恋に落ちのは、一瞬だった。
雨月時雨
赤いスカーフからコタツのみかん。
一目惚れだった。
高校の入学式。隣の席で自己紹介をする彼女に一目惚れをした。
「土筆中学から来ました、美琴花梨です。水泳を小学生の頃からやってました。よろしくお願いします」
日焼けをした彼女を見た時、この人が運命の人だと思った。
「田所さんおはよう〜課題やった?」
「美琴さん!おはよう。やったよ〜」
私の隣の席の美琴さんは私を苗字で呼ぶ。
クラスではみんなのことを下の名前で呼ぶのに、私だけは苗字。
どうしてだろう。と考えるがいつも答えは出ないままだ。
桜が咲いていた時期は終わり衣替えの時期になった。
夏物の半袖になった制服からは、小麦色に焼けている肌が眩しい時期になった。
「田所さん、今日の課題出来た?」
「うん。一応予習してたし。」
「え!予習毎日やってるの?」
「中学からの癖でね」
「じゃあさ!」
『今度の週末勉強教えてくれない?』
そんな誘いがきた。
私は二つ返事でおっけいをした。
今週から期末試験1週間前で部活動は停止期間に入る。
私は部活に入っていなかったため、勉強をする時間が多かった。
美琴さんは水泳部に入り、プールが使えない間は陸上部と一緒に部活動をしていた。
私はそれを図書室の窓から眺めていた。
お互い家からちょうど半分程の図書館の談話室で勉強会を開くことになった。
図書館に先に着いた私は座席を2人分確保し、先に問題集を開いた。
約束は午後1時。
今は12時45分を過ぎた頃。
ちょっと早めに着いたが待っていれば来るだろう。
そう思って問題集の問1を解き始めた。
「いやー。田所さん凄いや。学校の先生よりわかりやすいかもしれない」
「そう言って貰えた良かった。でも、ごめんね。なかなか気が付かなくて」
私が一息着いて問題集から顔を上げたのは午後1時30分。隣の席には、同じく問題集を開いていた美琴さんが座っていた。
「田所さん、1回集中すると凄いもんね」
「え、なんで知ってるの?」
「いつも図書室から外見てるの田所さんじゃなかった?」
美琴さんが言うには、部活が始まりストレッチをしている時、休憩に入る時、部活を終えた時の3回、必ず図書室の窓からこちらを見ている人が居る事に気がついていた。
動いている時間が長いため窓の方は見えないが、順番待ちをしている時に見ても誰も居ないそうだ。
「え、でも校庭から図書室って見えにくくない?」
「そうなんだよね。でも田所さんだと思ったんだけどな〜。違った?」
「ち、違くないです」
美琴さんは「やっぱりね」と言って笑った。
「そうだ!田所さんスマホ持ってる?」
「持ってるよ?」
「チャット交換しよ」
「え、いいの?」
「うん!私のIDはこれね」
ID画面を見せてもらい、画面に入力をする。
ペンギンの絵のアイコンに「田所です」と送ると、
「よろしくね!」と返事が来た。
「ねぇ、清恋って呼んでもいい?私のことも花梨でいいから」
「いいよ。よろしくね花梨」
「よろしくね。清恋」
これが初恋だった。
初めは図書室から外を見ていた女の子。
隣の席の子だと知ったのは偶然、雨の日の練習後に図書室に寄ったとき。
友達が図書室に本を返しに行くと言うので着いて行くと、図書室の窓際のテーブルで問題集を開いていた田所さんが居た。他には図書室の司書さんと棚に本を並べていた図書委員の人だけ。
友達が本を返し、新しい本を探していると司書さんが、「今日は部活はおやすみ?」と聞いてきたので「雨で筋トレになったので早く終わって」と答えると、「あの子いつもグラウンド見てるのよね。今日は雨だからずっと問題集と睨めっこで」と言って苦笑いをした。
その後は本を借りた友達と一緒に学校を出た。
その後から晴れの日の放課後。グラウンドから見上げた図書室の窓辺には田所さんが居た。
私は部活中に休憩を含んだ3回見上げるといつもそこに居た。
勉強を教えて欲しいと頼んだのも、もっと話してみたかったから。
私が教室の女の子の中で唯一苗字で呼ぶのは、田所さんだけ。何故かと聞かれてもわからない。
ただ、まだ名前では呼んでいけない。そう思ったからだった。
「清恋、また帰ったらチャット送っていい?」
「いいけど、急にどうして?」
「清恋ともっと仲良くなりたいんだ〜。ダメ?」
「ダメじゃない!嬉しい。私も花梨と仲良くしたいと思ってたから」
