地球(2) 自分自身に誓った日

「うう・・・」

 とティアが呻いた。


「思ったよりも重いのです」

 とシーナも苦しそうだ。


 何のことは無い。俺達は地球の重力に苦戦しているのだった。


「地球の重力は、テキル星よりも少し軽いくらいだ。長い間無重力で居たから、俺達の身体がなまってしまっただけだぞ」

 と俺はそう言ったが、実は俺も地球の重力に慣れるには少し時間がかかりそうだった。


 俺達は富士山の北西、青木ヶ原の樹海にほど近い河口湖のほとりに着陸した。


 夜中だった事もあり、人の姿は見えない。


 気温は15度。暗闇の中でうっすらと桜の花が咲いているのが見える辺り、季節は春といったところか。


 デバイスが示す時刻は13時過ぎだが、一体どこの時刻を表示しているのやら。


 俺達は全員、学園の制服に着替えていた。


 この服装なら日本国内を歩いていても違和感が無いと思ったからだ。


 いずれはどこかで服を買う必要もあるのだろうが、今の俺達には日本で使える金が無い。


 ジューンに貰った金塊をどこかで換金すればいいのだろうが、この時間ではどうしようも無いだろう。


 空は少し曇っていて星は見えないが、ぼんやりと月の光が見えていた。


「あの光ってる星がテラですか?」

 とシーナが訊いた。


「ああ、地球では、あれを月と呼んでるぜ」

 と俺が言うと、シーナは

「つき・・・ですか」

 と言いながらデバイスにきちんと記録している様だった。


「それにしても、真っ暗ですね。野獣が出て来ないでしょうか」

 とメルスが心配そうに辺りを見回している。


「大丈夫だ。草食動物は居るかも知れないが、俺達が手出ししなければ襲われる事も無いだろう」

 と俺が言うと、みんなはほっとしたように息を吐くのが分かった。


 それにしても暗い。


 みんなの顔も、木陰の隙間から時折降り注ぐ月明りが無ければ見えない程だ。


 UFOで降りて来る時には、確かに所々に都市の明かりが見えていたので、この辺りにも人間が住んでいる事は確かな筈だ。


 しかし年月と共に日本は随分と衰退したのか、河口湖のほとりに目を向けても、数か所街灯が光っているのが見えるだけで、人の気配などは全くしなかった。


「今は何月何日の何時何分だろうな? とりあえず俺達は身分証か何かを作らないといけないんだが、この時代の身分証がどんなものか確認したいんだがなぁ・・・」


 俺がそうして愚痴っていると、シーナが

「身分を示すのは、デバイスじゃダメなのですか?」

 と不思議そうに「月の中は使えるのに、ガイ・・・地球じゃ使えないのですか?」

 と立て続けに訊いて来た。


「ああ、俺の知ってる地球なら、カード型の身分証がある筈なんだ」


 少なくとも2035年時点では、ICチップが埋め込まれたカード型の身分証があった。


 マイナンバーカードというカードに始まり、免許証やキャッシュカード、クレジットカードや保険証も1枚のカードに集約されたものが存在していた。


 まあ、俺は保険証しか持ってなかったんだけどな。


 ホームレスだったし、保険証だけは無料で交付されてたからな。


 それにしても、このままでは埓があかない。


 俺はキャリートレーに乗って、空中から周辺の様子を見てみる事にした。


 現地人に見つからない様に、俺は辺りを慎重に見回しながら徐々に上昇する。


 木々の高さを少し抜けた辺りで俺の周りは一気に月明かりに照らされた景色へと変わった。


 ここが河口湖付近だとして、微かに見える富士山のシルエットがあそこに見えるって事は、あの道を東に向かえば山中湖方面に行けるだろうし。南に向かえば沼津方面に向かう事になる。


 少し距離はあるが、沼津方面に行った方が早く都会に出られそうだ。

 せっかくだし、重力に慣れる為にも歩いて行った方がいいだろう。


 そう決めた俺は、キャリートレーを下降させてみんなの居る場所に戻った。


「俺達の現在地が把握出来たぞ。あっちに道があるから、そこから南に向かって歩こう」


 俺がそう言うと、みんなは「はい!」と元気に返事をして荷物をキャリートレーに乗せて俺が指差した方へと歩き出した。


 河口湖から静岡県の沼津市までは樹海の間を抜ける国道139号線で富士市を越えて行ける筈だ。


 この日本が、俺が死んでから何年経過している日本なのかは分からないが、河口湖周辺などは俺が生きていた時代よりも建物が少なく、もしかしたら廃業したのか、又は国の政策において解体したのかも知れない。


