第6話「面接!日向とチノ?」

「香坂(こうさか)日向(ひなた)です。よ、よろしくお願いします!」


少々緊張的な面持ちの少女がまず最初に挨拶を口にする。

歳は麦より一つ上の高校二年生。アルバイトは今回が初めてらしい。


アイロンを使ったのか、ゆるく巻かれた桃色の髪。口元には淡い赤のリップが引かれていた。


高校は紅花と同じ桜櫻(おうお)学園。もちろんここはアルバイトOKの高校だ。

紅花の制服には青いリボンが添えられてあったが、学年によって色が違うようで、日向の胸元には真っ赤なリボンが派手に輝いている。二年生の証だ。


ここで麦は1つ疑問に思ったことを小声で緑に伝える。

「質疑応答の面接はこの喫茶店では珍しいんですか?」

「えぇ、そうらしいわ。私の面接の時は一発芸お要求されたからね。今回もそうでないことを祈るわ」

「えー!一発芸…ですか…!?」


いつも穏やかそうな緑が一発芸。この喫茶店に勤めるメンバーの中で穂乃香に続き、二番目に似合わない人物であろう。

脳内での想像を試みるが、うまくできないのが何よりの証拠だ。


いつもならお客役として希望者の態度や心意気を測り審査の対象とするのが喫茶「ニシキノ」の伝統なのだが、今回は応募者が二人と言うことで休憩所で二対六の構図を取り面接を進めていく。


「はい。次に花深(かふか)さん…自己紹介どうぞ」

と、言葉を告げられると、七人の持つ十四の瞳がチノに視線を送る。

しかし、相手は緊張することなく、自己紹介を唇から紡いだ。


「花深(かふか)チノです。よろしくお願いします」

と、涼やかな声を発する小さな唇には程よい明るさのルージュが引かれており、紺色のリボンでサイドに纏められた銀髪は天使のような印象をあたえてくれる。

名門校の証である赤いチェックのスカートから伸びる細い足は色気を出して止まらない。

さすが芸能人。日向を含むこの場の全員がチノに見とれていた。


説明が遅れたが花深(かふか)チノとは誰もが知る元子役の現役アイドルだ。

「Latte(ラテ)」のセンターの子と言ったらわかりやすいだろう。

絵に描いたような顔立ちを持つ少女は緩やかに笑った。


「可愛い…」

と、チノ自身1番聞き飽きたであろう褒め言葉を自然と口から漏らしたのはモモだった。

しかし、この言葉にはモモの素性を知っている緑でも味が良い表情する事はない。誰もが「可愛い」と認めるのは言うまでもないからだ。


「ふ、ふーん、可愛いのは認めてあげるよ…でも、何であんたがこんな喫茶店に!?暇なの?」

「ちょっと!紅花ちゃん!」と緑がフォローを入れるが、紅花のわかりやすい嫉妬は止まらない。


「まぁ、最近は「Latte(ラテ)」のセンターは新人の子がふさわしいと言われているからねぇー…仕事なくなったの?」

「こら!紅花!やめなさい!」

「…ぶー…だって、こいつ前々から嫌いだったんだもん」


い〜!と、威嚇しながら、遠慮なくチノに悪口をぶつけていく。

しかし、本人は悲しむことも怒ることもなく、淡々とした語調で言葉を並べた。


「Latte(ラテ)の事はどうでもいいのです。さっさと本題に入りましょう」

紅花の熱量を逆撫でするような冷静な言葉。

「なぁんだよ!こいつぅー、腹立つ!」とまんまと引っかかったようにぷりぷりとした言葉を発した。

これ以上後に一緒に働くことになるかもしれない二人が険悪になることを恐れたのか、モモはここで面識を始める。

「じゃあ、志望動機から聞かせてくれる…


そこから質問が何往復とした。聞かれる事は希望の勤務時間やシフトについて。通勤方法や今までのアルバイト遍歴について聞かれていた。

お小遣い稼ぎの日向に対してチノはドラマの役作りという世にも珍しい志望動機が飛び交い、週四・四時間・週一・二時間と一般人と芸能人のスケジュールの差でチノが不利かと思われたが…


