テキル星(10)星の記憶
「おお・・・、何とも壮大な景色だなぁ」
と俺は声を漏らした。
今、俺達はメルスとライドが作った自動車に乗っているのだが、現在は飛行機モードで空を飛んでいる。
今はイクスとライドがペダルを漕いでいるが、ガシガシ漕いでいるというよりは、優雅にのんびり漕いでいるといった感じで、それでも充分な推力を得るだけの動力を伝えているのだから、動力ギアの配置の最適化について、本当にメルスは良い仕事をしている。
飛行する前は自動車モードで走っていたが、バティカの街の街道を自動車モードで走っていた時には、街の警備兵達が集まって来て沢山の声援を送ってくれた。
どうやら、あの門番達が街中の兵士仲間に俺達の事を「龍神の御使い」だと伝えて回ってたみたいで、「直接見たい」とか「声が聞きたい」とか、色々な思いを抱いてわざわざ会いに来てくれたみたいなんだよな。
で、3日前に王城前で騒ぎを起こしたプレデス星人達が「龍神の下僕」だと知り、その後王城から出てきたローエン卿からも色々話を聞いたりして、今日の出発の情報も王城の騎士経由で聞いていたんだそうな。
無事にみんなに祝福されながら出発できたものの、俺達は街の人々に何かをしてやった訳でも無いし、何となく気後れして、そそくさと出発したってのが正直なところだったんだよな。
街の塀を越えると平野があったが、思ったよりも平野の面積は少なく、ちょっと進めば間もなく広大な森が続く上にその先は山脈が連なるという地形だった為、止む無く平野があるうちに離陸してしまおうという事で飛行機モードで空を飛んでいる訳だ。
空を飛んでいるといっても、高さはせいぜい50メートルくらいのもので、気流も地上と変わらないし、飛行はとてもスムーズだ。
今は森の上を飛んでいるが、山脈を越える為には上空1500メートル位までは上昇しないといけないだろうから、気流の変化には気を付けないといけないな。
俺達は眼下に広がる広大な森を見降ろしながら、どこまでも続く空を山脈に向けて飛行しているところだ。
「空を飛ぶって、なんだか不思議な気分ね」
とティアが言う。シーナは
「中継器を設置する時も飛んでたのです」
と言ったが、
「あれはキャリートレーだもの。デバイスで動くし当然でしょ?」
とティアは言いながら「こういう、物理的な構造だけで空を飛んでるのがすごく不思議な感じなの」
と、アナログな技術にちょっとした興味が湧いた様だ。
「この星に降りた時も空からの景色は見たのです」
とシーナは言ったが、
「あの時は、それどころじゃなかったからな・・・」。
と俺は苦笑しながらシーナに応えた。
そうだったよな。
色々あったから、ずいぶん昔の事の様な気もするが、俺達がこの星に来たのって、ほんの1週間前の事なんだよな。
ほんと、密度の濃い1週間だったぜ。
「どうですか皆さん。空を自由に飛ぶって気持ちがいいでしょう?」
とライドがペダルを漕ぎながら顔だけをこちらに向けて言った。
「そうね!まるで鳥になった様な気分だわ」
とティアは風になびく髪を押さえながら遠くの山脈を見ていた。
「それにしても、こんな広大な森の中に落ちたりしたら、生きて帰れる気がしませんね」
とミリカは身体を
「ああ、ここには俺達の知らない動物や獣がいるかも知れないからな。落ちたりしない様に気を付けてくれよ」
と俺は言い、ゆっくりと流れる景色を見ながら、本当に自然豊かないいところだなと思っていた。
この星の太陽である「シン」は、ちょうど真上に来ていて、今が正午くらいだという事が分かる。
この後は少しずつ俺達の進行方向と反対側に日が傾いていって、俺達の影が前面に伸びていくのだろう。
それにしても、バティカ王国ってのは、正に中世ファンタジーのような世界だったな。
王城は電気が通じてたりと近代化している部分もあったが、文化的には中世ヨーロッパ的な、いかにもファンタジー世界って感じだった。
