第5話 ガバガバチャートを走るから
「魔法の杖イベントが三日後に控えた中、シュリ選手はダーンに入れ知恵コマンド。明日エルリッヒが聖堂に視察に来るよう仕込みしたわ」
自らを推しカプくっつけRTA走者と思い込んでいる異常転生者は高らかに宣言した。
それの相手をしなければいけない従者はツッコミすらいれないことにした。
ちなみに今は夜の十時。満天の星空のため非常灯がなくてもある程度の視界が確保されている。
二人は家を抜け出し、聖ミーティア学園裏手の聖堂まで来ていた。
「自分の父親のこと名前で呼びなさんな」
とりあえず常識的なことを言うが、当のシュリにはそれが一番響かない。
(あたしの父親は父さん一人だからな~)
「ともかく、ロケーションを確認しておきたいの。セレマを聖堂近くにおびき寄せたらきっと二人の会話イベントが発生するはずよ」
「ごみとかばらまきます?」
(なるほど、清掃員のセレマは聖堂付近で仕事をする。それを見たエルリッヒは手を貸したり、真面目に仕事をする彼女に更に惚れ直す)
「良い案だけど、わざとごみを捨てるとか可哀そうよ」
「指」
いつもの指透けタイムであった。
「落ち葉と花びらありったけかき集めてきなさい。思わずエルリッヒがちりとり片手に助け舟を出したくなるレベルのをね」
「へいへい」
指の透過が落ち着いて辺りをよく見ると、聖堂近くにカバンを引きずる姿が見えた。
小柄な老人だった。恐らく誰かの使用人か学園の番だろう。
こんな時間にも労働させられるなんて、とシュリは内心憤慨していた。
彼に向けて歩き出そうとするその前に、ロビンはさりげなく立って制した。
「もしかして助けるんすか?」
「確認するのに邪魔だからね」
人間として当たり前の人助けにもいちいち意地の悪い言い方をしなければいけないのは厄介だが、それがシュリの役割だ。
ロビンはかすかに驚いたようなそぶりを見せた。
その一瞬の表情は、信じられないようなものを見る目だとシュリには思えた。
(なんだろう、いちいち助けるのが信じられないってこと?でもおじいちゃんが荷物引きずってたら手を貸すくらいはするって。常識的に考えて)
「あんただってあたしが困ってたら助けてくれるでしょ」
それも信じられないというような顔をされたので、流石のシュリも少し狼狽えた。
「……お金貰えますからね」
返ってきたのは、掠れたような、心もとない声だった。
はぁ、と適当な返事をしてやると、しばらく黙った後に突然ロビンは笑い出した。
押し殺すような笑い方で、そう言えば今は夜で忍び込んだのだと当たり前のことををシュリは思い出した。
「あはは、悪人ぶるのも大変そうだ」
何故かロビンは困ったように、眉を下げて笑う。
いつも皮肉めいていたり呆れたり、それかこちらのポカを楽しそうに笑うのに。
だからシュリはついつい彼の顔をじっと見てしまった。
「あんたお芝居はなかなかのもんだけど、根っこが健康そのものですね」
「そ、そう?もういいわよ、あんたはそこでゲラってなさい!もしもしそこのあんた。何をちんたら運んでいるのよ」
シュリは気恥ずかしくなって、話題を変えるついでに老人に歩み寄った。
暗くてよく見えていなかったが、近づくとシュリの腰くらいまでの大きさしかない。朱里の頃からシュリは背が高かった。今もきっと百七十はあるだろう。だがその半分というのは。
(何かのご病気なのかしら、と思ったんだけど、この人……)
「耳が尖ってて触覚みたいなのが生えてる……」
触覚、羽、耳、小柄な体躯、緑を基調とした服。
老人は現代人が想像するような妖精の姿をしていた。
「妖精です!!!お嬢様、俺の後ろに」
突然ロビンはシュリの手を掴んで、庇う様に自分の後ろへと引っ張った。
空いた手で小型の連射式ボウガンを老人に向ける。その慣れた手つきで繰り出される暴力の空気に、シュリは一瞬飲まれかけて身体が強張った。
「結構よ。おじいちゃん怖がるほどあたしか弱い女じゃないの」
このままでは恐ろしいことが起きてしまう気がして、衝撃を無理やり飲み下してなんともないふうに装った。
「でも」
「ねぇ、何してんのって聞いてんの」
ロビンを押しのけてシュリは前に出た。その間も老人はずっと黙っている。
シュリは少女セレマの物語を読み、作中で妖精は畏怖と憧憬と侮蔑と信仰の対象として複雑な立ち位置にあるとはわかっていたはずだった。
『だが怖気づく必要はありません。
彼らもまたこの世界に生きる隣人なのだから』
(八巻の戦争編のセレマの演説……胸にしみわたるわ……)
「暇だから気まぐれに荷運び程度手伝ってあげてもいいわよ」
セレマの言葉を心に秘めて話し続けていると、老人の目が気になった。何故かシュリではなく、その中の朱里を見ているような気が落ち着かない。
「……妖精に普通に話しかけるとは。お主変わっておるな」
