Day 3 怪我の功名

 新しいテーブルへ移動した。ここからはインマネが近くなる。

 "In the money."通称インマネ 美しい響きだ。トーナメントプレイヤーの憧れであり、最低限の目標でもある。トーナメントでは一定の順位から賞金を得ることが出来るようになる。

 今回のトーナメントでは1,300位以内になれば賞金として、15,000ドルを受け取れる。参加人数が8,663人なので、約6分の1に残りさえすれば賞金が得られるのだ。


 また、残り人数がインマネまで近くなった状態をバブルという。このバブルがトーナメントのかなめだ。バブルに入った時、多くのプレイヤーは生き残ることを第一にプレイし始める。1,301位以下になってしまえば、1ドルも受け取ることは出来ないからだ。

 逆に考えれば、バブルは稼ぎ時だ。多くのプレイヤーが消極的にハンドをフォールドし始める。このフォールドによって、弱いプレイヤー達が手放したチップを回収することにより、スタックを大きく増やすことが可能になるのだ。



 閑話休題。

 テーブルに状況について書こう。プロらしきプレイヤーは2人、他は弱めなプレイヤー達だ。このテーブルで主導権を握ることが出来れば、バブルで大きく稼ぐことが出来るだろう。そのためには、2人のプロに対して優位に立たなければならない。彼らを圧倒し、俺に抵抗できないようにイメージを植え付けるのだ。

 2人のプロの位置は、俺と1つ席を挟んだ両隣だ。現状では、右側のプロがテーブルを支配している。ただ、左側にいるプロにも注意が必要だ。スタック量は右側がチップリーダーで、左側は俺よりも少ないが平均的なスタックをしている。



 早速、左側のプロと戦う機会が訪れた。

 ハンドはQ♦J♦で、MPから10,000へレイズする。BTNの相手は26,000へリレイズを仕掛けてきた。ポジションはないがスーテッドハンドを持っているため、コールを選択した。


フロップ:Q♡8♠3♦

 トップペアがヒットした。しかし、キッカーが弱く、AAやKKなどのオーバーペアの可能性もある。チェックすると、相手は23,000をベットしてきた。ポットの半分弱で安めのため、ここはコールだ。


ターン:Q♣

 最高のターンカードだ。トップペアがトリップスになった。チェックすると、相手もチェック。おそらく、こちらのトリップスを警戒したのだろう。相手にとっては、ブラフするにも難しい状況であるため、チェックは自然な選択に見える。


リバー:3♣

 おそらく、俺のハンドは勝っているのだろう。ボードにQが2枚落ちているため、相手はもう1枚のQを持っている可能性は低い。

 ボードはドライである。俺がフロップでコールしたハンドは、主にペアで構成されており、この場面でのベットには十分にブラフを混ぜることが出来ない。逆に、相手には、俺の弱いペアを降ろす目的でのブラフを打ちやすい状況だ。よって、ここはもう一回チェックを選択する。

 すると相手は60,000のベットをしてきた。ここは迷わずコールする場面だ。強いハンドを持っているため、レイズしたくなるが、相手は俺に勝っているハンドでしかコールしてくれないだろう。もし、相手が弱いプレイヤーならば、素直にレイズしてポケットペアからのコールを期待するのだが、相手はプロらしき強いプレイヤーだ。

 コールすると、相手はA♡A♦を開き、俺の勝ちだ。良い感じにスタックを増やし、プロからチップを奪うことが出来た。


 この調子で、順調にスタックを増やす。スティールを多用し、消極的なプレイヤーからチップを回収する。

 例えば、EPでA♠4♠をレイズした。スタックの少ないプレイヤーに対し、フロップ:8♡3♣2♠でオールインして、相手をフォールドさせる。バブルが近く、相手が飛びたくない状況を利用し、プレッシャーをかけて、相手からチップを奪い続けるのだ。

 この方針でプレイを続け、俺のスタックは350,000まで増えた。これはトーナメントの平均点よりも多く、テーブルで2番目に多いスタックだ。



 ついに、右側のプロと戦う時がやって来た。相手の方がスタックが多く、バブルも近いため危険な状況だが、今後の主導権を握るためには必須の勝負だ。

 SBからQ♠J♡で、相手のスティールに40,000のリレイズを返す。俺のハンドは弱く、ポジションもない。しかし、相手はここ最近かなりの頻度でスティールを仕掛けているため、リスティールが通りやすい状況だ。しかし、俺の思惑とは違い、相手はコールしてきた。


フロップ:K♦9♦8♡

 ペアが出来なかったが、一応ガットショットドローは出来た。相手にもペアが出来ていない可能性が高いため、50,000をベットした。相手は悩んでからコール。

 はっきり言って、まずい状況だ。俺には弱いドローしかない。相手にはトップペアやドローなどがあり得る。明らかに負けているだろう。


ターン:Q♡

 ペアが出来た。しかし、相手がKを持っていた場合、このQ♡は役に立たないカードだ。たとえトップペアが出来ていても負けている。諦める気持ちでチェックすると、相手もチェックを返してきた。


