恋の占いさん
ニュートランス
恋の占いさん
私は今、好きな人が居る。
彼の名前は斉藤弘樹。眼鏡を掛けており、背は低く、身体は女子の私と比べても細い。
世間一般的にとてもかっこいいとは言わない容姿なのだろうが、私はそんな彼が好きだった。高校1年生の頃、同じクラスに居た彼には一目惚れであり、初恋であったのだ。
私は佐藤希。陰キャって訳でも陽キャって訳でもない。ただカースト上位だと思われるグループに引っ付く、俗に言う金魚のフンって奴だ。
一目惚れから毎日彼のことを一時も忘れたことはない。そんなにも好きだったのに、気が付けば2年の歳月が経ち、私は高校3年の春を迎えた。
──伝えられなかった理由はいろいろある。
・純粋にタイミングが無かった
・告白して嫌われるのが怖かった
・一歩踏み出す勇気が無かったなどなど
こんな風に私は何かしらの理由を付けて告白することをどんどん先延ばしにしていった。
もう3年生。告白を諦めて開き直ろうとする自分が嫌いだ。
受験ももう近い。半ば諦めてかけていた時、私はある人物と出会った。
学校からの帰宅中、私は気分転換の為いつも通る道とは違う道を通って帰っていた。
今居る所が何処からも分からない。しかしそこに不安は無く、冒険をしているような気分で歩いていた。
そんな時、私は微かに自分を呼ぶ声を耳にする。
「……そこのアナタ」
私は耳を澄まして、辺りを見渡す。しかし声の特定までには至らなかった。諦めて帰ろうとした時、今度は確実に私を呼ぶ声がした。
「おいそこのjk」
少し悪意のある言い方で少しムカついたが、声の発生源は近くの路地裏から来ているようだ。
私は恐る恐る路地裏に近付く。するとそこには“超当たる! 占い屋”と書かれた看板の屋台があった。
そこには紫色のローブで全身を包んだお婆さんが1人、怪しげな雰囲気を放っていた。
「やあお嬢さん。いらっしゃい」
お婆さんは私に向かいの席に座るよう誘導し、目の前にあった水晶玉に両手をかざし始めた。
「あなたですか? 私を呼んだのは」
「いかにも、悩める子羊よ。君は今悩んでいることがあるね?」
「は、はいそうです!」
お婆さんの発言は怪しさ満点であったが、私が悩んでいる事を言い当てた事で信用度は跳ね上がっていた。
「それは恋路のことだね?」
「はい!」
お婆さんはそれを聞いて水晶玉に気を送るような動きを見せる。10秒程じっくり水晶玉を眺め、何か見えたのか不意に顔を上げた。
「わたしぃには分かるよ。そのことについて何年も悩んでいたことが」
お婆さんはその場に立ち上がり、手で私の頭上に五芒星を描いた。
「お前さんに今から魔法を掛ける。これから1週間、好きな人に対して思いを伝えてはいけない。その代わりにその彼とは確定的に結ばれる」
「そんな簡単な事でいいんですか⁉︎」
「ああ。でもそんな上手く行くかな。もし言ったら死んでしまうからね。この魔法は強力だ。だからそれ程の代償を払わないといけない」
伝えたら死ぬと言うが、1週間彼に好意を伝えなければ良いのだ。2年間彼に何も言えなかったのだからむしろそれは上手まである。
思いがけない出会いではあったが、これで彼と結ばれると思うと笑みが溢れる。
「はい3000円」
そんな笑みを浮かべ夢心地の私を現実に戻すかのようにお婆さんは金銭を要求してきた。
向こうも商売なのだ。金を要求するのは当然だろう。
「まいどあり。幸運を祈るよ」
私はお婆さんに言われた事を頭に思い浮かべながら帰路に着いた。
次の日から私はいつもと何ら変わりない日常を過ごしていた。
そもそも彼と話さない。そのきっかけさえも無いのだ。
これなら1週間なんて直ぐ。私は早くも勝利宣言をするのであった。
──あの時までは。
私はいつも通りに授業を受け、昼飯を食べ、放課後は行きつけの図書室へと向かった。
カースト上位の友達に付いて行っても本当に友達だと思える人は現れない。
だから私はこの図書室が1番落ち着ける場所であった。誰も来ない筈だったのに。
「……弘樹くん⁉︎」
