宇宙船アリア号での生活

「おはようございます!」


 と、イクスとミリカがとても元気だ。


 イクスは何か清々すがすがしい感じだし、ミリカはお肌がツヤツヤだ。


「よう、おはよう」

 と俺はパジャマ姿のまま二人に声を掛けた。


 ここは宇宙船アリア号の居住区の廊下だ。


 俺は朝起きてから、室内にシャワーが無いので、一人でシャワールームへ向かおうと思っていたところだった。


 イクスとミリカは昨夜もお楽しみだったのだろう。


 二人は法的に結婚しているから、どんなに夜の営みを楽しんだとしても問題にならない。


 が、俺の方は法的に結婚できていないから、ティアやシーナとはスキンシップを超える行為に進めない。


 ま、どちらか一人に決めなかった俺が悪いんだが、あと1週間でテキル星に到着する予定だから、あせる事も無いだろう。


「さて、シャワーを浴びて来るかな」


 俺は着替えを持って廊下の奥の階段を登り、上階にあるシャワールームがあるエリアへと足を運んだ。


 俺はいつも通りにシャワーを浴びて、いつもの衣装に着替える。


 そして脱いだパジャマを持って自室に戻った。


「そろそろ朝食の時間だな」

 と俺は部屋を出て、商店街の方に向かう。


 あの後、他のメンバーとは、朝食の時間に商店街で合流するルールにしていた。


 俺が商店街に入ると、大勢の人々が商店街の店に出入りしていた。


 ティアやシーナ達のグループは、一番手前の飲食店の前に集まっていた。


「よう、おはよう!」

 と俺が声を掛けると、みんなもこちらを向いて

「おはようございます!」

 と声を合わせて挨拶をした。


 学園の時から不思議に思っていたが、どうやら彼らのこの運動部ノリを統括しているのはティアらしい。


 前回の試験成績ではわずか1点差でシーナの方がランキングは上位だったが、俺との関係が最も近い位置にあるという事を、みんなは本能的に感じているようで、どうやらティアをサブリーダーとして認識しているようだ。


 で、シーナもティアと結託して、俺を「絶対的なリーダー」としてまつり上げているのもあって、みんなが俺の信者になる様に、統率をとっているみたいだな。

 成績ランキングの2位と3位が結託した事の効果は大きい様で、みんなも徐々に運動部ノリに染められていった様だ。


 前世の地球でも、独裁的な組織の長ってのは、こうやって祀り上げられていたんだろうな。


 俺の場合は、いずれ惑星を統治しようとしている訳だから、今はこれくらいで丁度いいのかも知れない。


 ただ、愚かな元首はクーデターによって滅ぼされるってのも地球の歴史ではよくある事だから、俺も気をつけなくちゃな。


「それにしても、ここも随分ずいぶんと人が増えたよな」

 と俺が言うと、メルスが頷いて、

「本当にそうですね。おかげで、お気に入りの店にも入りづらくなってきましましたよ」

 と珍しくボヤいている。

「へえ、お気に入りの店って何だ?」

 と俺が訊くと、メルスは、

「本屋という店です。とても面白い店ですよ」

 と言って、「あとで一緒に行ってみませんか?」

 と続けた。


「おお、そうだな。テキル星にも本屋はあるだろうが、ああいう星では本ってのは貴重品だったりするからな。俺も何冊か買っておこう」

 と俺が言うと、ティアとシーナも、

「私も行く」

「一緒に行くのです」

 と、本屋に興味があるのかどうかは分からないが、とにかく一緒に居たい様だ。


「うし、じゃあ、朝食にしようぜ。今日はどこで食事をするんだっけかな?」

 と俺が飲食店の並びを見ていると、イクスが店舗の並びを指さして、

「今日は奥から3軒目の店ですよ」

 と言った。


 初日はテキル星の料理を食べに行ったが、翌日からは飲食店を手前から順番に試して行く事にしたのだ。

 今日は8日目の朝という事で、「ガイア」という店に行く事になった。


「おう、そうだったな」

 と俺は言ったが、実は俺は分かっていた。


 この1週間のうちに、ティアやシーナとブラブラしていて見つけた「ガイア」という店。


 その時は店に誰も客が居なかったので、どんな料理があるのかは見ていないが、クレア星の惑星疑似体験センターでも名前を見た、あの「ガイア星」をモチーフにした店で間違い無いだろう。


