第80話 商売人の矜持

 こんにちは青黒毛犬獣人です。


 周りから名前を聞かれないので自分の名を付ける気がしない、ちょっと寂しい……たぶん80歳か90歳くらいの爺さんです。


 あ、でも〈回復魔法特〉のおかげで身体年齢は10歳以上は若返ってるかも。



「おい爺さん、それで売るのか? それとも何か買うのか? 早くしろよ!」


「ああ、やめとくよ、その値段は有り得ない」


「ざけんなこのクソ爺! もうお前の所にはこねーからな!」


 そう言って俺から離れていく狸獣人の商人とその召使達、商人の後ろには沢山の荷物を抱えた色々な獣人が付いて歩いている、全員が奴隷紋付きだった……ここにもあるのかよこれは……くそが。


 俺はごろんと地面に寝転び今さっきのやりとりを思い出す。


 オーク帝国との戦の戦功によって片手分の物資を手に入れた俺、しばらくすると前線地域に商人を名乗る獣人が数多くやってきた。

 生き残った兵士が得た物資の買取と、酒やなんかを売るために来たみたいだ。


 俺の所にもさっきの狸獣人が来たので色々話をしたんだが、最終的にやっぱり嫌われた。


 まぁそれはいい。


 そして多少なりと情報を得た情報だが、まずはお金だ、俺の前世と同じ比率の貨幣だった。

 チラっと見せてくれた大銅貨に描かれた文様や文字が違う事から、俺の財布の中の大金貨は死蔵する事になりそうだった。


 貨幣は神に決められた比率で、さらにそれ用の能力を持った者が鋳造する決まりなので贋金とかを使うと重罪に問われる。


 見た目の模様が違うが大きさや種類がほぼ同じって……同じ世界か……それとも……あ! 過去や未来へと時間を超えた可能性もあるか?

 しまった、獣人に暦があるのか、そしてそれが神暦なのかどうかとか聞くの忘れたな。


 グゥゥゥゥ……俺のお腹が鳴る、さっき配給の飯があったが、渡されたのは指先ほどの芋だった。


「もし、青黒い毛のお爺さん、うちで買い物をしませんか?」


 寝転んだ俺を上から覗き込んで来たのは、犬獣人の美人さんだった。

 荷物を抱えた部下を伴っているので戦場商人なのだろう。


 俺と同じくらいのケモ度の比率で毛の色は茶色だった、獣人で一番多い色が茶だしね。


「あいにくと金は無くてな、この鉄槍を買い取る事は出来るか?」


 どうせ使えない鉄槍を手に入れたのはこういう時の為だ、何処の戦場でも商人は逞しいからな。


「これはまた立派な……ううん……ちょっと私の所持金だと難しいです、銀貨30枚程では……駄目ですよねぇ……」


 へぇ、戦場での値付けにしては高い方だと思うよ? まぁ俺の前世の貨幣価値でだけど、それにさっき狸獣人がその鉄槍に大銅貨8枚の値段を付けたんだぜ……?


 これはもうあれだ、俺に優しく……いや、普通に相手をしてくれるこのお嬢さんと損をしてでも縁を作っておくべきだろう。


「ああ、じゃぁ美人の嬢ちゃんの店で食い物を大量に買わせて貰うよ、それでどうじゃ?」


「それならいけますね! ふふり、うちの干し肉は絶品ですよ」


 そう言って自分の部下を見た美人商人さん、その使用人は男で、すごい不本意そうに荷物を広げ出した。

 ああうん、もう嫌われているね……別に俺はあんたに何もしてねーじゃんか……本当になんなんだろ、この男にばっかり嫌われる現象は。


 結局美人さんの手持ちの食料全部と銀貨10数枚を俺の鉄槍と交換する事になった。

 俺の前世の感覚で貨幣価値が似ているのなら、銀貨50枚以上で売れる槍だとは思うんだよね。


 まぁ獣人の領域での貨幣価値が今一分からんからあれなんだけどさ。


 モグモグ……うっま! 犬獣人になったからなのか干し肉がすっごい美味く感じる、やべぇーこりゃ止まらん、モグモグ。


 ザリザリと、地面に直で座っている俺の背後から音がするので、後ろを見て見た。


 すると俺の尻尾が地面を掃除していた……いやほら、俺の尻尾は毛が多いからか下向きになっちゃうみたいでさ、そしてこの干し肉の美味さに勝手に左右に振られて地面のお掃除をしちゃってたみたい。


