訪問

 国連異星高等弁務官になどなるんじゃなかった。

 国連と言っても新国連の方だ。そして名前から分かるように俺の担当は、そう、皆さまご存じのファーマル星人だ。

 年に一度の表敬訪問とは別に彼らのアンドロイドの一体が今年から地球に駐屯することになり、その世話役に選ばれたのがこの俺ということだ。


 ファーマル・アンドロイドは身長170cm、平均的な人間の体を模している。もっともその姿形は変形が可能である。ある種のナノマシンによる流動体でその体は構築されているためだ。そういうわけでこいつの外見はいつも同じというわけではない。

 最近ではその姿は普通の白人に見えるように調整してある。

 髪は金髪。瞳は灰色。肌は少し日に焼けた感じに見える。さらに暑い日には体臭を匂わせることもできる。もちろん地球ではこれほどのアンドロイドは製造できない。

 名前もある。ジョージだ。ジョージ・ファーマル。何だか悪い冗談を見せられているようだ。最初はジョン・ドゥにしたかったらしいが、それは断固として人類政府が拒否した。ご存じとは思うがこの名前は本来は身元不明の死体につけられるものだ。

 悪いイメージを連想するような名前がNGだと彼らに理解させるまでに長い時間を要した。


 ファーマル星人は非常に高度な科学力と半径三千光年に及ぶ支配域を持っている巨人サイズの大きさのゾウリムシだ。もちろんそれは見た目だけで、その本質は多細胞生物に属する。

 そうだよな?

 そうに違いない。単細胞生物が我々人類より遥かに高い文明を持っているなどとても耐えられる話じゃない。


 人類に取ってはファーマル星人は大恩人とも言える。技術の自家中毒に陥っていた人類に彼らは清浄化された空気を返してくれた。破壊された海の生態系を修復し、大地に蓄積した毒物を除去してくれた。人類のほとんどの病気を駆逐し、外惑星への植民の道を開いてくれた。

 その代償はほんのわずか。彼らは人類との深いコミュニケーションだけを求めている。

 もっとも彼らの言葉を信じるならば半径三千光年以内に存在する知的生命体は彼らファーマル星人と我々人類の二種類だけだという。それより外の領域にも知的生命の存在の兆候は皆無だという話だ。

 どうしてこの広い宇宙にこの二種族だけなのかは彼らにも分からない。

 この世にたった一人の友人なのだから大事にしなくてはならない。ファーマル星人は心の底からそう考えているようなのだ。もし、彼らに心というものがあるのならばの話だが。


 地球人の感覚からすれば、ファーマル星人はお人好しの大ボケだ。人類とは感性や精神構造が大きく違う。

 まあ、ファーマル星人は人類を遥かに越える知性と科学技術を有しているが所詮は大きなゾウリムシに過ぎない。口の悪い奴はそんな言葉を嘯く。

 彼らの目的は人類との濃密なコミュニケーション。つまるところ人類だけが持っていて彼らが持っていない二つの特性こそが彼らの興味の中心なのだ。

 二つの特性、つまりセックスと暴力だ。



 朝、オフィスに着いた時にジョージが俺の机の前に立っていたので、いや~な予感がした。

「おはようございます。ミスター・カネル」

 ジョージは無表情な顔で言った。カネルは最近作った新しい偽名だ。前の偽名は秘密高級売春宿で伝説になってしまったから使えなくなってしまった。あの売春宿は政府の高官や財界の大物も出入りするので下手に名前が売れるのは非常にまずいのだ。

 ジョージはその頭の奥で何かを議論していた。別に声が聞こえたわけじゃない。ジョージの反応を俺が読めるようになっただけだ。


 このファーマル・アンドロイドの頭の中には超光速通信装置が埋め込まれていて、その通信の先には銀河系の広い範囲に散らばる何億、場合によっては何兆というファーマル星人が繋がっている。それら全部が地球で起こることを興味津々で見守っており、どんな光景も見逃すまいと頑張っているのだ。

 そのような行為を可能にするために必要なエネルギーは青色恒星まるまる一つ分が放出するエネルギーに相当することがある。そう聞いて俺は腰を抜かしたことがある。たかが通信のためにでかい星を一個丸々潰すのだ。何というスケールの覗き見なのか。

