第2話-4

【2189年 10月14日 午前9時32分】

【クローバーの3医療部研究室Ⅲ】


草金千穂くさがねちほ。今度は正真正銘のエリートである。阿久井とは違う。医療系の博士課程を一発で通過、最先端研究機関クローバーの3の医療部に属している。クローバーの3の医療部は治療課と解剖課に分かれており、優秀な部員が多く粒ぞろいである。「コア保全部」が管理している大量の「コア」の約5パーセントを使用し、重篤な患者や治療が遅れている患者などを中心に治療する。しかしここ数年、草金らが働きすぎている“副作用”で人事部が医療部にこれ以上の人員はいらないと判断し、新規雇用者数を一気に減らした。

よって、草金千穂の一日は多忙を極めている。朝は6時半に起床。一時間で、メイク、ヘアセット、服選び、朝食、朝の星座占いを見ることなどを済ませ、8時にはクロ3名古屋本部に到着する。そこから昼の休憩のうな丼以外、口にするものは全て「コア」関連の話題である。19時半には帰宅、ハイボールを片手に人工鶏を頬張り、3缶も開ければもうそこから先は千穂の記憶はない。

__のだが、ここ最近の重大事件の影響でお好みの人工鶏もハイボールも喉を通っていない。というよりは千穂自体は食欲を持ち合わせているのだが、喉に通せていない。今日も千穂は「トリエルミン前殺人事件」と書かれたファイルの半ばあたりを開き、はぁーっと溜息を吐く。

 「トリエルミン前殺人事件」。2189年の日本国には知らぬ者はいないほどの衝撃的な事件だ。人間ではない何者かが23歳の河原木ゆいさんの右腕をかみちぎり、失血死させた事件。今、千穂は「人間ではない何者か」の死体の解剖を同僚の如月弥生きさらぎやよいに任せて、河原木ゆいの司法解剖の結果を解析している。同僚の如月と言ったが、クローバーの3の医療部は女性が多い。他の医療部員より圧倒的に事務作業が得意な砂嘴を除きほぼ全員女性だ。そのため、医療部での飲み会でも男性の砂嘴は肩身が狭くいわゆる細かい気配りをさせられている。その結果砂嘴さしはコップを両手で10人分持てる特技を編み出した。

「飲み会またしたいなー」

千穂がぽつりと言葉をこぼす。そして画面にまた向き直る。それが彼女の日常であった。そしてそんな彼女の日常こそが日本国人口5000万人の健康の安心を引き受けている。しかし、今回のように未確認生物の被害者の司法解剖は初めてだ。ということもあってか、千穂はこの案件に慎重に取り掛かり、ここのところ、正確に言えば48時間一切寝ずに司法解剖を進めていた。

「何のためにあなたたちが大量のコアを持っていると思ってるの!!」

ここ数日この言葉が頭によぎって離れない。

「あなたの心を救うためですよ、お母さん。」

そう呟くと千穂は自らの思いを託すように報告書に「検証終了」の文字を刻んだ。

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