ゴーストの検知

一宮けい

検知

 機器ゴーストを探せってか…?

 おれが? どうやって?



――――――――

「くぁぁっ、やっと終わった~!」

 隣の技術の先生、荒蒔あらまき先生が大きく伸びをする。伸びをしている冬眠から目覚めた熊のようである。

「お疲れ様です」

「いえいえ! 梶先生もお疲れ様です」

 荒蒔先生は猛烈なスピードで机全体に広がる書類を整理し始めた。

 てきぱきと片付けながらも荒蒔先生はしゃべりはじめた。

「春休み前のこのバタバタ、大変なもんですね」

「まったくですよ」

「あれ、梶先生はまだ帰らないんですか?」

「あ、はい、自分の仕事はだいたい片付いたんですけど、酒村さけむらが補習中でして…」

「酒村が? 国語が苦手なんですか?」

「まあ勉強全般苦手なんですけどね…」

 

 酒村はうちの中学の2年生。見た目は中2にしては少し幼さが残るぐらいの普通の子なのだが、成績のほうは全体的にかんばしくない。前の担任の先生の話によると、読解力に問題がある様で、すべてのテストには日本語で書かれているから、その時点でつまづいているという。


「まあ期末後ですけど、ちょっと残って国語のプリントやってますね」

「へえそうなんですね? でも酒村って技術は確かに苦手だったけど、プログラミングの授業は抜きんでてよかったですよ」


 おれたち世代ではなかったが、2021年から中学でプログラミングの授業が義務化され、技術・家庭科で行われるようになったのだ。


「あいつ、パソコン得意なんですか?」

「はい、私よりも詳しいと思いますよ。自分は技術の先生になっただけでまさか情報まで教えるようになるとは…。全然知識が追いつきませんね。少々パソコンへの興味が過ぎることありますけど、本当によく知ってますね、あの子は」

「はは、じゃあ何か困ったら酒村に聞こうかな」


 しゃべっていると突然ガンガンッと外で大きな音が鳴った。外壁の工事をしているのだ。荒蒔先生は顔を曇らせる。今年度の予算で余った分を学年末の今使い尽くそうと、急ピッチで外装や内装を工事している。聞いたところ、老朽化したネットワークについても今回一新しようとしているらしい。

 

 しょうがないことだが、この時期教師はてんてこ舞いで事務作業を行うのに、このうるささは正直勘弁してほしい。


 荒蒔先生は片付け終えると、

「ではお先です」

 はちみつを追いかけていくように軽やかな足取りで荒蒔先生は歩き出した。

「あ、そうだ」

とくるっと体を翻して、

「梶先生も早めに帰ってくださいね」

と言った。

 公立中学では残業代を請求できない。だからしたくなんかない。おれはほほ笑む。


 帰りたいわ、おれだって。


「あれ、梶先生、まだ帰んないんですか?」

 ふわふわとしたパーマをかけた長谷部先生がこちらを見てきた。

「もうちょっと春休み宿題プリントの内容チェックして、あと酒村が戻ってきたら速攻帰ります。長谷部先生は?」

「荒蒔先生に頼まれて、コピー機を片付け終わって」

 ああ、コピー機も今年の予算ですべりこみで買ったんだな。

「あとパソコンも4台届きましたので、それも運びました。全部終わったので、日報書いてわたしも帰ります~」

 長谷先生も少々お疲れのようだ。


 さて帰りますか、とパソコンに向かうと、よくわからないメールが届いていた。



 不正接続を検知しました;

 MACアドレス:80:fb:4a:57:b5:ad

 検知区分:未確認


 不正接続———教職員のネットワークに誰かが接続しようとしている。


 前に荒蒔先生に言われていた。学校で教員に支給されているパソコンはすでにすべて登録してある。

「機器の識別にはこのMACアドレスを使う」

「なんですか、マックアドレスって」

「各通信機器にはそれぞれ識別できるようにMACアドレスというのが割り振られています。まあ、すごく簡単に説明すると、パソコンの出席番号ってところですね」

「へえ、なるほど」

「不正接続は生徒の個人情報漏洩にもつながる。今年度は梶先生担当でお願いしますね。これを検知したら絶対原因追及をするように」

「絶対に?」

「絶対の絶対。これ解るまで帰ってはいけませんよ」


 帰ってはいけませんよ―――――。


 ギリギリ今年度までおれじゃねえか。心の中で舌打ちした。


 とりあえず機器を探さなければ…。まあもう目星はついているが。

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