普通、こういったファンタジー世界を舞台とする物語だと、魔獣とか魔物とかとバトルをしたり、魔法を使って何か凄い事をするというのがお約束なんだろうが、空を飛んでいる俺達にはそういったイベントは訪れない様だ。
だけど、バティカの王城で騎士の一人を殺傷した「レールガン」を見た貴族達は、俺達が「龍神の力を使った」と思っていた様だな。
レールガンってのは電磁石で金属球を超高速で飛ばす技術だから、別に魔法だとか魔術だとかではないのだが、この国の人間からすれば、理解を超えた現象を「魔法」と呼び、その現象を起こす者を「魔法使い」だの「魔術師」だのと呼ぶのだろう。
更に技術の発達が遅れた世界に行けば、きっと火を起こしただけでも「魔術師」と呼ばれる事になるんだろうな。
ましてや空を飛ぶ乗り物なんて、この世界の人々には理解出来ないだろうし、この世界の常識で測れば、俺達はやっぱり「人知を超えた存在」になるよな。
人は、理解出来ない相手には、恐怖を感じるものだ。
前世の地球でも、西洋の歴史には「魔女狩り」だとか「魔女裁判」だとか、「魔法」という言葉を悪しきモノとして解釈していた歴史があった。
結局あれは、怠け者の貴族達が、勤勉な庶民たちが学んで得た様々な知識や発明を「貴族社会を揺るがす危険な知識」として弾圧していたに過ぎない。
そうして未知への恐怖との距離感を色々試しながら人間の歴史は紡がれてきたんだよな。
それにしても、バティカ王国では色々思うところが多かったな。
王族が居て、貴族が居る。
つまりは、「国の象徴となる者」が居て、それを軸に「治世を行う者」が居るという事だ。
バティカの街を見ていると、国民はそれなりに平和に暮らしている様だし、畜産や酪農を含む農業全般の文化は発展している様だった。
それに、貴族は遺伝子の継承を重要視していて「子共が居ない=遺伝子異常」みたいな思い込みもあるようだ。つまり「血統を重要視する」という事だよな。
でも、移住者としてやってきた「純血のプレデス星人」を街に住まわせていたって事は、クラオ団長の言ってた通り、街の住民を混血にして行く計画は進行中って事だ。
だけど、俺が出会った「純粋な現地人」達は、別に野蛮って事も無かったし情報津波で見ても、遺伝子異常がある様な感じでは無いんだよな。
だいたい、クラオ団長が言う「遺伝子異常による野蛮な現地人」ってのは、一体何を指しているんだ?
俺がそんな事を考えていると、シーナが俺の腕をギュッと掴んで俺の顔を覗き込んでいた。
「どうしたんだシーナ?」
「ショーエンが難しい顔をしていたのです。何を考えているのか、すごく知りたいのです」
シーナの言葉に、ティアやミリカも頷いている。
ああ、そうか。
また俺は一人で抱え込もうとしていた様だ。
みんなの自尊心を育てるとか言っておきながら、俺はまだみんなを信頼しきれてないんだな。
みんな本当は俺なんかよりもずっと優秀なやつらなのに。
ちゃんと信頼しなくちゃな。
「ああ、悪かったな。考え事をしてたんだ」
と言いながら、辺りを見回し、
「なあメルス。山脈の手前のあそこに平地が見えるだろう」
と俺は前方左側にある森の切れ目のような部分を指して言った。
「もしあそこに着陸できそうなら、あそこで昼食にしないか?」
と俺はそう言った。
メルスはライドと少し話し合いながら
「そうですね。あの広さなら着陸も離陸も出来そうです」
と言って、高度を下げ始めた。
もう山脈は目の前だ。森林の切れ目は山脈の
地上が近付いてくると、山脈から吹き降ろす風が飛行機を左右に揺らしたが、ライドが設置した状態安定センサーがうまく起動している様で、飛行機がひっくり返ったりはしない。
やがて地上まで数メートルのところまで降下し、減速しながら無事に着陸する事が出来た。
着陸時の衝撃も柔らかく、サスペンションの効果は絶大だ。
しばらく地上で減速しながら走り、ゆっくりブレーキを掛けながら、やがて停止した。
「念のため、翼を畳んで自動車モードにしておきましょう」
とライドは言い、根元のレバーを引いて、翼を稼働させて折りたたんだ。
「イクス、料理の準備はできそうか?」
