伝えられない恋心を

スパイ人形

私の叶わない恋

 人生でどれほど『墓場まで持っていく』と思うことがあるかは分からない。ただ、『これ』はきっとその『墓場まで持っていく』 べきものの1つなのだろうといつからか思っていた。


「絢瀬ー。一緒に帰ろー」

「梨香。……あら、愛しの彼は今日はいないの?」

「今日はバイトが早いんだってさ。ダッシュでそれだけ言いに来てめっちゃ謝って帰っちゃった」


 仄かに胸が高揚した。2人きりで帰るのなんてかなり久しぶりだ。そういう感情で喜んでいけないとは思うのと同時に、どうしようもなく喜んでしまっている自分がいる。絶対良くはない。こんな感情抱いてはいけないのだと言い聞かせても、切なさと愛しさが膨れ上がる一方だ。


「絢瀬? もしかして何か用事でもあった?」

「あぁ、ううん。すぐに帰る準備するから待って」

「うひゃー、相変わらずちゃんと教科書持って帰ってるんだねー。私なんか全部置き勉してるよ」

「ふふ、重たいしそれもいいんじゃない? 私は勉強好きだもの。そういえば、次の試験まであと1か月ぐらいだけど大丈夫? またカップル2人揃って試験前に勉強教えてくれーって言いに来るところまでもう見えてるけれど」

「多分きっとそうなります……いつもありがとうございます……」


 彼女は昔から人気者だった。そんな彼女と昔からの付き合いであることが誇らしく思っていたこともあった。ただそれがいつしか恋愛感情に変わり、彼女と目があうだけで嬉しくなり、肌が触れるだけで胸が高鳴り、声を聞くだけで多幸感に満たされるようになった。なってしまった。


「お待たせ。それじゃあ帰りましょ」

「はーい。そういえば、2人で帰るのも久しぶりだねー」

「そうね。えっと……前の試験前で教えた時ぶり、かしら」

「そんな気がするー、昔はずっと一緒にいたのに不思議な感じだねー、と言っても私が透と付き合い始めたからだからなんだけど。絢瀬は誰かと付き合ったりしないの?」

「え、私? そうね……梨香がフリーだったら梨香と付き合いたかったわ」

「えっ!? 私!?」

「あっ、と。冗談のつもりだったのだけれど、こういうのはよくない冗談よね。ごめんなさい今の無しね。えっと、それじゃあ話題変えちゃうけれど――」


 その話は半ば強引にではあるが有耶無耶になり、今後のテストの事、学校行事の事、他愛のない話をしてそれぞれ帰路についた。動揺する内心を隠すことで必死だったが、その同様も自分の発言が原因でこうなったのだから自分が悪いということは理解していた。

 やがて、この2人の時間も終わりの時を迎えようとする。


「あら、もう梨香の家に着いちゃったのね……。それじゃ、また明日、学校でね」

「んっふっふ、名残惜しそうな絢瀬さんや……。寂しいなら家まで送ってあげようか~? なんちゃって」

「んー? ……それじゃ、お願いしようかしら」

「えぇ!? 冗談のつもりだったんだけど! っていうか家すぐそこでしょ!」

「えー? いやいや、とっても寂しいわー。送ってほしいわー、言い出しっぺは梨香でしょ?」

「し、しょうがないなぁ 。ちょっと荷物だけ置かせて」

「ええ、ここで待っているから」


 もう少しこの時間が続いて欲しい、という気持ちに抗うことができない。なんど嬉しさと申し訳なさを同時に感じれば良いのだろうと後になって後悔してしまうのに、その時の甘美な誘惑に身を委ねてしまう。


 絢瀬は梨香の家の前でスマホを取り出しで画面に目を落とした。そんな絢瀬を尻目に梨香は自宅の玄関を開いた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





「ああぁぁぁ……何やってるの私……やばいやばいやばい」


 玄関扉を閉めた私は荷物を置きながら頭を抱えた。彼女を待たせるのも悪いしすぐに戻りたいところではあるが、少し気持ちを整理する時間が必要だった。


 高鳴る胸の鼓動がとてもうるさい。2度3度、深呼吸をする。それでも少しも落ち着いてくれない。

 仕方がない。これ以上もたもたしていても不自然だ。誰も帰ってきていないことを確認し、玄関に荷物を置いて家を出る。


 扉を開いた先には、幼馴染の綺麗な絢瀬の姿が変わらずにあった。音に気付いたのか振り返って笑顔を向けてくれる。それだけで単純にも喜んでしまう。恋心とはなんとも人を単純にしてしまうものだと他人事のように思う。


「あいお待たせー」

「ふふ、すぐ出てきたじゃない。全然待たされていないわ」


 楽し気に笑う彼女の笑顔が、あらゆる不安や心配事を一時とはいえ吹き飛ばしてくれる。


 私は、絢瀬の事が好きだ。そう気づいたのは中学3年の頃だった。進路について、絢瀬と別の進学先に行くことを考えたり、誰か別の人と仲良くしているのを見ると胸がざわついたことはあったが、その時は寂しいからだと思っていた。

 