 樹海は暗闇だが、国道には所々に街灯が立っており、ほのかな光を放っていた。


「何だか、昭和チックな街灯だな・・・」

 と俺は呟いた。


「何の事?」

 とティアが訊いた。


「ああ、あの街灯のデザインが、何だかノスタルジックだと思ってな」

 歩きながら街灯を指さして俺がそう言うと、今度はシーナが俺を見て


「のすたるじっく?」

 と不思議そうな顔をした。


「きっとショーエンさんは、懐かしい感じがするって意味で言ってるんですよ」

 とガイアがシーナにそう言った。


「まあ、そうだな」

 と俺は応えながら、「そういえばシーナ。この辺りで何か電波は飛んでるか?」

 と訊いてみた。


「ちょっと待って欲しいのです」

 とシーナはバッグから小さな棒状の機器を取り出し、手に握ったまま機器を起動した。


「4種類の電波が飛んでいるのです。多分、そのうちの2つが音声を電波にしていると思うのですが、電波の振幅が短いものと長いものが2種類、あと、残りの2つは質の悪い映像データだと思うのですが、振幅がもっと細かい電波が飛んでいるのです」

 シーナはそう言いながら、「一番短い電波は、テキル星で見た短波と似てるのです」

 と付け加えた。


「そうか・・・」

 と俺は呟く様にそう言いながら、道路の端を歩いていた。


 おかしい・・・


 2035年には7G通信が普及していた。


 その先の未来なら、もっと発達した電波がうじゃうじゃ飛んでいてもおかしくないと思ったんだが、もしかしたら電波が人体に与える影響を懸念して有線にでも切り替えたのだろうか・・・


 しかし、7G通信があった前世では、自動車は完全な自動運転が普及しだした所だったし、道路も国道を中心に自動運転用へと徐々に整備されていってた筈だ。


 今歩いている道路も国道の筈だが、あまり自動運転用に整備されている様には見えない。


 街灯もそうだが、まるで昭和の時代にタイムスリップしたみたいだ。


 タイムスリップ・・・?


 もしかしたら、本当にタイムスリップしているんじゃないのか?


 俺は、前世で死んだ時間より後の世界に転生したと思い込んでいた。


 しかし、ガイアとテラはどうだ?


 俺は2035年の日本から転生したが、ガイアとテラは2018年のアメリカから転生したと言っていた。


 17年もの時間がズレた地球から、同じ時間軸のテキル星で転生して出会うなんて事が実際に起こっているんだ。


 転生してこの世界に生まれた時間が、と、どうして俺は決めつけていたんだ?


 俺がもし、地球で死んだ時刻にプレデス星で生まれたのだとしたら、ガイア達は未来に転生した事になる。


 しかしそうではなくて、実際はのだとしたらどうだ?


 プレデス星があまりにも先進的な技術を持った星だったから、俺はてっきり「未来の世界」に転生したのだと思い込んでいた。


 しかし、地球が西暦1970年代だった頃には既にプレデス星ではあれだけの高度な技術が発展していたのだとしたら・・・


 俺は少し身震いがした。


「ショーエンさん、もしかして寒いですか?」

 とミリカが気を遣って訊いて来た。


「いや、大丈夫だ。寒くないよ」

 と俺は笑顔で答えた。


 桜が咲いている季節とはいえ、夜は確かに冷える。

 だけど、長時間こうして歩いているおかげで、身体は温まっている。


 俺が身震いしたのは、もしかしたらこの日本がという可能性を感じたからだ。


 そうして辺りを見てみると、確かに昭和の日本の様にも見えて来る。


 着陸した場所から南西に3時間程は歩いただろうか、まだ空は暗いが、前方に信号機の姿が見えて来た。


 信号機は黄色の点滅信号になっていて、その光はLEDタイプの光では無く、どう見ても電球式の信号機の光だった。


 やっぱりそうだ!

 ここは未来の日本なんかじゃない!

 昭和か平成の日本だ!


