3-2.案内して
私の料理は、マイヤーさんたちにも受け入れられないことが明確になった。とても残念ではあるけれど、これも味覚の不一致というやつなのだと思う。
クレアは当然そのことを分かっていて止めなかったので三人ににらまれたけれど、その代わりとして今は三人とも彼女が作ったスイーツを食べている。
「なんだこりゃ。すげぇうめぇじゃねぇか」
「甘い物は正直苦手だったんだが……これなら俺でも食べられるぜ」
「美味し」
「せやろ? ま、これのお代はいらへんからあの子のゲロマズ料理黙っといたのはこれでチャラにしてや」
「おう、なんだかんだあったが、これが食えただけで今日の事は全部忘れられる気分だよ」
クレアの料理ばかり評価が上がって、なんかいろいろと納得がいかない。
「申し訳ないが、ノエル。これが正当な評価だよ」
ロナが三人に食後のコーヒーを差し出しながら私をたしなめてくる。
むぅ。しかたがない。また練習するから、マイヤーさんたちはまた食べにきてください。
そう言うと三人とも顔を青ざめさせた。おかしい。やっぱり納得がいかない。
私が口を尖らせ、それをマイヤーさんたちがなだめて、そんな様子をニヤニヤとクレアとロナが笑いながら眺める。お客様が久々にやってきて和やかなカフェらしい空気が流れていた。
けれど。
「……」
「およ? なんや、ノエル。ひょっとして?」
はい。おそらく、またお客様です。
私がクレアに告げるとほぼ同時に、壊れそうな勢いで入口のドアが開いた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
そうして駆け込んできたのは一人の女性探索者だった。セミロングくらいの長さの金髪を両サイドで編み込んでいて、左右の腰に一丁ずつ、計二丁の拳銃が差さっている。
「うそ、本当に人がいるなんて……」
額には大粒の汗がいくつも光っていて、マイヤーさんたち同様にここまで懸命に走ってきたと推測される。
明るい店内を見て彼女は目を丸くしてたけど、マイヤーさんたちの姿を認めるやいなや早足で近寄ってきた。
「す、すみません! そこのおじさんたち! 探索者ですかっ!?」
「お、おじ……まあ、そうだが」
「良かった……! お願いがあるんですッ!」
どうやら探索者仲間を彼女は探していたらしく、マイヤーさんの肯定に彼女は嬉しそうに声を上げた。いささか興奮しているのか声が大きい。お客様が来てくださるのは私としても喜ばしいけれど、うるさいのは困る。
「店内では――」
「アンタも落ち着きって」
警告のために義手の銃口を彼女に向けたけれど、苦笑したクレアからたしなめられた。
確かに。彼女は敵ではなさそうだし、ここは戦場ではなくカフェ。人に銃を向けるのは控えた方がいいのかもしれない。
「控える以前に客に銃向けんなって話なんやけどな。
しっかし今日は千客万来やな。ずいぶん慌てとるようやけどどないしたんや、お姉ちゃん? 困り事みたいやけど何があったか言うてみ?」
クレアが促すと彼女は今にも泣き出しそうに眉尻を下げて、そしてマイヤーさんたちへ大きく頭を下げた。
「お願いしますっ! 私たちを……! 私たちの仲間を助けてくださいっ!!」
「仲間を助けてほしい、だって?」
アレニア・ハス。駆け込んできた彼女はそう名乗った。
マイヤーさんが代表して尋ねると、クレアから渡された水を一秒で飲み干したアレニアが事情を説明してくれる。
「はい……! 仲間たちがモンスターに襲われてるんですっ!」
「モンスターに? つまり、戦況がやべぇから加勢してくれって話か?」
ジルさんが確認するとアレニアがうなずいた。と、そこでマイヤーさんが彼女の格好を見て気づく。
「その装備……まさかとは思うがお嬢ちゃん、まだCランクか?」
「……はい。C-2です」
消え入りそうな声で答えると、彼女は下唇を噛んだ。
探索者ライセンスのランクは、探索者であれば相手の装備でなんとなく推測できる。Cランクであれば探索範囲は迷宮の上層に限られるうえ、駆け出しが多い。だから装備、特に防具にはあまりお金を掛けていない探索者がほとんどだ。
見たところ、アレニアの装備は胸当てと革製のグローブにブーツ。どれも初級者向けにギルドが斡旋しているお店の量産品と推察できる。
「ここは第十階層だぞっ!」
「いったいどうやって入ったし」
ジルさんが言うとおり、ここは第十階層で要求ライセンス証は「B」だ。降りてくるにも途中でゲートがあるからCランクライセンスの探索者は入れない。通常ならば。
「わ、私たちだって来たくて来たんじゃないですっ! 一個上の第九階層で活動してたんです。けれど、魔晶石を集めてる時に仲間が壁に窪みを見つけて、そこを触ったら突然足元が崩れちゃって……」
「トラップに引っかかっちまったってわけか……」
迷宮は生き物、とよく評される。理由は、どこの迷宮でもよく形を変えるから。
当然、勝手に迷宮が変形するわけはなく、地中に住むモンスターが新たな坑道を作り上げたり、あるいはそれによって床を崩したりするから。中には、数は少ないけれど落とし穴を作ったり、魔晶石に擬態するなどのトラップを仕掛けるモンスターもいる。
そういうトラップを見分けるのは初級者にはほぼ無理だけれど、そうそう遭遇することもない。そう言う意味では、アレニアたちは不運だったと言わざるを得ないと思う。
さらに。
「落ちたところが、ちょうどモンスターの目の前だったんです。しかも巨大で見たこともない奴で、私たちじゃとても歯が立たなくて……!」