と俺が言うと
「もちろんです。ジューンさんに貰ったコンロが早速役に立ちそうですね。」
と答えた。
「よし、じゃあ、ティアとシーナ。ライドとメルスがチームになって、周辺に危険が無いかを確認するぞ」
と俺は言い、「ミリカはイクスを守ってやってくれ」
と言って、レールガンを一つ手渡した。
ライドとメルスにもレールガンを手渡し、俺達は手分けをして周辺を確認して回る事にした。
山脈の麓とはいえ、日光が当たっているので周辺は明るい。
しかし、森が始まるところからは途端に日光が遮断され、薄暗く湿った森の中には何が出てきてもおかしくない雰囲気があった。
「そうそう。こういう冒険ぽいのがファンタジー世界の
と俺は言いながら進んで行くと、俺の両サイドで周囲を警戒しているティアとシーナが、首をかしげる様にして
「ファンタジーって何?」
「何なのですか?」
と訊いてきた。
俺は少し笑いながら、
「現実にはあり得ない様な不思議な事が起こる世界の事をそう呼ぶんだよ」
と言った。
俺達のグループとライド達のグループで見回りをしたが、特に危険は無さそうだった。
イクスが料理の準備をしている場所まで戻り、俺達は地べたに座って仮設のテーブルを囲みながら、ミリカが煎れてくれたお茶を啜っていた。
ティアとシーナが俺の顔をまじまじと見ながら「話さないの?」と言いたげな顔をしている。
ははっ、気を使わせちまったな。
俺はその場で立ち上がり、
「みんな、昼食が出来るまでの間、俺の話を聞いてくれ」
と言って、俺が考えている事や、これからの計画について話す事にした。
まず、基本的に俺達のミッションについてだ。
大目的としては「テキル星の人間達の平和的で継続的な共生」だよな。
これは、クラオ団長の命令でもあるし。
中目的として俺がやりたいのは「人間達に自尊心を芽生えさせる事」な訳だ。
これを実現する事で大目的を達成できるだろうし、この為に必要なのが「全員が自分を必要な人間だと感じられるだけの仕事を作る事」だと考えている。
つまり、「無駄に生きている人間など一人も居ない」という世界が理想だという事だ。
その為には「ハイテクに頼らない便利アイテム」をどんどん発明して、それらをそれぞれの国で名産品にして行こうと思っている。
それを行商したりノウハウを伝授していくのが俺達のこれからの主要な動きとなり、これからは「旅の商人」が俺達の立場だ。
まぁ、この星に着く前は元々そのつもりだったんだけどな。
で、ここからが肝心なところなのだが…
「実はな、俺は今、根本的に、自分の立ち位置を見失っている気がしているんだ」
と言った。
みんなが俺を不思議そうに見る。
「と言いますと?」
とイクスが言った。
「そうだなぁ…」
と俺はみんなの顔を見渡し、少し間を置いてから
「そもそも俺達って、何の為に生きているんだと思う?」
と言ってみた。
「えっと…、どういう事?」
とティアが訊く。
「質問の意味が解らないのです」
とシーナも俺を見る。
「うーん…」
と俺は右手を自分の顎に充てて「じゃあ、言い方を変えよう」
と言って、再びティア達を見て、
「そもそも俺達プレデス星人は、何の為に高い技術力を身に着け、そして他の惑星の開拓を行う必要があるんだろう?」
と言った。
プレデス星には高い技術力があり、技術と自然の調和を保ちながら、人間は星とうまく共生出来ているように見える。
しかし、プレデス星の政府AIは、優良な遺伝子を持つ人間だけを選別して繁殖させ、その中でもより優れた遺伝子を見つけては、まるで本人がそう望んだかの様にクレア星に移住させて、更に生産性の高い人間へと成長させようとしている。
そしてその目的は「他の惑星を開拓する為」という事になっている。
そして、惑星開拓の基本ルールでは、現地で自然に生まれる生物を自然の中で繁殖させる事を原則としていて、それなのに、必ず「人類を創造してその星で繁殖させる」という手法を採っている。
生物なんて、自然に食物連鎖を構築して、「なる様になる」ってのが普通だろ?