調理テスト前の小休憩


今回アルバイト募集を開始した理由はちゃんとした調理を行える人材を発掘するためである。

そのため、今回の面接では調理テストと言う名目で、料理の腕前を測る審査を行う。

アルバイト志願者に準備期間を設ける反面、面接官に挑んだ喫茶店アルバイトの面々は休憩所で一服していた。


「シフトを組みやすさは香坂(こうさか)さんなんでしょうけど、花深(かふか)チノも捨てきれないわね」

「?…どうしてなんだぁ?」

午前の紅茶という飲料水で喉を潤わせた紅花は純粋に疑問を口にする。

「一時期でもアルバイトとして起用すれば、集客はできるからね。彼女は人気芸能人なんだから」

レモンティーの入った紙コップを傾け、喉奥に流し込んでいく檸檬は続け様に「役作りにする為のドラマが跳ねたら、比例してここの喫茶店も注目浴びると思います」と意見を綴った。


「けっ!」

人気有名人のいけ好かない女に店の集客をされるのが気に入らないようだ。

苦渋の表情で縋(すが)るように緑に双眸を向ける。

「緑ぃさぁ〜ん…緑さんはそんな売上商法許さないよねぇ~」

「そうね…で、でも、二人共やる気はあるみたいだし、どちらも採用することは駄目なのかしら?」

口に手を当てるという考え込むような素振りを見せながら、店長モモに話題を振った。


「それができないんですよ…元々二人も募集が来ると思ってなくて、喫茶店(ここ)の売上的にも一人分の給料を用意するのも精一杯なんですから」

眉を顰め、売上に頭を悩ませるモモ。元々、繁華街である〇〇駅から徒歩二分と立地条件的には最高な筈なのだが、レトロの皮を被った築七十年の建物が人を寄せ付けないらしい。

平日・祝日と変わらず顧客平均は絶望的に低く、このままじゃアルバイトを雇うどころか閉店せざる得ない環境である。


「じゃあ、花深チノを雇って、役作り期間が終わったら香坂日向に引き継いでもらうのはどうですか?…感じ悪い?」

細々とした声で珍しく穂乃香が意見を示した。


「んーでも、花深チノちゃんは小時間だけでも通ってくれるのは効果が期待できますよ!モモさん!チノちゃんにすべきです…!」


「でも、週二で二時間ね…コアなファンなら会いに来てくれるかもしれないけど、これから忙しくなって週一、月一…顔を出せなくなるのは目に見えているのよね」


「大丈夫ですよ!〝紅花様〟が言うように今のチノちゃんは芸能人としての寿命は限界を迎えています!仕事が忙しくなることは絶対にないですよ!」


「麦…ちょっと失礼過ぎじゃない?」

檸檬の声が間から言葉を投げる。困惑の色を瞳に宿したまま、そんなに落ちてきてるの?と尋ねた。


すると、軽い質問とは反比例して長文の回答が帰ってきた。

「えぇ…花深チノのレギュラー数は今はローカル番組一本のみ。同期メンバーも着々と活躍→卒業していく中、唯一(ゆいつ)の一期生。期待の新人…三期生のメンバー達はバラエティーやドラマ・中には映画へと進出していっています!今回依頼を貰ったドラマもその三期生メンバーが主演。チノ…ちゃんは意地悪な先輩役と三番手の役柄を貰っています!そんなチノが忙しいのは今だけで、すぐ暇になりますよ!モモさん!だから、チノを採用すべきです!」


「必要以上に推すわね…」

「ぎ、ぎくっ!だ、だって…〝元〟でも有名の肩書きがあるほうが売上に貢献できますよ!モモさん!」


「それはそうだけど…」

んー…と首を捻(ひね)り、思考するこの店の代表モモ。彼女の沈黙に合わせて、喫茶店アルバイトの面々も黙り込む。そして、

「店長。十五分休憩終わりました」

古びた壁掛け時計の秒針と目を合わせた穂乃香が執事のように予定の時刻を教えた。

ありがと、と軽く礼を口にしたモモ達アルバイトは調理場へと向かうのだった。



お題はオムライス。普通なら志願者二人の手料理が現れるはずなのだが、、、

「よし!できたよっ!オムライス!僕が一番乗りだねっ!」

何故か既にアルバイトである紅花も調理に参加していた。


「相変わらず、個性的な料理だね」

「な、なんだよぉ!それ!」

怒りの赤に頬を紅潮させた紅花の手料理は名前をつけるとしたらそれは…地獄。

見た目は数日前に麦に食べさせ見事に吐かせたものよりさらに進化しており、犬でもネズミでも食べないだろう。


「店長、紅花をクビにしてこの二人を採用した方がいいんじゃないですか?」

「何でそんなこと言うんだよぉー!まだ二人の料理を食べてないじゃないかぁー!?」


いそいそと手料理を拵(こしら)える二人を指差しながら、鼻につく声で言葉を放つ。

確かに…と納得したような素振りを見せる麦と穂乃香に焦りを感じたのか、「料理を食べてから判断してよ!」とまっとうな意見を述べた。


「できました」

賑(にぎ)やかな紅花をおいて、相変わらずの冷静な声色で作った料理を店長(モモ)に差し出すチノ。

とろとろ半熟な卵に羽のように真っ白なチーズソースがかかっていた。その上には星のようにパセリがかけられており、スプーンで切れ目を作ると中からケチャップ色のチキンライスが顔を出す。