 人類にはそれほどの価値がある。少なくともファーマル星人に取っては。


 こうしている間もファーマル星人たちはセックス・アンドロイドであり同時に極めて凶悪な暴力装置でもあるジョージに、次にどのような行動をとらせるべきかを討論しているのだ。

 おお、恐ろしい。



 何千光年彼方での討論が終わると、ようやくジョージの顔に変化が訪れ、ぎこちない笑顔を作り上げた。ジョージは微妙に口の端を上下させ、目じりの皺を変化させ、鼻をピクピクさせた。それから完璧な微笑みに落ち着いた。

 どこかの惑星を丸ごと改造した人類の精神構造シミュレータが使われたに違いない。

「ミスター・カネル。我々は結論したのです」

 ということは絶対命令ということだ。ファーマル星人は攻撃性をほとんど持たない穏やかな性格だが、彼らを失望させれば俺の首は一瞬で飛ぶだけの権力があるのは間違いない。

 なにぶん今の人類の発展は彼らの協力があればこそなのだ。


「いったい何でしょうか?」

 俺は訊いた。『マイ・ロード』とは敢えてつけなかった。俺にだってプライドはある。

「我々は暴力の現場、つまりは制御されない暴力の現場を生で見てみたいのです。つまり一切の演出無しで、突発的に人が死ぬ、そして敵対する組織がにらみ合う。そんな暴力の現場が見たいのです」


 このゾウリムシ野郎たちは言うに事欠いてとんでも無いことを言いだしやがる。


「我が地球にはそんな場所はありません」俺はきっぱりと答えた。

「そんなことはありません」ジョージは指摘した。「まだ暗黒組織が存在していることは知っています」

 俺はがっくりと肩をうなだれた。

 ごまかしても無駄だ。ファーマル星人は驚くほど地球について詳しい。それも当然で彼らはもう一万年近く地球と人類を観察してきているという事実がある。地球のあらゆる場所に彼らのスパイ虫が潜りこんでいる。

 これは人類がファーマル星人に管理されているという意味ではない。ただ単に彼らは我々人類の行うあらゆる行為に興味があるということだ。覗き屋ファーマルとの秘かな呼び名もゆえ無きことではない。


「確かにマフィアは今に至るも存在しています。あなた方のお陰で貧困は撲滅できましたし、病気もほとんど克服できました。それでも麻薬の問題は依然として残っています」

 ファーマル生命工学は麻薬による人体の損傷を完全に修復することができる。そのため世界政府は一度ドラッグの類をすべて合法として、それを政府自体の歳入に組み込んだ。

 だがさすがのファーマル技術でも麻薬の精神依存を完全には修復できないことが知れるにつれてこれらは大問題となり、結局は再び麻薬の類は違法とされた。

 人間はお手頃な快楽を断ち切ることはできないのだ。

 そして一度は大きく勢力を落とした暗黒街の連中はここに生き残る道を見つけた。

 今では世界レベルの麻薬カルテルがいくつも存在し、前よりも過激になったマフィアがそれに貼りつくという構図ができてしまっている。


「・・そこに連れて行って欲しいのです」

 ジョージは話を締めくくった。

「無理です。第一にあなたの警備の問題が・・」

 ああ、もちろんファーマル星人はそれも計算に入れている。アンドロイド・ジョージには護衛など要らない。たとえ人類の軍隊が彼に一斉攻撃しても、ジョージは傷一つつかないだろう。それは戦略級核兵器でも例外ではない。核融合の煮えたぎる超高熱プラズマの中でもジョージは鼻歌を歌いながら散歩しているだろう。


 その日の内に国連調査部から手近のマフィア組織の本拠地の情報を入手し、俺とジョージは出かけることにした。



 ファーマル星人訪問以来のこの時代、つまりファーマル時代にも犯罪行為は残っていて、それに合わせて犯罪組織も生き残っている。

 ただしその形態は大きく変わった。かっての犯罪組織の特徴であった暴力と殺人は大きく後退した。今や永続保険にさえ入っていれば、死は克服できるのだ。記憶をある時点で保存し、再生した体に注入する技術は事実上の不死を意味した。