なのに全ての惑星で、わざわざ「人類を創造」している。
しかも、現地で創造した人類を統治する為に、更にプレデス星人である「移住者グループ」を派遣して、その惑星で繁殖させようとしている。
これって何故だ?
プレデス星人が外の惑星に移住したいだけなら、わざわざ現地人なんて創造する必要なんて無いはずだ。
バティカ王国の歴史にもある様に、遺伝子の優劣が明確になれば、現地人とのトラブルが起こる事など容易に想像がつく筈なのに、それでも惑星開拓団は、必ず現地で遺伝子を改変して「現地人を創造」している。
事実、俺達はその「トラブル」を平定する為にここに居る訳で…
「…という疑問がどうしても頭から離れなくてな」
と俺が言うと、みんなは黙って考え込んだ。
「そんな事、今まで考えた事も無かったです」
とライドが言った。
シーナも難しい顔をしながら
「自分で問題の種を
と、最も的を得た感想を言った。
「そうなんだよ」
と俺はシーナの方を見て、「プレデス星って、宇宙で一番技術が発達した星だろう? そして、最も知性的な人類がプレデス星人だった筈だ」
と言いながらみんなの顔を見渡した。
「そのプレデス星人の中でも選りすぐりのエリートである惑星開拓団が、何でわざわざトラブルを作り出す様な事をしているんだ?」
と俺は、何かのヒントが得られないかと望みを託す様にみんなの顔を見渡した。
だけど、みんなは沈黙のまま、俺と同じ様に疑問の渦の中に居る様だ。
バティカ王国でも漠然と感じていた事だ。
テキル星の人類を統治する為にバティカ王国を造り、国王を据えて法を整備し、人々が平和に暮らせるだけの教育と統治が行われてはいるものの、国王は決してキレ者などではなく、むしろ統治者としては無能と言っていい。
デバイスだって、移住した惑星でも使える様にしておけばいいものを、何故か王族だけがデバイスを継承して、貴族達でさえデバイスは持っていない。
デバイスを使う為のインフラ整備なども行わず、わざわざ原始的な生活をさせているのも意図が解らない。
まるで「持たざる者が、持てる者を羨む様に仕向けているが如く」だ。
ティアは俺の話が途切れたのを見て、
「まるで、人間をわざと分裂させようとしている様にも見えるわね」
と言った。
「分裂?」
と俺は、ティアの言葉に引っかかるものを感じた。
人間同士を分裂させる?
仮にそれが事実だとすると、分裂させた先には何が起こる?
恐らくは、人間同士に不和が生じ、いずれ衝突を起こし、そこには「勝敗」が生まれる。
勝利した者は「優越感」を得て、敗北した者は「劣等感」を植え付けられる。
優越感は、自尊心を膨大させて人を傲慢にし、劣等感は、自尊心を縮小させて人を卑屈にする。
それを繰り返した先には「序列」が生まれ、人間の中で「順位」という概念が…
順位?
ランキング?
