第23話 挑発した相手は

 ロレンツォらは、馬を街の入り口にある厩舎には繋がず、そのまま馬場のあるジョージという男の元へと向かった。


「うわー、アルバンの街って大きなところなんだね。戦争中はここに拠点を置いてたんでしょ?」

「ああ、また今度ゆっくりと案内してやろう。色んな施設があって、面白いぞ」

「へ~、楽しみ!」


 キョロキョロと興味深そうに見回すコリーン。思えば、彼女は道楽というものを知らなさ過ぎる。今からでも何か楽しいと思えることを教えていった方がいいだろう。


「ジョージのところでは、競馬が盛んでな。少し賭けて行くか?」

「競馬? あんまりいいイメージないけど、楽しいもの? 特に興味ないなぁ」

「よし、じゃあお前は俺に賭けろ。俺が出場するよ。そうすれば、少しは楽しめるだろう?」

「え!? ロレンツォが出るの!? うん、賭けるよ!ロレンツォに、賭ける!」


 途端にコリーンの顔が明るくなって、ロレンツォはニヤリと笑う。


「よし。儲けさせてやるからな」

「勝てるの?」

「まぁ、この辺の奴らなら余裕だろう」


 負ける気などこれっぽっちもしない。ユメユキナなら、シラユキとまでは行かないが、かなりのスピードを出せる馬である。


「着いたぞ。盛り上がってるな。裏から入ろう。待ってればジョージがレースの合間に戻ってくる」


 馬場の厩舎に入り、ロレンツォはユキヒメを勝手に繋ぎ止めた。そしてしばらく待っていると、ジョージが厩舎に戻って出場者に馬を貸し出している。次のレースは初心者のようだ。これはこれで盛り上がるのがジョージの競馬と言ったところだろう。

 そのジョージがロレンツォを見つけて駆け寄ってくれた。


「ロレンツォ、久しぶりだな! なにか用か?」

「いい種馬を貸してほしいんだが、その前に俺もレースに出たくてな。いいか?」

「ええ!? 本当に!? もちろんいいよ!じゃあこのレースが終わったら、次は上級者に募集をかけるぜ!」

「ああ、頼む」


 ジョージは準備に追われるかのようにその場を去って行った。ロレンツォが競馬に出場するのは五度目だ。どれもぶっちぎりのトップである。客のほとんどがロレンツォに賭ける為、配当金は少なくなるのだが、それでも客は喜んでくれた。

