地球(8) 鮫沢内閣の発足

 1985年、8月12日、月曜日。


 俺とティア、シーナの3人は羽田空港に居た。


 先週CIAが日本政府にエージェントを送った事を、俺達があちこちに仕掛けた盗聴器等から得ていた情報で察知していたが、やはり来月行われるプラザ会談で「日米の為替ルールの改変」によって日本の円の価値を半減させる施策を迫られた大蔵大臣が、アメリカの申し出を断る予定だという事がCIAに伝わっていた。


 エージェントは「見せしめの為に大きな事件を起こす」という含みのある脅迫を政府に対して行っていた様だが、当時の政府はまだ気骨のある政治家が多かった様で「脅迫には屈しない」という姿勢だった。


 しかし、俺は歴史を知っている。


 そうした対応をした後に、日本で大きな事件や事故、更には災害が起きる事を。


 そして前世の歴史上、今回のプラザ会談で日本にとって不利でしかない内容に合意せざるを得なくなった事故が何なのかを。


 それが「ジャンボ旅客機の墜落事故」だ。


 8月12日、18時に羽田空港を出発する旅客機には500人を超す乗客が乗る予定だ。


 俺達はこの1年半の間に、大きな仕事をしていた。


 鮫沢の力を借り、航空会社の倉庫を借り、ライドとメルスの力を借りて、ジャンボ旅客機と同型の旅客機を秘密裏に製造していたのだ。


 アメリカとの協定に違反はするが、ある意味初めての「純国産旅客機」の完成だった訳だ。


 俺達はその国産旅客機に、墜落予定のジャンボ旅客機と同じ塗装を施し、500人を超える乗客をそちらの旅客機に誘導する手はずを整えていた。


 出発時間は18時10分。


 乗客には「10分の遅延がある」と伝え、エージェントによって爆弾が仕掛けられたジャンボ旅客機は18時丁度に予定通り出発する手はずを整えていた。


 ジャンボ旅客機には、機長と副操縦士、そして機関士の3人が乗り込み、そこに俺とティアとシーナも乗り込む。


 この旅客機はエージェントの思惑通りに墜落する予定だが、機長達3人は、俺達が無事に避難させるという手はずだ。


 エージェントは米軍基地で飛行機の動きを監視している者が2人と、羽田空港で様子を見ている者が1人居る事が分かっている。


 それくらいの監視なら、俺達の作戦を見抜く事は出来ないだろう。


 そもそも、奴らは俺達がジャンボ旅客機をもう一つ作っていた事など知る由も無いのだ。


 ライドとメルスが飛行機の製造中は、常にデバイスでセキュリティ管理をしていたし、製造現場に居た者は全て鮫沢の息のかかった技術者ばかりだった。


 それに、この時代の技術者達は「国産ジェット機の製造」というのは夢の仕事だったのだ。


 第二次大戦で日本は戦争に負けた。


 しかし、高性能戦闘機であった「零戦」を作った日本を、アメリカは恐れていた。


 戦後のアメリカは、GHQの支配の元で、日本のそうした兵器製造技術に関連しそうな産業をことごとく禁止した。


 おかげで、日本はいつまで経ってもジェット機の製造が出来ない国になってしまった訳だ。


 しかし、俺達の技術力はアメリカの技術力をも軽く凌駕する。


 こと、ライドとメルスの技術力は、地球上のどんな技術者も及ぶ事は無いだろう。


 もっと言えば、レプト星人だってプレデス星人から得た知識で少し技術に長けただけの事で、本家本元のプレデス星人であり、その中でも史上最高の技術力を有するライドやメルスの能力に勝てる筈は無いのだ。


