第2話 学生時代の思い出

「明日、福士くんと遊ぶんだけど由梨亜も来ない?」


 金曜日、明日は休み。土日は福士くんと純子を見なくてもすむ。そう思うと純子と一緒に帰るのも耐えられる安堵あんどの曜日だった。油断していた所にパンチをくらう。


「なんで? デートなら二人のほうがいいんじゃない」


 私は正直な感想を述べた。


「人数多いほうが楽しいかなって。由梨亜なら変な事にならないと思うし」


 変な事。それって……。


洋子ようこちゃんとか誘ったら?」


 私はクラスで一番可愛い子の名前をあげた。


「洋子はちょっと……」


 純子が言いよどむ。可愛い子に彼氏は会わせられない。そういう事だ。つまり私は安全圏あんぜんけんだと言いたいのだろう。残酷だ。


「デートの邪魔しちゃ悪いから行かないよ」


 私は必死の笑顔で断った。残酷、残酷、残酷だ。純子なんて大嫌い。心の中でそう思うのを必死で止めた。


「そっか、いきなりごめんね」


 純子は残念そうな顔をする。誰が行くもんか。私の気も知らないで。

 この日は帰宅してから悔しくて涙がでた。悔しいのか哀しいのか本当は分からないけれども。純子の事も福士くんの事も、考えたくない。


    〇


「由梨亜って字が綺麗だよね」


 突然、洋子ちゃんに褒められた。


「そうかな? ありがとう」


 テレビで字を綺麗に書くコツを見た事がある。文字のすき間を同じ間隔かんかくにする事、それだけを覚えていた。間隔に気をつけて必然とゆっくり書いてしまうのだが、それがいいのかもしれない。


 洋子ちゃんに「どうやって書くの?」と聞かれて、すき間を意識していると答えた。


「えー、難しい」


 洋子ちゃんは大きな目をさらに大きくして驚いていた。


「字って人柄がでるよね。由梨亜のちゃんとした性格がでてる」


「褒めすぎだよ」


 私は照れて、けれども嬉しかった。洋子ちゃんは顔が可愛いだけじゃなくて人のいい所も見ている。クラス一の美少女はだてじゃない。


 視線を感じる、男子の視線だ。洋子ちゃんは可愛いのでいつでも注目の的だった。視線の中には福士くんもいた。見ないでほしい。けれども可愛い洋子ちゃんを見る権利は等しくある。


    〇


典明のりあきさ、由梨亜の事を見てるんだよね」


 ある日純子が言う。福士くんの事を典明と、名前呼びになっていた。


「どういう事?」


 いきなりで意味が分からなかった。


「由梨亜が笑っている時とか、典明は嬉しそうな顔で由梨亜の事を見てる。私ジェラシー燃やしてる」


 純子は顔をふくらませていた。ふざけて「怒っているぞ」感を出していた。


「偶然じゃないの? 何で福士くんが私を見る必要があるの」


 福士くんの事は見ないようにしていた。完全に気持ちを忘れたわけではない、少し苦しいけれども純子の話を聞く位には諦める事ができていた。それなのに……。


「由梨亜も由梨亜の周りも本当いつも楽しそうに笑ってる。だから由梨亜の周りには人が集まるんだよ」


 そんな風に思われていたなんて知らなかった。確かに学校にいる時、私は楽しい。それは楽しい人たちに囲まれているからだ。


 同じ学校を選んだ同じ年齢の同級生たち。多感な時期と呼ばれるこの年代、彼らと過ごした時間の価値はきっと卒業後に分かり意味をすのだと思っていた。


アイドルのインタビューを思い出す。


―学生時代、一番の思い出は何ですか?―


―授業の合間の休み時間ですね。短い休み時間に交わした何気ない会話が今思うと一番貴重で楽しかった気がします―


 私は納得した。この答えに修学旅行とか学園祭とか、行事を選ぶのは違う気がしていた。


 毎日色々な事を思う、この何気ない日常がかけがえのないものなんじゃないかと思っていた。


 福士くんと純子がつきあいだしたあの頃の苦しい感情も、過ぎてしまえばきっと青春の味になるのだと思った。そう思って忘れる手段に付け加えた。


 それなのに今さら私を見ているだなんて。忘れていたのに、ううん本当は、忘れかけていた。そんな事を言われたら、少しだけ残っている福士くんへの想いが……私は少し、ときめいていた。

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