 そう、俺が「地球の事ではないのか?」とうたがっていた、あのガイア星だ。


 俺たちは「ガイア」と書かれた店に入り、4人掛けのテーブルを2つ繋げて席に着く事にした。


 デバイスでメニューを呼び出すと、ズラっと料理名が表示される。


「熱した豚肉と7種の野菜を芋粉溶液に浸したプレート」

「小麦蒸しパンの塩煮豚肉詰め」

「牛肉のステーキ」

「豚肉のステーキ」

「小麦粉包み鶏肉の油揚げ」

 ・・・・・・・・・・・・


 うーん、早速、一番上から分からんな。


 小麦蒸しパンの塩煮豚肉詰めってのもパッと想像できないし。

 牛肉とか豚肉のステーキは分かるが、こんなのクレア星にもあったしな。

 小麦粉包み鶏肉の油揚げってのはフライドチキンみたいなもんだろうか・・・


 と、リストは更に沢山続くのだが、全部を見てたらみんなを待たせてしまうからな。などと思いながらもう一度メニューの一番上を見て「ん?」と声が出た。


 熱した豚肉と7種の野菜を「芋粉溶液」に浸したプレート?

 これがスープなら「芋スープに浸した」って書けばいいだけだ。

 って事は、芋の粉を溶いた液、もしかして「水で溶いた片栗粉」の事か?


 ってことは、これは「八宝菜」の事じゃないか?


「よし、決めた」

 と俺は言って、八宝菜と思しき料理を注文する事にした。


 他のみんなも、各々注文を始めたようだ。


 しばらくすると、宙に浮いたキャリートレーがみんなの料理を運んできた。


 ティアはペペロンチーノスパゲッティを注文したようだ。

 シーナはなんと、ホットケーキを注文していた。


 なんだよ、そんなのもあったのか。


 イクスはハンバーグステーキ。

 ミリカは白い具が入った茶色いスープの様だが、具が何なのかはよく分からない。水餃子かな?


 メルスのは見るからにフライドチキン。

 ライドは香辛料にまみれた赤いチキン・・・っていうか、この香りはタンドリーチキンか?