 ロレンツォも、自分が出ると場が盛り上がっていることを実感できて、楽しい。注目を集めるのは、基本的に好きなのだ。

 外では初心者レースが始まったらしく、大盛り上がりだ。コリーンは外の様子が気になるようである。


「見てみるか? 二階からが見やすいが、ここから通路を通って観客席にも出られる」


 ロレンツォとコリーンは扉を開けるも観客席までは行かず、通路に立って競技を見た。

 初心者レースでは、馬がいうことを聞かず立ち止まったり、コースを外れたりして、観客は大笑いをしている。


「うわ、初心者レースって、本当に初心者なんだ」

「中にはジョージに教えられて、初めて馬を乗る者もいるよ。コリーンなら、中級者で問題ない。後で出てみるか?」

「どうしよっかな。ちょっと楽しそう」

「楽しいさ」


 ロレンツォが言うと、コリーンは嬉しそうにニコニコしていた。

 初心者レースが終わると、ロレンツォは厩舎に戻ってユメユキナに跨る。


「ちょっと待っててくれ。馬場に顔を出してくる。その方が盛り上がるんだ」

「わかった」


 その会話を聞いていたジョージが、メガホンを握る。


「なんと! ミハエル騎士団のロレンツォが参戦を表明!! このレースに参加される上級者を募集します!!」


 その言葉と同時に馬場に出る。大歓声が巻き起こる、この瞬間が気持ちいい。

 ロレンツォはユメユキナと共に、カッポカッポと馬場をゆっくりと回る。

 しかし、他の出場者は中々現れなかった。過去に参戦したいずれも、ぶっちぎりで勝ってしまっているのだ。わざわざ恥をかくために出場する者はいないのかもしれない。


 しまったな。これではコリーンに楽しんでもらえそうにない。


 もしレースが流れてしまえば、興醒めであろう。誰か出場してくれる者はいないか。そう思いながら観客席を眺める。


 いたな。丁度良い奴が。


 馬上のロレンツォが見つけた男……それは、アクセルだった。


 あいつなら少し挑発してやれば、必ず乗ってくる。


 ロレンツォはニヤリと笑ってアクセルを指差す。そしてその指の腹を上に向け、ちょいちょいと誘うように曲げてやった。


「ああっと! ミハエルの騎士がもう一人! アクセルを、ロレンツォが挑発しているっ!!」


 すかさずジョージのパフォーマンスが入り、ナイスだとロレンツォはさらに口元をニヒルに上げた。

 その槍玉に挙げられたアクセルは、挑発されたことにムッとしているようだ。すでに熱くなっている。単純な男である。

 アクセルは馬場に飛び降り、脚光を浴びた。そして二人は準備のために、一度厩舎に戻る。

 戻った先に、コリーンはいなかった。相手がアクセルと知り、通路に隠れているのかもしれない。


「全く、お前は目立ちたがりだな。ロレンツォ」

「お前ほどじゃあないさ。アクセル」


 ニヤリと笑って見せると、アクセルは明らかに不機嫌顔だ。しかしアクセルが相手なら、ぶっちぎりの優勝とは行かないだろう。気を引き締めてかからなければ、足元を掬われかねない。

 その時、厩舎の裏口がギイっと開いた。一人の女性が、アクセルの愛馬サニユリウスを連れて来たのだ。その女性を、ロレンツォは知っている。レリア・クララックという貴族の女性だった。


「サニユリウスを連れて来ていたのか」


 サニユリウスは、相当にいい馬だ。アクセルもいい馬を何頭も揃えている男だが、その中でもピカイチと言っていいだろう。


「ああ、お前はシラユキじゃなくていいのか?」

「生憎、今日は一緒じゃなくてな。丁度いいハンデだろう?」

「悪いが手加減はしない。格好悪い所を、見せたくない人がいるからな」

「……レリア・クララック殿か。感心せんな」


 ロレンツォはレリアを見て、眉をひそめた。レリアにはロベナーという夫がいる。既婚者だ。その人妻と二人っきりでアルバンまで来るという事は、ここに泊まって行くということだろう。そんな二人の関係がどんな物であるかは、想像に難くない。


「付き合っているのか?」

「ああ」

「別れた方がいい」

「お前がそんなことを言うとは……幻滅したぞ! ロレンツォ!」


 この様子じゃ、自分が不倫をしているなんて思ってもいなさそうだな。

 いや、逆か? 不倫してそうな俺が咎めるのを理不尽に思っているのか?


