テキル星(8)バティカの街が燃え上がった日

「お帰りなさいませ、御使い様方。で、そちらの方は?」


 と王城の正門で門を守る騎士が、俺達4人の姿を見て声を掛けて来た。

 ジューンはフードを深く被って顔を隠していて、騎士達に顔を見られない様にしていた。それを気にしている様だ。


 そう、こいつらは騎士だ。

 もしかしたら、今回の奴隷騒ぎに関わっているかも知れない連中だ。

 ジューンの事を知っている騎士である可能性もある為、ジューンは顔を隠しているのだ。


「龍神のめいにより保護した女だ。俺の部屋への客人とする」

 と俺が言うと、

「ハッ! どうぞお通り下さい!」

 と言ってすんなりと通してくれた。


 更に歩いて行くと、王城の正面玄関の扉があり、そこにも二人の騎士が居る。


 俺達が歩いて扉の近くに行くと、ジューンの姿を気にはしているものの、

「御使い様方! お帰りなさいませ!」

 と姿勢を正し、扉を開けてくれた。


 はは、こいつらは俺達のやる事全てに肯定的だな。


 ま、魔術師の悪事を知った国王から厳しく下知されている事だろうし、その影響だろうけどな。


 何せ、俺達の言う事を聞く事が龍神の怒りに触れずに済む、「唯一の救いの道」なんだもんな。


 王城に入ると、エントランスホールでメイド達が出迎えてくれる。


 俺達を案内するメイド達は、いつもより気配りをしている様で、俺達が踏みしめる一歩一歩を案じて、階段を登る時などは手を差し伸べて来ようとしている。


 これは俺達が特別な存在だという事を衣装の違いで感じている事の表れでもあるし、朝食会場に居たメイド達から話を聞いた外のメイド達も、俺達のサポートが出来る事を名誉ある仕事だと認識し始めているという事なのだろう。


 俺達が自室の前まで来ると、メイドはジューンの扱いをどうすべきかと悩んでいる様だ。


「この者は龍神の命により俺が保護した者だ。俺達と同室でいいぞ」

 と俺が言うと、ほっとした様に扉を開けてくれた。


「ああ、そうだ。今日の夕食も部屋で食べるので、その様に伝えてくれ」

 と俺は扉を開けてくれたメイドに伝えた。

 俺達が部屋に入ると、メイドは

「食事の件は承知致しました。御用の際はお声がけ下さい」

 と頭を下げて廊下に控える。


 駆けていく足音が微かに聞こえるのは、夕食の事を伝えに行ったメイドが居るのだろう。


「さて、とりあえずその恰好じゃあ何だから、着替えてもらうとするか」

 と俺はジューンの姿を見て言った。

 ジューンの体格はティアに近そうだ。俺は

「ティア、体格はお前に近そうだから、何か予備の服があれば貸してやってくれないか?」

 とティアに訊くと、

「ええ、ミリカが試作品で作った赤い制服があるから」

 と言ってキャリートレーの荷物からゴソゴソと衣装を取り出し、

「ジューンさんだっけ? これを着るといいわ」

 とティアはジューンに試作品の赤い制服を手渡した。


 ジューンは受け取った衣装を珍しそうに眺め、

「これはどうやって着ればいいものなの?」

 と不思議そうにティアの方を見て言った。


「ティア、シーナ。ジューンにその服の着方を教えてやってくれ」

 と俺が言うと、シーナがその場でジューンのローブを引きはがそうとして

「あ、ちょっ、ちょっと何!?」

 とジューンが抵抗する。シーナは

「心配ないのです。ショーエンの前なら恥ずかしくないのです」

 と滅茶苦茶な事を言いながらローブを抜き取ろうとしていて、俺は苦笑しながら壁際まで離れ、窓から外の景色を見る事にした。


 窓から見える景色は西側の景色だ。

 城西大通りが真っすぐに街の端まで続くのが見えている。

 街の端には城壁の様な高くて長い塀が続いているのが見えて、それはまるで前世の映像で見た万里の長城のようだった。


 その長い塀はどこまでも続いて王城と城下町をグルリと囲っている。


 バティカの街は、このバティカ王国の首都ではあるが、バティカ王国の全てではない。

 あの塀を超えたところに微かに見える農村や集落の様なものもバティカ王国の一部だ。

 情報によると、この星の人口は25億人。

 バティカ王国だけで5億人近く居るそうだ。


 バティカの街は王国の一番東に位置している様で、この国の中で最初に日光を浴びる事が出来る位置に王城は建っているという事だ。


 バティカ王国自体は王都であるバティカの街より北西に向かって広がっていて、さらにその先はまだ未開拓の地らしい。南側には広大な森林が続いていて、その先は広大な砂漠が広がるらしい。