私は思わぬ出会いについ彼の名前を口に出してしまった。
「あ、希さん。こんにちわ」
「こ、こんにちわ」
いつもならここに彼は来ないはず……。何故今日は来たのか。私は遠回しに聞いてみることにした。
「弘樹くんってここよく利用するの?」
「あー、いつもならこの図書館じゃなく品揃え豊富な市営図書館に行くんだけどね。今日は偶然そこが閉まっててさ、ここに来ることになったの」
そんな偶然あるの⁉︎ と思いながら私は思った。彼と近付けるチャンスだと言うことを。
すると脳裏にお婆さんが言っていた話がチラつく。『思いを伝えたら死ぬ』と言うことが。
「希さんこそ図書館行くんだね。いつもクラスの陽キャと連んでたからこんな所来ない人だと思ってた」
「違う違う! 連んでるのは成り行きで……私だって好きで連んでる訳じゃないの……だからここは私にとって1番落ち着く場所なんだ」
「ふーん」
彼のとんでもない勘違いに私は直ぐ訂正をする。すると彼は入り口に並べてあった新刊コーナーから1冊本を取り私の隣の席に座ってきた。
「あ、あ、あの、他にも席いっぱい空いてるのに、なんで」
私は驚きのあまり言葉が途切れ途切れとなる。あの容姿と性格で本当はこんなにも大胆な人なのかと、しかしこんな彼も素敵だと惚れ惚れしていた。これがギャップ萌えというやつなのだろうか。
「ここ人全くいないし、寂しいかなって思って」
そう言って彼は優しく私の首筋に触れた。
「ひゃうっ……」
彼の思いもよらない行動に私は変な声を出してしまう。占いのお婆ちゃんが言っていたのはこの事だったのだろうか。話す回数は少なかったが、前はもっと静かで、優しい子だったのに。
「どうしたの? 今日の弘樹何かおかしくない?」
「だっていつも話せる機会ないし、希さんはいつも僕のことを避けるんだもん……本当はもっと喋りたいのに」
弘樹のその言葉に、私は強く胸を打たれた。今思えば話す機会なんていっぱいあったと思う。でも私は面と向かって話すのが怖くて避けていた。運が悪かった訳じゃない。タイミングも悪くない。私は自分自身でそのチャンスを手放していたのだ。
「……好き」
気付けば私は私の本心を彼に伝えていた。もう堪えきれなかった。ここでしかないと思った。
「ずっとずっと、初めて出会った時からずっと好き! その全てが、私の希望だった」
思ったよりすんなり言葉が出てきた。今まで何故こんなにも会話することを拒んでいたのか馬鹿馬鹿しくなるほどに。
「ぼ、僕も……希さんのが好き。優しくて一生懸命で、そんなあなたとは住む世界が違うと思ってた」
「全然! 私は弘樹が思うほど優しくないし、どちらかと言うと1人で居る方が楽と思う方だから……」
「もしよければ、僕と付き合いませんか」
私は目頭に涙を溜めながら、笑顔で元気よくこう答えた。
「はい。喜んで」
こうして弘樹と希は晴れて付き合うことになった。
少しのきっかけで、希は弘樹に思いを伝えられ、心身共に成長することができた。
前の人と会話することを避ける希はもうこの世にはいない。今居るのは会話を楽しんで、自分の気持ちをはっきり伝えられる希。
──佐藤希は死んだのだ。
弘樹に思いを伝えた後、私は路地裏に向かっていた。
あの日であったお婆さんにお礼を言う為だ。あの人には感謝しても仕切れない。今思えば三千円という値段も安いもんである。
魔法の内容は1週間思いを伝えなかったら結ばれるというものだったが、お婆さんは何もかも見越していたと、不思議とそう思えた。
「確かこの辺のはず……」
私は暗い路地裏に入っていくが、そこに屋台らしきものは無い。
その代わり、私は前屋台があった場所周辺で一枚の紙切れを見つけた。
“お前さんに今弘樹くんと絶対幸せになれる魔法をかけておいた。値段は3万、いつか必ず返しに来いよ”
私は「高すぎ」と笑みを浮かべながらその紙をビリビリに破いたのであった。
END
恋の占いさん ニュートランス @daich237
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます