第8話 氾濫後の生活パターンと再びの変化

「防具ヨシ。続いて武器の点検・・・破損無し。回復薬は・・・・」


 とある日の朝、俊は自宅にてそんな声を出しながら冒険者用装備の点検を行っていた。今日は非番だったのでホールに入ろうとしていたのだ。


「問題なし、と。よし、行こうかな」


 冒険者講習で教えられる様な確認を真面目に行った後満足がいったのか、俊はそれらの装備を身に着け家を出る。

 そして家を出ると車に乗り込み、本日入る予定を申し込んであるホールがある場所へと移動し始めた。


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 1時間程掛けホール近辺へと到着すると、俊は隣接している駐車場へと車を止める。


(情報通り人少ないな、ここ)


 本日俊が入る予定のホールは出来て半年程の時間が経った場所なのだが、このくらいになるとホールへと入る人はがくりと落ち込む。その理由としては、大体半年程でという奴が無くなってしまうからだ。


「人員募集してます!前衛1!後衛1!荷物持ちも1!」


「後衛1人募集!こちら前衛3に後衛1荷物持ち2います!」


 とはいえホールはホール。資源価値は普通に有る為一定以上の人が居り、ホール入口近くで臨時の人員募集を掛けていたりもした。


(でもやっぱり今日は時間もアレだし、ソロかな・・・)


 俊はその臨時募集をチラリと見はしたが今日は1人で入る予定を立てていたので、それをスルーしてホール受付へと向かった。


「午後から予定を入れていたB2級の遠山俊です」


「遠山様ですね。冒険者IDをお願いします」


 ホール受付とは、中に入る冒険者の管理をする場所だ。これを面倒臭いモノだと考える者もいたが、これにより未帰還者の有無を確認出来たり犯罪の抑制にもなるので必須な施設と俊は考えていた。

 なので粗暴な感じのモノが多い冒険者の中、俊は受付の人へと丁寧な対応を取っていた。・・・唯単に俊の性格や医師という職業柄、また冒険者界隈の評価を保つためでもあったが。


「・・・おい、あれ先生じゃね?」


「ぽいな。1人みたいだし誘ってみるか?」


「あ、先生じゃん。1人かな?」


 A5級~E1級まである冒険者ランクの中で俊はB2級とソコソコのランクにあるのだが、俊のそれは実力だけでなく周囲の評価もコミであるため下手な対応をするとあまりよろしくない。

 なので俊は『先生、良かったら俺らのパーティーに入らないか?』と掛けてくる声も丁寧な対応で断っていく。


「そこを何とか!な、先生!」


 しかし根気よく誘うと偶に俊が折れてしまうという話も出回っている為、声を掛けて来る者は後を絶たなかった。


「すいません皆さん。どうしても今日は時間が長くとれないんで・・・本当すいません」


「そうか・・・なら今度頼むぜ先生」


「ウチもだ!頼むぜ先生!」


「あはは・・・はい、また今度お願いします」


 だがどうしてここまで熱心に声を掛けて来るのか、それは俊の対応と彼の業である『センテイシャ』に関係があった。


 『センテイシャ』。この業が判明したのは氾濫現象が起こった初期で、この業は人の鑑定が出来る覚醒者によって判明した。

 このセンテイシャという業は当初、かの有名なアーサー王みたく選ばれた特別なモノだと考えられた。・・・なので俊は大変持て囃され、同時に彼もその評価に向き合うために努力した。

 だが時が経つにつれそれは誤りで、選ばれたのではなくなのではないか、そう考えられる様に変化した。・・・しかしそれならそうだと俊はその考えを受け止め、彼は周りの者の世話を焼き始めた。

 結果で言えば両方とも誤りだった様なのだが、それでも俊はこの時の自他の対応が良かった為人々に慕われる事となった。

 ・・・と、ただこれだけ・・・努力してそこそこの強さを持っている事や人望が厚いというだけで大勢が声を掛けてくるわけではない。

 なら何故かと言われると、実は彼の業には人を回復させるスキルがあったのだ。残念ながらそのスキルはホールの中でしか使えないという欠点はあったが、前衛も出来て回復も出来る俊は冒険者からすればとても心強い味方なのである。