ようやく話し出した老人は小さく笑った。
「実はの、この荷物を聖堂まで運びたいんじゃ」
「あらそんなこと。じゃあ持ってあげる」
カバンを受け取ろうとするシュリを、険しい顔のままのロビンが止めた。
「待った、危ないもんかもしれねーですよ。妖精に関わるなんざやめておいた方が」
「何かった時には百億倍にしてやり返すわ!」
受け取ったカバンは中身が無いと思うくらいに軽かった。
ロビンはわざとらしく大きく長いため息をしてから、シュリの手からそのカバンを取ろうとする。
「俺が持ちます」
「軽いからいいって」
「俺、使用人。フィード。男。それと年上」
「しゃーない、半分持つ?小学校の時の給食係みたいに!」
「はぁ~?意味わかんねーこと言わんといてくださいよ」
取っ手が大きめなこともあって、結局半分ずつ持つことになった。
すると老人は楽しそうに目を細めた。
「ところでお前さん、隣の男はフィードじゃよ?何とも思わんのか?」
老人は妖精の顔で尋ねた。
シュリからは、人目から隠れるように伸ばした前髪のせいで、固く結ばれたロビンの口元しか見えない。
フィード。それは妖精と人間両方の血を引くもの。
人間より長い寿命、頑丈な身体、豊富なマナ、妖精眼等の様々な異能を持つために、酷い差別にあってきた。
知識としてはそうだ。
ではシュリとしては?
「ロビンはロビンでしょ。彼がロビンであることよりもフィードであることを考えなければいけない時が来たら、その時に考えるわよ。
今はとくに思うことは無いわ。
……不誠実ではあるとはわかってるけど、それが正直なところ。
あたしは何も知らない。つまりそれってあたしや”あたしたち”に都合のいいままってこと。そんな中で感じたことを信じたくはない」
「……聞く人が聞いたら突き放してるみたいだ」
ロビンはため息交じりにぼやく。
「あんたなら?」
「及第点、悪くはない」
そう言って彼はまた、どこか呆れたような微笑みをシュリに向けた。
「あんた向けだからそれでいいわ。加点はおいおい稼ぐから」
シュリはなんだかとても嬉しくなって、つられて笑ってしまった。
「…………その中身はお前さんのような者にこそ相応しい」
老人が呟いたその瞬間、カバンが光り出した。
そしてリアクションする暇も無くカバンが消えて、一本の光り輝く杖がシュリの手に握られているのだった。
シュリはそれに見覚えがある。
例えば少女セレマ第一巻の表紙とかで。
背を冷や汗が伝う。
「魔法の杖、お主に授けよう。さらばじゃ!」
聞きたくなかった言葉を言いながら、老人はキラキラ輝いてその身体が透けていく。
「ソシャゲの退場演出みたいに!!!待って!!!え、これ」
一層強い光が辺りに光った。二人は咄嗟に目をつぶる。
目を開けた時には、そこには誰もいなかった。
ただシュリの手にはしっかりと魔法の杖が握られている。
「……本物?」
震える手でロビンに見せると、彼はその妖精の目で杖をじっと見て、目頭を押さえた。
「本物です……」
「……………………逆に、”有り”か?」
「マジで言ってます?」
たっぷり苦悩したという顔でシュリは答えを導き出した。すぐに疑われたが。
「セレマは要所要所でしか使わなかった。だから逆に、魔法の杖を使っても本筋に影響しないのでは?つまり、これを使って二人の仲を応援することは有りなのでは?そうに違いないよっしゃ!!!!!!!」
「待て待て待て待て!!絶対ヤバいことになるって!?」
「あたしとあんただけの秘密にしておきましょうよ。それに、もしかしたらセレマが受け取る魔法の杖は別かもしれないし」
「あのなぁ」
諭そうとする言葉より早く、シュリは五十センチほどの、飾りっ気の無い杖を天にかざした。
「早速試しましょう。魔法の杖よ、花びらと落ち葉を聖堂前に集めて!」
瞬時に高さ一メートル程度に有象無象の色とりどりの花びらと落ち葉が積み上がった。
勿論二人の周りに、である。
単純に、二人は身動きが取れなくなってしまった。
「アホ……」
「はい、ごめんなさい」
お互いに腰まで埋まったままだった。絞り出すような罵倒は甘んじて受けるしかない。
シュリは、人が洪水の中かろうじて歩ける水位は膝下までだということを思い出した。これも花びらや落ち葉を頼んだために、地面に落ちた時に水分や泥などの付着物があるまま周囲に堆積しているのだ。
徹頭徹尾自分のせいである。
「アホにこんなチートアイテム与えてどうするんだ……!」
「それは、その、あんたに軌道修正してもらうしか」
「俺大変だなぁー!」
この時はまだ、自分がうっかり受け取ってしまった魔法の杖のせいで大変なことになるとは思いもしなかった。
シュリは。
ロビンは正直わかっていた。
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