第3話 今はまだただの少女・セレマ


前回までのあらすじ


憧れの主人公セレマを一目見たシュリは発狂した

ロビンは従者になったことをちょっと後悔した



「学校はつまらないわね」

「いや、そういうもんでしょ」

「だってみんな話がつまらないんだもの。オチが無いのよオチが」

「同級生にべしゃりの上手さ求めてるんですか?鬼か?」


 聖ミーティア学園。ここは三つのコースがある。商人の子など庶民のうち富裕層が通う一般コース、聖騎士候補生が通う候補生コース、そして貴族が通うハイパーセレブリティ・ゴッドクラスコース。


「名称もダサい。恥ずかしくて顔から火が出る……」

「それはそう」

 シュリは学園の裏手にある満開の桜の木に額を押し付け、盛大なため息をついている。


「自己紹介の時に聖ミーティア学園ハイパーセレブリティ・ゴッドクラスコースに通うシュリです!って言いたくない……!!!」

「そういうのは俺みたいなのが言うからあんたの口からは出ませんよ。いや、じゃあ俺が辱めを受けるってことか?」


 今日一日しか通っていない学校で、シュリは大層疲れていた。OLから一転学生の中に放り込まれた、ということもあるが、年齢より学生ノリより何より、貴族の子息子女というものに辟易していた。


「女子は無理のあるアクロバティックおべっかしてくるし、男子は完全にお嫁さん探し。ここじゃあたしはシュリじゃなくて、まだ婚約者がいないラブレー家の娘でしかない。授業も舞踏会での振る舞いだの見た目だけで相手の家柄を推し量る方法とかばっかり!怪しい合コンネットマナーを学校でさせられてる感じだよ……」


(これからセレマいじめを一緒にする取り巻きもいるけれど、シュリの記憶的にも誰にも友情とか感じてない。ラブレー家に取り入ろうと必死な奴か、誰かと一緒に弱い者いじめして憂さ晴らししたい奴しかいないもの)


 呆れて疲れた様子のシュリを見て、ロビンはどこか嬉しそうに目を細めている。

「そりゃ貴族様にとっての学校なんて、ビジネス相手を見極めるための社交場に過ぎない。なるべく早く偉い人に取り入る機会ってだけ。誰だって子供の頃からの知り合いには査定が甘くなるものですよ」


「学校ってあたしにとっては勉強して部活して友達と遊びまくる場所なのに」

「へぇ、良い人生知ってるんですね」

「まぁ人並みのはね」


 そこでいきなり、にやにやしながら楽しく話していたロビンが黙った。

(今の会話が意地悪判定出たのはなんで?)


 シュリは指先の感覚で、自分が悪役令嬢ノルマをこなしたかどうかわかるようになっている。確かに今その感覚が働いたのだ。

 ロビンはあらぬ方向を見ていて、その表情はわからない。


「学校で何したらいいんだろう」

 返事は無い。


「シュリとして生きることには腹くくったけど、何を目標にするのかはわかんない」

「目標ねぇ……生きたいから生きる以外が必要なんすか」

 言葉が返ってきたと思ったらこれである。


「贅沢って言いたいの?」

 びく、とロビンの肩が動いた。些細なものであったが、案外聡いシュリはそれをしっかりと目撃している。


(あたしは両親が死ぬまでは普通の女子高生だった。ほとんどの悩みは取るに足らないことだった。死なないよう生きる、なんて海の向こうの話だと思ってた)


「請託かもね……ちょっと前までは死にたくないから生きなきゃいけない、って感じで生きてた。生活していた、とは言えないレベル」


「それは……かなり、わかる」

 ロビンは俯きながら小さな声で呟いた。

「だからこそ、今は何か目標とか指針が必要。今のあたしは空っぽだから」


 知ってはいるけど何もかも違う見知らぬ世界で、一人きり。

 厳密に言えばこのメカクレ従者はいてくれるけど、そういうことじゃなくて。

 

(どうやって生きていけばいいんだろう)



「そんな悲しいこと言わないで」



 突然声をかけられた。

 鈴のような、鳥のさえずりのような、そういう美しく可憐な形容詞がよく似合う可愛らしさもありながら、強い意志を感じるような声だった。


「セレマ!?」

 話しかけてきたのは、朝にその姿を見かけたセレマであった。


 彼女は使い古されたエプロンドレスと汚れたモップとバケツを持っている。

「私のこと知ってるの?」

 そして少し恥ずかしそうにバケツとモップを置いた。


 この時のセレマは清掃員だった。

 これより少し後に彼女は学園の聖堂で、妖精から魔法の杖を貰う。

 魔法の力が欲しい聖騎士団への交渉材料として使える、とエルリッヒの親であるローズマリー夫妻が後継人となり、聖ミーティア学園に通えるのだ。


 今の彼女は孤児院暮らしの清掃員で、読み書きも出来ない、どこにでもいる一般人だった。

 そう、普通の人は学校にも通えない。学校に通うのは普通のことではないのだ。


「私のことはいいんです。えっとね」

「シュリでいい。……同い年だと思うしそんなかしこまらなくていいわよ」

 それだけのことでセレマは心の底から嬉しそうに、ぱぁっと顔を明るくした。


「じゃあシュリちゃん!私セレマ、よろしくね。それでまずはごめんなさい。ちょっとだけ聞こえちゃったの。死にたくないから生きなきゃってところから」

「本当に少しだから気にしないで」


「どんなことがあって、どんな悲しみを背負っているのかはわからない。でもシュリちゃんは空っぽなんかじゃないよ!だって悲しいとか苦しいとか空しいをちゃんと覚えてて、無かったことにしてないもん」