じゃあ帰ったらチャットするね。図書館で別れた午後5時半。あの時の天気は晴れだった。期末試験が終われば夏休み。夏休みに入ったら部活動が本格的になる。夏休みまでに次の約束を作りたい。
また一緒に話をしたい。
まずは帰ってからのチャットだな。そう意気込んだ私は図書館まで乗ってきた自転車のペダルを漕ぐ足に力を込めた。
「花梨〜仕事納めいつ?」
「今週の金曜日まで〜。今日燃えるゴミの日じゃなかった?」
「そうだった!私先に出るから持ってくよ!」
今は清恋と暮らしている。なんなら婚姻届けは出ていないが私が清恋の養子に入り家族となった。
「花梨は今日は練習あるんだっけ?」
「そう〜だから帰りは8時くらい」
「じゃあ、夕飯作って待ってるね」
「いつも、美味しいご飯をありがとうございます」
「こちらこそ。じゃあ行ってきます〜」
「行ってらっしゃい〜」
清恋は高校を出てから栄養士の資格を取るために専門学校へすすんだ。
私はスポーツ学を学ぶために大学に行き、その後水泳の企業選手として就職をした。
養子縁組をしたのは私の就職を待ってからだ。
清恋は専門学校を2年で卒業し、資格を取ってから保育園の給食室で働きだした。
保育園の給食室ならではの忙しさもあるらしいが、いつも美味しいご飯を朝と夜作ってくれる。
お昼は仕事の時は買ったものや前の晩に作ったお弁当、会社で食べる日と様々だ。休みの日は私が作る。
一緒に暮らし始めた時に2人で相談をしたものだ。
「もう2回目の年末か〜」
一緒に暮らし初めてから2回目の年末年始。
お付き合いをしていた頃から数えて8回目の年末年始だ。
お付き合いを始めたのは高校1年の12月31日。
本当は3月まで告白はしないつもりだった。でも除夜鐘を2人で聞きながらお参りの列に並んでいたら、気持ちが溢れてしまった。
4月に出会ってから初めの連休。衣替えの梅雨の時期。夏休みに入った暑い7月。初めてやり遂げた文化祭。11月に入った頃には2人で遊びに行く約束をする仲になっていた。
でも、その時も教室では苗字呼び。2人で話すチャットや休日は名前呼びだった。それが、2人だけの秘密のようでくすぐったかった。
告白をしとき、清恋は「まさか花梨が私のこと好きだったなんて」と驚いていたが、返事を断られることはなかった。
恋人同士になった私たちは学校では隠し通した。
両親には恋人が出来たと報告したが、女の子だと話したのは大学を出る時。両親は反対をすることも無く、清恋に会わせくれと言い、2人で私の実家に行った。2人ともすぐ、清恋の事を気に入り、婚姻届けは出せないだろうから、清恋の戸籍に入ることを提案した。私には妹が居たし、2人とも嫁に出たら苗字は代わる。それでも家族だと話してくれた。
私たちはその足で清恋の家にも行った。しかし、驚いたのが、清恋は恋人が出来たあの日から家族に私の話をしていて、当たり前のように受け入れられた。なんなら、お母さんには「もっと早く連れてきなさいよ〜」と言われたくらいだ。
私はびっくりしながらも、受け入れられた事が嬉しくて、清恋の家族の前で泣いてしまった。
そんな事があったのが2年前。
「2年はあっという間だな〜」
今日は午前中は休みで午後から打ち合わせと練習が入っている。
「よし!やりますか」
気合いを入れて向かったのは寝室のクローゼット。そこにはコタツ布団と毛布がしまってある。
2人の休みが重なる年末年始は、お休みに入った日からコタツに入り、2人でテレビを見たりして過すのが習慣となった。コタツは休みの前に布団を干し、仕事納めになる前に私が出す。そして、コタツをしまう。それが冬の風物詩になった。
コタツのテーブルになるのは、リビングダイニングにあるテーブル。椅子に座れる仕様だ。
1度テーブルをどかして、絨毯を敷き、テーブルを乗せ毛布、布団、最後に天板と載せれば完成だ。
コタツを出し終えると、お昼を食べてから仕事に行く時間。今日は職場でお昼の日なので電気やガスなどを確認してから家を出る。
「今日の夕飯はなんだろうな〜」
清恋にコタツを出し終えた事を報告するチャットを送り、車に乗り込んだ。
多分家に帰るとコタツの上にはみかんがあり、夕飯を一緒に食べる。
そんなささやかな幸せを願ってアクセルを踏み込んだ。
恋に落ちのは、一瞬だった。 雨月時雨 @kuroamemiya
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