 その値段があれほど高価でなければすべての人類が不死になることを選んでいたであろう。

 この技術のために暴力や死は究極の脅しにはならなくなっている。

 だが麻薬は別だ。麻薬中毒による体への損傷が簡単に治療できるようになってしまった結果、麻薬は逆に広まってしまった。人々は前よりも気軽に麻薬をやるようになったからだ。

 そこに犯罪組織が生き残る道はあった。


 その結果が目の前のこの立派なビルだった。マフィアがアジトにするには勿体ないほどの最新鋭の設備が揃った高層ハイテクビルだ。

 ここは表向きは普通の会社だが、内部ではマフィアのメンバーが所狭しと働いている。

「では入りましょう。社長室はここの最上階です」

 ジョージは俺が止める間もなく進んだ。


 ジョージが窓口を無視して奥のエレベーターに進んだところで警報ベルが鳴り響いた。警備員たちがが恐ろしい形相で駆けよって来る。その腰にはでかい拳銃がぶら下がっている。

「そこで止まれ!」

 警備員が銃を抜いた。俺たちは囲まれている。これは侵入者を逃がさないための布陣だ。殺害を目的とする場合は射線がお互いに被らないように一方に整列する。

 ジョージの足が止まる。警告を聞いたのかと思ったがそうではなかった。

 ジョージのアンドロイドの顔に様々な表情が浮かぶ。怒り顔、泣き顔、笑い顔、消沈、焦り、空白。一秒毎に表情が代わり、周りを取り囲んだ警備員たちがそれを見て困惑する。最後にジョージの顔が一つの表情に落ち着いた。

 歓喜の表情だ。つまりジョージと接続している推定二千万のファーマル星人が投票でこの感情を選んだということだ。

「ああ、何と素晴らしい」ジョージが叫んだ。

「これが脅迫という行為なのですね。初体験です。なんと素晴らしい。何の躊躇いもなく相手の命に危害を加える行為を示唆する。まさに感動です。グルンガラップです」


 ガルデンアップはファーマル星人による五百人単位の集団自殺による感激の儀式だが、グルンガラップは一種の思想的闘争の決着を意味する儀式のことで、つまりは今の瞬間どこかの命豊かな惑星が一つ、ファーマル星人の物質変換機により破壊されたということだ。

 その命の責任すべてがこれら警備員の行いにあると断じるのはあまりにも強引と言うものだろう。だが彼らには事の詳細を教えないのがせめてもの慈悲だ。自分たちが生物大量殺戮の原因だと聞かされるのはさすがに気分が良いものではないだろうから。


 ジョージは続けた。

「皆さんご存じでしょうか。たった今のあなた方の行為は十七の理論を検証し、同時に三十二の理論を棄却に追い込んだのです。これにより今から地球時間の三日後にはサルスマナ星系の超粒子効果理論研究グループ全員によるガルデンアップが行われることでしょう」

 グルンガラップに加えてさらに最低でもファーマル星人五百人の命が失われるということだ。

 そこでジョージは一区切りつけると両手を大きく広げた。

「次はいったい何を見せてくれるのでしょうか。次なるグルンガラップの準備は整っています」

 冗談じゃない。たかが警備員が銃を構えたぐらいで惑星が壊されたり異星人が大量自殺したりされてたまるか。そんなことが上司に知られれば俺の首が危ない。

「武器を置いて降伏しろ」警備員がようやく気を取り直して続けた。

「おお、素晴らしい手本です。こうですね。貴方たち、武器を置いてただちに降伏しなさい」

 にこにこ顔のジョージが宣言した。馬鹿にされたと思った警備員の顔に露骨な殺意が浮かぶ。

「抵抗するんじゃない。撃つぞ」

 それに対するジョージの答えはこうだ。

「抵抗してはいけません。さもないと半径ニ千フィートをブレアップしますよ」


 ブレアップはファーマル星人の資料で見たことがある。人類の持つ一番近い言葉は原子分解だ。しかも恐ろしいことにファーマル星人はジョークを言わない。

 いや、この事態そのものがジョークだが、ファーマル星人はジョークのつもりでやっているわけじゃない。ジョージのどの言葉もまごうことなき本気だ。

 恐らく今この瞬間、地球の軌道上で静かに潜伏しているファーマル星人の宇宙船の中でブレアップ装置が起動している。


「止めてくれ。止めてくれ」俺は両手を振った。「君たちこのお方がどなたなのか知っているのか!」

 今度は警備員の銃がこちらに向いた。

「その前にお前は誰だ?」

「新国連の異星高等弁務官だ。撃つなよ、今証明書を見せる」

 俺がネクタイに触るとその中に仕込んであるセンサーが動作し、空中に身分証のホログラムが浮かんだ。QRコードがついていてスマホで撮影して問い合わせると確実な身分保証が返って来るという代物で、短時間で認証コードは切り替わるために偽造は原理的に不可能となっている。