 セレマは輝いていた。

 身に着けた物が襤褸ぼろであっても、そんなことは関係なかった。

 彼女は真っすぐにシュリを見つめている。


「辛かった時の自分のこと置き去りになんかしてない、立派で優しくて暖かな人だよ。自分のことちゃんと見れる人は、人のことだって見れるもん。

 もし悩み事があるならいつでも相談に乗るよ!何の役にも立たないかもしれないけれど、いっぱいシュリちゃんの話を聞いて、傍にいるってことだけは自信ある!」


 シュリは、彼女のこういった所に憧れていた。

 初めて小説を読んだ日、全ての漢字を読むことは出来なかったけれど、それでも彼女の優しさと強さで魂が震えたことを覚えている。


(そうだ、川に落ちたあの時、あたし心に決めていた。生まれ変われるならセレマみたいな、”優しい誰か”のために生きる人になろう、って)


 風が吹いて桜の花びらが舞って、それが桜より少し濃いセレマの桃色の髪と相まって世界を煌めかせて見せた。


「ありがとう」


 気がつけば、素直に感謝の言葉が口から出ていた。

 セレマは途端に恥ずかしそうにもじもじとしだす。


「あ、あの、えっと、何も知らないのに偉そうにしてごめんね。というか、あの、その腕章って貴族の人だよね……馴れ馴れしく話しかけたりしてごめん」

「謝らないで。あたしあなたと話せてすごく……」


 シュリは肘の近くまで腕が透けていることに気がついた。


「大丈夫シュリちゃん!?空っぽ発言は比喩表現じゃなくて実体が希薄ってことなの!?」

「ロビン!今すぐキンッキンに冷えた発泡酒持ってきなさい!十秒以内!!!」

「俺で条件達成すな!!!!」


 この世界に無い商品を指定の状態で、限りなく短い時間制限内に所望するという無茶ぶりは”是”と判断されたのか、腕はすぐに元に戻った。


「ふう、落ち着いたわ……」

「なんでも話聞くよ!今度会うまでに透ける人に寄り添う心得とか考えておく!」

(このびっくりどっきり人間に対してこの態度、やはりセレマは最高の女よ!)



「お~っほっほっほ!このあたしを心配するなんて百年早いわよ!!!」



「……それはいきなりの方向転換過ぎないです?」

「だまらっしゃい!」

 シュリは心を決めてセレマにびしっと人差し指を向ける。

 人を指さす点も悪役令嬢ポイントが高いはずだ。


「よくもあたしの弱みを盗み聞きしてくれたわねセレマ!あなたこそこのシュリ・ラブレーの好敵手に相応しいわ!」


「え?」とセレマのみならずロビンも困惑している。

「覚えておきなさい!次会う時はこのお礼をしてあげるわ!おほほほほ!!!!……ほら帰るわよロビン」

 シュリはそそくさとその場を立ち去ろうとする。


 セレマはその背に向けて大きく手を振った。

「うん、またね!お礼なんて別にしなくていいからね~!」


 そして二人の姿が見えなくなると、セレマはモップを手に掃除に戻る。ニコニコとしたまま仕事を始めた彼女を、シュリは胸を抑えながら見てきた。


「決めたわ、ロビン。あたし、持てる全てでセレマを幸せにしようと思う」

「はぁ。人生の目標ってやつですか」


「セレマはね、五年前孤児院の立ち退きの危機を救ってくれたエルリッヒ・ローズマリーに淡い片想いをしているの」

「え~?ラブレー家くらいの大貴族じゃないですか。高望みっすね」


「黙ってたけど、あたしエルリッヒ卿が推しなの」

「……好きってことですか?」

「ううんアイドルとかそっち系。セレマは……神……かな。

 つまり二人がくっつくと、神アイドルが誕生する……ってコト!」


 ロビンは可哀そうなものを見る目を主人に向けた。

 シュリは従者の哀れむ視線を無視して天に手をかざした。


「だから二人の恋を応援しようと思う!悪役令嬢しながら!」


(エルリッヒもセレマに恋してるけどシュリと結婚させられる。

 だからあたしがそれを回避すれば二人は上手くいくに違いないわ!)


「ロビン!あんたもキューピッドの片割れだからね!」

「はいはい」

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