 決定づけたのは、中学校卒業の時だ。絢瀬が男子生徒に告白されているところを見てしまった時だった。

 その告白を断っている様子を覗き見て、心の底からほっとしている自分がいて、その時にようやく自覚した。


 寂しいからと絢瀬と同じ高校に進学するべく勉強を頑張っておいて良かったと当時は心底思ったものだ。今となっては、絢瀬とは別の高校に行っていた方がこの気持ちにいつまでも悩まされずに済んだかもしれない、という意味で複雑な気持ちがある。絢瀬への気持ちを忘れようと思って透とも付き合い始めた。


 透のことはいいやつだと思っている。告白されて、そういった下心もあって付き合い始めたが彼といるのは楽しい。話していて退屈しない、よく私の事を見てくれているし、ちゃんと言いたいことも言ってくれるし聞いてくれる。正直私にはあまりにも勿体ない。

 

 しかし、これが友愛なのか、恋心なのかと問われれば――。


「梨香、どうかした? 体調悪い?」


 私はいつも通りにしているつもりだったが、それでも様子がおかしいことに気付いたのか、内心を見透かしたかのように心配している声をかけられはっと我に返る。すると、整った顔が私の顔を覗き込み迫っていた。思わず仰け反る。


「あ、あーいやいや。ちょっと考え事してた」

「彼にも言えない悩みなら、私で良ければ聞くよ?」

「え、あー、いや大丈夫! ほらその、やっぱりテストやばいなーって今更思い始めただけ」

「あぁ、あはは。不安なら、置き勉してないで勉強しなさーい」

「それは本当にその通りです……」


 絢瀬のことで悩んでる! なんて言えるはずもなく また適当なことをいって誤魔化す。


 絢瀬の家とそれほど距離があるわけでもなく、雑談を少ししているだけですぐに絢瀬の家の前に到着した。


「とうちゃーく」

「すぐ着いちゃったけど、送ってくれてありがとう梨香」

「うん、それじゃあね」


 名残惜しいが、あくまで自然に帰っていく絢瀬に手を振る。絢瀬は振り返って手を振ってくれていたが、不意に足を止めた。


「どうかした?」

「ううん、やっぱり他に悩み事があるように見えたから。何に悩んでるかは分からないけれど、言いたくなったらいつでも相談に乗るよって言っておこうと思って」

「あははー……バレてるし……」

「何年も友達だからね。と言ってもなんとなくにしか分からないのだけれど。じゃあ、また明日学校でね」

「うん、ありがとー、また明日ねー」


 絢瀬はこちらに向けていた体を今度こそ家の方に向け歩き出し、扉を閉める前に小さく手を振った。こちらが振り返したことを確認して扉は閉められた。


「これは絢瀬にだけは言えないのによく気付いてくれちゃってもう……。さ、私も帰ろ」


 複雑な心境を抱えたまま、今日も状況は変わることなく絢瀬の家に背を向ける。大きくため息を吐き、私も帰路に就いた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「…………っ~~~~~……! 相変わらず最悪だ私……」


 重い鞄を部屋に無造作に置くや否や、ベッドに倒れこみ恥ずかしさから悶々とする。相手は同性、しかも彼氏持ちだという望み薄っぷりなのにも関わらず、何か奇跡が起きないかと期待して、あまつさえ今日は冗談として最悪の部類の冗談まで吐き出した最悪で浅ましい自分がいることにいつも以上に嫌悪してしまう。

 本当に思い悩んでいる様子から、もしかしたら今の彼氏と別れようとか考えているのではないかと期待して執拗に聞いてしまった自分の行動があまりにも短絡的すぎて恥ずかしさすら覚えてしまう。


「はぁ…………次会った時とかちゃんと自制しないと……勉強会も多分あるだろうし……」


 正直に言うと悔しいけれど、梨香の今の彼氏は傍から見れば凄く良い人間だと思う。梨香を不幸にするようなろくでもない男ならどうにか交際を阻止する口実も作れたかもしれない。

 

 一切非の打ち所がない、ということは無い。しかしそれは私自身も含めた全員に当てはまることだ。

 梨香に彼氏の事を聞いてみても、いつも楽しそうに話す。きっと友達としてしか私が入り込む余地は無いのだろう。


「いい加減諦めてしまえばいいのに、諦めが悪すぎるなぁ私というやつは……はぁ、勉強しよ」


 頭を切り替えるべく鞄を持って自分の机までもっていき、持って帰ってきた教科書とノートを広げる。シャーペンを手に取り、今日の授業内容の復習の準備をしながら何とは無しに、また頭は勝手に彼女の事を考え始める。

 

 いつから彼女の事が好きだったかは覚えていない。中学生だったか、もしかしたら小学生のころからだったのかもしれない。

 私に告白する度胸も無いままずるずると友人関係が続いてきたし、このまま何も行動しなければ、きっとこの先ずっと友人ではいられるのだろう。この関係以下になりたくないのであればそれが最良だ。


 そんな未来を想像して、梨香の隣に立って共に歩んでいけないことが寂しくて切ない。


 それでも彼女の幸せを本当に願うならば、そんな未来も受け入れよう。私の幸せは彼女が幸せでいることだから――。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 いつか必ず、きちんとこの恋心にケジメを付けなければ。きっと今すぐは無理だけれどいつか絶対に、と自分に言い聞かせる。

 

 だからこそ今だけは。いつか諦めるためにも、この誰にも伝えられない私の心を、誰も聞いていない今だけは、本心を吐露してしまっても構わないだろうか。





「ずっと前からあなたの事が好きでした」 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

伝えられない恋心を スパイ人形 @natapri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