 そうだ。


 俺達は学園史上最高の成績上位者であり、過去に例の無い「特別研修生」としてテキル星を統治し、更に前例の無い「ガイア星調査団」として地球にやって来たのだ。


 プレデス星の歴史においても俺達は特別な存在だ。


 ならばもっと自信を持ってもいい筈だ。


「今、俺達を超える技術者は、この世には居ない」


 俺は乗り込んだジャンボ旅客機のコクピットに一番近い席に座り、つい声に出していた様だった。


 不安そうにしていた機長が俺の声に振り向いたが、俺の両側で席に着くティアとシーナがほほ笑んでいるのを見て、少し安心した様だった。


 俺達は、メルスとイクス、ライドのキャリートレーも借りて来て、5枚のキャリートレーを機内に持ち込んでいる。


 俺は既にキャリートレーを改造して作った靴とベルトを装着しているので、そのまま空を飛ぶ事も出来るのだが、機長達を脱出させる時に彼らを担いで運ぶのはさすがに大変だ。


 なので、彼らには、命を助ける代わりに秘密の厳守を約束させている。


 しかし、機長達には俺達の事を「神の使い」と紹介されている様だが、どうにも未だに半信半疑の様だ。


 機長は50歳くらいの男で、第二次世界大戦時にも空軍に所属していたらしいから、天皇以外の「神」の存在を信じ難いのかも知れない。


 しかし違うのだ。


 天皇とは「神官」の様なもので「神」では無く、人間だ。


 確かにプレデス星から来た人間の血を引いてはいるが、それはもう2,600年もの系譜の中で血は薄まっており、今や特殊な能力を有する存在ではなくなっているのだ。


「間もなく18時になります。離陸準備を始めますので、シートベルトをお願いします」


 機関士が開け放たれたコクピットの扉から顔を出して俺達にそう伝えると、エンジンを始動して機器の操作を始めた。


「ああ、問題無い。予定通りに離陸してくれ」


 俺はそう言うと、シートベルトを締めずにキャリートレーを床に敷いた。


 今日、この飛行機は墜落する。


 歴史が変わる瞬間がもうすぐやって来る。


 本来ならば、この飛行機は18時56分30秒に群馬県の高天原山に墜落する筈だ。


 しかし、俺達は18時24分30秒頃にこの飛行機が故障をするのを見越して静岡県の駿河湾を通る航路を指定していた。


 更に駿河湾での海上航路を18時以降は全線通行禁止にする様、鮫沢から指示をさせている。


 そしてこの飛行機を駿河湾に墜落させるつもりでいた。


 後に米軍がすぐに調査に訪れるだろう。


 しかし、乗客も操縦士も誰も居ない墜落機が見つかるだけで、彼らが全くマークしていない俺達が作った旅客機は無事に大阪へと着陸する。


 つまり、CIAが仕組んだ「事故」は確かに起きるが、その影響はほとんど無いという結末が待っている訳だ。


 更に、その手柄を全て鮫沢に与える事で、鮫沢を「救国の英雄」に仕立て上げる。


 そして鮫沢を内閣総理大臣に据え、所信表明の席でこう言わせるのだ。


「神国日本は、他国の脅迫に屈しない!」


 これで日本国民は信仰を取り戻す。


 これまでGHQによって信仰を希薄にさせられ、宗教をただのビジネスへと変貌させて来た日本政府が、神の存在をもう一度日本国民の心に刻む事で、俺達が「神の使い」として行動する事の助けになる筈だ。


 そして、そうなれば奴らは動くだろう。


 レプト星人を「神」と崇める、この地球を支配しようと目論んできた連中が。


「では、本機123便は間もなく離陸致します」


 という機内放送が聞こえ、ジャンボ旅客機はゆっくりと滑走路に向けて走り出したのだった。


 ----------------


 1985年8月12日、19時40分。


 駿河湾上空を数台のヘリコプターが旋回していた。


 どれもテレビ局のヘリの様だ。


 沼津市から沖に2キロ程の海上に、ジャンボ旅客機が墜落した姿があった。


 俺達は無事に飛行機から脱出し、機長達を私服に着替えさせた後、静岡県三島市の喫茶店に入り、店内のテレビで報道を見ていた。


「まだ身体の震えが止まりませんよ・・・」


 副操縦士が両手で自分の身体を抱きすくめる様にしながらテレビを見ている。


「まるで夢でも見ているようです・・・」


 機長もそう呟きながら、テレビから目が離せない様だ。


 ブラウン管のテレビ画面には、駿河湾の上空から撮影された映像が生中継で映し出されており、先ほどまで俺達が乗っていた飛行機が無残な姿で海上に浮いているのが見えていた。