 俺達が信号機の傍までたどり着くと、そこは3差路になった交差点で、角にはガソリンスタンドがある。

 店は閉まっているが、俺はロープを張られた敷地内に足を踏み入れて建物を見渡してみた。


 敷地内には1台の自動車が停められていて、それは昭和に活躍していた白い軽トラックだった。

 自動車のガラス越しに中を覗いてみる。


 微かに届く街灯の光を頼りに目を凝らして見ると、ミッションはマニュアル式。窓は回転ハンドルで開けるタイプ。そして何よりエアコンの吹き出し口がどこにも無い。


 この車は知っている!

 昭和50年代に田舎の爺ちゃんが乗っていた軽トラと同じタイプの車だ!


 軽トラは随分と古臭く、ボディの所々がサビている。

 このタイプの軽トラがあるという事は、少なくとも昭和50年代以降なのは確かだ。

 ガソリンスタンドの看板は「入光」と書かれており、赤いタイタンの横顔がロゴマークになっている。


 しかし、この会社は2035年には既に外資系のエネルギー会社に買収されていて、もう存在していない会社だった。


 これで確定した。


 ここは昭和の日本で間違いない!


「何なのですか?ここは」

 とシーナが俺の背後で突然声を上げ、俺は少し驚いて振り向いた。


「シーナ・・・、ここは地球という星の日本という国。そして、昭和という時代だ」

 と俺が言うと、シーナは俺の言った事をデバイスに記録しようとしていた。


「そして・・・、俺が一番来たかった世界だ」

 と俺はそう言うと、これまでの努力が報われた思いがして、胸が熱くなり、涙が込み上げてくるのが分かった。


「どうしたのですか! ショーエン?」

 とシーナが慌てて俺の身体を抱きしめ、「何かあったのですか?」

 と言って俺を見上げる。


 俺は、涙を溜めた目でシーナを見下ろすと、涙の雫がシーナの頬に落ちた。


「ああ・・・、俺の夢が叶ったんだと思ってな」

 と俺もシーナの身体を抱きしめ、「俺が来たかった世界に来れた事が、嬉しいんだ」

 と言うと、俺はシーナの頭を抱く様にして、自分の頬をシーナの頭に乗せた。


「ショーエン・・・」

 とティアも涙ぐみながら呟いて言葉を切り、嗚咽を漏らす俺を、みんなは黙って見つめていたのだった。


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 それから更に3時間は歩いただろうか。

 空が白々と明けて来るのが分かった。


 目が慣れたのもあるが、明らかに先ほどまでよりも視界がいい。


 富士宮市に入った事もあって、随分と建物の姿を見る様になってきた。


 ずっと歩き通したのもあって、みんなも疲れた顔をしている。


 腹も減ったし、そろそろどこかで休憩をしたいところだ。


 そうして国道の先を見てみると、小さな蕎麦屋があり、店の隣の倉庫の様なところで中年男が何やら作業している姿が見えた。


「この星の人類の姿を初めて見ましたね」

 とメルスが疲れた顔で苦笑しながらそう言った。


「ああ、話が出来ればいいんだがな」

 と俺が応えると、ティアが

「でも、言葉は通じるのかしら」

 と心配そうに言った。


「ここに来るまでに見た文字らしきものは、僕達には理解できませんでしたからね」

 とライドも心配そうだ。


「大丈夫だ。この国の言葉なら俺が分かる」

 と俺はそう言い、ライド達に笑顔を作って見せた。


「スミマセーン」

 と俺は蕎麦屋の男に話しかけた。


「ハイ?」

 と男は振り向いたが、俺達の姿を見てギョっとした様に身体を強張らせた。


「ガ・・・、ガイジン・・・、ハ、ハロー。ハワユー?」

 と中肉中背のその中年男は引きつった笑みで俺の顔やみんなの顔を交互に見ながらアタフタしている。


「ワタシタチハ、旅をシテイル者デース。ダケド、オ金がアリマセーン。助ケテモラエマセンカ?」

 と俺は、何故かカタコトになってしまう日本語でそう話しかけた。


「オー、ヘルプね! ヘルプするヨ!」

 とその男も何故かカタコトの日本語で返してくる。

 そして、どうやら蕎麦を打っていたらしい倉庫から店の奥へと小走りで移動して

「母さーん! ちょっと来てくれ!」

 とどうやら妻を呼んでいるらしい。


「何さあんた! 朝っぱらから大声出して」

