第4話「ピーチレモン」

「あなた達クビよ!これ以上バイト禁止の校則があるのに働かせられない!」


「…」

「…なっ?!」


告げられたのはバイトクビ宣言。

春先だからか時刻は四時を回っても正午のような明るさを示していた。

ピヨピヨピヨと二人のクビを嘲笑うかのように店の外から小鳥の囀りが聞こえる。


「当然でしょ?校則を破らせてまで働かせていることが知られたら喫茶店(ここ)の評判まで悪くなるんだから…ねぇ、緑さん?」


「え、えぇ…残念だけど、あなたたちを守るためでもあるのよ。ちゃんと高校卒業して、それから一緒に働こうね」


緑らしい優しい言葉が紡がれる。

二人と別れるのが悲しいのかその瞳には涙が浮かんでいた。出会ってまだ一週間も経っていない者との別れを悔やめる彼女の心域から、彼女の人柄の良さが見受けられるだろう。


「…う、嘘…」


柔らかさが失われた声で麦の声が空気を揺らした。

真剣を増した表情のモモと目線が一致する。店長は変わらず双眸を開け、二人を見つめていた。


その表情から何を言っても「クビ!」と言い切られそうで、麦は言葉を失う。

利き手を胸に添え、助けを乞うように檸檬に視線を走らせた。


視界に入った檸檬は不安の汗で化粧が溶けているが、振り絞った勇気を使って歯切れの悪い返事を飛ばす。


「わ、私は理事長の娘だからアルバイトはゆ、許されているんです!」


「理事長…?」


ホントォ?という表情で唇から言葉を零すモモ。

「私の父は萌木柑橘(かんきつ)…

と、檸檬は父親の名前を告げ、弁明を始めた。

紅花がスマホで調べたことにより、理事長と血縁関係にあることは間違いないことが証明されたが、モモの答えは変わらない。


「理事長の娘だからって許されないわ。悪いけど、親子関係を知らない客が見たら貴方はただの校則破りのアルバイト。他の生徒からの視線も良いものじゃないでしょ」

「ま、まぁ、そうですが…」

「だから、バイト辞めなさい…飲み物ぐらいならタダで出してあげるから、いつでも遊びに来てよね」


口の端で笑みを作り、こう進言してみせた。

「大体、理事長の娘ならお金には困らないんでしょ?どうしてアルバイトなんかする必要があるのよ」


「わ、忘れたんですか…?」


突如、檸檬の声のトーンが低くなる。口調は変わらず敬語だが、眉を顰め、真剣な眼差しをモモに向ける。

対する店長(モモ)は「え?」ときょとんと首を傾げるだけだ。忘れてはならない約束事のようなものが二人の間で契られていたのだろうか?