 警備員の一人が手馴れた手つきでそれを撮影して問い合わせる。すぐに俺の身元は証明された。ようやく銃口が下に降りた。

「アポは取っていませんね? これ以上立ち入っては困ります」

「もう進んで良いですか?」ジョージが前に出ると再び銃口が向けられた。

「だから止めろって」

 俺は慌てて止めた。ここでジョージがブレアップなんかした日には歴史上の大量虐殺者のリストに俺の名前が載ってしまう。

「君たちこのお方がどなたなのか知っているのか」もう一度言った。

「知るものか」

「いや、知っている。絶対に知っている。このお方はファーマル星人のアンドロイドだ」

 警備員全員がぎくりとした。もちろん誰もがファーマル星人のファースト・コンタクトの映像を見ている。十八歳未満は閲覧禁止になっているアレだ。

「ジョージ。股間ドリルを出してくれ」

「何のためですか?」

「いいから早く」

 表情を見せないジョージの顔の奥で超空間通信機が大量の情報をやり取りしている。その先に繋がっている何億というファーマル星人がこの要求に応えるべきかどうかを検討しているに違いない。

 いきなりジョージのズボンの股間が盛り上がり、変形するとドリルが出現した。魔法のように見えるがファーマル星人のナノ・メカ技術の産物だ。ジョージが着ているように見えるスーツそのものもジョージの体を構成するナノ・メカの一部で作り上げた偽スーツだ。

 股間のドリルがゆっくりと回り始めた。警備員たちの目はそこにくぎ付けだ。

 いまや誰もが知っているその凶悪な形状。多くの上級政治家たちの尻を掘ったアレだ。

「わかりました。私と深いコミュニケーションをしたい方がいるのですね」

 ジョージが一歩前へ出た。それに合わせて股間ドリルがさらに膨らむ。

 わけの分からない嗚咽を漏らしながら、一瞬で警備員たちが逃げ出した。

 後に残されたのは俺とジョージだけだ。

「それもう要りません。しまってください」

 俺はジョージの股間のドリルを指さした。

「よく分かりません。彼らは何故職務を放棄して逃げ出したのですか?

 貴方たちは今また新しい謎を提示したのです。すでに百二十を越える研究組織が立ち上げられ、惑星三つを優に買えるだけの予算が決議されました」

「行かなくていいのか?」

 俺はジョージの質問を無視して、広間の奥のエレベータを指さした。

「済まないな。抜き打ち訪問がしたかったのだと思うが、今のでバレたに違いない」

「そんなことはありません。すでにこの辺り一帯の通信は封鎖してあります」

 ジョージの顔はどことなく得意げだ。

 エレベータは電子ロック付きで認められた者だけが乗れる特別製だったが、ジョージが近づくとあっさりと開いた。ファーマル・アンドロイドに取っては地球製システムのハッキングなどお手のものだ。

 俺たちは最上階へと一気に移動した。



 エレベータが開いた先はそのまま大きな会議室になっていた。

 中にはU字型になった大きな会議机が置かれ、その周囲にずらりとスーツ姿の男たちが座っていた。悪の臭いというものがあるとすれば会議室に充満しているのがそれだ。

 どの人間も背後に一人、護衛らしき人間を立たせている。

 襟元の新国連異星高等弁務官バッジが反応して、周囲をスキャンする。たちまちにして顔認証が終わり、コンタクト型視覚装置に情報が提示される。

 全員、犯罪組織の長と目される人物たちだ。これらの人物評価は極秘情報だが、俺のセキュリティレベルは最高なので自由にアクセスできる。今の地球ではファーマル星人の世話をすることが最優先されている。彼らを不満に思わせることは絶対にNGだ。