 とエプロン姿でスリッパを履いたまま駆けて来た妻と思しき中年女性が店の入口で佇む俺の姿を見て、

「まあ! なんてハンサムな外人さんでしょ!」

 と遠慮の無い視線を俺の全身に浴びせて主人の方を見て「で、あの外人さん達がどうしたの?」

 と話しかけていた。


「いや、何かみんなで旅をしてるらしくてな、金が無くて困ってるみたいなんだよ」

 と主人がそう言うと、妻は

「まあ大変! ちょっと待ってて! 茶の間を片付けて来るから!」

 と部屋の奥に戻り際に、「お店の椅子に座ってもらってて!」

 と主人に声を掛けていた。


 主人は振り返って俺を見て、手招きする様に

「カモンカモン! プリーズシッダン!」

 と俺達を店のテーブルへと招いてくれた。


「アリガトウ」

 と俺は礼を言うと、みんなの方を見て

「ここで休憩できそうだ。中に入らせてもらおう」

 とみんなを店に入る様に促した。


 店には6つのデーブル席があり、小さな木製の椅子が並べられていた。


 俺達は3つのテーブルに分かれて座り、俺のテーブルにはティアとシーナが。

 ライドとメルスが一つのテーブルに向かい合って座り、イクスとミリカが並んで座った向かい側にガイアとテラが並んで座った。


 すると奥から妻がやってきて

「あら! こんなに沢山居たのね!」

 と言って、慌てて店の食器棚から湯呑を出し、俺達の前に並べて行った。


「まあまあ、遠くから来てお金も無くなったんじゃ大変でしょう!」

 と妻は笑顔でそう言いながら、みんなの湯飲みにお茶を注いでいったが、女の言葉を理解できているのは俺しか居ない。


 俺は

「オキヅカイ、アリガトウゴザイマス」

 と日本語で伝えると、

「まあ! 日本語がお上手ねぇ!」

 と女が大喜びしている様子だった。


「みんなハンサムさんと美人さんしか居ないのね! お腹が空いてるでしょう? すぐに何か作ってきますからね!」

 と妻は嬉しそうに言ってまた店の奥へと消えて行った。


 その間に主人は店を出て先ほどの倉庫の様なところから打ち立ての蕎麦を入れた木製のトレーを運んできて、厨房に入って大きな窯に火を入れた。


「マダオ店ガシマッテルノニ、スミマセン」

 と俺が言うと、主人は笑顔で

「大丈夫だよ! 気にすんなって!」

 と応えてくれた。


「みんな、この店の主人が俺達に食事を振舞ってくれるそうだ。この人達は親切な人達だから、安心して食べるといいぞ」

 と俺はみんなに伝え、そしてバッグから金貨袋を出すと、中から金貨を2枚出してテーブルに置いた。


 テキル星の金貨は純金だ。


 この時代の金の価値がどれほどだったかは知らないが、みんなの食費分くらいは楽に出るだけの価値があるだろう。


 店の主人が蕎麦を茹でている間に、妻がお茶と総菜を盛りつけた小さな皿を持ってきて3つのテーブルの真ん中に分けておいた。


「昨日の残り物だから、遠慮なく食べておくれ!」

 と気風の良い妻に勧められるままに、俺は箸を持って総菜の皿をつつく事にした。


 皿には里芋とニンジン、豚肉とコンニャクを煮た筑前煮の様な総菜が並んでおり、久々に嗅いだ和食の香りに俺の心が溶けていく様な気がした。


 電子レンジがまだ高級品だった時代だ。


 わざわざもう一度煮たててくれたに違い無い。


 日本人のこうした暖かな人間味は、俺の心にも染みて来る様だった。


 イクスは見た事の無い食材に目を輝かせていて、隠し包丁で切り込みを入れたコンニャクを、慣れない箸を持って悪戦苦闘しながら掴もうとしていた。


 ティアとシーナは俺が器用に箸を使って里芋を口に運ぶのを見て、

「私もやってみる」

 と箸に挑戦していたが、やはりなかなかうまくいかない様で、結局は箸を里芋に刺して食べていた。


 そしてそれらを食べた時のみんなの表情ときたら、これまでのどんな食材を食べた時よりも表情をとろけさせていた。


「これは・・・、魚のダシと醤油、そして酒を使った味付けですね。それに砂糖と、他にも何かありそうですが・・・」

 とイクスはやはり研究熱心だ。「特にこのプルプルした三角の食べ物・・・、海藻の様な味もしますが、これは一体何でしょうか」

 と特にコンニャクに興味を持ったらしい。


「それはコンニャクって言って、この国では日常的な食材だぞ」