「あ、もし中で出会った時に怪我でもしていたら治しますので、その時は言ってくださいね。それでは俺はこれで・・・」


「おう、ありがとな先生!気をつけていけよ!」


「頼むぜ先生。気ぃつけてなー」


 この様な理由で人に好意を持たれている事もあり、俊は周囲に丁寧な対応を心掛けているのだ。


(よし。じゃあ今日も集中して頑張ろう。帰ったら新しい手術方法と薬について勉強しなきゃいけないし、時間を無駄にはできないからな)


 しかし俊が人に対して丁寧に対応するのは決して苦ではなかった。何故ならそれは色々な理由から無理をしているのではなく、彼が医者になった理由の大きな部分が他人を助けたいとの思いがあったからだ。


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(うっ・・・また時間がギリギリだっ・・・)


 だが医者と冒険者、二足の草鞋を履くのは容易い事ではなく、俊はこの日も遅刻しそうになっていた。


「おはようございます!」


「おはようございます遠山先生。全員揃った様なので、報告を始めます。現在の回復薬の在庫なのですが・・・・」


 恒例となっている様な開始ギリギリに滑り込んでくる俊を確認すると、総合診療科部長である長内は本日の報告を開始しだす。

 それを俊はどことなく居心地悪そうに聞くのだが、彼に嫌われているという訳でもないので杞憂なのだろう。


 が、この日はどうも違ったようで・・・


「以上で本日の報告は終了となります。それではよろしくお願いします。あ、遠山先生。科のミーティングが終わっても残っていてくれますか?」


「・・・え?」


「外科の小西先生には許可はとってありますので」


「あ・・・はい。解りました」


 俊はそう長内に告げられてしまった。外科の部長である小西にも話がすでに通してあるとの事なので、『もしかしたら勤務態度が・・・』なんて俊は考えてしまい、内心びくついてしまう。


「それでは外科のミーティングを始める。夜間に緊急で・・・・」


 その後、外科のミーティングはつつがなく終わり解散が告げられる。しかし俊は他の医師同様報告室を出て行く事が出来ず、他の科のミーティングが終わるまでドキドキしながら待つ事となってしまった。

 そうして待機10分ほど待っただろうか、漸く他の科のミーティングも終わり、報告室には長内と俊のみが残った。


「遠山先生、こちらへ」


「は・・・はい!」


 長内は俊を自分の席の近くへと呼ぶと、何やら書類を取り出し始める。そしてそれをテーブルの上へと置くと俊へと声を掛けてきた。


「遠山先生」


「はっ・・・はいっ!」


 普段俊は長内とはそこまで接する事も無く、噂では『真面目』『厳しい』と聞いている事もあり非常に緊張していた。なので声を掛けられた瞬間、声が若干裏返ってしまう。

 長内はそれを見て何となく心情を察したのか、フッと短い息を吐いた後再度口を開いた。


「安心してください遠山先生。決して悪い話ではありません。ですので程々に体の力を抜いてください」


「は・・・はぁ」


「では改めて。遠山先生は冒険者もしているのですよね?」


「は・・・はい。申し訳ありません」


「謝る事では・・・。それでですね」


 未だ俊はどんな話が飛び出て来るのか解らずにソワソワとしていたが、長内の話が進むにつれてその胸中は複雑なモノへと変化していった。

 それというのも話の内容が俊にとって嬉しくもあり、情けないモノでもあったからだ。


「近年冒険者がますます増えている事はご存知ですよね?」


「はい。ホールに入るには予約を入れるんですが、最近は込み合っている場所が多いですから」


「その関係で外科ないし他の科でも来院が増えていますよね?」


「はい」


「正直な所、これ以上来院者が増えて来るとキャパをオーバーしてしまいます。でも現在はギリギリの所でもっています。それはなぜかご存知ですか?」


「えっと・・・回復系の覚醒者である石山先生がいるからだと・・・。手が回らない時は無理させてしまう事もありますし」


「はい。それと後、遠山先生が当院へと納品してくれている回復薬のお陰でもあります」


「そう・・・なんですか」


 俊はホール内に限り回復スキルが使える。なのでよっぽどのことがない限りは回復薬を消費する事がないので、余った分は病院に買い取ってもらっているのだ。

 そしてこの買い取ってもらっているという事は、俊にとってもプラスではあった。何故なら妹の入院費、それに将来受けれるかも知れない治療、若しくは薬の代金に充てる為であった。