 砂漠を越えると別の国があるというから、おそらく赤道上に砂漠があり、その先に国があるという事だろう。


 つまり、他の12の国ってのは、この大陸のバティカよりも東と南にあって、この街を出た南東に広がる森を超えた先にある山脈の更に向こう側から他の国が開拓されていったという事なのだろう。


 なので、他の国がバティカ王国に侵攻しようとしたら、王都であるバティカの首都が剥き出しになっているとも言える訳で、王都が篭絡されればバティカ王国の侵略が完了してしまうだろう。

 

 しかし、バティカ王城には「龍神の守り」があると信じられているから、なかなか手が出せないという事でもあるのだろうな。


 前世で例えるなら、急所が剥き出しになっているのに「核兵器が抑止力になってる」みたいな感じか。


 ジューンが捨てられた森というのはどうやら南東に広がる広大な森の中の様で、そちらには街も集落も無いから、ここまで戻って来るのは大変だったろう。


 しかし、この星には四季が無いので、日の光の位置を把握できれば方角を見誤る事も無い。


 王城は赤道より少し北に位置しているだけなので、山脈を超えない限りは、太陽が真上に見える位置を目指せば、必ずバティカ王国に辿り着くという訳だ。


 そんな事を考えながら景色を見ていると、俺の背後で

「着替えが終わったのです」

 とシーナの声がした。


 俺が振り向くと、赤い制服を身にまとったジューンが居た。


 俺は頷きながら

「サイズはピッタリの様だな」

 と言い、部屋にある丸テーブルに等間隔で椅子を並べてその一つに座った。


「ティア、シーナ、それにジューン。ここに座ってくれ」

 と俺が言うと、シーナは俺の左側にあった椅子を俺の椅子のすぐ横まで運び、そこに座った。ティアもそれを見て、俺の右横まで椅子を運び、俺を挟む様にシーナと反対側に座った。


 正面に一つ残された椅子に、ジューンが座った。


「まず、ジューンの事について話がある」

 と俺が言うと、みんなが頷いた。


「ジューン。お前はクレア星では何を研究していた?」

 と俺は、情報津波で既に得ていた事を改めて直接訊いた。


 ジューンが嘘をつかないかを確認する為でもあるが、ティアやシーナと情報を共有する為でもある。


「私は、資源活用について研究していたわ。クレア星にはプレデス星ほどの石油や天然ガスが無かったから、他のエネルギー資源が活用できる方法について研究していたわ」


 俺は頷いた。どうやら正直に話しているようだ。

「さっき、街で売っていたコンロ。あれはガスで燃焼させるものだったな」

 と俺が言うと、

「そうね。ガスの採取はまだできていないけど、クレア星から持ってきたガスボンベを使って作ったわ」


 まあ、そうだろうな。


「でも、あのコンロはガスボンベを取り換えなくちゃ、いずれガスが無くなってしまうだろう?」

 と俺が訊くと、

「そうね。1週間もすれば無くなってしまうんじゃないかしら」

 と言った。


 なるほどな。


 俺はまた頷いて、

「で、明日は証人として俺達に協力をしてもらうつもりでいるが、その見返りに俺達もお前に協力しようと思っている」

 と言ってジューンの顔を見据え、

「お前はこれからどうしたいと思っているんだ?」

 と訊いた。


「そうね。静かに暮らせればそれでいいと思っているけど…」

 と言いながら俯いた。


「お前は結婚の経験があるな?」

 と俺は言った。


 ジューンはハッと顔を上げ、

「どうして?」

 と驚いた表情で俺の顔を見た。


「なあに、俺の勘は鋭いんだよ」

 俺はそう言いながら右手を自分の眉間に当てて、

「そうだなぁ、お前はクレア星で結婚したが、夫が仕事をしないで怠けていたせいで政府に捕まり、レプト星に送還されてしまったってところか?」

 と言ってジューンの方を見た。


 すると、ジューンは目を大きく開いて

「タリアの事を知っているの!?」

 と大きな声で言いながら立ち上がって身を乗り出した。


 いや、知らんぞ。


 と思ったが、俺は黙って目を瞑り

「タリアが忘れられないか?」

 と俺は言った。


 ジューンはしばらく俺の方を見ていたが、ゆっくりと席に着いて

「タリアは私と相思相愛になって結婚したわ」

 と語りだした。


 ジューンの話はこんな感じだ。


 結婚してクレア星の法に則り家を与えられた。

 ところが、ジューンは資源の研究を続けていたのに、タリアは自分が研究していた食料加工を、もう嫌だと言い出した。理由は、もっと高度な食料研究をしている人間が学園に居ると知り、やる気を失ってしまったという事らしく、その後は毎日ダラダラとしていたらしい。

