないテクだけどこんな辺境惑星で星団法もなにもあったもんか!」


 おお、アウトローだ。やはり冒険家というのはヤクザな商売なのかもしれない。ちなみにそれに接触した未開部族ってどうなるの? 記憶処理?


「えっこわ……なにその概念。普通に私が厳重注意受けて罰金払うだけだけど」


 スピード違反みたいなものか.さすが宇宙はスケールが大きいなあ。


「フフフ、そうさ、宇宙というのはスケールが大きいのだ。その一端を君に見せてやるっていうんだよ。ついてきたまえ!」


 コールマンはそう意気軒昂に言って踵を返した。皮肉だったんだけどな。読解力のない奴だ。宇宙人というのは、みんなこんなのなんだろうか。

 やれやれ。

 僕は肩をすくめながらも、とても面白そうなのでコールマンの後に続いた。

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