 で、俺の元に運ばれたのは、やはり八宝菜だった。


「よし、じゃ、いただきまーす」

 と俺が言うと、みんなも声を合わせて「いただきまーす」と言って食器を手にする。


 俺はスプーンで八宝菜をすくって一口食べてみた。


 ああ・・・ なるほどな。


 この独特の八角の香りと、油で炒めた野菜と豚肉。水溶き片栗粉を鶏ガラスープでトロトロにしたこの味。


 前世の学生旅行で行った、香港のホテルで食べた八宝菜の味にそっくりだ。


 みんなが注文した料理も、国籍はバラバラだけど、どれも地球で普及していた料理ばかりだ。


「ショーエン、ショーエン!」

 とシーナが俺を大声で呼んだ。

「どうしたシーナ?」

 と俺が訊くと、

「この料理、ショーエンが作ったホットケーキと似てるのです!」

 と言った。ティアも「どれどれ?」

 とシーナから一口もらい、

「あ、ほんとだ。ショーエンのホットケーキの方がフワフワしてたけど、すごくよく似た味ね」

 と言って俺を見た。


 さて、どう反応したもんかな。

 と俺は考えた。


 ガイア星とは地球の事だ。


 これはもうこの料理を見れば、確信するしか無いだろう。


 俺の最終目的は「あの本」の秘密やそこに関わる黒幕について知る事なのだが、地球に行きたい願望はものすごくある。むしろ地球を統治してみたい願望はうなぎ上りだ。


 今回のテキル星で惑星統治のルールやノウハウを学び、いずれ地球に行ければ色々応用出来るだろうと考えている。


 しかし、ここで地球の存在をバラすとしても、俺が地球の料理に詳しい理由が必要だ。


 俺は顔を下に向けて上目使いでシーナを見た。


「ふふふ・・・ 気付いてしまった様だな」

 と俺は苦し紛れに言いながら、頭をフル回転させて、この場をしのぐ次の言葉を探していた。


「実はな・・・」

 と俺は話し始めた。


「実は、俺は将来、このガイア星を統治する事を目指しているんだ」

 と言った。

 これまで俺から語られた事の無い新たな話に、ティアとシーナは一言も聞き逃すまいと、真っすぐに俺を見ている。


「なので、俺はガイア星について、独自に色々研究していたんだよ」

 と言いながら俺は、ふと「研究理由」として良さそうな、一つの物語がひらめいた。


「いいか、みんな」

 と俺はみんなの顔を見回した。

 みんなは食事の手を止めて俺の顔を見ている。


「お前たちは、レプト星についてはもちろん知っているな?」

 俺は誰とも無く訊いてみた。


 メルスが頷き、口を開いた。

「はい。罪人が送還される惑星ですね」


 俺は頷いて続けた。

「そうだ。レプト星には、強欲で傲慢なプレデス星人がうじゃうじゃ居て、奴らは更生の為に収監されている。しかし、奴らは傲慢で強欲だ。そんなレプト星での生活に耐えられる訳が無い。そしてある日、囚人が集って計画を練り、レプト星からの脱出を図った奴らが居るんだよ」


 と俺が言うと、隣の席に座っていたライドがゴクリと唾を飲み込むのが分かった。


「で、レプト星を脱出した奴らが行きついた惑星が・・・」

 と、そこで俺は一息つき、

「ガイア星だ」

 と言った。


 我ながら根拠の無い作り話ではあるが、実はずっと考えていた事でもある。


 レプト星に収監された連中の気持ちを、俺は毎日想像していたのだ。


 それは俺が学園の寮で毎日筋トレをしていた時だ。

 重力制御室で、最も重力が強い「レプト星」の重力に設定して、毎日筋トレをしていた訳だが、半年近く筋トレしていると、レプト星の重力に身体が慣れて、平気で身体を動かせる様になっていたし、クレア星の重力だと、ジャンプだけで3階の窓に届くほどになっていた。

 なので最初は大変だったはずのクレア星での生活も、今の俺なら身体が軽くて仕方が無いくらいな訳だ。


 でも、それならば、収監されている罪人達だってそうじゃないのか?


 もし俺がレプト星に収監されて、更生と称してプレデス星での法を強制される様な毎日を過ごす事になったとしたら、間違いなく脱獄を計画するだろう。


 ならば、レプト星の囚人に、そう考える者が居ても不思議は無いよな。


 俺はそう考え、このストーリーを今さっき瞬時に編み出したのだ。


 我ながら凄いと思うぜ。


「で、ガイア星に行きついた罪人達は、多分こう考えたんだろうな」

 と俺は自分の顔の前に両手を組んで、両肘をテーブルに付きながら、みんなの顔を見た。


「ガイア星で生まれ育った下等な人類を従えて、強欲で傲慢に生きてやろう。ってな」


 俺はそう言いながら、心の中で「作り話のはずだが、なんか本当にありそうな気がしてきたな」と思った。


「そこで俺は思ったんだよ。惑星開拓団を目指す者として、そんな惑星の窮状は看過できない。いつかガイア星を救ってやらなきゃ・・・ ってさ」


 そこまで言うと、ティアは、

「ショーエン、それ、私たちにも手伝えるかな」

 と言って、「ううん、手伝わせて!」

 と力を込めて言った。それに続いてシーナも、

「ショーエンがやるなら、私もやるのです」

 と、ブレないいつものシーナだった。


 ライドやメルスも

「私たちが作る乗り物も役立てて欲しいです!」

 と熱くなってる様で、イクスとミリカも

「ショーエンさんに付いて行きます!」

 と言ってくれた。


「そうか・・・、みんな嬉しいよ」

 と俺は身体を起こし、

「だからこそ、今回のテキル星での研修には意義がある。俺たちは将来ガイア星を目指す。そして、テキル星での生活は、その為のシュミレーション訓練だと思って挑んで欲しい」

