マスミと真奈美
Phantom Cat
1
「部長、お先っす!」
「ああ、気ぃつけて帰れよ」
着替えを終えた後輩たちが次々に更衣室を後にしていく。一年生もようやく皆おれの外見に慣れてきたようだ。春の頃は、おれが顔を向けただけでも明らかに連中の顔に
いや。
部員じゃない後輩や
それに加えて空手部主将という肩書きが、おれの威圧感をさらに高めているようだ。ほら、今だって、生徒玄関でおしゃべりしていた二人の一年女子が、おれに気づいた瞬間顔を引きつらせ、おどおど挨拶して立ち去っていく。
まったく。
どうせ、ひどい乱暴者とでも思われているんだろうな。
はっきり言って、おれはケンカなんか一度もしたことがないし、試合も基本的に寸止めだ。うちの部の流派はいわゆる
それはともかく。
同じ主将でもサッカー部やバスケ部、野球部のそれと違って、俺は全然女子にモテない。そりゃそうだ。イケメンだったらまだしもこんな外見じゃあな……
別にいいけどさ。おれには大事な
「あんた、また女子おどかしたの? ダメじゃないの、もう」
声に振り返ると、同じクラスの
それに、こいつは結構ひねくれた性格で、事あるごとにおれをからかってくるのだ。
「おどかしてねえよ」下履きに履き替えたおれは、彼女に目もくれずに歩き出す。「向こうが勝手に驚いてんだから、しょうがねえだろ」
「おどかしてんだって」真奈美が早足で追いつき、おれの右に並ぶ。「あんた、いつも人を見る時ギロっとにらむでしょ。それで一度ヤンキーに絡まれて大変なことになったじゃん」
「別に……にらんでるつもりはねえけどな」
いや、マジで。
「やれやれ」真奈美が肩をすくめ、ニヤニヤしながら言う。「自覚がないのも困ったもんね。まあでも、あんたも好きな女の子でもできれば、ちっとは変わってくるかもねー」
大きなお世話だ。お前に言われなくても、おれには
と、突然真奈美の顔がぱぁっと輝く。
「あ、お兄ちゃん!」
真奈美の視線を追うと、正門の前で、おれらより二つ上の彼女の兄、
「おう、
健人さんが笑顔になる。この人も幼馴染で、おれが一年の夏休みまで空手部主将だった。かなりのイケメンで、おれとは違ってかなりモテたらしい。
「健人さん、久しぶりっす。まあ、ボチボチっすね」
「今度の試合、見に行けたら行くから頑張れよ。それじゃな」
「はい」
「じゃ雅也、またね」真奈美が手を振る。
「ああ」おれは手を振り返し、何気なくスマホの時計を見て……ギョッとする。
「やっべ! もうこんな時間!」
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『ちぇすとー! はいどうもー! 大山マスミでぇす!』
やった! 配信にギリギリ間に合った!
おれは胸をなで下ろす。できればスマホじゃなくて自分の部屋のテレビの大きい画面で見たいからな。
そう。これがおれの思い人、大山マスミちゃん。
とにかく元気いっぱいの空手系美少女 VTuber。
正直、おれは彼女にガチ恋している。
マスミちゃんの中の人は未成年らしく、彼女のチャンネル「マスミちゃんねる」では
そのおかげか、最近は配信でも「あ、マーシー(おれのユーザー名)さん、いつも応援ありがとうございます!」と彼女に言われるようになった。一度だけだがプライベートチャットで一対一の会話もしてる。もう、マジでヤバい。
だが。
おれはこのことを誰にも言っていない。そもそも空手部主将で強面、自他共に認める硬派のこのおれが VTuber にガチ恋しているなんて……イメージに合わなすぎる……だから、誰にも言えない恋……なのだ、が……
ひょんなことから、それが他人にバレちまう時がやってきたのだった……
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