 しかし、ジューンの身体は毎日の様に求めてきて、ジューンもそれが嬉しくて応じていたが、だんだんとタリアがジューンの身体を求める日も減ってゆき、やがて何もやる気が起こらない廃人の様になってしまったようだ。ジューンはそれが寂しくて、色々とタリアに尽くそうとしてきたようだが、何をしても無気力で、タリアを元気にする方法が見つからないまま毎日を過ごしていた様だ。


 なるほどな。いわゆる「駄メンズに尽くす女」って奴か。

 しかも、旦那が自尊心を失ってしまった原因は、どうやらイクスの様だな。


 ジューンの話は続いていた。


 ある日、政府機関が家に突然乗り込んできて、タリアを捕縛して連れて行ってしまったのだそうな。

 デバイスの結婚情報は抹消され、ジューンは家も政府に取り上げられ、惑星開拓団の団員寮に戻ってはみたものの、孤独な毎日に疲れて、たまたま見かけた「テキル星への移住」の募集に応募してこの星に来たという事らしい。


「もういい分かった」

 と俺はジューンの話を制止した。

 ジューンは目に涙をためて息を荒げながら話していたが、話を止めた途端に涙がこぼれ、唇を嚙んでいた。


 その涙は、悔し涙なのか? それとも…


 俺はジューンを見て、

「もう一度訊くが、お前はタリアを忘れられないのか?」

 と言った。


 ジューンはしばらく涙を流して唇を噛み、肩を震わせながら黙っていたが、やがて深く息を吐いて肩を落としながら

「もういいわ。あんな男」

 と言った。


 それを聞けて安心したぜ。


 実のところ、俺は男女のそういった救い様の無い「ドロドロした話」は苦手なんだよな。


つらかっただろうね…」

 とティアが呟き、俺が見るとティアは目に涙を溜めていた。


 貰い泣きしちゃったみたいだな。


 俺はシーナの方を見ると、シーナは心配そうに俺を見ている。


「どうした?シーナ」

 と俺が訊くと、シーナは俺の肘を掴んで

「ショーエンはこの女とも結婚するのですか?」

 と訊いてきた。


 え、何でそうなる?


「いや、しないぞ」

 と俺が即答すると、ほっとした様に

「良かったのです」

 と言ってジューンの方を見た。


 俺もジューンの方を向き、

「で、お前はこれからどうしたいんだ?」

 と訊く事にした。


「そうねぇ…」

 としばらく考え込んでいたが、

「あなた達はこれからどうするの?」

 と逆質問で返してきた。


「俺達は準備が整い次第、王城を出て他の国を巡るつもりだ。そして、この星の問題を改善して、この星を統治するクラオ団長の許可が得られれば、クレア星に戻る予定だ」


「そうなのね…」

 とジューンはまた考え込んだ様子だったが、

「私はクレア星には戻ろうとは思わないわ。あの工房に戻って、新しいコンロの開発でもして過ごそうかしらね」

 と言った。


 なるほど、特に野望は無いみたいだな。

 ならば、行けるか?


