第13話

「ほら。UFOキャッチャーしません?」

 近くの大型スーパー。二十年程前、地元の商店街を半殺しに追いやった元凶も、隠しようも無い劣化と時代に合わない低スペックで集客力の低下っぷりは半端無い。

 さすがに、こんなスーパー、見所なんてありはしない。アパレル、本屋、CD屋、そして……。

「あ、あそこはどうですか?」

大辻(おおつじ)君がスーパーの一画を占めている寂し気なゲームコーナーを指差した。

「うん。いいね」

 クレーンゲームにメダルゲーム、アーケードゲームとそれなりに揃えているけど、いずれも古臭さが拭えない。

 デートする所としては、選ばれるような所では無いけど、私の懐具合が贅沢をさせてくれない。大辻(おおつじ)君は、気にせずに半日も付き合ってくれた。

 大辻(おおつじ)君は、私の答えを求める素振りも無く、楽しそうに笑いかけてくれた。

「あ……」

 クレーンゲームの中に、私の好きなキャラクターのキーホルダーがあった。

 無駄遣いするお金は無かったけど、津々木(つづき)さんのお金をほとんど使わずに置いている。少しくらいいいかな。

「あ……」

 財布に手を伸ばした。あと数十円しか残っていなかった。

 私が財布を覗いているのを大辻(おおつじ)君の視線が追っている。

 私は、何事も無いかのように財布を閉めると、他の台に移ろうとした。

「どれです?」

 大辻(おおつじ)君がクレーンゲームを覗き込みながら聞いた。

「あ……。いや、いいの」

 私の言葉を聞き流しながら、百円が細い穴に吸い込まれる。

「いいですから。どれですか?」

 彼の笑顔が私から抵抗心を消し去ってくれる。

「あれ、かな」

「あの黒い狸のキーホルダーですか? 何です、あれ?」

 それは、嫌味な目をした狸が胡坐(あぐら)を掻いて、一升瓶を片手に泥酔しているキャラクターだ。そんなに人気の無いアニメのサブキャラ。正気を保てない姿がどことなく親近感を持つ。

「へえ~。今度、観てみよう」

「もう、放送は終わってるけどね」

「ネットを探せば出て来るかもしれないですよ」

 クレーンゲームを一回で成功出来たら大したものだ。

 御多分に漏れず、大辻(おおつじ)君も五百円掛かってしまった。

「はい。ようやく取れました」

「ごめんね。今度、お金返すね」

「いやいや、いらないですよ。はい、どうぞ」

 本当に嬉しそうな表情。その笑顔に心が和らぐ。

 ぎこちない手で渡されたキーホルダー。私は、大事に両手で受け取った。

 小さな何てこと無いキーホルダーだけど、大辻(おおつじ)君の思いでキラキラに光っている気がした。

「ありがとう」

 私の言葉に、大辻(おおつじ)君は少し照れたようにはにかんだ。何か、可愛いな。こういう事に慣れてない仕草がいじらしい。

 私も彼にマウント取れない経験数だけど、少なくとも津々木(つづき)さんとの付き合いで男女の駆け引きの何たるかを教えられている。

 私達は、ゲームコーナーの端に置かれていた小さな椅子に座った。すぐ側には、色褪せたスーパーの壁が迫る。

 携帯が振動した。津々木(つづき)さんからメールが来たみたいだ。大辻(おおつじ)君と会うようになって以来、津々木(つづき)さんとは会っていない。やっぱり、どうしても、大辻(おおつじ)君に隠して他の人と会うような事は出来無い。

「瀬南(せなみ)さんは、血液型は何型ですか?」

 使い古された質問。私が無口だから、そろそろ大辻(おおつじ)君も会話のネタに困っているみたい。

「血液型は、調べた事無いわ」

「え? 知らないんですか?」

「うん。どうやって調べるの?」

「そうですね。病院で調べるのが一番ですけど、献血でも分かりますよ。只、きちんとしたものじゃ無いから、しっかり調べるには病院が良いみたいです」

「そうなんだー。献血でも分かるんだ」

 そういえば、献血をすればジュースが貰えるとか聞いた。今度、行ってみようかな。それなら、毎日行けばジュース貰い放題って事?

「いやいや、そんな事無いですよ。毎日献血したら、血が無くなっちゃいますからね。何か月か日を空けないといけなかった筈ですよ」

 大辻(おおつじ)君は、私の頓珍漢な欲望を優しくたしなめてくれた。今まで会って来た男の子なら、もっと激しく馬鹿にして来たのに……。

 何だか、大辻(おおつじ)君といると、居心地が良い。

 私達は、そのまま夕方まで他愛も無い話をして過ごした。

「そろそろ、帰りましょうか」

 時間も六時を過ぎて、自動ドアの向こうに見える陽も傾きつつあった。

 私は別に遅くなっても構わないけど、大辻(おおつじ)君まで付き合わせる訳にはいかない。

「そうですね」

 でも、大辻(おおつじ)君は、残念そうな表情で力無く言った。まだ、一緒にいたいと思ってくれているのがよく分かる。そう思ってくれるのは、嬉しい。

 私は、おもむろに立ち上がった。こんな寂しいゲームコーナー。見える範囲にいるのは、手持無沙汰な店員と通路の向こうを歩いている数人の買い物客だけだ。

「今日はありがとうね。キーホルダーも大事にするね」

 すると、私は柔く強い力で脇の下から体を持ち上げられ、そのままあっさりとシューティングゲーム機の死角に運ばれた。

 あっという間だった。

 ゲーム機の影に目が慣れず、黒い体が視界のほとんどを覆っている。

 何が起こったのか分からずに、冷たい壁を背に受けながら、大辻(おおつじ)君の胸の辺りを見ながら立ち尽くしていると、突然、男の子の顔が私の目の前を覆い、唇の半分が大辻(おおつじ)君の唇と重なった。

 不思議と嫌な感じはしなかった。

 大辻(おおつじ)君は、少し不自然に身を屈め、顔を横向きにして息を弾ませている。

 それは、不器用で温かみのあるキスだった。

 大辻(おおつじ)君の右手が私の腰を抱えると、力の抜けかけた私は、その右手に体重を預けるように押し付けた。

 長いようで短いハプニングだった。

 その後、何を話したのか覚えていない。

 只、押し黙ったままの私に向かって、大辻(おおつじ)君が一生懸命話し掛けていた記憶はある。

「また、明後日。バイトで」

 大辻(おおつじ)君が笑顔で手を振っていたのに、小さく振り返した事は覚えている。

 明日は、『コロンビア』が休みだから、次会うのは明後日だ。

 私は、初めて、誰かと会う事が待ち遠しいと思っていた。

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