第2話 自分の噂話を聞いてみる

 自分の年齢や髪や目つきが変わっているらしいと気づいた俺。


 ……鏡、鏡が欲しい!


 つーか普通の民家に鏡なんてねーからなぁ……貴族でも金属を磨いた物が主流だし、桶に水を張った物でもいいから欲しい所だ。


 街道で捕まえたタクシー、もとい荷馬車のおっちゃん相手に情報収集をしていこう。


「なぁおっちゃん、今って何年の何月か分かる?」


「んー? そりゃお前、確か神歴1234年の5月だろ? ゴロが良いから覚えてたんだぜ」


 おっちゃんが胸を張ってそう言う……。


 いやまぁ確かに平民の中には暦なんて必要ないって言う奴もいるけどさ。

 この世界の一年は360日で一月が30日、地球での月火水木金土日の様な週という物は無く上中下月で10日づつで分けるくらいだ。


 俺はおっちゃんからその日付を聞いてびっくりした。


 俺が毒を盛られた日からすでに一年以上たっている……この国にも日本ほどでは無いが四季があるけど今は春先か。


 一年も林に倒れていた訳は無いよな、しかも容姿や年齢まで変わってるみたいだし……。


「どうした小僧、急に黙り込んで、トイレか?」


「ちげーよ! さっきと同じネタじゃんかそれ! それと俺は小僧じゃ……いや、レオンっていう名前なんだ、だからそっちで呼んでくれよおっちゃん」


「ほう、レオンなんてこの国の男で一番多い名前だな小僧」


 レオンって名前は俺が孤児院でつけて貰った名前なんだが、おっちゃんの言う通りこの国、いやこの大陸では親しまれている名前だ。


 大昔に大陸を統一した人の名前なんだってさ、今はもう色んな国に分裂しちゃってるみたいなんだけどね。


 暦とかを統一した偉大なる王様だったとかなんとか、ほんとかどうか怪しい話だけどな。


 

「そういや前の代官様もレオンだったっけか、まぁ着任してすぐに病死してしまったけど、この地の御領主様である伯爵様が期待をしていたお方だったらしいな、実際に着任してすぐの仕事は俺らにとって有難かったから残念な事だよ」


 それって!


「なぁおっちゃん、その代官様の事もっと詳しく聞かせてくれない? 病死だったの? 毒殺とかじゃなくて?」


 俺がおっちゃんにそう聞くと、おっちゃんは急に荷馬車を止めた。


 そして周囲を見回してから再度荷馬車を出発させると、低い声で俺に語り掛けて来る。


「小僧、何処でそれを聞いたのかは知らんが、でかい声で吹聴するのはやめておけ、現代官様に話がいったら捕まってどんな目に合うか判らんぞ」


 おっちゃんはさっきまでのお茶らけた陽気な表情を改めて、すっごい真剣な表情でそう忠告をしてくる。


「お、おう……了解した、気を付ける事にする」


「……小僧は言葉使いが堅いなぁ、もっとガキはガキらしくいけよ」


 そういえば今の俺は10歳に見えるんだった……。


「それで、前の代官様の事は?」


「……俺に聞いたって誰かに言うなよ? そのパンツ代わりの汚い布の恩を仇で返すなよ?」


 自分で汚い布って言っちゃってるじゃんおっちゃん……いやまぁ丸出しよりはいいけどさぁ。


「おっけー、俺は噂として聞いただけです、誰に聞いたか覚えてません」


「ふんっさかしい小僧だな、まぁいい、ある時から前代官様が表に出てこなくなったんだ、代官様の嫁が代官様が病気だと発表をしたが、治療の為の街医者は誰一人呼ばれなかった、お手伝いもその頃は雇ってなかったしな、そしてしばらくしてから病死をしたと発表があったんだ」



「ふーん、でもその話じゃぁ毒殺だって判らないんじゃ?」


「遺体を確認した街医者が最近酔った勢いで漏らしたのさ……だがそいつは街から消えて音沙汰が無くなった、新しい代官に呼ばれたのが最後だそうだ……」



「あらら、でも新しい代官がそれを隠そうとする理由があるのかな?」


「今の代官は前の代官様の嫁の新しい夫に収まったんだよ、伯爵様は前代官が亡くなって他の者を指名しようとしたらしいんだが、前代官の嫁が亡き夫の忘れ形見にどうか継がせて下さいとお願いをした事で、伯爵様がお許しになったそうだ、子供の為にも馴染の準騎士と再婚をしたいという嫁の意見も聞いてな」



「へぇ……忘れ形見? 子供が出来てたの? ふーん……」


「ああそうらしいな……だが……嫁の髪は赤髪で前代官様は黒髪、そして先ごろ生まれたお子様は金髪だったそうだ、そして新しくその嫁の夫になった昔馴染みの準騎士様は金髪だそうだよ、俺の女房や近所の女どもは子供の髪の色を聞いた瞬間、ワイノワイノと井戸端会議で大騒ぎさ……そんな時に街医者が一人消えた訳だ、酒場でポロリと前代官様の毒殺という死因を呟いてからな……こりゃもう……なぁ?」