「海上自衛隊の船から墜落したジャンボ機に照明を当てていますが、人の姿が見当たりません! 500名を超える乗客は一体どこに行ったのでしょうか!?」


 テレビではニュースキャスターが興奮した声でそう言っているが、500名を超える乗客は、今頃は無事に大阪の伊丹空港に到着しているだろう。


「はい、アイスコーヒー6つ、お待ちどうさま」

 と喫茶店の店主がアイスコーヒーが入ったグラスを6つテーブルに並べた。


「大変な事故が起きちゃったねぇ・・・」

 と店主はトレーを脇に抱えると、テレビ画面に目を向けてそう言った。


 先ほどまで他の客が数人いたが、みんな駿河湾の方へと見物に行く為に店を出てしまい、今は喫茶店には他の客は居なかった。


「人の姿が見えないって・・・、みんな海に沈んじゃったのかねぇ・・・。可哀相に・・・」


 店主はそう言ってチラりと俺達の方を見た。


「ああ、みんな無事だといいですね」


 と俺はさも心配そうにそう言い、アイスコーヒーのグラスにストローを指して、ブラックのままコーヒーをゴクリと飲んだ。


「お客さん達は、これからどうするんだい?」


「我々は新幹線で東京に帰る予定ですよ」


「そうかい・・・、じゃあ俺も早目に店を閉めて、駿河湾の方に様子を見に行って見ようかね。海辺に人が流れ着いて来るかも知れないし、助かる命があるなら助けてやりたいじゃないか?」


