第81話 飯盒炊爨

 「カレーって意外と簡単だったりする?」


 始まった林間学校。一泊二日で、山奥の施設を貸し切っての1年生限定のイベント。移動から時を経て、飯盒炊爨という最初の壁にぶつかっていた俺たちだが、青泉はそうでもないと聞いてくる。


 「材料あれば切って煮込むだけだからな。どちらかと言えば、飯盒炊爨なだけあって、お米を炊くほうが難しい」


 普段家で自炊することが多い俺だが、お米を飯盒で炊くことなんてこの時代そう多くはない。少なくとも俺は皆無だった。だから、端的に言って、切って煮込むだけのカレーよりも大変だ。出来上がる瞬間を見ないといけないのが、少し退屈。


 「自炊するの?」


 「一人暮らしだからな。毎日コンビニとかデリバリーだと、この先が心配になるし、健康面にも気を使わないといけないから」


 「へぇ、そうなんだ。結構ハイスペックなんだね」


 「ハイスペック?特出してるのか?自炊することって」


 「高校生で自炊することって、そんなにないでしょ?多分クラスでも天方くんだけだよ」


 「なるほど?それが普通か」


 基本親と暮らすから、自炊することなんてないのだろう。でも、親が仕事で忙しい日なんかは、たまに自炊とかしないのだろうか。世間一般の当たり前に疎い俺には、うんともすんとも言えない内容だ。


 「でも、自炊しないだけで、青泉は料理出来るだろ?」


 「あははっ。料理って何ー?」


 「……聞いた俺が悪かった」


 満面の笑みで知らないと答える。花染も料理出来ないのだから、シンパシーを感じる青泉にも無理だったか。


 「伊桜は?」


 カレーを作り始めてから、初めて声をかけた。1人でモクモクと切る作業を続けるから、怒ってるのかと思っていたが、そんな表情は一切なかった。雰囲気的にも悪くないようで、青泉がそれほど牽制の相手なのかと納得していた。


 「普段部屋でゴロゴロしてるだけの私に、料理なんて女子力求められること出来ないよ」


 普通の伊桜だ。いや、偽りとして普通。料理が出来ないのは、夏休みの時から知っている。だから、本当の伊桜ならここで「私に出来ると思う?」なんて冷たく聞き返していただろう。


 「そうか。でも2人とも、作業始めれば板につくくらいのセンスはありそうだよな。女子全般に言える俺の偏見だけど」


 「青泉さんは可能性あるけど、私は無理。料理なんて作れるようになれそうにもないよ」


 「そう?伊桜さんって何でも出来そうなイメージある。普段おとなしいけど、テストの成績高いし、運動も出来ないわけじゃない。可愛げもあるし、結構完璧に近いと思う」


 やはり今の伊桜は可愛いく見えるらしい。俺はどう見てもクールにしか見えないのに、人の価値観でこうも印象が変わるのは驚きだ。バレる気配も微塵も感じさせないのだから、少しバレることを意識することも少なくなってきた。油断を始めたのだが、一応最低限注意はしている。


 しかし、伊桜の分析を正しくされると、ホッと安堵出来ないというか、人を見る目があるから、油断も隙もない。実際はおとなしくないし、テストなんて最高位に立てるし、運動も総合値なら花染と華頂といい勝負をする。それを見破る手前に立たれると、身バレが目下と思えて冷や汗が出る。


 「それに全振りしたんだよ。料理とか、プライベートで使えるステータスは全部0なんだと思う」


 「努力次第で0から10に出来そうだけどね」


 「だとしても、面倒は嫌いだから私が手を出すことはないよ」


 「勿体ないなー」


 「負けず嫌いっぽいから、出来ないことを試して本当に出来ないってなるのが嫌だったりして」


 野菜を切りながら、右横にいる俺にギロッと線を向けてくる。包丁がいつ振り向けられてもおかしくないそれに、俺は息を止めて固まった。つまりそれは図星だったり。


 「もしそうだったら、結構可愛いじゃん」


 「確かに」


 可愛いに共感しても機嫌は良くならないというのに、咄嗟に女子は可愛いと言われるのが嬉しいという一般的な考えから頷いてしまった。伊桜に可愛いは無効だ。嬉しいらしいが、この空気感では絶対に思ってない共感と思われるため、逆効果でしかない。


 「天方くん?急に止まったけど、どうかした?」


 「いや、にんじん見てると、色合い的に目が疲れてくるから、たまに緑を見ようと思って」


 どうしてこんな神経質なことを言うのか、自分でもよく分からない。俺の性格は知られてないから、信じてくれるだろうが、繊細な人だということは知られるはず。


 寡黙だけで良かったんだけどな。


 「じゃがいもと交換する?」


 「じゃがいもまだ全然切り終えてないだろ。仕事増えるだけになるから却下」


 残り1本の半分を切るだけの俺に対して、両隣は差なく2つのじゃがいもと玉ねぎ。せっかく班で作るのだから、全部俺がするなんてことはしない。


 「時間迫ったら代わるから、それまで頑張ってくれ」


 「それまで何も切らなかったら?」


 「その時はその形で煮込み始める。そして全部青泉に食べてもらう」


 「中々ハードだね。流石に切ろうっと」


 「伊桜も、さっきからぶつ切りにした玉ねぎをみじん切りにしようとするなよ」


 何よりも会話の途中で気になっていた、あまりにも早い包丁捌き。見てみたら、まな板の上にみじん切りされた玉ねぎが。カレーにみじん切り玉ねぎなんて聞いたこともない。暇潰しにやり始めたのだろうが、シャキシャキした第二の米が出来上がっていた。

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