「そうだねぇ、教えてくれてありがとうおっちゃん」


「おう、くれぐれも周りには言うなよ」


 ……まぁ口止めをしつつも領地には噂がどんどん広がっていってるんだろうな。

 娯楽の少ない世界だし、他人の醜聞は良いネタになるのだろう。

 そんな世界だからこそ、俺が提案したリバーシやカルタやボードゲームが売れたんだしよ。


 そして嫁とは結婚初夜に一度だけ、しかもこの世界に広く普及している避妊用の薬をお互いに飲んでからしただけだからな……。


 うーん、なんだろうなぁ、前の人生が記憶というより知識にあるって感じで、怒りが湧いてこないから他人事って思っちまう。

 俺の見た目が変わっている事も関係しているのだろうか。



「それでおっちゃん、新しい代官様はどうなの? 能力的に」


「子供が大きくなるまでの代官らしいけどな……ありゃ駄目だな、前の前の代官より酷くなってやがる」


 うへ……俺の前の代官って横領で首になった代官じゃんか……。


「えーと、横領とかしてる感じ?」


「そりゃ前の前の代官の話だろ? 良く知ってるな小僧、そういう事をしているかは分からんのだが……訳の分からん税を増やしたり既存の税額を上げたり、かといって産業を育てる訳でもない……俺達は代官が変わる時に良い方向に成るのではと期待してたんだがな……まぁお貴族様の代官なんて何処もこんなもんだって聞くしな、前代官様は細かい税を廃止してくれたんだがそれらも復活しちまったんだよ、なんだよ新婚税とか竈税とか薪税に運搬税に化粧税に贅沢税に井戸税に子供税に他一杯だ! あほらしい!」


 おっちゃんが税の名を告げる度に声が大きくなって、最後には怒り出してしまった。


 そりゃなぁ……俺が廃止した税だけで無く、新しいのも追加されてるもんな……。


 俺が廃止した税はすべて前々代官の懐に入っていた物だから、廃止しても街の運営に困る訳じゃなかったはずなんだけどなぁ……。

 現状の全てを合わせた税収を伯爵様に伝えたら、上納額が上がって自分の首が締まるだけなんだけど……どうしているのやら。


「ほれ見えてきたぞ小僧、あれがウラールの街だ、悪いが降りてくれ、人を乗せていると税金が余計にかかっちまうからな……すまねぇないくつか野菜でも持っていくか?」


「いやいいよ、おっちゃんありがとう、腰巻布は貰っても?」



「ああそれはやるよ、お前さんの歳なら教会の孤児院に行けば入れると思うんだが……子供税のせいで捨てられる子供が多くてな……」


「了解おっちゃん、なんとか生きていけそうならお野菜買いにいくからね、って何処かに納入してるだけ?」



「基本は飲食店に納入して余る分は市で売ってはいるんだが……市の出店税や売り上げ税も上がってな……かといって余らせるのもあれだから売りはするけどよ」


「ああ、そっかぁ……まぁ頑張れおっちゃん、じゃぁまたね」


 俺は動いている荷馬車から飛び降りておっちゃんにそう声を掛ける。


「ああ、お前さんも気をつけてな……道を外して盗賊にはなるなよ……俺も知り合った小僧を斬りたくねぇからな」


「気をつけるよ、バイバイ、運んでくれてありがとう」


 俺はおっちゃんに手を振って見送る。


 御者席に剣が置いてあったし、おっちゃんも筋肉そこそこあったからなぁ……。

 準騎士として扱かれはしたけど、俺には剣の才能が無いって言われた。

 なので力だけはと筋肉をつけてたんだが、おかげで相手の筋肉の付き方でなんとなく力量が判るくらいにはなっている。


 ありゃぁ元冒険者かもしれないね、一般の兵士相手なら勝てるんじゃないかなぁ。



 さて、裸一貫、いや布一枚になった俺は、元気よく街に向けて歩いていく。


 この街は一応壁で囲われている。

 魔物とか冒険者がいる世界だしね、農村だって柵をそこかしこに設置するし。


 つっても人通りの多い街道とかだと魔物なんてそうそう出ないんだけどね。


 あいつらだってわざわざ討伐される為に人前に出て来ないもの。

 馬鹿じゃないんだし、出てくるのは確実に勝てるか腹が減ってる時か増えすぎた時くらいなんだってさ。

 俺は準騎士だったけど、ほとんど街の外に出た事ねーからよく知らんけどさ。


 歩きながらはたと一つの事に気付いた。


 自分のステータスというか持って居るスキルは、意識するとなんとなく判るんだけど、俺のこの体は転生だか新生だかしているのだよな?


 前領主の遺体の話が出るんだから……体が変わっているとは思うのだけど。


 じゃぁなんで俺は〈財布〉と〈回復魔法微〉が使えるのだろうか?


 別人じゃないの? まぁ〈財布〉とか〈空間庫〉とかは死んだ時に中身が飛び出て来ちゃうらしいから空っぽだろうけ……。


 あれ? 〈財布〉に何か入ってるな……俺は街道をそれて近くの木の下に座り、休憩をしている風に装いつつ〈財布〉スキルを発動させてみる。


「財布っと」


 ジャラ……俺のへそくりが出てきた。


 嫁にお金の管理は私がするって言われていたんだが、やっぱ多少のお小遣いくらいは自分でって思い、多少は持っていたんだよね。


 てか俺の資産のほとんどを嫁に取られた事になるのか……怒りはねぇけど惜しい事をしたとは思えるな。


 えーとっひのふのみの、銀貨3枚、大銅貨12枚で、銅貨412枚分かぁ……。

 屋台で飯を買うくらいなら十分だが、宿に泊まるとか考えると10日もたねーな……。


 うん、やっぱし捨てられた子として教会の孤児院を頼ろう。




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