 だから俊としては病院を助けているというより自分が助けてもらっている感覚があったのだが、どうやら実態は逆の様で、俊はそれに驚いてしまった。


「ええ。何時も助かっています。と、前置きが長くなってしまいましたが本題はここからです」


「はい?」


 俊が頭の中で『もっと持ってきた方がいいのかな?』なんて考えていると、長内が話の続き・・・本題とやらを話し始めたのだが、それは俊が考えていた事を読んでいたかのような発言だった。


「遠山先生には勤務日数を減らしていただき、回復薬の調達をお願いしたいんです。あ、費用はこちらが持ちますので、他の冒険者からの買い取りでも構いません。究極を言えば、回復系のスキルを持った冒険者の方をスカウト出来れば最高ですね」


「は・・・はぃい!?」


 とはいえ俊が考えていたのは『自分がもう少し頑張って納品する。2,3本でも増えればいいかな?』くらいだった。しかし長内が言っている事は俊の想像をはるかに超える大きなものだったので、俊は素っ頓狂な声を上げてしまう。

 そんな俊の反応に、長内は『ははは』と少し笑いながら、若干フランクな感じになって話を続ける。


「遠山先生、この話実は上から降りて来たんですよ」


「え?」


「いやね、何処から話を聞きつけたのかは解りませんが遠山先生が中々のベテラン冒険者だって事を経営陣が知ったみたいでね?要は病院をもっと反映させる為にこき使おうと、そう言う訳なんですよ」


「えぇぇ・・・」


 長内が若干フランクになったのは病院の黒い内情を柔らかく表現しようとした結果の様だったが、自分をこき使うと直球で言われたのだ、少し胡乱げな表情になってしまう。

 しかし次の発言を聞き、俊は何とも言えない表情になってしまった。


「でも実際の所、現場の私達も遠山先生には回復薬の調達を頑張ってもらいたいんですよ。情けない話ですが、このまま来院が増えると私達の技術では捌ききれなくなりますしね。回復薬の効能の方が遥かに早く、上手に患者さんを癒す事も出来ますし・・・」


「・・・」


「回復薬の事は遠山先生の方が知っているでしょう?反則ですよあれは。まさに医者を殺す薬だ。ははは」


 長内が言っている事は俊にも十分に理解が出来た。確かに世の中に回復薬というモノが出回った当初『もう医者はいらない世の中になった』なんて言われたし、俊もその凄さを身をもって知っていたからだ。・・・まぁ結局は消費に供給が追い付かずそんな事にはならなかったが。


(確かに俺もホール外で回復が使えたら今まで学んできた事よりそっちを使うだろうしな・・・)


 俊は医者というモノに少し無力を感じ、同時にずっと憧れて来た職業の事をそんな風に思ってしまった事を情けなく感じてしまった。

 なので心の動きを表に出さず、平坦な感じに声を出した。


「長内部長、上から降りてきたという事は決定事項と見てよろしいのでしょうか?」


「まぁ・・・そうですね。本当に嫌だというのなら掛け合っては見ますが?」


「いえ、大丈夫です。その話、受けようと思います」


 とはいえ、俊はその話を受ける事にした。何故なら、ホールへと入る回数を増やすという事は、妹を助けられる確率もまた増えて来るからだ。


 なので俊は複雑な胸中でその申し出を受諾し、細かい所を詰めていく事にした。



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 作者より:読んでいただきありがとうございます。

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申し訳ありませんが一旦ここで打ち止めです・・・。

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