 と俺は密に考えていた事を提案する事にした。


「よし、ならばお前は、この星で天然ガスの採掘をしろ。そしてそのインフラを全国に広めるんだ」

 と言った。ジューンは

「でも、私一人じゃ採掘なんてできないわ。ここには採掘ロボットも居ないみたいだし…」

 と自分の身体を抱く様にして言った。俺は

「そんな事は分かっている。だから俺から国王に人材を確保させて、お前の指示に従わせるようにしよう」

 と言ってから、再度ジューンの顔を見据えて言った。


「ジューン、これからお前は、この星では龍神の下僕しもべを名乗れ」


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「御使い様方、お料理の準備が整いました」

 と扉をノックする音と共にメイドの声がした。


「ああ、中に運んでくれ」

 と俺が言うと、ほどなくしてメイド達が料理を運んできた。


 そこに俺達の他にジューンの姿を確認すると、

「あの… そちらの方は?」

 とメイドが訊いてきた。


「ああ、龍神の下僕しもべのジューンだ。地上に降り立ってから揉め事に晒され、龍神のめいにより俺達が保護した」


 と言うと

「これは龍神の下僕様しもべさま。ごゆっくりおくつろぎ下さい」

 と言いながら頭を下げて、部屋を出て行った。


「あなた達、すごいのね」

 とジューンは俺とティアとシーナの顔を順に見回しながら言った。


「ショーエンなら当然なのです」

 とシーナは言い、「私はそんなショーエンの妻なのです」

 と妙なアピールをしていた。


「他にも4名の仲間がいるぞ。俺達7名が龍神の使いとして、この星に降りたんだ」

 と俺はジューンにこれまでの経緯を説明する事にした。


 学園で史上最高の成績を収めて特別研修生としてテキル星に来た事。

 テキル星を選んだのは、一夫多妻制の法があったのが理由だという事。

 学園の制服化や、食堂のメニュー改善も俺達がやった事。

 この星の自称魔術師が、国王に内緒でデバイスを使い、それでテキル星開拓団に移住者を依頼して、ジューンの様にプレデス星人を奴隷として召喚している事。


 そして明日、その事を衆目に晒し、その証人としてジューンを必要としている事。


「明日、朝食は部屋に運ばせる事にする。午後には貴族や騎士達が集まるだろうから、その時に同席して欲しい」


 と、俺の話が終わるのを待って、ジューンは何度も頷いてから、

「分かったわ」

 と返事をした。


「よし、じゃあ、明日の計画について説明しよう」


 と俺は、明日の午後の作戦について、ジューン、ティア、シーナの3人と共有する事にしたのだった。


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 その夜、ティアとシーナは、街が寝静まった頃を見計らって、俺の部屋の窓からキャリートレーに乗って外に出た。


 ティアとシーナのキャリートレーには、通信中継器を3台ずつ積んでいる。


 そして、窓から俺が見送るのを確認し、ティアとシーナはキャリートレーに乗って、闇の中に消えていくのだった。


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 翌朝、ジューンの朝食を部屋に持ってくる様にメイドに伝えた後、俺達はいつもの様に朝食会場へと向かった。


