酒村の推理
酒村は昔、タブレットを使って教職員のネットワークに侵入しようとしたことがあった。
「まあ、出来心でやっちゃったんですよね。で、今回のそのゴーストはいつ接続があったんですか?」
隣に座る酒村がのんきに聞いてきた。
「今日の午後6時3分…」
「じゃあ僕のはずがないですよ。僕のタブレットは今日給食前に入れて充電保管庫に入れたままですから。犯行不可能ですね」
「ああ…」
タブレット授業が開始され、家に持ち帰らない時は各教室に設置された充電保管庫に入れておく。もちろん鍵も付けられる。
「でもうちのクラスではなく、家にタブレットを持ち帰る予定だった生徒の可能性もありますよね」
生徒を疑うのは気が引けるが、前に引き起こした当人がいうのだからその可能性はある。
「生徒の持つタブレットからの侵入なら探すのは簡単ですよ。生徒に配っているタブレットのMACアドレスはExcelか何かに一覧にしているでしょう。その一覧に検索かければいいんです」
「あ、そっか」
確かにその方法で前に酒村をあぶり出したのだ。全生徒のタブレット情報の載ったシートを開き、『80:fb:4a:57:b5:ad』を検索かけてみる。しかし…
「該当なし…か」
「だろうね」
「お前、もしかしてわかってたのか?」
酒村はふふっと笑った。
「これ、検知区分が“未確認”って出てるんで」
「? うん?」
「僕たちのタブレットは職員とは別のネットワークに接続されている。ただこの不正接続防止装置の区分は違えど、同じセキュリティシステムに登録されているはずだ。わざわざ別々の不正接続防止装置を契約する必要ない、コストがかかる。つまり不正接続防止装置において、タブレットは未確認の機器ではない。だからこの検知区分に未確認とは出ない。…ということを『お前の悪事はすぐにバレるんだからな』って捨てセリフとともに荒蒔先生が言ってたよ」
たぶん、何が原因でわかったか誘導して言わせたな、こいつ。
「じゃあなんで調べさせた?」
「梶先生は眼で見て確認するのが好きだから。補習も居残りなんかさせずに家で宿題としてやらせればいいのにわざわざ学校でやらせた。家だとパソコン使ってプリントを片付けるかもしれないって考えたんでしょ。だから僕の言葉を信じる前に調べてもらった方が早いと思ったの」
う、まんまと操られてる…。
「あとね、この“検知”でわかることがもう一つある」
「え、なに?」
「もしわざと不正接続したのなら、なぜ未確認という足跡を残したのか。僕が本気で接続したいのなら別の登録された機器を隠れ蓑にして侵入するね。そしたら不正検知されることもない」
「…トロイの木馬か」
「まあそんなところ。だから犯人はおそらく…わざとではないのかも」
「間違えたとか? どうして?」
「さあ? それはこれから考えればいいじゃん」
あっけらかんと酒村は答えた。
「なあ、うすうす思ってたんだけど…生徒の可能性ってないか?」
「生徒が持ち込み禁止のスマートフォンをこっそり持って来て接続したらやばいね。白状するわけないし。ただ…」
ピコンッと音がした。
不正接続を検知しました;
不正接続を検知しました;
不正接続を検知しました;
「まだ犯人は接続したまま、だから検知し続けている」
「犯人はまだこの校内にいるのか…」
「少なくとも、“機器”はまだあるね」
6時を過ぎたので、部活動は終わったはずだ。下校時間まで残り10分。生徒の数は多くはない。しかし持ち込み禁止のスマートフォンを見せるはずがない。探せないな…。
「他は?」
酒村がおれに聞いた。
「他?」
「そう、まだ校内にいる、けどいついなくなるかわからない状況で、生徒のスマートフォンを探すというのは成功率はかなり低い。だから探すとしたら一番最後だ。それより先に他の可能性を潰そう」
「下校時間まであと10分だぞ」
「じゃあ5分だけ僕にちょうだい」
不敵に酒村が笑った。こうなったら酒村の言うことをとことん聞こうじゃないか。
「ここ最近何か変化なかった?」
「変化ねえ…、そうだ最近外装と内装の工事しているな」
「外の人が間違えてつないだ、か。あり得なくはないかもしれないけど…」
「ないけど?」
「ないけど、もうさすがに工事の人は帰ったでしょ? 工事の人から直接確認するのは難しいね」
「あ、そっか…」
おれもまじでもう帰りたい。
「まあ、それならどこかに機器はあるはずだけど…。何か増えた機器とかなかったの?」
「最近新しく接続した機器もなかったし、今日届いたばっかのパソコンは未開封のままだった」
「え、新しくパソコン買ったんだ、へ~。あ、今年度末だからか、工事もそれでしてるんだね」
なんでそんな大人の事情がわかるんだよ、と思っていると、酒村が急に眼を見開いた。
「先生が探した機器ってさ、もしかしてパソコン、スマートフォン、タブレットの他はある?」
「え、その3つだけだけど?」
「もしかして…」
酒村の眼が爛々と光り始めた。
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