 と俺が説明すると、イクスは驚いた様に俺を見て


「本当にショーエンさんは何でも知っているのですね・・・」

 と言って俺を見ていた。


「あいよ! お待たせ!」

 と店の主人が温かいソバを入れた器を俺達の前に次々と並べていってくれた。


 俺は早速熱々の蕎麦を箸ですくい上げ、ふうふうと息を吹きかけて熱を冷まし、それからズルズルと音を立てて啜りだした。


 それを見た他のみんなは目を丸くして俺を見ていたが、

「ショーエンがする事に間違いは無いのです」

 とシーナが俺を真似る様にして、まだ箸には慣れない様だが、ズルズルと音を立てて蕎麦を啜りだした。


「トテモ、オイシイデス! ミンナモ、トテモオイシイと言ッテマス」

 と俺は主人にそう伝え、「日本ノオ金ハ無イデスガ、コレヲ受ケ取ッテクダサイ」

 と言ってテーブルに置いた金貨を差し出した。


「これがあんたの国のお金かい? アメリカのお金じゃ無いんだねぇ。どこの国から来たんだい?」

 と主人が金貨を手にしながら訊いた。


 俺は少し考えてからこう言った。


「ワタシタチハ『バティカ』カラ来マシタ」


「バチカン!? へぇ! 名前は聞いた事あるけど、どこにあるのかよく知らねぇんだよな!」

 と主人は笑い、「それにしても、まるで純金で出来てるみたいで綺麗だな!」

 と金貨を眺めながらそう言った。


「ソレハ純金デス。他ニモ純金を持ッテイルノデ、ドコカで日本ノオ金に換エタイデス」

 と俺は、どこか金を買い取ってくれる店が無いかと思い、そう言ってみた。


「おお、純金の買い取りなら、質屋に持ってけばいいんじゃないか? 富士宮市の質屋なら、高校時代からの友達がやってるお店があるから紹介できるよ」


「オオ! 是非オ願イシマス!」

 と俺は店主に甘える事にした。


「お、そろそろ5時かい。テレビでも点けてあげようかね」

 と、それまで店の端で俺達を眺めていた店の女が立ちあがり、店の入口の上に作った棚に設置しているダイヤル式のテレビの電源つまみを、トングを使って器用に引いた。


 するとテレビが点いて、段々と画面が見えて来る。


 画質は悪いがカラーテレビだ。


 チャンネルはNHKに合わせているらしく、画面の左上に時刻が表示されていた。


 現在時刻は、昭和56年3月22日の4時59分。

 1981年の春の早朝だ。


 俺はデバイスでみんなに時刻の調整をする様に指示をした。


 午前5時を知らせる合図がテレビから流れるのと同時に、俺はデバイスの時刻設定を合わせた。

 他のみんなもテレビの合図を理解したらしく、俺と数秒の差で時刻を合わせていた。


 俺達が食事を終えると、店の女が

「もう少し待っててくれたら、おにぎり作ってあげるからね!」

 と言ってテーブルの湯呑にお茶を注ぎ足していく。


「アリガトウゴザイマス」

 と俺が言うと、女は

「嬉しいねぇ! まるで白雪姫に出て来る王子様みたいじゃないか」

 と鼻にかかった様な声で言って、俺の顔をマジマジと見つめて満面の笑顔になっていた。


 俺達はその後も小一時間程店でテレビを眺めながら時間を過ごし、店の女がおにぎりを作って持ってくるまでそうしていた。


 その間、店の主人は質屋の場所を記した地図を作ってくれ、店の電話番号と、そこまでのみんなの分のバス代を渡してくれた。


「何カラ何マデ、本当ニアリガトウゴザイマシタ」

 と俺が頭を下げると、みんなも俺を真似て頭を下げた。


「よせやい! 照れちまうよ!」

 と主人は照れ笑いをしていたが、店の女は俺達におにぎりを手渡しながら、

「これからも頑張りなよ!」

 と一人一人と握手を交わして別れを惜しんでいた。


「そろそろ始発のバスの時間だな。ちょっとバス停まで見送って来るわ」

 と主人が立ち上がって「お前は店の片づけ頼んだぜ」

 と女の方を見て言った。


「あいよ、あんたも気を付けてね」

 と女もそう返し、


「じゃ、みんな、気を付けて行ってらっしゃい」

 と俺達に向かって両手を振っていた。


 俺も右手を振ってそれに応えると、みんなも俺を真似て手を振って返していたのだった。



 バス停までは歩いて10分程度だった。


