1.出会い
私は一体、なんなのだろうか。
学校の成績はごくごく普通。分かりやすく言えば中の中。運動も特別何かができるわけじゃない。強いて言えば、中学の頃に所属していた陸上部で、県大会にて準決勝にはいけるがそれ止まり。そのレベルだ。つまりはそう。どこにでもいるただの人間。特別な何かを持っているわけでもなければ、それを得ようとする努力すらもしない。そんなくだらない人間だ。
私、花宮香織は地方に住むごく普通の会社員。目の前に敷かれたレールを順調に進み、就職し、誰もが容易に想像できる人生を送っている。そんな私にも唯一と呼べる趣味があった。それが、最近若者の間で話題になっているオンラインゲームだ。昔からこういったものが好きで、アニメ、ゲーム、ライトノベル、そんなものたちに囲まれて生きてきたせいなのか、二十代半ばになった今でもそれは健在だった。
だが私は人見知り故、現実でも交友関係が狭く、ゲームでもそれは変わらなかった。だからいつも一人でプレイする、いわゆるソロを貫いていた。しかし、そんな私に興味を示す珍しい人物がいた。プレイヤーネームは「ユウキ」というシンプルなもの。ユウキもこのゲームにハマるプレイヤーの一人で、ソロに飽きたからソロをしている人とパーティを組んで一緒にプレイしたいから、という単純な理由で私に声をかけてきた。
ユウキは私とは正反対の人だった。明るくて優しく、一緒にいても会話が尽きない。私は話題作りが下手で現実ではきっと、つまらないやつだと思われているだろう。だがユウキはそんなこと気にも留めず、話を盛り上げていく。ムードメーカー的な存在だ。いつの日か、そんなユウキに好感を抱くようになり、私たちは個人的な連絡先を交換した。好感と言っても恋愛的な意味はない。ただ、ユウキの人柄に惹かれた。それだけだった。
ユウキの本名は一ノ瀬祐樹という。本名そのままをプレイヤーネームにしているあたり、正直でまっすぐな性格の祐樹らしいと思った。祐樹は私と連絡先を交換してから、ゲーム以外のことでも連絡をよこすようになった。例えば、今日は仕事が忙しくて朝から晩までずっと外にいるとか、丸一日オフだったから、ゲーム内の狩場でひたすら経験値稼ぎをしていたとか。最初はくだらないとも思ったが、そんな祐樹の報告がいつの間にか私の日常になりつつもあった。しかしながら私は祐樹のことを、名前以外何も知らない。もちろんプライベートを聞くことは、他人の家に土足でずかずかと入ることと同じだ。それゆえ聞けずにいたのだが、ある日、とんでもないことに気づいてしまった。私は意を固め、祐樹に聞いた。
「ねぇ、もしかしてさ、あの映画の主人公の俳優って祐樹なの?」
電話越しに問うと、祐樹は驚いたのか、一瞬息を呑む音が聞こえた。そしてワンテンポ遅れた後
「え、そうだけど、今更?」
と、若干呆れつつも笑いながらそう答えた。
祐樹は俳優だったのだ。そういったことには昔から疎く、テレビなんてそもそも家に置いてないし、芸能人だって国民的な人気を誇るような人しか知らない私。だから祐樹が俳優をやっていると聞いて正直驚きつつも、「そうなんだ」程度の感想しか思いつかなかった。私のそんな態度を見透かしたかのように、祐樹は笑いながら続ける。
「本名教えても全然反応しないからさ。きっと俺のこと本当に知らないんだろうなって薄々気づいてたよ。俺、まだまだ未熟だね。」
未熟、とは言っても調べてみると、ドラマや映画はもちろん、ラジオ、トークイベント、情報番組なんかにも出演していることがわかった。それにデビューしたのはもう十年も前で、祐樹は今年、三十歳だという。私よりも五つ以上、年上なのだ。だからと言って今更敬語や変な距離を置くことも難しいし、本人が今まで通り接してほしいというため、私もそうすることにした。
もちろん、このことを公にするつもりはない。自慢したい気持ちがないからだ。私にとって祐樹はあくまでも仲の良いゲーム仲間で、それ以上でもそれ以下でもない。わざわざ俳優・一ノ瀬祐樹と個人的に連絡を取り合ってますと公言したところで、誰かが得をするわけでもない。祐樹はそんな私だからこそ、こうやって正体を知られた後も付き合ってくれるのだろう。だから、私たちの距離感はこれくらいがちょうどいいのだ。
祐樹と私はしばらくどうでもいい会話をダラダラとした後、時刻が既に日付をまたいでいることに気が付き、慌てて通話を終了した。祐樹は明日からドラマの撮影があるらしい。電話をするため固まってしまっていた体をほぐすという意味でも、一度蹴伸びをした後、眠りについた。
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