「美味しそう…」

見た目だけでも満腹になりそうな程食欲をそそるオムライスに自然と唾が溢れてくる。

「じゃあ、試食さしてもらうわね」

使い古した木製のスプーンで掬(すく)って咀嚼(そしゃく)をしていく。

ピン!と味覚が美味と感じ取った途端(とたん)、一口二口…続けてスプーンを口から出し入れする作業を連続させる。手は止まることを覚えず、夢中で食欲を埋め尽くした。

「美味しいわ…」


「どれどれ…

横から麦も食洗機からスプーンを取り出し、女子高生が作ったとは思えないほどのクオリティーのオムライスを一口掬(すく)う。

放り込んだ瞬間、口から湯気が吹き出し、「熱い」と言う感覚が口の中いっぱいに広がった。

しかし、温度から一転。味覚が「旨み」を掴む。

「本当だ…美味しい」

菱形(ひしがた)で表せるほど目を輝かせ、思わず感想を口にする。

「ふふ…」と予想通りに二人の舌を唸(うな)らせたチノは口元を横に伸ばした。


「こんな感じでどうでしょうか…」

次に日向は自信なさげにオムライスを見せる。ふわふわの布団のような卵に、ナイフで切れ目を入れると美味しそうな黄身の雪崩(なだれ)が起きる。

動画配信サイトで投稿すれば何十万回再生はとうに越える、完璧な出来前だ。


「ひと口食べてみてもいいかしら?」

「どうぞ…」

声が裏返りながらも、緑に皿を渡す。

何十年と使ってきた銀のスプーンで卵とライスがちょうど半々位の量を掬(すく)うと、小さな口のなかに運んでいった。


「んっ!とっても美味しいわ!」

目を輝かせ、このシチュエーションの中で最大級の褒め言葉を投げる。

ありがとうございます!口の端で笑みを作る日向。

今まで皆の焦点が芸能人に向いていたので勝ち目はないと思っていたのだろう。作られた微笑から安堵の色が感じられる。


「待ってよぉー!僕のオムライスも食べてよ!」

震える手に支えられた世にも奇妙なオムライスに黄色と赤の色味は存在しない。

ドブ色とブルーハワイのような透き通った空色が使われており、白黒反転させても、パラレルワールドに飛ばされてもこのような色味のオムライスは食べれないだろう。


「ほらぁ~麦食べろよぉ~」

恐らく食欲・食事などの言葉の対義語であろう「ドブ色」の顔をしたオムライスを一口掬(すく)い、口元目掛けてスプーンを近づけた。


「別にいいけど…」と〝何故か〟きょとんと首を傾げ、なすがままに口を広げオムライスを食していく。

口の中が火傷しそうだ。ほふほふと冷やすように転がす。

「む、麦ちゃん。ど、どう?」

どう?というのは味の善し悪しではなく、体調のことを聞いているようだった。

つい先日、紅花の作ったオムライスで吐いてしまった麦を間近で見ていたからか、不安げな声色で尋ねてきた。そして彼女の不安は的中することになる…


「どうだぁ!麦ぃ!この前のパフェは美味しいって言ってただろ…


「まっずぅぅぅぅぅぅ」


紅花の言葉に覆い被さるように麦が喉押さえ舌を出しながら、嘘偽りない感想を口にした。

カラン!とスプーンが手から滑り落ち、金属音が調理室に響く。


「だ、大丈夫っ!?麦!?」

「ちょ!待ってよ!パフェの時は美味しいって言ってたのに!」

柔らかさが失われた声で檸檬が駆け寄った。

また、麦が苦しむ原因となったオムライスの作成者の紅花も瞳が不安に襲われている。いつもの生意気な態度とは打って変わって、震える口から焦りが感じ取れた。

彼女なりに責任を感じているのだろう。


「紅花…これちゃんとした材料で作ったの?麦がおかしくなっちゃうじゃない!」

「ちゃ、ちゃんと作ったし!」

しかし、これをオムライスと言っていいのか。オムライス擬人化キャラが存在するとしたら、鬼のような形相(ぎょうそう)でケチャップをモチーフにした武器で襲いかかってくるだろう。