 コリーンの時といい、人妻に縁のある男である。コリーンとはなぜ別れたのか知らないが、アクセルに上手く人妻との交際ができるとは思えない。潔癖な彼の性格的に。


「目を覚ませ、アクセル。彼女と付き合っても、いいことなどない」

「失礼なことを言うな!」

「このレースで、俺が勝てば別れるんだ。お前が勝てば、俺は黙認しておいてやる」

「な、勝手なッ」


 確かに勝手だな、とロレンツォは心の中で思った。

 しかしそれがアクセルのためではある。


「折角レースをするならば、なにか賭け事が無ければ面白くないだろう? それとも棄権するか、アクセル」

「俺が勝てば、レリアに謝ってもらうぞ!」

「よし、それでいい」


 相変わらず簡単に乗ってくれる熱い男で助かる。

 コインで障害物の有りに決まると、ロレンツォは少し悩んだ。

 そしてユメユキナを繋ぐと、ユキヒメと入れ替える。


「いけるか? ユキヒメ。引退するお前に、花道を歩かせてやろう。アクセルとサニユリウスだ。相手にとって不足はないだろ? 全力で行くぞ」


 ぶるるる、と武者震いのように体を震わせるユキヒメ。

 ロレンツォは手綱を手に取り、彼女に飛び乗った。


 競技開始を知らせるファンファーレが鳴り響き、アナウンスが流れる。


「本日第十二レースは、障害物有りの上級者コース! 出場者はミハエル騎士団のロレンツォと同じくアクセルの一騎打ちです!!」


 ロレンツォはユキヒメと共にゲートに入る。アクセルもまた、真剣な面持ちでゲートに入っていた。


「自由に飛べ。お前に任せる。ユキヒメ」


 声を掛けると、彼女は今や遅しとゲートが開くのを待っている。

 最近はユキヒメと全力で走っていない。これが本当に最後の全力疾走となるだろう。

 ユキヒメもそれがわかっているのか、かなりの興奮をしている。


「よし。楽しんで行くぞ」


 競技開始を知らせる合図がなされ、馬場全体が少し静寂を取り戻す。


 カシャンッ


 ゲートが開くと同時に、ロレンツォはユキヒメと共に飛び出した。

 その瞬間、再び群衆が沸き起こる。

 視界にアクセルは入ってこない。が、すぐそばにある気配を感じ、ロレンツォは驕ることなくユキヒメを走らせた。


 障害物をひとつ越え、ふたつ越え。

 やはりアクセルの姿は入ってこない。


 ロレンツォはユキヒメが全力を出せるよう、ひたすら合わせた。


 ユキヒメは、ロレンツォが兵士団に入団する時、トレインチェに連れて行った唯一の家族だ。

 ユメユキナ、そして今はシラユキと、メインで乗る馬は変わっていったが、それでも他の馬が疲れていたり体調が悪い時にはユキヒメに乗った。


 長い時を共に過ごした愛馬に、有終の美を飾ってやりたいと思うのは当然の心だろう。


「行けッ!! ユキヒメッ!!」


 しかし。


 最後の障害物を、ユキヒメは引っ掛けてしまった。かなりの老体なのだ。いきなりの全力疾走では、どうしても後半に疲れが生じてしまう。

 ロレンツォはバランスを保つため、速度を落とさざるを得なかった。

 その時。


「っは!」


 突如赤毛の馬が現れる。アクセルとサニユリウスだ。目の前には彼らの背中。一瞬の減速で、抜き去られてしまった。

 チッ、というロレンツォの舌打ちと同時に、全速力で彼らを追い掛ける。


「諦めるな! お前ならいけるっ」


 ドドドドドドドドッ


 たった二頭だと言うのに、地鳴りのような足音が辺り一面に響き渡る。


 もう少し、もう少しでサニユリウスと並べるっ


 しかし、残りの距離が短かった。全盛期ならいざ知らず、最後の伸びが甘い。


「……っくぅ!」

「勝者、アクセルとサニユリウス組~~!!」


 ジョージの声が会場内に響き、歓声と興奮の声が渦巻いた。

 負けたか、と肩で息をしながらロレンツォはユキヒメの首を叩く。


「よく走ってくれたな。きつかっただろう。花道を歩かせてやれなくて、すまなかったな」


 ロレンツォの言葉に、ユキヒメは首を横に振って答えてくれた。

 私は満足ですよ、と言っている気がする。ロレンツォもまた、最後に彼女と全力で走り切ることができて、満足だった。


 厩舎に戻ると、ロレンツォは約束通りレリアに謝った。

 正直に言うと、色々口出ししたいことはあったがやめた。負けたのは自分なのだ。もう干渉はできない。

 アクセルらが出て行くと、ロレンツォは観客席に続く扉を開けた。

 そこには、俯いて立ったままのコリーンの姿。


「……見たか?」

「見たよ。どうしてユメユキナに乗らなかったの? ユメユキナなら、勝ってたよ」

「そう、だな。でも、ユキヒメに乗りたかったんだ」

「スっちゃったよ、千ジェイアも」

「はは、すまんすまん」


 コリーンにハズレ馬券を見せられ、ロレンツォは眉を下げながら笑った。


 ちゃんと、俺に賭けてくれてたんだな。


 なぜかロレンツォに、そんな安堵感が生まれていた。

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