 ライドやメルス、イクスとミリカにも、今日の午後に行う作戦についてはデバイスを通じて共有しておいた。


 朝食会場に着くと、いつも通りに席に着き、やがて国王と王妃と子供達が現れる。


「おはようございます、御使い様方」

 と言って頭を下げる国王に、


「今日の午後の準備は整っているか?」

 と俺は訊いた。


「もちろんでございます。御使い様の仰せの通り、全ての貴族と騎士及びその家族を参加させる様に伝えております」


 と言って国王は席に着き、

「それでは、乾杯を」

 と俺にまた乾杯の音頭を取らせる。


 俺達はグラスを持って顔の高さまで上げ、そして俺が音頭を取った。


「龍神の御心みこころに、乾杯!」


 と俺が言うと、国王は「え?」っと一瞬たじろいだが、他のメンバーが同じ言葉を続けるのに何とか合わせて「乾杯!」と言った。


 いつもは「この国の平和と安寧」を祈って乾杯していたのだが、今日は「龍神の御心みこころ」に乾杯した訳だ。


 別に言葉の内容自体に大した意味は無い。

 ただ、「いつもと少し違う」と感じさせる事が重要なのだ。


 俺達は涼しい顔で、いつもと変わらず食事を楽しんでいる。


 国王は妙な不安を感じながら俺達を見るが、その不安が何から来るものなのかが解らない。


 先ほどの「龍神の御心に」という言葉の意味を深読みしてみたり、色々考えてしまって食事の味さえ分からなくなる。


 そんな「正体不明の不安」を徐々に膨らませてゆく事が、俺の計画の「第一段階」だ。


「時に国王よ」

 と俺が一通り食事を済ませて口を開くと、

「は、はい!」

 と国王は少し狼狽うろたえた様に返事をする。


「魔術師は神殿で、今も解呪を行っているのか?」

 と俺が訊くと、

「は、はい! その様に報告を受けておりますが…」

 と答えた。


「その報告は、誰から受けているんだ?」

 と俺が訊くと、


「は、近衛騎士より報告を受けております」

 と答えた。


 うん。間違いなく、近衛騎士は「黒」だよな。


「で、今日の午後には魔術師も来るんだろうな?」

 と俺が訊くと、


「は、ルークには必ず来る様に申し伝えておりまして、御使い様に進捗を詳細に報告せよと言い聞かせております」

 と国王は答えた。


「そうか、ならば念のため、魔術師を縛ってから連れてくるが良い」

 と俺が言うと、国王は「は?」と意味が分からないといった顔をしたが、

「あ、いや、仰せのままに!」

 と応えるしか無かった。


「ああ、そうだ。今日の午後は、龍神の下僕しもべを一人連れて来る。その者の席も準備しておくがいい」

 と俺は言って、両手を合わせ「ごちそーさまでした」と言った。


 すると他のメンバーも「ごちそーさまでした」と声を合わせる。


 これが「第二段階」だ。


 最初に「いつもと何かが違う」という漠然とした心のざわつきを感じさせ、次に「明らかにいつもと違う」事が表面化する。


 これまで俺達は7人しか居なかったはずなのに、何故かこのタイミングで「龍神の下僕」が追加で参加するという。


 龍神の怒りが恐ろしくて堪らない国王達にとって、龍神の関係者が一人追加されるという事への不安は相当なものだろう。


 しかも、龍神の御使い様は、国王に下僕をのだ。


 国王であるにも関わらず、まるで自分の存在を軽んじられたかの様な、自分の存在価値が薄れていく様な、そんな不安が国王の心をじわじわと侵食してゆくのだ。


 もしかしたら、自分は龍神に必要とされていないのではないか…


 そんな不安が、黒いモヤの様に国王の心を浸していく。


 その不安を取り除けるのは目の前の「龍神の御使い様」だけだ。


 とにかく言われた通りにしなければならない。


 今の国王の「自尊心」は、「御使い様の手の内」にあるのだから。


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 食後、俺達全員が俺の自室に集まる事になった。


 ジューンをみんなに紹介しておく為だ。


「じ、ジューンです。宜しくお願いします」

 と、ジューンは7人に囲まれて少し緊張している様だ。


「ジューンさん、宜しくね」

 とミリカがジューンの手を取って挨拶をする。


「ジューンさん、今日は宜しくお願いします」

 とライドが声を掛け、メルスも

「緊張しなくても大丈夫ですよ」

 と励ましていた。


 今日の衣装は、俺とティアとシーナは例の最高傑作を身に着けていたが、ライドやメルス、イクスやミリカにもそれぞれ新しい衣装が準備されており、それらを着用していた。


 そして、ジューンには昨日ティアから提供してもらった赤い制服を着せておいた。


 昼までの間を雑談をして過ごし、徐々にジューンの緊張も解けて来た様に見えた。


 正午を過ぎた頃、扉がノックされてメイドの声がする。


「御使い様方、お迎えに挙がりました」


「ああ、今行く」

 と俺は応え、扉を開いて部屋を出た。


 俺達はいつも朝食を摂る会場までを並んで歩いていた。


 気が付けば、先導しているメイドの服が、ミリカが作ったメイド服になっている。


 どうやら、今日の為に、メイドを一人特別扱いをしているようだ。


 龍神の使いより賜ったメイド服。

 着ているメイドはさぞかし誇らしい事だろう。


 事実、先導しているメイドは背筋も伸びて、いつもよりもシャキっとしている。


 ミリカにデバイスの無声通話で訊いてみたところ、このメイドはこの王城で一番年配のメイド長らしい。


 なるほどな。


 これまでこのメイド長がどのような評価を周りから受けていたのかは知らないが、御使い様から特別な衣装を授かって身に着ける事で、「自尊心」が満たされているのは間違い無いだろう。