「…どれどれ、私が食べてあげる」

ゴホゴホと咳き込む麦を視認しながらも、勇気を振り絞ったのは意外にもチノであった。


「やめといたほうがいいと思う」

ボソッと幽霊のように穂乃香が止めに入るが、一切構わずスプーンで寒色の卵とライスを掬(すく)って口に放り込む。

「…これ、美味しいよ。普通に」


小さな口から零れたのは褒め言葉。しかし、語尾に「見た目程悪くない」と一言多い発言を加えた。


「本当ですか…?」

チノの美しい横顔を覗き込むようにして尋ねる日向。首を縦に振ることで肯定された言葉には日向も怖いもの見たさで紅花のオムライスを口にする。


「本当だ…食べれないことはない」

「だろ!僕だって料理の勉強してるんだから!この前、麦(こいつ)に豪快に吐かれた時、緑さんに教えて貰ったんだー♪」


練習の成果が出て上機嫌な紅花。



それから紅花・チノ・日向三人が作ったオムライスを食べ終えたアルバイトメンバーはモモが下す採用結果に耳を傾けていた。


時刻は既に六時を回っており、静けさが増す喫茶店ホールにモモの声がひびく。


「ます、二人共、今回この喫茶店にアルバイト志望してくれて嬉しく思うわ…


決まり文句を垂れ流した後、その答えを口にした。


「今回はどちらも採用しない!」

「…」「…」「…」…


沈黙が小さな喫茶店に広がる。

絶妙な空気が流れ始めるも、発言主はお構いなしに言葉を並べていく。


「紅花!あんた気に入ったわ!」

ビシッ!と効果音を立てながら、名前を呼んだ紅花を指す。人差し指の先からビームが出て見えたのか、あっ!と声をあげ、びくりと肩を震わせた。


「ぼ、僕ぅ~」

眉を上げて驚きを表現している自分の顔を指差し、「本当に僕なの…?」と、再度確認をとる。


日向かチノの絶対的な二択の中、選ばれたのは紅花と言う結果に全くと言っていいほどついていけない面々だが、一方で緑は脳内で数十分前の記憶を辿っていた。



「モモちゃん…どちらを採用するの?」

時は遡ること数十分前。調理テスト休憩前、誰もいない女子トイレ前で会話を重ねていた。


「そうですね…」

ごくごくとコップを傾け喉に運ぶには不似合い過ぎる飲み物カフェモカを飲み終えたモモはぷはーと息をつく。


「やはりシフトの組みやすさから香坂さんを採用した方がいいと思うわ。チノさんには悪いけど…」


腕を組んで小さく畝(うね)る綺麗な横顔を眺め、返答を待つが、ちゃんとした回答を求めた自分が馬鹿だったと後悔するのはほんの数秒後だった。


「緑さん…紅花…良くないッスか…」


「…」

脳内を埋めつくすのは大量?(ハテナマーク)。

どういうこと?とすぐさま尋ねたくはなったのだが、聞いたとしても答えは出ないことは目に見えてるため、無言を貫いた。


「やっぱ麦たんやレモたそのような分かりやすい可愛さじゃなくて、自分の調理係(ポジション)が奪われてしまうんじゃないかって焦る姿が可愛いー♡」

感情が高まっているのか、頬に手を当てオタクのように早口で紅花を褒める。もしも本人が今の一文耳にしたら、敵意を向けるどころか、憎悪の感情を胸に宿すのだろう。

と感じ取った緑は周りに誰もいないか確認するかのように、視線を監視カメラの如く飛ばすのであった。


「緑さん!紅花可愛くないですかっ!」

「…か、可愛いけど」

歯切れの悪い返事を飛ばす相手を置いてけぼりにして、こう言い切る。


「決めた!私紅花に頑張ってもらうわ!今回は誰も採用しない!」


「ほ、本当に誰も採用しないんですか!」

ド肝を抜かれ、ぎょっと驚きの瞳を見せながら檸檬は言葉を投げた。

「えぇ!」

「チ、チノちゃんは超有名芸能人なのにぃ!…ですか!?」

「勿論!」

続く麦の言葉をも肯定し、返事を紡いだ。


「や、やった〜僕の美貌が芸能人(カフカ チノ)に勝ったんだねぇ~!いぇーい☆」

唇を綻ばせ、両腕を天井に向かって勢い良く突き上げた。胸中は喜びで満たされていることだろう。


