第4話 一緒に勉強する事は

 翌日、ロレンツォは婚姻届を提出し、家賃の再計算を願い出た。すると家賃は上がるどころか、少し下げてくれた。市民権を持っている既婚者は、優遇されるらしい。これで田舎への仕送りは減らさず、なんとかコリーンとの生活もやっていけるだろう。


「ちゃんとした靴も買ってやらないとな」


 服はともかく、靴はちゃんと測らないと買えない。買ってあげたミュールは喜んでくれたが、まだ大きかった。それにミュールなどでは無く、ちゃんとした靴を買ってあげるべきである。彼女はまだ、遊びたい盛りの子供なのだから、ミュールでは危ない。

 それに寝巻きや下着も必要だ。月のものはまだないだろうが、準備だけはしてやらないといけないだろう。

 ロレンツォには三つ下の妹ユーファミーアと、十も離れた弟バートランドがいる。畑仕事で忙しい両親に代わって、ロレンツォが育てたようなものだ。子どもの扱いなら慣れている。


 今はまだいいが、年頃になると同じ部屋で寝るわけにもいかないな。

 物置にしている方の部屋を開けて、ベッドを買って……

 出費が嵩むな。

 それまでに騎士に昇進していればいいが。


 騎士になれば、給与は倍になる。さらに働きいかんで、賞与と称し、特別手当が貰えるらしい。しかし騎士になるには、兵士団である程度の地位を築いた上で、剣術と軍術の試験をパスする必要がある。もしくは戦争で大きな軍功をあげて、アーダルベルト団長に見出してもらうか、それ以外にはない。

 とにかく今できる事をしなければ、とロレンツォは新しいノートを数冊買って家に帰ってきた。


「おかえり、ロレンツォ。ご飯、食べる?」

「ああ、作ってくれたのか? 良い香りがするな」


 大きく息を吸い込む真似をすると、コリーンも同じように息を吸い込んでいる。


「良い、香り。これ、良い香り」


 コリーンはロレンツォの手を引っ張って、一生懸命作ったであろうテーブルの上を指差した。

 肉をソテーし、野菜を付け合わせただけだったが、十分だ。帰ってからご飯を作らなくても良いというのは、楽である。


 何だか新婚夫婦みたいだな。

 実際、夫婦なんだが。


 おままごとのような夫婦に、ロレンツォは可笑しくて少し笑った。


「じゃあ、食べるとするか」

「食べる。わかる。いただきます」

「いただきます」


 それが食べ終わると、ロレンツォは風呂に入った。体も髪も汚れを落として出てくると、コリーンはテーブルの上で勉強している。

 ロレンツォも部屋から本を持って来て、キッチンにあるテーブルの上に置いた。そして買ってきたばかりのノートを広げると、大きな黒縁眼鏡を掛ける。トレインチェに来てから、少し目が悪くなったためだ。日常生活に支障は無い程度だが。

 ふと見ると、コリーンのノートが終わりを迎えていた。まだノートを与えて二日目だというのに、早過ぎる。ロレンツォが仕方なく新しいノートを目の前に出してやると、コリーンはあどけない表情で、「ありがとう」と笑った。


「コリーン、そろそろ風呂に入れ。湯が冷めるぞ」

「さめる、さ、め、る……冷める。わかる。お風呂入る」


 コリーンは分からない言葉はすぐに辞書で調べる。そしてすぐにノートに取る。どうやらその時使った状況まで書き記しているらしい。


 そりゃ、すぐにノートがなくなるはずだな。


 そんな事を思いながら、ロレンツォは勉強を進めた。やがてコリーンが風呂から出て来て、また一緒に勉強を始める。

 しかし、小さな少女がいつまでも起きている、というのは気になるものである。


「コリーン、そろそろ寝ろ。眠いだろ?」

「眠い? 眠い、ない」

「そういう時は、眠くないと言うんだ。眠くない。わかったか?」

「眠くない。わかる。眠くない」


 間違いを指摘していたらまたも勉強会になってしまい、ロレンツォははっと息を吐いた。


 少し早いが、俺も今日は寝るか。


 ロレンツォは灰皿と煙草を一本手に取り、火を付けた。コリーンは勉強の手を止めて、その姿をぼうっと眺めている。


 ノルト村のエルリーズは元気かな。

 そういや、最近あっちの方はすっかりご無沙汰だな。

 こっちでは夜這いシステムが通用しないし。

 まぁ今後十年間は、誰かを妊娠させるわけにいかないから、今まで以上に気を付けないと。


 灰が何度かポトリと落ちて、ロレンツォは煙草の火を消した。


「寝るか」


 昨夜も煙草を吸ってから床に就いたので、これが寝る前の習慣だと気付いたのだろう。コリーンはもう眠くないとは言わず、首肯して同じベッドに入った。

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