2-1.カチューシャは燃やしておこう

「おはようございます」


 店のバックヤードからホールに姿を見せて私は挨拶をした。挨拶は大切だ、とお兄さんに教えられたからそれは欠かさない。


「おー、起きたか。おはよーさん。ま、ゆーても外の時間的にはもう昼やけどな」


 声のした方を見れば、クレア・カーサロッソがゴーグルをつけて、カウンターの奥で義体の整備をしていた。

 赤く長い髪を後ろで縛ってて、作業が一段落したのか義体をテーブルに置くとゴーグルを外してニッと笑みを私に向ける。良く十代の子どもに勘違いされると愚痴をこぼす彼女だけれど、童顔と評される容姿に加えて、たぶんこういう仕草が彼女を年齢以上に幼く見せるのだと思う。

 ちなみに彼女が作業していたのは私の義体ではない。彼女は時々外に出てはこうした義体や機械の修理を請け負っている。


「ところで……なんや、今日は普通のカチューシャかいな」


 クレアが私の頭の上を見て残念そうに眉尻を下げ、頬杖をついたことで童顔に似合わない大きな乳房が揺れる。

 別にカチューシャは邪魔だからなくてもいいと思うけれど、彼女にしてみればどうしても外せないらしい。しかもうさぎの耳だったり犬の耳だったりと動物の耳を模した物をたくさん所有していて、私に並々ならぬ情熱でその重要性を時々解いてくる。ちなみに昨日はクマの耳だった。


「ま、たまには普通のんもええか……せや、そろそろ起きてくる頃やと思って朝メシ用意しとるで。先に食べてしまい」


 感謝する。

 キセルをくわえて煙を吐き出す彼女に礼を述べ、厨房に置かれたまだ暖かいパンケーキを持って店のカウンターへ座る。食べながらクレアの方を見れば、彼女はまた義体の整備作業を再開していた。それも彼女の仕事ではあるけれど、お店で作業するのはどうかと思う。


「別にええやん。店番は必要なんやし、ただボケーッと座ってキセル咥えとるだけってのも時間の無駄やろ? どうせ客もおらへんのやし」

「客がいないってのはどういうことかな、クレア? 一応私もお客さんのつもりなんだけど」


 クレアの言い訳に苦情を入れたのはロナだ。クレアとは対照的にスレンダーな見た目で、受肉した精霊である神族だからだろうか、成熟して落ち着いた雰囲気を感じる。

 クレアいわく「絶世の美女級」らしい彼女の怒った顔は怖いとのことだが、なるほど、少し迫力がある気がする。ただし本気で怒っているわけじゃなくて、すぐに表情を崩すといつもしている微笑みを浮かべた。


「アホ。客は自分で豆持ち込んだうえに、勝手に店の器具使ってコーヒーを淹れたりせんわ」

「はは、違いない」


 神族であるロナがどこで暮らしてるのかは知らないけれど、毎日のように店にやってきてはこうして一日中居座って、いつの間にか居なくなってる。客なんてほとんど来ないこの店で今のところ唯一の常連客ではあるけれど、彼女の振る舞いからしてクレアの言うとおり客と判断して良いかは判断が難しい。


「ところでノエル」

「何でしょうか?」

「クレアみたいなことは言いたくないんだけど――どうして今日は普通のカチューシャなんだい?」


 そして彼女もまたクレアと同類だ。どうやらカチューシャについては一家言あるようで、私の頭の上を眺めると大きくため息をついた。


「いや、別にいいんだ。君は可愛いから普通のカチューシャでも十分かわいい。しかし、しかしだ。その君の類まれな愛らしさを更に増幅してくれるアイテムが存在する。それがケモミミカチューシャなんだ。それを装着することで君はこの退廃した世界で最高にして至高の存在になれる。だから、できれば装着してほしいんだ。そう――猫耳を」

「ロナ、怖い」


 おそらくは「朗らか」と形容されるべき笑顔を保ちながらも、ロナからは途方も無い圧を感じる。クレアといい、何が彼女たちをここまでの情熱に駆り立てるのか、私には理解が及ばない。


「なんや、ロナ。神族のくせによう分かっとるやないか。さすがは同志や」

「ふふっ。褒め言葉、ありがたく頂戴するよ。ちなみに一口に猫耳と言っても古今東西、様々な形があるわけだけど、クレア。君ならノエルに何を授ける?」

「難しい話やな……何にしても至高やとは思うけど、やっぱオーソドックスに――」

「なるほど、それも悪くない。だがしかし、私が思うに、だ――」


 パンケーキを頬張りながら無言で彼女らの白熱する議論を眺める。途中から彼女たちが何を言っているのか理解ができないというか理解を脳が拒否しているのだけれど――とりあえず今度、クローゼットのカチューシャは全部燃やしておこう。そう心に決め、パンケーキの最後の一欠片を口の中へ放り込んで立ち上がって――私は動きを止めた。


「ん? どないしたん?」

「誰か来る」


 微かに外から聞こえる物音を私の耳が捉えていた。こちらに近づいてきているようで、足音が大きくなっていく。とりあえず食べ終わった皿を流しに置き、私はトレーを抱えて入口へ体を向けた。

 程なく、扉が「バァン!」と音を立てて勢いよく開いた。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」

「いらっしゃいませ。迷宮カフェ・ノーラへようこそ」


 店に入ってきたのは、探索者と思われる三名。走ってきたようでそろって汗だく。きっと喉が乾いてるに違いない。

 三人は目を丸くして私たちの方を見ていたけれど、ハッと我に返った様子の大柄なスキンヘッドの男性が突然叫んだ。


「た、頼みがあるっ!!」


 それを皮切りに、三人が一気にまくし立て始める。


「武器……この店に武器はないかっ!? なんでもいい、貸してくれ!」

「魔導ポーションがあれば頼むし! 金なら後で払うし!」

「お静かにお願いします」

「頼む、急いでるんだ! アンタたちも早く隠れろ!!」

「それか、一緒に戦える人間はいないかっ!? いたら協力してくれ!」


 みんな大声で、騒がしい。そこまで叫ばなくても十分聞こえている。

 静かにするよう頼んだものの、興奮しているようで私の声は届かないようだ。

 なので。

 腕を変形させて彼らの足元に向かって一発、発砲。

 店内に「ズガン!」とけたたましい音と火薬の匂いが立ち込め、騒いでた彼らがようやく静かになった。

 すぐ足元に空いた大きな穴と私が向けた銃口。その二つの因果が結びついたようで、ヘナヘナと三人仲良く腰を抜かす。そして床に尻をついた状態で見上げてくる彼らへ、私は深々と頭を下げて伝えた。


「店内ではお静かにお願いします」


 騒がしいのは、嫌いだ。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

<神族①>

・精霊が受肉した存在。

・精霊は本来人間には見えないが、受肉することで人間と同様の生活を送れるようになる。

・受肉した精霊の多くは人に混じって生活しており、見た目上の違いは殆どない。ただし、人間よりも頑丈で病気にもなりにくい。

・また、人間の善悪や欲求は尊重するものの、それらについて干渉することは基本的にない。

・受肉してなお容易に高威力の魔導を放つことができ、属性によって農業生産や薬剤生産等を趣味で行い生活している者が多い。



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