 もっとも彼らが怒るところは誰も見たことがないし、そもそも怒りという感情を持ち合わせているのかどうかも議論が分かれるところだが。


「お前たちは誰だ!?」ボスの一人が立ち上がると怒鳴った。

 恐らく大物がずらりと集ったこのタイミングでアンドロイド・ジョージが訪問を言い出したのは偶然ではない。この集まりの情報を手にいれて動いたのに違いない。

「どうやってここにやってこれたんだ?」

 続く質問にジョージが大真面目に答えた。

「エレベータで」

 ジョークで言っているわけではない。ファーマル星人はジョークを理解できないか間違った形で解釈する。

「摘まみだせ! いや、捕まえろ」別のボスが怒鳴る。

 ボディガードたちが一斉に動きを見せた。皆が懐に手を入れている。拳銃かその類のものだろう。

「皆さん。落ち着いてください」

 無駄だろうとは思いながらも俺は説明を開始した。

「黙れ!」 怒鳴られた。

「撃て!」 撃たれた。

「死ね!」 死ななかった。

 銃声が轟き、空中に振動する金属弾がたくさん出現した。出がけにつけてきたネクタイピンが静かに振動音を立てている。

 超小型無敵遮蔽装置。ファーマル星人は軍事技術だけは人類に教えてくれなかった。これも教えてくれなかった技術の一つで、装着者に絶対的とも言える防御を与えてくれる。

 もっともファーマル星人にとってはこれは武器防具の類ではなく、宇宙空間で作業するための安全シールドでしかない。秒速数十キロの隕石の直撃でも装着者には傷一つつかない代物だ。

 ジョージは目の前の金属の弾をそっと指でつついた。それは遮蔽場から押し出されると重力に引かれて床に落ちた。

「おお、素晴らしい。これが正しい暴力の実物ですか。軽い警告の後に、相手の価値も自分の価値も一切考慮しないいきなりの絶命行動。ファーストコンタクトのときとはまた異なる状況なのに同じ収束解へと落ち着く。

 これは我々には理解できない行動です。

 反復系収束政治力学の特殊解の解析例の一つに見事に一致します。これは驚くべきことに宇宙が始まって以来の計算行動内では決して出現しないと思われていた事例の一つなのですよ」

「野郎何を訳の分からないことを言ってやがる」

 ボディガードの一人がまた怒鳴る。


「あの~皆さん」

 俺はとりあえず話に割り込もうと努力してみる。その返答としてまた銃弾が飛んで来た。

 目の前の空中で震えている弾丸がさらに増えてしまった。

「あの~皆さん」

 これ以上問題がややこしくなる前にもう一度。

 返答はまた銃弾だ。

 いい加減俺は切れた。こいつら人の話を聞かないにも程がある。

 俺はゆっくりと懐に手を入れ、丸い金属球を取り出して、皆に見えるように頭上に差し上げた。

 それから息を大きく吸い込んでから叫んだ。

「キロトン爆弾だ!」

 全員の動きが凍り付いた。

 キロトン爆弾は化学爆薬の中では最強の威力を持っている超がつく特殊爆弾だ。内核電子結合を利用して生成されるキロトン爆弾は核爆弾に次ぐ威力を持っている。

 キロトン爆弾の表面には特徴的なマークが描かれている。もちろん偽物も多いので、これにも認証マークがついている。慌ててボディガードたちがスマホを操作し、それが本物であることを確認してもっと慌てた。

 新国連が管理している二百個のキロトン爆弾のうちの一つだ。新国際法で許可の無い持ち出しは厳しく禁じられているが、ファーマル星人を守るためと言う理由で俺は携帯を許されている。