「いい心がけですね。ぜひそうしてあげて下さい」


 俺はティアやシーナ、機長達にも目配せをし、コーヒーを飲み干して早々に店を出る事にした。


「三島の駅から新幹線で東京に帰ろう。こだましか停車しないけど、1時間くらいで帰れるだろう」


 俺はそう言いながら三島駅まで歩き、6人分の新幹線の切符を購入して東京行きのホームへと向かった。


 三島駅は富士川と熱海の間にある駅だ。


 熱海から小田原、新横浜、そして品川を越えて東京に停車する。


 この時代は「のぞみ」なんて無いから、駅で長い間通過待ちをさせられる事も無いだろう。


 東京に戻り、鮫沢と会って状況を確認しなくてはならない。


 米軍は駿河湾に墜落した旅客機の調査をする筈だ。


 そして、乗客も乗組員も見つからない事に不信感を抱くだろう。


 当然、CIAのエージェントも動く筈だ。


 日本政府に情報提供を要求してくるに違いない。


 その場所は首相官邸だ。


 鮫沢も首相官邸に入る事になる筈だと言っていた。


 早く俺達に会いたがっている事だろう。


「間もなく、1番線に、東京行きこだま号が参ります」


 駅のホームにアナウンスが流れ、薄暗くなった景色の奥に新幹線の丸いライトが迫って来るのが見えた。


「お前達はいい仕事をしたな。500名以上の国民の命を守ったんだからな」


 俺は機長達にそう言い、機長達もその言葉に救われたかの様に大きく肩で息をした。


 そうでもしないと、自分達のしでかした事の責任に押しつぶされて、ホームから飛び込み自殺でもし兼ねない雰囲気だったからな。


 まあ、そうならない様に、ティアやシーナにも注意して見ておくようには伝えていたんだけどな。


 新幹線は滑る様にホームへと入り、ゆっくりと停車して、扉が開いた。


「さ、行こうぜ」


 俺が明るくそう言うと、機長達も頷いて開いた扉から車内へと乗り込んだのだった。


 --------------


「ご無事で何より。それにしてもお見事でしたな」


 鮫沢は俺の姿を見るや否や笑顔でそう声を掛けて来た。


 俺達は機長達を連れて首相官邸の裏口へと通されていた。


 通用門で出迎えてくれたのが鮫沢だった。


「ああ、何てことは無いさ。ただ、ここからが正念場だぞ」


 俺は鮫沢にそう返すと、鮫沢は何度も頷き、


「ええ、分かってますとも。ささ、奥の応接室で中曽路なかそじ総理がお待ちですぞ」


 と俺達を応接室へと案内してくれた。


 分厚い扉を開けた奥にある応接室は、恐らく盗聴などに対する対策がされているのだろう。


 シーナがデバイスで盗聴器の有無を確認したが、俺達が設置した盗聴器以外のものは無い様だった。


「お初にお目にかかります。総理大臣の中曽路です」


 俺達が入室すると、部屋で待っていたらしい齢60歳くらいの総理大臣が立ち上がって俺の元へと歩み寄って来た。


「ああ、あんたが今の総理大臣だな」

 と俺は、握手を求める中曽路の手を軽く握り、「話は鮫沢から聞いているだろうが、俺がショーエンだ」


「はい。鮫沢から聞いております。何でも、神の使いだという事で・・・」


「ああ、神と言ってもこの国には色々な神が居るだろう。俺達は龍神クラオカミノカミの使いだ」


 俺がそう言うと、中曽路は「ほほう!」と嬉しそうに声を上げ、


「すると、京都の貴船神社の方からお越しになったという事ですかな?」


 さすが博識な総理大臣だと感心するところだが、俺は首を横に振り、


「いや、プレアデス星団のプレデス星から来たんだ」

 と言って天を指差した。


「何と・・・」


 と中曽路は驚いた様に目を丸くしたが、俺には分かる。


 こいつは俺の話を信用などしていない。


 そして情報津波を使ってみたところ、中曽路はCIAから金を貰ってプラザ会談で合意する様に圧力を受けている様だった。


「大蔵大臣が来月のプラザ会談でアメリカが求める為替の合意を断ったのは知っているな?」

 と俺は中曽路に向かって訊いた。


「ええ、その結果が今回の飛行機事故だと認識しております」


「ああ、そうだ。しかし、鮫沢に俺達が協力した事で、今回は被害者はゼロだ」


「ええ、そう伺っております」


「なので、お前は来月のプラザ会談でアメリカの要望を蹴って、合意せずに戻って来い」


「・・・・・・・・・そうですなぁ、しかし、それでは更に報復的な大事故を起こされるかも知れませんぞ」


「ああ、そうだろうな」


「・・・それは、私の命が狙われるかも知れないという事で・・・」


「ああ、そうかも知れないな」


「・・・あの・・・、私の命はどうなりますかな?」


「SPでも付けて身を守らせればいい」


「・・・・・・・・・」


「何か不服か?」


 俺は不安そうに俺を見る中曽路の顔を見返し、そう訊いた。


「あ、いや、来月のプラザ会談では、内容に合意する様にと圧力がかかっておりまして・・・」


「ああ、だからそれは断って来いと言っている」


「いや、しかし・・・、無下に断れば、もしかしたら私の命が狙われる事態になりませんかな」


「そりゃなるだろうな。しかし、それは自業自得だろう?」


「それは・・・、困りましたな・・・」


 俺はイライラしていた。


 民自党の総裁で日本の内閣総理大臣ともあろうものが、自分の命惜しさにCIAのエージェントの圧力に屈して日本国民の生活を犠牲にしようというのだ。


 第二次世界大戦で神風特攻隊に志願した若者達が命を賭して守りたかった日本という国を引き継いだ連中が、何とこの体たらくだ。


 こんな首相の姿を当時の特攻隊が見たら「命を賭けてでもこの国を守らねば」等と思っていた事がバカバカしくなるのではないだろうか。


「そうか。お前は国民の安寧あんねいよりも自分の命の方が惜しいんだな?」


 俺は中曽路にそう問うと、中曽路はギクリと肩を震わせて俺を見て、


「あ・・・その・・・」


 と口ごもる。


「ならばお前は総理の座を降りるがいい。そして鮫沢を総裁にして、プラザ会談には鮫沢に行かせるといい。鮫沢が行くなら俺達も同行する事になる。命の危険など気にする事も無いだろうさ」


 俺がそう言い放つと、


「いや、しかし・・・、今からでは総裁選を行う時間もありませんし、米国側からは私が名指しで招かれておりますので・・・」


「ふん、ならば四の五の言わずにお前が行けばいいだけだ。ただ、プラザ会談で合意などした日には、俺達が神の技でお前の命を焼き尽くすがな」


「か・・・神の技とは?」


 まだ俺達が神の使いという事を半信半疑で居る中曽路の前で、俺はゆっくりと宙に浮き、ティアが作った小型のレールガンを右手に握りしめて起動し、中曽路の前で軽く放電させてやった。