 クラオ団長にも言ったが、こういう「自尊心」を満たしていくと、いずれ「自我」が生まれて、その「自我」を保とうと努力をする。


 人間が努力をする為には、「自分を認められる何か」を持たなければならない。


 なりたい自分になり続ける為ならば、人は努力を惜しまない。


 しかし「成りたい自分像」を自分で想像できる人間は意外と少ないものだ。


 こうやって、勲章だったり衣装だったりを褒章として受ける事で自尊心を満たしてやり、「自分は間違って無かった」と感じさせる事が必要なんだ。


 ほどなくいつもの朝食会場に到着した。


 扉が開かれ、俺達8人が通される。


 部屋には既に大勢の人間が集まっていて、子供も沢山来ている様だった。


 俺達はメイド長に促されるまま、部屋の端に並べられた8つの椅子に向かった。


 俺達が席の前まで来ると、既に部屋の隅で待機していた国王が立ち上がり、壇上に上がって両手を上げた。


「皆の者、静粛にせよ!」

 と国王が言うと、会場が静寂に包まれた。


「これより、龍神の御使い様への謁見を行うものとする!」

 と国王はそこまで言って、俺の方を見て

「御使い様、何かお言葉を頂けますかな」

 と言った。


 俺は頷いて立ち上がり

「今から、子供達をここに並ばせよ。子供達の謁見に次いでその家族。その後に騎士と貴族への謁見を行う。謁見が終わった者は、俺の指示に従い行動せよ!」

 と言った。


 国王はそれを聞き

「皆の者!聞いた通りだ。まずは子供達から並ぶが良い!」

 と言い、メイド達の計らいもあって、次々と子供が列を作りだした。


 先頭の子供は10歳くらいの少年だった。

 プレデス星人らしい顔立ちに澄んだ目をしている。


 少年はこちらに歩み寄って

「お会いできて光栄です」

 と言って俺達の手を順番に握って、最後に俺の手を握った。

 そして俺は

「これからも家族を支えよ」と言ってから、謁見が終わった子供達を部屋の外に誘導する様に指示をした。


 それからも順番に子供達の手を握って「健康であれ」「笑顔を絶やさぬようにせよ」などと色々思いつく限りの言葉を言って、全ての子供が部屋の外へと出された。


 俺は内心でほっとする。子供の中に不穏分子が居なかったからだ。

 もしも子供の中に奴隷を買って悪事の片棒を担いでいる者が居たとしたら、今日の俺の決心も揺らいだかも知れない。


 俺だって人間だ。それほど冷徹な心なんて持ち合わせちゃいないからな。


 次いで、騎士の家族の番になり、それは騎士の妻の場合もあるし、弟や妹の場合もあった。


 俺は一人一人に同じ様に声をかけながら、情報津波を使っていった。

 すると3人目でいきなり奴隷との関わりを持った者が現れた。


 それは騎士の妻で、夫である騎士の子がなかなか出来ず、遺伝子異常と認定されると騎士の位を剥奪されるかも知れない為、奴隷との性交渉により子を産み、その子を実の子として育て、奴隷は街の工房長に頼んで放流したという事だ。