 ボディガードの一人が他の連中に怒鳴った。

「本物のキロトン爆弾だ。皆、撃つんじゃねえ。爆発したらこのビルごと吹き飛ぶぞ!」

 沈黙が落ちた。

「くしゃみもするな」先ほど怒鳴った男が小声で続けた。

「はったりだ」ボスの一人が言った。声にそうであってくれとの願いが籠っている。

 俺は一歩前に出て床にキロトン爆弾を置いた。

「遠隔操作で爆破できる」

 そう言ってからまだ遮蔽場に捕まったまま震えている銃弾を弾いて見せた。この状況で迂闊に発砲するヤツはさすがに居ないだろう。

「すでにお分かりのように、俺とジョージはこれが爆発しても無傷で済む」

 またもや沈黙が落ちた。

「嘘だ。そんなボディアーマーは存在しない」

「人類の科学力ではそうだ」俺は答えた。「だがファーマル星人なら話は別だ」

「ファーマル星人!」全員が異口同音に叫んだ。


 そうとも、いやしくも地球人であるならば、ファーマル星人とのファーストコンタクトを知らぬわけがない。あのときの全世界の動画視聴率は88%に上ったのだ。例の深いコミュニケーションという行為が始まってからは92%という驚異的な数値を叩き出した。


「嘘だ」また誰かが言った。

「ジョージ。ドリル」

 アンドロイド・ジョージの股間にドリルが現れた。

 会議室に悲鳴が満ちた。

「深いコミュニケーションをお望みですか。もちろん私、ファーマル星人代表たるアンドロイド・ジョージは喜んでお応えします」

「止めてくれ!」顔をくしゃくしゃに歪めたボスの一人が叫んだ。

「どうしてですか。深いコミュニケーションはあなた方にも、そして私たちにも大変に貴重な体験となるでしょう。大丈夫です。私にはファーマル生物工学社の最新式の医療器具が組み込まれています。すべてが終わったときにはあなた方を新品同様に修復して差し上げます。あなた方が最も大事にしている生命は継続されます」

「命は継続されるだろうが、やっぱり死ぬのと同じじゃねえか。ケツにドリルを突っ込まれて喚いている姿を他人に見られたら、この業界のボスが続けられるわけがないだろうが」

 なるほど。だとしたら他人が見ていないところならOKなんだ。俺は密かに心の中でそう思った。

 信じられない話だがジョージの所には良くメールが届く。その内容は自分と深いコミュニケーションをして欲しいというもので、政府が一般人との接触に懸念を提していなかったら、今頃はドンファンもかくやという状況になっていただろう。


 彼らの主張を聞くと、しばらくジョージの動きが止まった。その頭の奥で超高速通信機がフル稼働し、三千光年以内に存在するファーマル星人たちが活発な議論をしているのだろうと俺は想像した。

 最近では俺はジョージが放つ超光速媒体振動波が見えるような気がする。


「理解できません」とジョージは続けた。その股間ではドリルがゆっくりと回転している。

「あなた方の政治家たちは皆が私の深いコミュニケーションを受けましたが、全員元気に活動しているではないですか?」

 全員ではない。実際には独裁制を取っていた連中はジョージの言う深いコミュニケーションの後ですべて失脚している。ケツにドリルをぶち込まれた人間に敬意を払う人間は少なくてもこの世にはいない。

 ボスたちは一斉に叫んだ。

「俺たちを政治家どもと一緒にするな。俺たちは恥というものを知っている!」

「やはり分かりません。しかしここでの深いコミュニケーションは諦めましょう」

 ジョージの股間からドリルが消えた。

「実に不思議です。このドリルこそファーマル技術の粋です。素粒子工学とナノ工学と超繊細隆線数学が作り上げた人類の皆さま方のために特別に設計された最高のドリルなのです。これ一つで二十ギルダの金額がかかっているのですよ」

 それを聞いてそこにいた全員がのけぞった。

 今度行われる五惑星植民計画、つまり宇宙のどこかにある五つのスーパー・アースへの入植計画の総予算が八ギルダなのだ。ちなみにアンドロイド・ジョージの作成費用がニギルダだと聞いたことがある。