 俺の右手はプラズマ光の様な紫の光がバチバチと放たれており、放射状に広がる雷の様にも見えるその光を徐々に大きくしていった。


 何が起きるのかと震える中曽路は、俺の脚が宙に浮いている事に気付いて


「ヒ、ヒャアァァ!!」

 と悲鳴を上げる。そして「わ、分かりました! 分かりましたぁ!」


 と頭を抱えながらそう叫ぶと、その場に膝を着いて丸くなってしまった。


「最初からそう言えば良いのだ。プラザ会談で合意すれば、お前には逃れられない確実な死が訪れる。しかし、プラザ会談で合意せずに帰って来ても、すぐに総理の座を降りればCIAだってお前を殺す必要は無くなるんだ。簡単な話だろう?」


「は、はいい! 承知致しましたぁぁぁ!」


 あまりにも滑稽な総理大臣の姿に俺は辟易へきえきしながら、レールガンの電源を切って、地に足を着けたのだった。


「そういう訳だ。鮫沢、あとは任せたぞ」


 俺は鮫沢の顔を見てそう言うと、まるで神を見る様な目で俺を見る鮫沢は深々と頭を下げて

「お任せ下さい、ショーエン様」


 と言って踵を返して部屋を出る俺達の姿を見送っていたのだった。


 ---------------


 1985年9月22日、予定通りにプラザ会談が行われた。


 先進5か国の財務大臣が参加する会談だが、事前に俺がCIAに手を回した為に、日本のみ総理大臣を招致させていた。


 当時の大蔵大臣は竹上昇たけうえ のぼるだったが、前世の歴史の知識では、竹上は日本を裏切ってプラザ会談でやすやすと合意する事が分かっている。


 なので俺は事前にCIAのエージェントを使って、日本だけは総理大臣を招致する様にと仕向けていたのだ。


 しかし、アメリカは驚くだろうな。


 プラザ会談で反対するつもりだった竹上の意向を受けて飛行機まで墜落させたのに、飛行機事故では被害者はゼロで、総理大臣を招致しても結局は日本は為替ルールの改変には合意しないのだから。


 報復として何か事件か災害を起こしてくるつもりだろうが、もし報復してきた場合は、俺達がアメリカに巣食う金融で世界支配を目論むアングロサクソン共を順番に暗殺してゆくつもりだ。


 この時代には存在しない技術を使った兵器による暗殺は、CIA達も防衛策が見いだせずに恐怖におののくしか出来ないだろう。


 もう一度取り戻すのだ。


 神に守られた日本という国を。


 俺はそんな事を考えながら、アメリカに渡った中曽路からの報告が鮫沢に届くのを待っていたが、会談が終了した日、鮫沢から届いた報告は、ニューヨークの左翼集団によって起こされた暴動に巻き込まれ、中曽路が死亡したという情報だった。