と俺はそこまで考えて顔を上げると、
「ランキング…」
とメルスが呟いていた。
俺はハッとしてメルスを見た。
「メルス、俺も今、同じ事を考えていたぞ」
と俺が言うと、メルスは
「ショーエンさんと同じ思考に至っていたなんて、何だか嬉しいですね」
と冗談めかして言った。
「ランキングがどうかしたの?」
とまだ理解が追い付かないティアに、
「いいか、ティア」
と説明を始めた。
プレデス星では全ての人間が平等に扱われていた。
そして、「傲慢・強欲」を禁忌として、人々に優劣なんてつけていない社会が構築されていた。
だけど、学校での成績だけは、わざわざ全員の「ランキング」を表示して、全員が自分の位置を把握できるような仕組みにしていた。
これって変じゃないか?
「傲慢・強欲」を禁忌としておきながら、学校ではランキングを公にしていた訳で、学生には無意識のうちに「優越感」や「劣等感」が生まれていたはずだ。
そして、プレデス星で「上位50%以上」の成績保持者に「クレア星へ行く選択肢」が与えられていた。
その選択をするかどうかは自由だが、俺達は本質的に「強欲」だから上位者になれた筈で、無欲な者達は成績も振るわず、結果としてプレデス星に残り、結婚する者とそうでない者が選別されていく。しかし俺達は本質が「強欲」で、おのずと「惑星開拓団」という選択肢を選んだ。
つまり、プレデスで禁忌とされる「強欲」を持っていながら、それを隠し続けて成績上位になってクレア星に移住する事で、俺達は合法的に脱法した者という事だ。
そしてクレア星では次の価値軸を与えられ、そこでは「生産性の高さ」が評価される基準になっていて、「怠惰」が罪だった上、「強欲・傲慢」には寛容だった。
そこでも俺達は「強欲」であるが故に常に成績の上位を目指し、度重なる試験で常に上位を占めて「優越感」は膨張を続けて来たはずだ。
更に、制服によるピグマリオン効果や、恋愛や信頼による相乗効果で「史上最高成績」をたたき出した。
今や俺達の「優越感」は最高潮に膨れ上がり、みんな「巨大に膨れ上がった自尊心」を内包しているはずだ。
それは、ミリカの「最高傑作とも呼べる衣装」を生み出したし、現地人の「無条件の服従」を誘発した。
更に、俺が騎士を一人殺した時も「殺してくれた事に感謝する」とでも言う様な「理不尽な肯定」を感じたし、自称ルークを処刑した事には「
だけど「ショーエン・ヨシュア」という「核」と繋がる事で、一つの価値軸が生まれ、お互いが「傲慢」にならずに済んでいる。
つまり、俺自身が常にトップに君臨する絶対的存在である限りは、こいつらの「自尊心の膨張」が「傲慢」に変わる事は無いという事だ。
しかし、もし俺の様な存在が居なかったらどうなる?
成長しきった自尊心は傲慢な人間を生み、劣った人間を見下す事で快楽を得る様になる。
見下された人間は「服従」か「敵対」かの選択を無言のうちに迫られ、「敵対」を選んだ途端に「分裂」が起こる。
分裂が起こると、そこには衝突が起こる。そこから延々と繰り返される分裂と衝突。それはまるで核と分子が融合して爆発を繰り返す様な・・・
「分裂を引き起こす事で生まれる、精神レベルにおける核融合…」
と俺は口にしてハッと顔を上げてみんなの顔を見渡した。
「ショーエン・・・、まるで、超新星爆発の事を言ってるみたいなのです」
とシーナが言った。
俺はシーナを見て、
「そう…、そうだよな」
とシーナの言葉に何か確信めいたものを感じた。
何だろう。
もうすぐ届きそうなところまで来ているのに、あと一つ何かが足りない気がする。
超新星爆発の後に来るのは、重力崩壊による「ブラックホール」だ。
いや、そもそも超新星爆発というシーナの言葉もただの例えでしかない。
しかし、もし「精神レベルにおける超新星爆発」とも呼べる事が起こるとすれば、それは一体どういう状況だ?
膨れ上がった自尊心。やがて自尊心は膨張しきって超新星爆発の様に重力崩壊を起こしてブラックホール化する。
精神レベルのブラックホール?
