第18話 種馬のような話に

 コリーンはロレンツォの部屋で息を吐いた。ノルトの彼の実家の部屋である。

 夕食をとり、風呂に入った後のリラックスした時間だ。しかし彼はいそいそとしている。


「ねぇ、ロレンツォ」

「ん? なんだ?」


 聞いてもよいのだろうかと思いながらも、コリーンはその疑問を口にした。


「バート君ってさ、あんまりロレンツォと似てないね」

「ああ、まぁな。半分しか血が繋がってないんだ。バートとは」

「半分?」


 以前、ユーファミーアを生んだ後、セリアネに中々子どもができなかった、という話をロレンツォから聞いたことがある。だからもしかしたら、バートランドは養子なのかと思ったのだが。


「バートの父親は、俺やユーファの父親とは別の男だ。母さんが逆夜這いして作った子どもだからな」

「…………ええっ!?」


 たっぷり五秒は思考が止まってから驚いた。

 逆夜這い。確かにロレンツォから聞いたルールに、そんなものはあったが。


「い、いいの? そんなことして……浮気、だよね? 不逞、だよね? レイロッドさん、怒らなかったの?」

「怒るもなにも、二人が相談して決めたことみたいだからな。言っただろ? 母さんはユーファを生んだ後、次の子どもが中々できなくて苦しんでたんだ」

「でも、別の人の子どもなんて……」

「この村じゃよくあることだ。結婚しても子どもができない夫婦は、割と多いからな。逆夜這いはそういう人のためのルールさ」

「……なるほど。逆夜這いの場合、妊娠しても相手に責任を取らせてはならないっていうルールの意味がわかったよ。むしろ、責任を取ってもらっちゃ困るってことね」

「そういうこと。逆夜這いの場合、そういう事情が多いから、大抵の男は提供するよ」


 大抵の男は提供する……なんだか、種馬のような話だ。

 しかし元々過疎化対策で始まった風習だというし、そういうのも有りなのかもしれない。

 だが今、最も気になるのは、ロレンツォが誰かに提供したのではないかということだ。もしかしたらこの村に、ロレンツォの遺伝子を持つ子どもがいるかもしれない。そう思うと、聞かずにはいられなかった。


「あの……その、ロレンツォも、『提供』したの……?」

「残念ながら、逆夜這いをされた経験はないな。俺がこの村にいたのは十四までだったし、ほぼ毎日家にいなかったからな」


 つまりほぼ毎日夜這いに出ていたから、誰かが逆夜這いに来ても不在だったということだろう。ホッとすると同時に呆れる。だが逆に納得もした。ロレンツォがここまで性にオープンなのは、紛れもなくこの風習の中で育ったせいなのである、と。

 彼がコリーンに性教育をしてくれた時、恥ずかしがることもなく教えてくれたのも、一人慰めていたのを見られた時、して当然という態度をとっていたことも。

 ロレンツォにとっては、なんら恥ずべきことのない、至極自然な事象だったのだ。

 ある意味感心していると、ロレンツォが窓枠に足を掛けて外に出ようとしている。


「どこ行くの?」

「決めてない。用が済んだら戻ってくる」


 いうまでもなく、夜這いに行くのだろう。別に止めるつもりも咎めるつもりもない。トレインチェにいる時も同じだ。彼は家を空けることもあったし、今だってノース地区の家に来ない時は誰かの家に泊まっているのだろう。今さらである。


 ロレンツォが出て行ってしばらくすると、窓を叩く音が聞こえた。まさかと思いつつも覗いてみると、朝会ったノートンという男がそこにいる。


「やあ、コリーン。いい夜だな。ノルトの風習はロレンツォから聞いたか?」

「聞いたよ」

「じゃ、俺とちょっとお話ししようよ」


 確か三分間は会話をしなきゃいけない決まりだ。仕方がないので頷いた。


「この村はどうだった?」

「いい村だと思うよ。人も、空気も。ちょっと馴れ馴れしい男の人が多いみたいだけど」

「あはは! そりゃー君みたいな女の子が村をうろちょろしていれば、皆目の色を変えて話し掛けるよ。コリーンは、トレインチェ出身?」

「うん、まぁ、一応」


 トレインチェではノルト出身ということになっている。明らかな矛盾だが、バレることはないだろう。


「へぇー、都会っ子か! 年はいくつ?」

「二十六」

「あれ、俺より年上? 見えないなー」


 それはそうだ。本当はまだ二十歳なのだから。

 ノートンとはその後しばらく取りとめのない話をした。時間の三分が来ようとしているのに、一向に焦る気配もそれらしい会話もしてこない。


「ねぇ、もうそろそろ三分経つよ」

「ああ、そうだな。俺、断られるだろ?」

「うん、そのつもりだけど」

「ははっ! そうだろうとは思ってたけど、はっきり言うなぁ~」

「なんで断られるってわかってて来たの?」


 コリーンは首を傾げる。ノートンの行動はコリーンには理解し難い。


「いいんだよ。ちょっと会話するのも楽しいんだ。できれば時間を忘れさせて、十分でも二十分でも会話を続けたかった」

「最終的に窓を閉められても?」

「うん、それでもいいんだ。次に繋げるから」

「私、もうノルトには来ないと思うよ」

「それならそれで仕方ないさ。でも、もしまた来ることがあったら寄らせてもらうよ」

「……じゃあ、もう閉めるね」

「あっさりだなぁ。もうちょっと話さない?」

「しつこくしちゃいけない決まりなんでしょ」

「残念。じゃあな、コリーン」

「ごめんね。おやすみ、ノートン」


 窓を閉めると、ノートンは笑顔で手を振ってどこかに行ってしまった。その後でコリーンは再び窓を開ける。閉めていては暑くて死んでしまいそうだ。

 ノートンが去ってから何分かの後、また男がやってきた。コリーンはその人物も三分で追い返す。そんなことが十回程続いた。

 コリーンが追い返しても、誰一人文句を言う者はいなかった。夜這いの風習があるといっても、成功率はそんなに高くないんだと、そのうちの一人が教えてくれた。こうして断られるのも慣れっこなのだろう。

 時刻は十二時近くになっていて、コリーンは窓を閉めて鍵を掛けた。眠くなってしまったのだ。

 開けたまま眠るのはなんだかはばかられた。誰かが入ってこないとも限らない。この村の人ならば大丈夫だろうとは思うが、気にしながらだとゆっくり眠れない。

 コリーンはベッドに入ると、目を瞑った。すぐに睡魔が訪れ、くうくうと寝息を立てる。

 しかしそれから半刻も経たずに、コリーンは目を覚ますこととなった。

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