「ど、どうして…私を採用しないんですか…?」

絶対的な自信があったのだろうか。震える口で恐る恐る尋ねるチノ。素人ながら日向も理由を聞きたいと視線を店長(モモ)に向けた。


「それは紅花が可愛かった…からじゃなくて、彼女の調理担当としての意思の強さを感じたからよ!立場を奪われまいと、バイト志願者に妥協を一切見せず、調理…この喫茶店の良きに貢献しようとする姿に感動したからよ!」


「…」「…」「…」

今日は何度目かの沈黙に追われた喫茶店。こんな様子じゃモモの祖母も不安であろう。


「ちょっ!ちょっと待ってくださいっ!どちらも不採用でなんてかわいそうじゃないですかっ!?ここはチノちゃんを採用しましょうよ!モモさん!」


「な!何言ってるんだよぉ!僕が選ばれたの!邪魔するなっ!麦!」


素直な意見に顔を引き攣(つ)る日向。彼女を庇うかのように緑が落ち着いてと宥(なだ)めようとする。

また、モモが店長という名の絶対的権力を振り翳(かざ)していた。


「麦!店長の命令は絶対!…それに、紅花の料理に成果を感じられたしね」

と、紅花に向かって軽くウインクをして見せると、わかりやすく瞳が一瞬にして歓喜の色に染まる。


「えー…も、もう決まったんですかー…」

苦渋の表情で不満げに言葉を紡ぐ麦に店長はこう言った。


「…で、ずっと気になってたんだけど…



あなた本当に麦?」


「…嫌だなモモさん…何でですか?」

突如紡がれた言葉に困り眉を作る。しかし、これといって焦る様子は感じ取れず、笑顔で聞き返した。

「だって…麦は私の事モモ(名前)じゃなくて店長と呼ぶわよ…!」


「む、麦ちゃん…?」

不安げに名前を呟いたのは緑だ。込み上げてくる不安を抑えるため、込利き手を胸に添えていた。

「い、嫌だなぁ…緑さんまで…


「待ってください!お二人共!彼女は麦ですよ!…っあっ!」

語尾にしまったとつけ、苦い表情をするチノ。今までの彼女からは想像もできない程、明るく知的さの感じられない発言が飛びだした。


「な、なんだぁ!?お前、変なの」

警戒の眼差しを向ける紅花は続けて、

「偽物なのかぁ!?…それにしても似すぎだなぁ…」

と、汗で化粧が溶けているチノに小さな顔を近づける。

「花深(かふか)チノ…なのか?」

「チ、チガウヨ!ワタシガヘンソウシテカフカチノサンニナッテイルトカ、ムギハニセモノダトカゼンブキノセイダヨ(ちがうよ!わたしが変装して花深チノさんになっているとか、麦は偽物だとか全部気の所為(せい)だよ)」


「はぁ…」

ここで麦が溜息を漏らす。その瞳には麦らしくない冷酷で感情の感じられない色が広がっていた。


何かあると確信したモモは怒りを抑えた不気味な笑顔でこう言う。

「…さぁ、どういうことか教えてもらおうかしら」



「ま、まず、私は花深チノさんではなく、麦…北条麦なんですよね…」

と、半笑いの声で言い切ると、銀髪の鬘(かつら)やカラコンを取り、麦であることを示す。


「麦!なんで麦が花深チノに!?」

「エヘヘ…ばれちゃいました…」


てへっ!と舌を出しながら、眉をへの字にさせた。

花深チノ=麦となったら、次に注目のいく相手はただ一人…北条麦だ。


「ってことは…おい!お前誰なんだよっ!」

と言いながら紅花は麦の肩を強く揺さぶる。


麦にしては無感情過ぎる少女は紅花の揺さぶりに嫌な顔一切見せず、身体を前後させた。そして、こう言う。

「…はぁ…バレてしまったら仕方がないですね。私は北条麦ではありません」


麦と同じく、栗色の鬘(かつら)を脱ぐと、中から艶やかな銀色の長髪が流れてきた。


「あんた…まさか…」

「誰だよ!あんたっ!」

と、犯人を詰めるようにきつい語調で言葉を飛ばす。

「私の名前は…みるく。白牛(しらうし)みるくです」

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