 俺に報告の電話を寄こした鮫沢の声は震えていた。


 俺は鮫沢からの電話にこう返した。


「気にするな。こうなる事は分かっていた事だ。今、時代が変わる為のトリガーが引かれたに過ぎない」


「トリガーが引かれた・・・と言いますと?」


「分からないか? 約束通り、次の総理大臣はお前になるという事だよ」


 俺がそう言うと、鮫沢はその約束を今更思い出したかの様に息を飲み、しばらく無言で呼吸を整えている様だったが、


「なるほど・・・、これらも全て、ショーエン様の手の平の上という事だったんですな」


「まあ、そんなところだ。俺にしてみりゃ、今回の事件もコップの中の嵐のようなものだ。大した事では無い。むしろ大変なのはここからだ。腹をくくれよ、鮫沢」


 俺がそう言うと、鮫沢は電話の向こうで深呼吸をして頷いたのが雰囲気で分かった。


「龍神様のお導きは、随分と荒々しいのですな。承知しました。腹をくくりましたぞ」


 そういう鮫沢の声は、もう既に「内閣総理大臣」のものになっていたのだった。


 -------------


 1985年、11月。


 民自党の総裁選は、ジャンボ旅客機の墜落を予見して対策を打ったのが鮫沢だったという話が知れ渡り、その他数々の功績を上げた鮫沢の圧勝で終わった。


 俺が目論んだ通り、いや、それ以上に、まるで神がそう望んだかの様に、順調に鮫沢内閣の発足が決まったのだった。


 鮫沢内閣になって初めての国会で、鮫沢総理の所信表明が行われた。


「国民の皆様。我々は第二次世界大戦からアメリカの支配の元、困窮した状況を耐え忍び、そしてここまでの発展を遂げる事が出来ました。しかし、我々の発展はまだまだ続きます。成長する日本の勢いを止めようとしたアメリカの目論見は、プラザ会談の合意がなされなかった事で破綻しました」


 テレビの生中継で鮫沢が熱弁を振るっている。


「ジャンボ旅客機を墜落させるという恐ろしい陰謀を平気な顔でできる鬼畜国家の支配を、これ以上黙認する事は出来ません! 我々は、真の独立国家として、八百万の神々のご加護を受けながら、必ずや発展する事をお約束します!」


 悪くない。このスピーチの原稿も、要点は俺が書いたものだ。


 そこに鮫沢が自分で筆を加えて原稿を完成させたようだが、なかなかに力強く、国民に勇気を与える演説になっているじゃないか。


「我々は核兵器を持ちませんが、核の脅威に怯える事はありません! 我々は、竜神によって守られており、竜神の御使い様が我々に協力をして下さいます。アメリカも神を崇拝する国家であるならば、きっと我々の意志を、いつか理解してくれるものと信じましょう!」


 鮫沢の演説が終わり、国会の中は拍手喝采で包まれていた。


 アメリカは小麦や大豆、石油等の日本への輸出を停止し、日本に対する経済制裁を始める意向を示してきたが、俺達が虎視眈々と創り上げて来た新しいエネルギーの発表をする事で、そうした問題にも対抗できる事だろう。


 アメリカとの関係が揺らいだ日本を、中国やソ連が狙っているという動きもあるようだが、米軍基地が日本にある現状では迂闊に手を出せない筈だ。


 日本は再び、半鎖国状態での歩み出しになるが、俺達の作って来た食文化や通信インフラで世界最先端の社会が実現できる筈だ。


 そうなれば、アメリカも日本を無視できなくなる。


 日本でティアが作った無限の自然エネルギーが普及する事になれば、これまで石油で日本を操作していたアメリカには打つ手が無くなる。


 むしろ、日本の自然エネルギー技術が欲しくて堪らなくなる事だろう。


 しかし、アメリカは石油と軍事が産業の主体だ。


 簡単に石油利権を手放す事など出来る筈も無い。


 そうなれば、エリア51でも開発されていない新しい技術欲しさに、アメリカから日本にすり寄って来る事になる筈だ。


 パワーバランスが逆転するのだ。


 前世の歴史では今後も、アメリカが石油利権を奪い取る為に後進国を狙う戦争が度々起こる。


 イラク、アフガニスタン、リビア、ベネズエラ・・・


 そうした産油国はことごとくアメリカに侵略されていた前世の世界情勢は、この世界線では起こらなくなる筈だ。


 むしろ、そうした技術を日本に学び取ろうと、全ての国が日本を無視できなくなる。


 アメリカがいくら日本を牛耳ろうと目論んでも、世界中の国々が日本に対してリスペクトの念を抱く限り、アメリカも簡単には日本を攻撃する事が出来なくなる。


 軍事力と技術力で世界を支配しようとしていたアメリカが、世界で孤立するなんて事をアメリカが容認できる筈が無いのだ。


 そうなれば、アメリカが打てる手は一つしかない。


 日本と、対等の友好国になるという手段しか残らないのだ。


 俺はテレビ画面で拍手喝采を浴びる鮫沢の姿を見ながら、


「まずは第一関門は突破できたな」


 と呟き、一緒にテレビを見ていたティアとシーナを抱き寄せたのだった。


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