 全員の視線がジョージの股間に集中した。あの股間ドリル一つが二十ギルダ。信じられない。何というものに金を注ぎ込むんだ。ファーマル星人は。

 金の話が出てようやく裏社会のボスが衝撃から我に返った。

「それでそのファーマル星人が私たちに何の用なのです」

 警戒している口調だ。彼の懸念は正しい。ファーマル星人の次の行動は誰にも予想がつかない。

「そうですね。時間も無いので手短にいきましょう。あなた方は我々のより深いコミュニケーションの実験計画に選ばれたのです」

「俺たちはそれに同意しないぞ」間髪を入れずに答えが返って来た。

 ジョージはその抗議を完全に無視した。

「コミュニケーションの目的は暴力とセックスであり、今回の主目的は暴力です。そのため犯罪組織であるあなた方が選ばれたのです」

「どういうことだ」

「つまりあなた方と暴力のやり取りをすることでコミュニケーションを成立させるということです」

「なに!」

 ジョージの腕が変形した。右手が銃に変化した。左手はチェーンソーだ。ジョージの周囲に転がっている弾丸がふわりと浮きあがると次々にジョージの銃の中に吸い込まれる。

「おい、あんた、止めないのか!?」

 ここまで来てようやく俺に注意が向いた。

 俺は手を振った。

「無理です。ファーマル星人がこうと決めたらそれを止める手段は人類にはありません。それに私の仕事はファーマル星人の補助です。あなた方の保護ではありません」

「何を言っている。俺たちの人権は」

「あなた方の犠牲者にもその言葉を言ってみればよかったのに」

 そう言いながらも俺はため息をついた。

「いいですか、ここでファーマル星人の機嫌を損ねてもし五惑星植民計画が破綻でもしたら、新国連政府はあなた方を決して許しません。この聖なる義務を遂行するためなら、あなた方の生命も威信も人権も、また、あなた方の一族郎党も含めてすべてを政府は喜んで犠牲にします」

 それから一言だけ付け加えた。

「すべての人類のために」

 半分本心で半分嘘の言葉。

「くそっ!」ボスの一人が叫ぶと机の裏側を探った。天井のパネルの一部が開き、自動制御の機関銃が滑り出てきた。本来は戦車の銃座に使われている50口径のごついヤツだ。

「いいですね。それなりの状況になってきました」

 ジョージが嬉しそうに言った。おそらくその表情も裏でファーマル星人が超空間通信を使った投票で決めている。

「ちょっと待ってください。いま決め台詞の投票が行われています。票が割れているので決まるのに時間がかかります」

 俺はその間に前に出ると床に置いたキロトン爆弾を回収し、懐にしまった。それから邪魔にならないように部屋の隅に立った。

「はい。準備ができました。では」

 こほんとわざとらしく咳を一つしてからジョージは言った。

「ギッタンギッタンにしてやるぜ!」

 そのセリフ、いったいどこの映画から拾って来たんだ。ファーマル星人は人類が今までに宇宙に流したすべての放送を記録し、研究し、記憶している。

 突然、部屋の壁に隠されているスピーカーから西部劇の対決のシーンの音楽が流れだした。

 こういった暴力の舞台にはBGMが必要だとファーマル星人は考えているのだ。映画の見過ぎだと俺は思った。

「舐めやがって!」

 重機関銃が吠え始めた。すぐにシールドが働き、周囲の音量が絞られる。

 銃身が真っ赤に輝くまで撃ち続けた後に重機関銃が沈黙した。ジョージの周囲には何の役にも立たなかった弾丸がうず高く積み上がっている。

「次は私の番ですね」

 一言恐怖の言葉を吐くとジョージは銃と化した右手を上げた。

 ボスの一人がうっと呻くと腕を抑えた。銃声はしないので、きっと電磁加速銃だ。無音で秒速何キロの単位で金属片を撃ち出すことができる。

 ジョージの腕が横に振られると、そこにいた人間のほぼ全員が左腕を抑えて倒れた。

「ああ、素晴らしい。いま私は暴力という名の深いコミュニケーションの中にいるのです」

「ふざけるなあ!」ボスの一人が叫んだ。確か西ヨーロッパを支配しているマフィアのボスだ。

「ふざけていません。私は・・私たちは非常に真剣です」

 その言葉と共にBGMが変わった。この曲は俺は知っている。その昔に楽しく仲間内で歌ったことがあるからだ。モーツアルトのカノンK231番。

 その題名は『俺の尻を舐めろ』

 ファーマル星人のユーモアは異星人らしくどこか歪んでいる。いや、厳密に言うとファーマル星人にはユーモアの感覚はない。これらすべてが心理学的計算に基づいた極めて学術的な興味から生まれる行動なのだからもっと質が悪い。

