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 ケイコはノートパソコンのキーボードに置いた手を一旦休め、ぐるりと首を回した。

 細かい数字と文字でデータを入力し始めて1時間ほど。慣れない作業のせいで肩がこるし目も疲れた。そして否応いやおうなく残っている仕事が目に飛び込んでくる。

 4階西側の空き教室。カーテン越しに西日が差し込んできて背中を温めている。10月だというのに、背中に汗が伝うのを感じる。とはいえ今さら移動するのも億劫おっくうだ。

 四方の壁が見えないくらいうず高く段ボールが積み上げられ、その中には歴代の文化祭で使ったり使われなかったりした品々が適当に放り込まれ、保管してある。それの分類と整理がケイコの仕事。

 梅園寺高校は公立のせいか、文化祭で使った物品を勝手に捨ててはいけないという風習がある。教師がそう言うせいで生徒たちは片付けが楽だからと使えるものもそうでないものも倉庫に投げ込んで適当に片付けてしまう。

 文化祭実行委員会に入ってみたものの、任せられたのはこんな仕事。

 意味があるのか。エクセルのソフトで作ったセルを、ひとつづつ埋める度に思ってしまう。どれもこれも捨ててしまえばいいじゃないか。

 しかし、あの文化祭実行委員会の面々の前で、自分でやると言いだした手前は引き返せない。

「さて、次は何かしら」

 ありあわせのサイズの机と椅子は、もちろんサイズが合っていない。机が大きすぎる。

 足元においた段ボール箱にぐっと手を伸ばしてみたが、届かない。

 左手は机をしっかり掴み、上半身を曲げて右手で手近なものを掴む。

 動かない足が恨めしい──だからといって不要なやつだと思われたくない。

 そんな不器用な性格は自分でもわかっているが、たいていは「やる」と決めた後に気づく。

 右手が掴んでいたものは雑誌だった。段ボール箱の底を眺めて他に似たモノがないかチェックする。

「ええっ、と、ZA S SHI、と」

 カタ・カタ・カタ。書道をしているよな丁寧な指先でキーを押す。

 数は1。壊れていたり量の少ない消耗品だったら、間違いなく破棄、だ。

 ヨレヨレの古びた雑誌を眺める。

「発行日は、1999年7月。うわ、私の生まれる前じゃない」

 目に引く色とフォントで書かれたタイトルは『戦争!』だった。

 戦争。意味はわかる。しかし実感として、ない。そんなもの何十年も前に無くなった。

雑誌の検証記事では1970年のキューバ会談で終結した冷戦が、もしも本当の戦争になっていたらを知識人を交えて解説していた。

「ばかばかしい。ただの妄想記事じゃない」

 そう思えば、1999年7月、という日付に思い当たるフシがあった。世界中の軍隊が解体され、浮いた費用でアフリカに軌道エレベーターを作り始めた。今もまだ作っている。たしか、そうだった。

「で、この雑誌は、いらないものでしょ。破棄ね」

 ケイコはエクセルのセルの「雑誌」に取り消し線を付けた。そして廃棄物品の入った段ボール箱に投げ入れた。

 ひとつ仕事を片付けてまた再び首をぐるりと回す。軌道エレベーターが世界統合の象徴なら、先週の中間テストで赤点ギリギリだった共通語エスペラントはその弊害にほかならない。大人たちは国境が無くなったことを喜んでいるが余計な勉強が増えるこっちの身にもなってほしい。

 共通語エスペラントを話す分には問題ないのにテストになると振るわない。伝わればいいんだよこういうのは、まったく。

 ふと、ケイコは手を止めた。サボってるわけじゃない。

 うず高く積み上げられた雑用。くそみたいな連中しかいない文化祭実行委員。雑用の中でも端の端の仕事ばかりが自分に回ってくる。

 戦争なんてものがあったら、そんな陰鬱な世界を吹き飛ばしてくれるんだろうか。

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