その場にいた麦•緑•紅花は腑に落ちない表情を浮かべていた。


「忘れた…ってな、何が?」

「とぼけないで下さいよ。約束したじゃないですか」


ここで立場が逆転。解雇がクビまで届き、追い詰められていたのは檸檬だったはずだが、通行人がこの状況を見るとモモが詰められているだと思うだろう。

込み上げてくる不安を抑え切れないのか、汗が細い首に流れていた。


「悪いけど何のことかさっぱりだわ」

「…はぁ…ちょうど私が八歳の頃、貴方と約束したんですよ。ここの喫茶店で…


何か言いたそうだが、溜息を代わりに冷静さを纏って話す。



時は八年前。

二人の幼女がここ喫茶ニシキノのカウンターに座り、向かい合いながら話していた。

涼やかな声が喫茶店に響き、同じく訪れていた客の視線を集めている。


「私、大きくなったらこの店で働きたいなー。色んな人におーいしぃーこーひーを届けるの!」

名の通り檸檬色のワンピースを着こなした幼女は小さな唇から言葉を零した。


言うまでもなく、彼女は当時八歳の萌木(もえぎ)檸檬。檸檬をモチーフにしたマスコットキャラクターがついたゴムでツインテールに纏め、眩しい太陽のような笑顔を向ける。

今の檸檬から想像もできないほどの可愛らしさだ。


対する当時九歳のモモは膝まで伸ばした長い髪を赤色のリボンでサイドに纏めていた。

こちらも名の通りモモ色を基調とした服装で、幼女特有の可愛らしさが滲み出ているのだった。


「私がこの店を継ぐからね!その時は檸檬ちゃんが手伝いにきてよ!お給料は沢山払うからね!」

強い語調で言葉を返す。

「約束ね!」「うん!」


そして、二人は何の恥ずかしさも違和感を感じることなくお互いの小指を絡めて、約束を口にした。


「ここのコーヒーで世界を変えるの!二人ならいけるよ!」

「うん!おばあちゃんのコーヒーは魔法の力でできているもんね!」


…って、約束したじゃないですか」


檸檬がモモとの関係を説明するのに五分といらなかった。

どうやら檸檬の私立小学校がここの喫茶店の近くにあるようで、よくお世話係の者に帰り道連れて行ってもらっていたらしい。


モモは言うまでもなく祖母が運営する喫茶店なので、学校がある日もない日もここに入り浸っていた。

二人は学校も住んでる地域もバラバラであったが、この喫茶店で出会い、時間を重ねる毎に仲良くなったらしい。


「ぷ…ぷぷぷっ!…はははっ!何それ!コーヒーで世界を救う?馬鹿じゃないの?僕はもっと賢かった気がするんだけど」


豪快に吹き出す紅花。趣ある喫茶店にハスキー混じりの笑い声が響いた。遠慮を感じさせない彼女の笑いに檸檬は鋭い睨みを送る。


「分かってるわよ、紅花。子供の時だから仕方がないでしょ…!祖母の特製コーヒーの名前が当時放送されていた魔法戦士の名前と似ているから影響された…というか、


それは私の姉だわ」


「お、お姉さん…!」


眉を上げて驚きを表現する檸檬。

約束に関係ない麦や緑も双子という情報にぎょっと驚きの瞳を見せた。


「えぇ…私は一卵性の双子だからよく勘違いされるのよ」


モモには双子の姉…杏(あんず)がいる。

現在高校二年生だが、学生寮で生活しているため、年に数回しか合わないらしい。


「確かに、その約束を覚えていたら素直に採用する筈だもんなー」


紅花が後頭部で腕を組みながら脳天気に口を動かした。

アルバイトOKの高校に通っているため、二人のクビの危機を高みの見物のように観察している。


檸檬は煽るような能天気ぶりを見せつける紅花を黙らせる目的で睨みを効かせた。そして、店長に歩み寄り真剣を増した表情でこう言う。


「だから、お願い!…します!姉でも妹でもいい。私は約束を果たしたいの!」


小学二年生でも少し厳しい発想を高校生になった今でも大切にし続けているピュアさに少々頬を染める。

モモが抱える女子好きの性癖が檸檬の純粋な瞳に砕かれそうになるが、頭をふるふると横に振り、いつものかっこつけた自分を何とか肯定させた。


「分かったわ。檸檬だけってことは私の良心が許さないから、麦もバイトしていいことにする…でも、私達は貴方達の快慶門高校がバイト禁止であることは知らなかったっていう体をとるけどいいわね?」


ここで檸檬はチラリと麦に視線を走らせる。

檸檬は理事長という免罪符があるからいいとしても、麦には当然ながらそれがない。

両親はお弁当を売る自営業を営んでいる為、理事長や校長とも血縁関係でもなければ、友人関係でもない。

彼女を校則から守れるのは誰もいないのだ。


先程のモモの発言は喫茶店側は責任を取らないということとなる。

隠れてバイトをやっていたことが学校にバレたとしても、麦の意識の甘さとして停学処分…酷い時は退学処分が下される可能がある。


檸檬から受け取った視線は退学処分の覚悟の有無を問われているようだと感じていた。

愚問だ。答えはもう決まっている。


麦は頬を上気させ、次のように言ってのけた。

答えを求められた店長モモだけではなく、この喫茶店全体に言い聞かせるように放つのだ。


「大丈夫です!私はこの店で働きます!」


「分かったわ」とモモが小さく頷く。そして息継ぎを挟み、


「なら、改めてよろしくね!二人とも」


と、続けざまに言葉を紡いだ。


「あ、ありがとうございます!」

二人は同時に頭を下げ、感謝の言葉を口にした。

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