 俺は婦人の手を握って

「お前はこの部屋の一番奥で控えておけ」

 と言い、婦人は驚いたような顔をしたが、メイドに促されるままに部屋の奥へと連れられて行った。


 それを見た貴族や騎士達は少し騒めいたが、その婦人が何故部屋の奥に連れられたかが分からない為、一抹の不安を覚えつつも、皆黙って見守るしか出来なかった。


 そうして全員と手を握っていき、俺が部屋の奥に控えさせた騎士の家族は、28人になった。


 部屋の奥で控えている婦人達には、何故自分達が残されているのか、まだ理由は分かっていない事だろう。


 何故なら、彼らの接点は魔術師だけであり、魔術師からは「従順な純血の奴隷」として売られただけで、そもそも奴隷達が龍神の下僕などとは思ってもいないからだ。


 次いで、騎士達が並ぶ番になった。


 騎士達は、おずおずと行列を作ったが、一人だけコソコソと最後尾に並び、出口の扉の方を伺う男が居た。

 俺はジューンのデバイスに

「あの男か?」

 と通信を送った。ジューンは

「はい」

 と答えた。


 俺は国王の方を見て

「国王よ。あの最後尾の騎士を部屋の奥に連れていけ。後で話がある。決して逃がすなよ」

 と言った。

 国王は「はい!直ちに!」

 と言って、自らその騎士の元へ行き、部屋の奥に控える様に伝えた。


 その騎士は肩を落とし、部屋の奥へと歩いてゆく。


 おそらく、あの騎士だけが、部屋の奥に騎士の家族達が控えさせられている意味を知った事だろう。


 俺は引き続き、騎士達とも手を繋ぎながら情報津波を駆使し、他にも6人の騎士を部屋の奥へと控えさせた。


 次は貴族達だ。


 貴族は6人しか居ないが、嫁を入れれば12人だ。


 子供達は先に部屋の外に出しているので、残り12人でやっとこの握手会を終えられる。


「次は貴族達が並ぶが良い」

 と俺は言い、貴族達も恐る恐る列を作る。


 順番に手を繋いでゆき、最後に俺の元で言葉を授かって去って行く流れなのだが、なんと貴族は4人だけが部屋から出てゆき、8人が部屋の奥に控えさせられる事になった。


 しかし、貴族達は奴隷に対して様々な施しを与えている様で、遺伝子を得る為に利用はしているが、ジューンの様に森に捨てられたプレデス人は一人も居ない様だ。


 全員との握手会が終了し、俺は国王の方を見て

「魔術師を呼ぶが良い」

 と言った。


 国王は「直ちに!」と言って別の扉から後ろ手に縛った「自称魔術師」を連れて来た。


 それを見ていた、部屋の奥に集められた者達は「何事?」と不安そうにその姿を見ていた。


「皆の者、よく聞け」

 と俺は言った。

「ここに居る魔術師は、王に断りも無く、龍神の下僕を召喚した。そしてその下僕達を怪しげな薬によって奴隷とし、お前達に奴隷を売り渡した事がある事が判っている。相違無いな?」

 と俺が続けると、部屋の奥に集められた貴族や騎士、そしてその家族達がザワザワと騒めきだす。


「嘘を言う者が一人でも居る場合、龍神はお前達を許さないだろう。もし一人でも嘘をつく者が居たならば、龍神はお前達を子孫もろとも食らうとおっしゃっている」

 と俺が言うと、部屋の者達の騒めきが大きくなる。


「そんな! 私はあの奴隷が龍神様の下僕しもべだなんて聞いておりません!」

 と女の声がした。


「黙れ!」

 と俺が一喝すると、途端に部屋は静まり返った。


「ここに龍神の下僕が一人いる。彼女の話を聞こうではないか」

 と俺はジューンの方を見て言った。


 ジューンはその場に立ち上がり、

「私はそこに居る魔術師に薬によってまどろみに捕らわれ、気が付けばその男の奴隷となっておりました」

 と、部屋の隅で隠れる様に立っていた騎士を指さした。


「その男は、私に子をはらませようとしましたが、それが叶わず、別の奴隷を買うと言って、私を南東の森の奥深くへと捨てたのです」

 とジューンが言うと、

「何て事を!」

 と貴族の一人が声を荒げた。


「しかし、私は龍神様の導きによってこの街に戻り、龍神の御使い様によって保護され、今ここに立っております」

 とジューンは続けた。


 俺は片手を上げてジューンを制し、

「聞いての通りだ。そこで、お前達に訊きたい事がある」

 と言って静寂に包まれた部屋の中で俺は貴族達を見据えた。


「奴隷に子を孕ませた者は手を上げよ」


 と俺が言うと、貴族8人が手を上げた。


 ふむ、貴族全員は正直者のようだ。


「貴族共に更に効く。その奴隷は今どうしておる?」

 と俺が訊くと、


「は、はい。子を成した後は街に放し、街の住民として生活を営ませております」

 という貴族も居れば、

「今も家族として我が家で過ごしております」

 という貴族も居て、情報津波で得た情報の通り、貴族達は概ねマトモな生活をさせている様だった。


「よろしい。今後は下僕達の待遇を改善し、より良い暮らしを約束せよ。街に放した者達は、様子を見て支援せよ」

 と言うと、貴族達全員が右手を胸に当てて「必ずや!」と言って頭を下げた。


「8人の貴族達は席に着くが良い」

 と俺が言うと、8人はホッとした様に席に着いた。


「騎士とその家族の者達よ、子を孕ませた事は無いというのは本当か?」

 と俺は訊いた。


 しかし誰も答えようとはしなかった。


 俺は騎士の一人の目を見て、情報津波を使った。


 騎士の名前はガイ、34歳。魔術師より奴隷を購入し、プレデス貴族の娘である妻との間に出来なかった子を奴隷に孕ませた。今は子供を夫婦で育て、奴隷は南東の森に捨ててきたらしい。