「では二巡目に移りましょう。次は左足です」

 ジョージの腕が動いた。

 止めてくれと悲鳴が上がったがジョージは止めなかった。

 俺の尻を舐めろ~楽しくやろう~。BGMが歌う名か、無音の射撃が続く。

「お判りでしょうか。右腕だけは残しています。もちろん反撃は自由です」

 ジョージが指摘する。

「次は右足を撃ちます」

 再びジョージの右腕が振られる。

 じきにテーブルの周りに居た全員が、テーブルか床に突っ伏して呻いているだけとなった。

「皆さんは暴力のプロフェッショナルだから、まだ耐えられますね。次はチェーンソーを使います」

 言いながらもジョージの顔に恍惚の表情が浮かんだ。

「素晴らしい。これが暴力を奮う感覚というものですか。実に興味深い」

 ちょっとますいかなと思った。ファーアル星人がサディズムに目覚めたら、俺が地球政府に叱られる。

「ジョージ」

「何です?」

「このぐらいで止めないかな。もう十分なコミュニケーションになったはずだ」

「でもまだ彼らは死んでいませんよ?」

 本当に、本当に、不思議そうにジョージは言った。

「さすがにこれ以上はやりすぎだと思う」

「なるほど。あなた方は暴力の行使の他に暴力の制御技術にも長けているのでしたね。わかりました。ここまでにします。我々ファーマル星人はボブ・マーリイ、貴方の判断をとても大事にしているのです」


 だからその名前を出すなって。色々とヤバイんだ。その名前は。

 案の定、テーブルの周りのギャングのボスたちの中の何人かの肩がぴくりと震えた。

 ほら、な?

 厄介なことになったなと思いながらも俺はこの後の展開がどうなるのか、そしてどうするべきなのかを素早く決断した。他に打つ手はない。これは避けられない犠牲というものだ。

 俺はそこですすり泣いているボスたちに向けて向き直った。

「皆さん。ご苦労様でした。すぐに治療班が到着しますので大人しく治療を受けてください。なお、本日ここで行われたことは他言無用です」

 俺は満面の笑みを浮かべてみせた。

「分かりますね? 他言無用ですよ。我々はあなた方を完全に監視しています。もしあなた方のお陰で五惑星植民計画が潰れでもしようものなら、どうなるかはお分かりですね?」

 ボスの一人が泣き顔で叫んだ。

「分かった。分かったから早く出ていってくれ」


 それはいまひと時だけの理解。

 脅威が目の前から消えればすぐに消え去る薄っぺらな理解。

 言葉一つで状況を解決しようという甘い期待。


「私としては暴力とセックスのもう一つの深いコミュニケーションを試したいのですが、どなたか希望者はいますか?」とジョージ。

 意味ありげな沈黙が落ちた。三秒ほど待ってからジョージは腰の角度60度の完璧なお辞儀をしてみせた。

「では皆さま。ご機嫌よう」


 ジョージの後に続き俺は部屋を出た。



 俺とジョージはビルのフロントを出た。

 無人タクシーに偽装した専用車がやってくると回送中の表示を消してからドアを開けた。二人して乗り込むと、さっそくジョージが口を開いた。

「ボブ・マーリイ。貴方の名前を出したとき彼らの何人かがびくりとしたのは貴方の経歴に関連してのことですね?」

「何もかも分かっててやったんだろ? ジョージ?」俺は皮肉っぽく言った。

「かなりの部分は我々の計算の内ですよ」

 無表情な顔のままジョージは答えた。今は表情を形作る必要がジョージにはない。

「ジョージ。まだこの辺りの通信封鎖は続けているのか?」

「続けています」

「そうか」

 俺は胸ポケットの中からリモコンを取り出すとゆっくりとスイッチを押した。ジョージは止めなかった。

 高層ビルの最上階で大爆発が起きた。どうやら俺はうっかりとキロトン爆弾をあそこに置き忘れてしまったらしい。

 その間、ジョージは感情の無い目で俺をじっと見つめていた。

「貴方たちの実験を妨害してしまったかな?」俺は訊ねてみた。

 ジョージはゆっくりと首を横に振ると答えた。

「すべて織り込み済みです」


 冷たい答えだった。

 ファーマル星人は大ボケで気さくでお人好しな高度な知性を持つ異星人だ。だが彼らが人間的な感情を真の意味で理解するのはもっと先のことになるだろう。

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