「他の連中も逃げなかったのかよ?」
「みんなすぐ逃げ出そうとしました! だけど、落ちた場所が一つの部屋みたいになってて、その逃げ口をちょうどモンスターに塞がれて逃げられなかったんです……
私だけ偶然モンスターの背中側に落ちたから逃げ出して、助けを呼ぼうと走り回ってたんです。でも、他の階層にはいっぱい居た探索者の人が何故かここには誰もいなくて……」
「第十階層だしなぁ」
「んで、フロア中を走り回ってようやくここにたどり着いたっちゅう訳やんな?」
アレニアはうなずいた。そしてマイヤーさんたちに向き直ると、つかみかからんばかりの勢いで懇願する。
「お願いしますっ……! 仲間を、仲間を助けに来てくださいっ! 今も懸命に戦ってるはずですけど、どこまで戦えてるか……! もう時間が無いんです! お願いします……」
「もちろん力は貸してやりたいけどよ……」マイヤーさんがアレニアの肩を軽くつかんで押し返した。「その前に情報だ。襲ってきたモンスターが何か、分かるか?」
「……分かりません。見たこと無い奴だったし……それよりも早くっ――」
「分からなくていい。特徴だけでも教えてくれ。じゃねぇと、こっちも心づもりがある」
探索者は危険な職業で、基本的に自己責任だ。その危険に応じて稼げる職業ではあるけれど、正しく判断ができないと簡単に命を落とす。だからできる限り情報を得ようとするマイヤーさんの問いは、探索者なら至極当たり前だ。
「は、はい。えっと、ええっと……大きくて、恐竜みたいなシルエットで……そう! 尻尾が短くて、確か背中から尻尾にかけて星みたいな模様がありました!」
「星みたいな模様、だと……?」
「そいつぁもしかして――」
「間違いなくモールドラゴンやろなぁ」
クレアが名前を口にした途端、マイヤーさんたちの表情がそろって曇った。
「マジかマジかマジかよ……B-1ランクのモンスターじゃねぇか……!!」
ジルさんが頭を抱えたように、モールドラゴンは彼らB-3ライセンスのレベルを大きく超えた相手だ。
モグラみたいに地面を掘って進み、足元から強力な牙で噛み付いたり、本家のドラゴンほどじゃないけれど、焔の息を撒き散らす。表面の鱗も固くて、平均レベルの探索者からすれば束になって戦わなければならない強敵のはず。
「どうすんだ、マイヤー? 俺らでも到底手に負えねぇぞ」
「助けに行っても返り討ちに合うだけだし」
「だよなぁ……」マイヤーさんが禿頭を撫でて、大きくため息を付いた。「嬢ちゃん、仲間を助けてやりたいのは山々なんだが――」
「お、お願いします! 見捨てないでくださいっ!」
なのでマイヤーさんたちの立場からすれば、断るのが合理的な判断と言える。けれども、アレニアからすれば受け入れられるはずもない。ひっつきそうなくらい顔をジルさんに近づけて懇願し続けている。
「い、いや、見捨てるなって言われてもな……」
「残念だが嬢ちゃん、無理だ。俺らが行ったところで無駄死にするだけに終わる。運が悪かったと思って諦めるんだ。むしろ嬢ちゃんだけでも助かって良かったと思った方がいい」
「そ、そんな……な、なら!」アレニアがクレアに泣き出しそうな目を向けた。「助けを! そのモールドラゴンと戦える人を呼んでください!」
「無駄だ。今更電話でギルドに要請したところで間に合わねぇ。できるのは……仲間が無事に逃げ出せたことを祈るくらいだ」
「そんなこと言わないでくださいっ!」
叫んだ彼女の目から涙がこぼれる。嗚咽が混じりながら、アレニアがもう一度頭を下げた。
「お願いします……! せめて、せめてシオだけでも……アイツは、私の同郷で、ずっと一緒に潜ってた弟みたいな奴なんです……お願いだから助けてあげて、くださいっ……!!」
シオ。その名前には聞き覚えがある。以前にグリュコフたちを助けたパーティの一人がそんな名前だった。彼だけは私に不快な視線を向けなかったし、彼らの中で異質だった。あの後、グリュコフたちのパーティを抜けたのだろうか。
何にせよ、彼女は助けを求めている。私が望まれたわけではないけれど、戦える人を呼べというクレアへのお願いは、私に対する要請だと判断した。
「行くんか?」
はい。
クレアにうなずく。そのために私はここにいるのだから。
アレニアがここに辿り着くまでの時間、それとC-2ランク探索者とモールドラゴンの実力差を考慮するとすでに手遅れかもしれない。けれど、可能性はゼロじゃない。
(困ってる人が目の前にいて、助ける余裕があるんなら手を差し出しな。それが人間ってもんだぜ?)
エドヴァルドお兄さんが前にそう言ってた。私はすでに人間ではない。だけど――お兄さんの言葉に従って生きていたら、また人に成れるだろうか?
ともかく。
「案内して」
「え?」
「私をモールドラゴンの場所へ。助けに行く」
「あ、ありがとう……で、でも……」
アレニアが言い淀んで私の姿を眺めた。
なるほど。彼女から見れば私は子どもで、かつ防具も何もつけていないただのメイド。戦える存在ではないと判断するのは至極当然だ。
だから。バーニアを起動させるとニーソックスが破れて、穴から魔素が噴出する。スカートがふわりとめくれ上がって金属製の脚が顕わになり、腕が変形して銃口が現れた状態でアレニアの目を見つめる。
そして、ハッキリと伝えた。
「――大丈夫、問題ない」
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