「そこの騎士、ガイという男が居るな?」

 と俺はガイを見て言った。


「は、ハッ!」

 とガイは一歩前に出て直立した。


「お前は龍神の下僕に子を孕ませ、しかも産ませたようだな。そして、子は今も妻と共に育てているにも関わらず、下僕を南東の森に捨てたのだろう?」

 と俺が言うと、

「あ、あの…そ、それは…」

 と言葉が出ない。


「ティア」

 と俺は隣の席を見た。

 ティアは少し残念そうに頷き、俺に丸い金属の筒を手渡した。

 俺はその筒をガイの方に向け、


「お前には、龍神の裁きが必要の様だな」

 と言って、その筒のスイッチを押した。


 すると、その筒から「フォッ!」と鋭い空気銃の様な音が鳴ったかと思うと、それと同時に、ガイの身体が吹き飛んで奥の壁にぶち当たり、その場で絶命していた。


 ガイの胸には野球ボールくらいの大きさの穴が開いていて、ガイは絶命しながらその場に崩れ落ちた。


 これが「レールガン」の威力だ。

 電気の力で強力な磁気を発生させ、中に装填した金属球が、恐ろしい速度で発射される武器だ。

 この技術を知らないこの星の者達が見れば、それは「龍神の裁き」にしか見えなかっただろう。


「ひいい!!!」

 と隣に居た騎士が悲鳴を上げ、他の者もその場から逃げ出そうとした。


「留まれい!!」

 と俺が叫ぶと、騎士達は「ヒッ!」と言って立ち止まり、恐る恐る俺の方を見た。


「龍神は、正直者には寛容だ。その騎士は嘘を重ねようとした故に罰を受けたのだ」

 と俺は言い、他の者達にも

「で、他に子を孕ませた者は居ないのか?」

 と俺が訊くと、その場に居た全員が手を挙げた。


「よろしい。では、下僕を街に開放した者は居るか?」

 と俺が言うと、12人が手を挙げた。


「お前達は、席に座れ」

 と言って席に着かせた。


「今も家族の様に暮らしている者は居るか?」

 と俺が言うと、一人だけが手を挙げた。


「お前も席に着け」

 と言って席に着かせ、残りの22人には質問を続けた。


「お前達は下僕を森に捨てたのだな?」

 と俺が訊くと、全員が手を挙げた。


 そこまで聞いて、俺はもうこれしか方法が浮かばなかった。


「国王よ。お前に選択をさせてやる」

 と俺は国王の方を見て、


「騎士とその家族22人の命と、魔術師ルークの命、どちらかを贄とする事で龍神の怒りを鎮めるものとする」

 と俺は言いながら席に着き、

「選べ」

 と言った。


 国王は目を瞑ってしばらく考えると、

「御使い様。魔術師の命を贄として捧げます」

 と答えた。


 後ろでに括られた自称ルークは、目を見開いて

「そ、そんな! 国王ぅぅぅ!」

 と、叫ぶ。


 俺は自称ルークを見て

「魔術師よ、お前に最後のチャンスをやる」

 と言った。


「お前を贄として龍神に捧げるのが良いかどうかを、下僕達に決めさせる事とする。下僕達がお前を許すならば良し。さもなくば、お前の命は今日を最後に尽きる事になる」

 と言った。


「そ、それはどういう?」

 と自称ルークは言い、国王も意味が解らないといった顔をして俺を見ている。


「メイド達よ、部屋の窓を全て開けよ」

 と俺が言うと、メイド達は全てのカーテンと窓を開けた。


 すると窓の外から大勢の声がする。


「魔術師よ。下僕達には、お前を許すならば青い旗を、お前を許さないならば赤い旗を振れと命じた。お前の目で、旗の色を見るがいい」

 と俺は言った。


 そう、昨夜にティアとシーナで通信機を街に設置させ、この街に居るであろうプレデス星人全員にデバイスを通じてメッセージを送ったのだ。


 この時間に「赤い旗を振れ」と。



 ワーっと大きな声が聞こえて来る。


 自称ルークはヨロヨロと立ち上がり、窓から声のする方角を見た。


 すると目の前の見える範囲全体に広がる赤い旗が振られているのが見えた。


 自称ルークはその場に崩れる様に座り込み、目の前の絶望を見ていた。


「判決は下された! 魔術師ルークを龍神の贄とする!」

 と言って国王の方を見、「国王よ、魔術師の首は、お前が跳ねよ」

 と言った。


 国王は少し肩を落として深くため息をついてから

うけたまわりました」

 と言って、壁に掛けている剣を取り、その場で自称ルークの首を跳ねた。


 ティアやシーナは目を逸らしていたが、俺はその一部始終を見ていた。


 いや、俺はそれを見ておかなければならなかった。


 世界を統治する者として、そしていつか、人の命を踏みにじって来た「大きな力」と戦う者として。


 自称ルークの落とされた首が床にゴロンと転がり、その顔がこちらを向いている。


 倒れた身体の首からは、ドクドクと血が流れ出て床を汚していった。


 窓の外にはまだ赤い旗がはためいている。


 それはまるで、バティカの街が燃え上がっているかの様だった。

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