 自分の尻尾を意識して動かす事も出来なくは無いんだけど、感情のままに勝手に動いちゃう方が多いのよな。


 まぁよし、次は黒パンとチーズを食おう、下手に金やら武器を持って居ても寝ている間に盗まれる可能性があるからな、飯なら食ってしまえば盗まれる事もねぇ。


 戦場で相手が友軍といえど無警戒で信じる奴はただの馬鹿だ。


 俺は前世の記憶でそれを嫌ってほど知っている。


 モグモグ、黒パンはあんま美味しくないな……配給で貰った木のコップに水を出してゴクリッ、プハー、持ってて良かった〈水生成〉、戦場だとすげぇ役に立つ。


 配給の水もあんまり質が良くなかったからね、コップだけ貰って水はいらねって言っておいたんだ。


 あんな水飲んでたらお腹壊しちゃうわい、さーて残りの干し肉やらは上着に包んで枕にして寝るか。


 あと何日生き残れるかなぁ……おやすみ。



 ……。



 ……。



 ――



 ――



 こんにちは、青黒毛犬獣人です。


 初めてゴブリンと戦闘をしてから10日程が過ぎました。


 周りの生き残った爺さんなんかは交代で居なくなったりするんだが、俺には交代要員が来ません、まあね男の正規兵とかには嫌われているからね……しょうがないね。


 最近では≪獣化≫の扱いにも慣れてきました、使えば使うほど慣れていくみたいです。


 新しい爺や……たまに犯罪の刑罰として連れてこられる若者と最初の数分の会話だけは出来るので情報を集めるべく頑張っています。


 しばらく会話してると嫌われちゃうからなぁ……困ったもんだ。


 すでにゴブリン相手の戦闘は5回以上経験しています。

 最初の三千以上が来た時が一番規模がでかかったみたいで、それ以降はゴブリン千ほどをこちらに押し出して来て、オークは後方から遠距離攻撃してくるのみになりました。


 俺がオークの正規部隊を全滅させちゃったせいで慎重になっているのかもしれませんね。


「アオお爺ちゃーん、また来たよー」


 そう声をあげて可愛い茶色毛の尻尾をフリフリさせながら笑顔で俺に近づいて来るのは、美人犬獣人の商人でトトカちゃんだ。

 俺が鉄槍を売った相手で、あれから俺が戦場で物資を得るごとに尋ねて来てくれる。


 別に俺に対して特別な感情が有る訳でなく、良い商売相手と見られているんだろう。


 色々と情報を集めている間にも獣人社会の貨幣価値が俺の前世のトロアナ王国あたりの価値と違う事が分かる。


 獣人社会だとあの鉄槍を買うのに金貨が必要らしい……なのであの時はかなり安めの買い取り値段だったんだが……まあ戦場での買取だし、他の男の商人よりはマシだって事でこの美人さん相手に戦功で獲得した物資を売っている。


 ちなみにすでに新たな下着や服も彼女から買っていて、元々着ていたボクサーパンツは水で洗って〈財布〉に戻しておいた、生地の質がここらと違うからね、あんまり見せたくねーのよ。


「おうトトカちゃん、今日はこれで頼むよ」


 そう言って俺が出したのはゴブリンの武器である剣が数本だ、腰蓑は奪っても価値が無いしな……これらの武器は短剣としても使えるし、鋳つぶして地金に戻してもいい。


「うーんやっぱゴブリン相手だとこれになっちゃうよねぇ、えーと銀貨1枚と大銅貨3枚って所かなぁ」


 やっすいなぁと思うが、これが男商人なら銅貨数枚という値付けになる……。


「よし売った、んじゃ毎度のごとく食い物払いでよろしくトトカちゃん」


「まいどー! それじゃーねぇ、これとこれとー……」


 美人犬獣人のトトカちゃんは、召使である女性から荷物を受け取り代金分の食い物を出していく。

 俺が何故か男に嫌われている事に気付いたトトカちゃんは、召使を女性にして来てくれるようになったんだよね。


 本当にありがたい。


 周りから俺を馬鹿にする声があるのも知っている、トトカちゃんが大手の商人より資本が少なくて買取の値段が安めなのもどうでもいい。


 どうせその大手の商人が男だったら値付けがまともな物になるとは思えん。


 それなら弱小商人のトトカちゃんを儲けさせてやるさ!

 トトカちゃんはもうすぐ17歳らしいので、クラブの若いホステスに貢ぐジジイの気分だ。


「これくらいでどうかな? アオお爺ちゃん」


 俺が地面に敷いた上着の上に、各種食い物を並べてそう聞いて来るトトカちゃん。


 それとトトカちゃんに名前を聞かれたので、俺は自分の毛の色であるアオを名乗っている。


「おっけーじゃ、また次もよろしくなトトカちゃん」


 俺はシワのある顔を笑顔にして、そうトトカちゃんに言ってあげる。


 しかし、俺の顔を見ていたトトカちゃんが、表情を崩して何かを言おうとしてくる。


「あのね……アオお爺ちゃん、実は私は駆け出し商人でね……その……」


 ああ、トトカちゃんの言わんとしている事に気付いてしまった、なので最後まで言わせない。


「なぁトトカちゃん、儂みたいなジジイにとって、孫みたいなトトカちゃんの笑顔は何よりの商品なんじゃよ、それこそお小遣いをやりたくなるくらいのな」


「えっと、アオお爺ちゃん?」


 俺の言葉をまだよく理解出来てないトトカちゃんが、俺の名を呼ぶので続きを話した。


「つまり、少しくらい買取値が安くてもトトカちゃんの笑顔という最強のサービスに、儂は納得して金を払っているって事じゃよ、孫にやる小遣いみたいなもんじゃ」


「……あ! ……ありがとうアオお爺ちゃん……」


「なんなら少しばかりサービスで尻でも撫でさせてくれてもええんじゃよ?」


 あんまりシリアスなのも嫌なのでそう言って少し茶化してやった。


「ふふ……だーめ、私のお尻はそんなに安くないんですよーだ!」


「そりゃ残念じゃ、ククク」


「あはは、じゃまた今度ね、アオお爺ちゃん」


 トトカちゃんに笑顔が戻ったようで何より、手と尻尾をふりふりと彼女を見送る俺だった。


 さて、今日は、おおっと、魚の乾物があるね! 〈着火〉のスキルで炙って食おうっと!






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