俺はシーナを見て
「シーナ、ブラックホールについて知っている事を話してくれ」
と言った。
シーナは頷き、話し出した。
シーナの話はこうだ。
巨大な恒星が寿命を迎えると、核融合が停止して重力バランスが崩れ、超新星爆発を起こす。
超新星爆発を起こすと、その星は重力崩壊を起こしてブラックホール化する。
ブラックホールは過剰な重力によって、光の速さでも脱出不可能な究極の重力球になる。
やがてブラックホール自身も自分の重力に押しつぶされ、やがては小さな黒炭の様な一粒の玉になる。
そしてその玉は「星の記憶」と呼ばれ、ただ一つの場所へと導かれて消えていく。
「私が知っているのはこれだけなのです」
とシーナは言って、お茶を啜った。
「本当の事かどうかは分からないんだけど…」
とティアがシーナの話に補足をする様に語りだした。
「星の記憶」と呼ばれる小さな黒い玉は、宇宙の創造主の元に導かれ、そこで「星の記憶を記すペン先」となって、永遠とも思える長い年月をかけて何冊もの歴史書を記す。そして出来上がった本は、宇宙の創造主が管理する書棚に永遠に保管されるものだという。
「星の記憶を記した本…」
俺の脳裏に「あの本」の姿が浮かんだ。
「なあ、ティア。その宇宙の創造主ってのは、どんな奴なんだ?」
と俺は訊いてみたが、ティアは両手を上げて肩をすくめるようにして
「さあ、よく知らないわ」
と言った。
「誰か、宇宙の創造主の事について知っている事は、他に何か無いか?」
と俺はみんなの顔を見渡したが、
「すみません。僕も詳しくはありません」
とメルスやライドも首を横に振った。
「そうか…」
と俺は、その場にドサッと座り込んだ。
「どうぞ」
とライドがお茶を持ってきてくれる。
「ああ、すまないな」
と俺は言いながら、目を瞑った。
俺が前世の地球で手にした「あの本」が、ティアが言う「星の記憶」のうちの1冊なのだとしたらどうだ?
恒星がブラックホールになって、それが小さな玉になったって言ってたけど、それでも元々は巨大な星だ。
小さな黒い玉になるって言っても巨大な玉だろうと思っていた。
この広大な宇宙の創造主って言うのも、人間みたいなちっぽけな存在じゃなくて、人間の目には映せないほどの巨大な生き物を想像しながら聞いていた。
しかし「あの本」がもしも「星の記憶」の一部なのだとしたら、それは国語辞典くらいの、分厚いとはいえ、宇宙の規模と比べれば話にならない位の小さな本だ。
だけど、もしあれが本当に「星の記憶」なのだとしたら、誰が地球のあの公園のベンチまで持ってきたんだ?
くそっ!
また新たな疑問が生まれてしまったぜ!
精神レベルのブラックホールと関係があるかどうかも判らないし、「あの本」が本当に「星の記憶」かどうかも分からない。
俺は右手で拳を作り、自分の左の手の平をパチンと殴ってから、肩を落としてため息をついた。
ダメだ。まだ答えははっきりしそうに無い。
俺がもう一度深いため息をつくと、目の前にティアの足が見え、顔を上げるとティアが料理の皿を持って立っていた。
「ショーエン、ひと息入れて、昼食にしましょ」
とほほ笑むティアの顔を見て、俺は少し救われた気持ちになった。
「そうだな。そうしよう」
と俺が言うと、ティアが俺の隣に座り、俺に料理を手渡した。
すぐにシーナも料理を持って俺の左隣に座り
「ショーエンの悩みが聞けて、ちょっと嬉しかったのですよ」
と言いながら、「これは美味しそうなのです」
と言って、ハーブが添えられた芋と根菜と鶏肉が煮込まれた具沢山シチューの様なスープを掬った。
「そうだな、旨そうだ」
と俺も言ってスープを掬い、口に含んだ。
「うまいな」
と俺は言いながら、ティアとシーナの優しさに、今は心を委ねようと思ったのだった。
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