リバー:T♡

 ストレートが出来た。しかし、相手もJを持っていた場合はチョップ引き分けになる。また、相手にバックドア♡のフラッシュが出来た可能性もある。ここは消極的になるがチェックする。もしかしたら、相手からブラフを誘い出すことが出来るかもしれない。

 相手は81,000のベットをしてきた。即コール。

 "Nice call." と言いながら、相手はブラフであるA♦6♦を開いた。こちらがQ♦J♡を開くと驚いた表情で、彼は首を振っていた。俺のプレイが強いプロを圧倒した。これで少しは楽なテーブルになるだろう。


 1時間後、バブルがやって来た。あと5人飛べばインマネだ。スタックも多いため、耐えていれば、15,000ドルを受け取ることが出来る。しかし、今こそチャンスである。バブルこそチップを奪い、スタックを増やす最高の機会なのだ。



 俺と右側のプロでテーブルを支配している。スティールを繰り返し、ひたすら安全にスタックを増やし続ける。右側のプロは、気が付けば、俺が奪い取ったスタックも回復し、またチップリーダーとなっている。

 またこのプロがMPからまたスティールを仕掛けてきた。俺はCOでA♡J♣を持っている。俺はここ数ハンド、思うようにハンドが入っていない。スタックはかなり増えたが、十分に勝てているとは言い難い。逆に、俺はタイトなプレイヤーに見られているだろう。ここはイメージを利用して、インポジションからリレイズを仕掛ける。

 しかし、問題が発生した。BB。オリジナルレイザーである右側のプロはフォールドした。俺は弱めで難しいハンドを抱えたまま、フロップへ進んだ。


フロップ:K♡T♦3♣

 ガットショットドローが出来た。非常に弱いハンドだが、幸い相手はチェックしてきた。

 BBのプレイヤーは強いプレイヤーではない。先ほどから消極的にプレイしており、数多くのブラインドを失い続けている。しかし、一度大きなポットを取っていたため、彼のスタックは300,000ほどある。ポットには既に150,000ある。ベットを数回すればすぐにオールインになってしまうだろう。

 俺のスタックは約500,000だ。もし、彼とのオールインに負けてしまうとスタックは半壊してしまう。ここは慎重にチェックバックした。


ターン:Q♦

 ナッツストレートがヒットした。最高だ。相手はポットの半分である75,000のベット。相手はタイトなプレイヤーだ。このバブルの状況で、BBから3Bをコールドコールするハンドはとても強いハンドだ。恐らく相手はKKやQQなどのセット持っているのだろう。相手のスタックは約300,000なので、俺がカバーしている。ここは最大のプレッシャーをかけてオールインを選択した。

 相手にとって、このオールインをコールするのは難しいだろう。負けている可能性があり、バブルで飛んでしまう可能性がある。後5人飛ぶだけで、150,000ドルを受け取れるのだ。

 相手は10分以上考え込み、最終的にコールを選択した。


 相手のコールを見て、俺はハンドを開こうとした。しかし、そこでがかかる。バブルのオールインは全てテレビで放送するようだ。

 数分後、フロアマネージャーとカメラマン、そして大量の観客プレイヤーが俺たちのテーブルに集まった。フロアマネージャーがマイクで会場へ状況を解説し、テレビカメラの前でお互いのハンドを開いた。

 相手のハンドは予想通りK♣K♦のセットだ。俺のハンドはストレート。勝率は約80%で、リバーでボードにペアが出来なければ勝ちだ。


リバー:T♡

 なんてことだ。相手にフルハウスが完成してしまった。唖然と頭を抱える。俺は間違いなくベストプレイをしたと確信できる。運がなかっただけの話だ。それでも、ショックで頭が働かない。

 しかし、起こってしまったことは仕方がない。相手のスタックを確認して、同額のチップを差し出す。



 これでスタックは約200,000まで減ってしまった。それでもブラインドは4,000/8,000なので、まだまだ戦うことは出来る。

 その後の数ハンドで少しだけスタックを回復し、インマネが確定した。これで最低でも15,000ドルを受け取ることが出来る。明日のプレイ次第ではより多くの賞金を受け取ることが出来るかもしれない。明日もベストを尽くそう。



 余談ではあるが、テレビで放送されたので関係で、公式ページにも俺の写真と、負けたハンドの記事が掲載された。Google検索で名前を検索すると、顔写真が出てくるようになったのだ。

 バブルで大きなスタックを失ったことはショックだが、俺の名前がネットに乗ったことはラッキーだ。正に、である。。

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