第16話
あまりにも良く寝てしまったせいか、携帯のアラームを聞き逃してしまっていた。
起きた時には、既に八時を過ぎていた。学校に遅刻してしまう。
ヤバい。と思ったすぐ後には、きっぱり諦めていた。
『もうどうせ間に合わないから、二度寝でもしようかな』
でも、チェックアウトの時間があるから、そんなにのんびりしてられない。仕方無いから、私は無理矢理布団から重い体を起こしてベッドに座り込んだ。
頭の中が霧に煙り、次何をすればいいのかまとまらない。
取り敢えず携帯を見る。
津々木(つづき)さんから心配のメールが来てた。
そして、大辻(おおつじ)君からも「おはよう」の挨拶が送られていた。
私は、大辻(おおつじ)君に「おはよう」と返して、顔を洗いに行った。
また、携帯を見たのは、部屋を出る直前だった。
今度は、澤木(さわき)さんからメールが来てた。澤木(さわき)さんも私と同じように頻繁にメールをするような人じゃない。何かあったのかな。
その内容を見て、私は愕然とした。
『今、学校に来てびっくりしたんだけど、瀬南(せなみ)さん、夕べおじさんとホテルに入っているのを見られてるよ。学校では、その噂で持ち切りよ』
しまった!
まさか、あの時間に見られる可能性があるとは思わなかった。
特にショッキングな噂は、女子の間では瞬足で広まってしまう。人付き合いの無い私でも、悪い噂程、耳にするスピードは速かった。
一気に登校する気を失ってしまった。ベッドに座り込んだ私は、頭を抱えてしまった。手足が小刻みに震え、息が早くなる。
どうしてこんな事になるんだろう。
学校で噂になっているなら、大辻(おおつじ)君の耳にも入っているかもしれない。何もしていないとはいえ、津々木(つづき)さんとホテルに入ったし、食事をしてお金を貰っているのだから、言い逃れは出来無い。明日、バイトで一緒になるのに、気が重たくなる。普通なら、もうふたりで会ってはくれないだろう。
どうして、私ばっかりこんな目に遭わなければならないのかしら。
いっその事、消えてしまいたい。
もう一度携帯を持ち、大辻(おおつじ)君からメールが来ていないか見る。
私は、何を期待しているのだろう。大辻(おおつじ)君に許して貰いたいのだろうか。大辻(おおつじ)君の私への気持ちが変わらない事を願っているのか。
でも、事実を知った上で付き合ってくれるのも、気が引けてしまう。大辻(おおつじ)君が私に何を感じているのか、ずっと引け目を感じながら一緒にいて、私は平気でいられるのだろうか。
もう、何が何だか分からなくなって来た。
私は、再びベッドに横たわると、枕に顔を埋めて、短いながらやり切れない時を過ごした。
結局、学校を休んだ。
クーラーをガンガンに効かせた部屋でまとまらない頭を延々かき混ぜながら、チェックアウトぎりぎりまで粘った後、ホテルを出た。
外は、どんよりした雲が垂れ込み、一気に熱風と共に湿気が体中を覆い尽した。今にも雨が降りそうな空がこれからの波乱を予感していた。
ここから、家に帰るまでは距離があった。自転車を置いて家を飛び出たから、三十分程歩かないといけない。津々木(つづき)さんも帰りの心配をしてくれたけど、夕べは兎に角、落ち着きたい場所を求めていたから、構わないと答えていた。
勿論、家には帰りたくない。
途中の道すがら、小さなネットカフェがあった。三時間パックでも千円を超えていた。財布の中身を見なくても、余裕が無いのは分かっている。
結局、湯気が湧き立つようなアスファルトを歩く苦行を続けるしかなかった。
夜までいつもの公園で時間を潰し、叔母さんの家に向かった。
みんなに会いたい訳じゃ無い。こんな気持ちであの騒がしい家に入っても居心地が悪いだけだ。
今日は、朝から公園の水しか口にしてない。どうしても体力を戻す必要があった。
私は、念入りに周囲を確認して、闇夜の中、お金を隠してある床下に手を入れた。
ん?
だけど、私の右手は空を切るばかり。
おかしいな、と思いながら、奥まで手を伸ばすけど、そこにある筈のポーチに触る気配も無い。
今度は、一気に冷や汗が全身を覆った。少し、混乱しながら、地面の土を掻き回す。蜘蛛の巣も構わず壁や床の裏に右手を這わす。絶望的な状況なのは、一分もあれば分かった。でも、私は空腹も忘れて、五分くらい手を擦り傷だらけにしながら、必死に探した。
どのくらいその場にへたり込んでいたのだろう。
誰かがお金を見付けて盗ったに違いない。
一番考えられるのは、連(れん)君だ。私がお金を隠す為に来ていた所を見ている。もしかしたら、隠している所も見られたかもしれない。
問い詰める気も無かった。お金を盗るくらいなら、正直に言わないだろう。お世話になっている叔母さんに言うなんて無理だ。第一、お金の出所を聞かれたら、津々木(つづき)さんと会っているのを隠しようが無い。
何で……。何で、こんな事が続けて起きるの……。
結局、公園の茂みに身を隠しながらひと晩を過ごす事になった。まだ、家に戻るのは怖かった。津々木(つづき)さんにまた頼る訳にもいかない。
携帯に母親から着信があった。出る気は無かった。
大辻(おおつじ)君からメールは無い。何度も何度も見ても無い。携帯の充電の心配もあったから、途中で諦めた。
澤木(さわき)さんからは、私を気遣うメールが来てた。
汗臭く汚れたままの服、傷まみれの右腕、ぼさぼさに整えていない髪。
私がその格好で『コロンビア』に入っても、店長は気にする素振りも見せずにいた。気を使ってくれたのか、本当に私の異変に気付かなかっただけなのか。
只、短い言葉を私に伝えただけだった。
「もう、大辻(おおつじ)君は来ないよ。新しいアルバイトを見付けたんだって」
最後に私を止めていたストッパーが無くなった瞬間だった。
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