「あんたら、随分大きな荷物を抱えて旅をしてるんだなぁ。まあ、大変だろうけど、これからも元気でな!」


 と蕎麦屋の主人は、遠くからバスのエンジン音が聞こえて来るとそう言った。


「トテモ美味シイ料理デシタ。親切ニシテクレテ、本当ニアリガトウゴザイマシタ」

 と俺はカタコトの日本語でそう礼を述べると、丁度やってきたバスの扉が開くのを見て、「デハ、ゴ主人モ、オ元気デ」

 と言って軽く会釈をしてからバスに乗り込んだ。


 俺達がバスに乗り込むと、車内にはまだ乗客は居ない様だった。


 俺が一番後ろの席の真ん中に座ると、ティアとシーナが俺の両脇に座った。


 他のメンバーも俺と近い席に座り、それを確認した運転手が

「発車しまーす」

 とマイクで話して、長いシフトレバーをブルブルと震わせながらギヤを入れていた。


 懐かしいな、この感じ。


 子供の頃に乗ったバスもこんなのだった。


 まだオートマチック車が珍しかった時代だったし、バスやトラックにはまだオートマチックは存在しなかった。


 バスはスムーズに国道を走り、やがて富士宮市の市街地へと入って行った。


 街はまだ未発達で農地も多く、富士宮市は俺が覚えているよりも田舎だった。


 だけど所々にある看板や自動販売機の姿は、確かに俺が子供の頃に見たのと同じ物だった。


 自動販売機には、缶ジュースと瓶のジュースしかない。


 そうだ、この頃はまだペットボトルなんて無かった。


 ペットボトルが自販機に並び出したのは、俺が小学3年生の頃だった。


 つまりは1983年頃。今から2年後の事だ。


 この頃はコンビニエンスストアも少なかった。


 日本全国でスーパーマーケットが流行していた時代だったもんな。


 魚は魚屋、野菜は八百屋って時代が終焉を迎え、食品は全てスーパーマーケットで買える時代になって、生活が便利になったと皆が喜んでいた時代だ。


 日本は高度経済成長が始まったばかりで、皆が未来に希望を持っていた。


 団塊の世代が毎日あくせく働いていて、夜遅くまで仕事をしているサラリーマンも多かった。


 この時代は第二次ベビーブームで生まれた子供が小学校に通う頃で、小学生をターゲットにした商品がどんどん開発されて行った。


 みんなが希望を抱いていた時代・・・


 この時は、本当にいい時代だった。


 この時代に住む日本人が、40年後には第三次世界大戦の恐怖に怯えながら生きていく事になるなんて、この平和な景色を眺めていると、2035年を知る俺でさえ信じられない程だ。


 守らなければならない。


 今の俺は、ガイア星調査団のリーダーなんだ。


 この星を調べ尽くし、2035年が絶望に染まる星にならない様に、俺達が変えるんだ。


 時空を超えて俺は過去の世界に転生した。


 そして、何の因果か、地球での記憶を残したままプレデス星人として生まれ変わった。


 そして今、俺が子供の頃に過ごした日本に居る。


 今はまだ目立った動きは無い時代だが、世界を牛耳ろうと目論む者達が、今も必ず陰謀を企て、未来で戦争を起こす為に着実に計画を進めている。


 それが何者なのか。


 そして、俺達が叩くべき本当の敵が誰なのか。


 俺達の戦いは、ここから始まるんだ。


「次は、上井出、上井出でございます。スーパーマーケットの美濃屋にお越しの方はこちらでお降りが便利です」


 バスの車内放送が流れ、俺は「つぎとまります」と書かれたボタンを押した。


 ピンポーンと少し錆びた様なベルの音が鳴り、運転席の後ろの衝立にある電光掲示板に「つぎとまります」という緑色の文字が光っていた。


「よし、もうすぐ降りるぞ。みんな準備しておけよ」

 と俺はみんなに声をかけ、みんなは「はい」と声を揃えて返事をした。


 そうだ。これから俺がやるべき事は、この世界を平和に導く「神の化身」としての仕事だ。


 この国で生きているかも知れない、にも伝えたい。


 そして、ホームレスになって毎日を絶望の世界で生きていく未来を変えてやりたい!


 絶対にやり切って見せるぞ!


 俺はバスが止まって扉が開くのを見て、ティアとシーナの手を引いて立ち上がりながら、心の中でそう誓っていたのだった。

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