 俺が力強くそう言うと、みんなは

「はい!」

 と力強く返してくれた。


 まあ、作り話にここまで熱くなってもらって申し訳無い気持ちはあるんだが、いずれは地球に行きたかったし、もしかしたら本当にそんな事件があるかも知れないしな。


 なんか、ホットケーキの話はうやむやになったけど。ま、いっか。


 その後、俺たちは食事を終えて、各自が自由行動をとる事にした。


 俺が「本屋に行こうかな」と言ったのがきっかけで、ティアとシーナはもちろん、メルスとライドも一緒に行く事になった。


 本屋に向かいながら、俺は商店街を見渡した。


 クレア星を出発して8日、俺達学生以外の乗客も商店街を楽しむ者が増えていた。


 最初のうちはポツポツと、4日目くらいには20人くらいが商店街に現れる様になり、1週間が経過した今では、みんなが商店街を利用する様になって、随分と商店街がにぎわっていた。


 この数日で、俺は数人の大人と会話をしていた。


 クレア星から出発した大人達は、やはり俺が思っていた通り惑星開拓団のメンバーだった。


 しかし、俺が今まで認識違いをしていた事も分かった。


 俺はこれまで、学園での成績優秀者だけが惑星開拓団に入団できるものと思い込んでいた。


 しかし実際には、惑星開拓団に入団する事自体は簡単で、卒業生なら誰でも入団できるらしい。


 ただ、実際に「惑星開拓」の業務に従事できるのが「成績優秀者」だけという事で、成績が振るわなかった生徒達は、卒業すると惑星開拓団の「移住者グループ」に入るんだとか。そして、いずれ誰かが開拓した惑星に「住人として移住する事」が出来るようになるって事だった。


 言い方を変えると「成績優秀者は他の惑星で神になれるが、外の奴らは信者にしかなれない」って事だな。


 とはいえ、彼らはプレデス星に居た時は優秀な若者たちだった訳で、当然プレデス星への帰還も選択できるのだが、やはり自由への渇望があるのだろう。卒業生は、ほぼ全員が他の惑星への移住を希望するようだ。


 この船に乗っている大人達は、全員が惑星開拓団の「移住者グループ」だった。


 聞くところによると、彼らはプレデス星人の直系子孫が統治する国の住民になる予定らしく、俺達が特別研修生で「旅の商人」としてテキル星に降り立つ話をすると、随分と不思議そうな顔をされた。


 中には「特別研修生って何だい?」と訊いてくる人もいて、俺達が学園史上初の成果を納めた学生である事を話すと、「そんな話は聞いた事が無い」と言うだけで、俺達が「学園のセブンスター」というような噂も「知らないなぁ」と興味が無さそうだった。


 しかし、「出発する2週間前から、食堂の料理が美味しくなったのに、2か月前から移住が決まってたから、クレア星に残れないのは残念だよ」と言っていた大人も居て、それが俺たちの成果だと知ると、

「レシピの情報を教えてくれないか!?」

 とやたらと付きまとってくる大人も居て、辟易へきえきした事もある。


 ま、別にレシピを隠してる訳じゃないから、いいんだけどさ。


 ただ何となく、卒業してから惑星開拓団の「移住者グループ」に入ってダラダラしてきた大人達なのだと想像すると、前世で「学歴とプライドだけ高くて、仕事もしないで、既得権益で生活していた連中」の姿とかぶって、教える気になれなかったんだよな。


 ま、クレア星では「怠惰たいだ」が罪になるので、彼らもダラダラしていた訳では無いんだろうが、何だか人生諦めモードな姿を見てたら、こっちまで気が滅入ってきちゃうから、何となく、生理的に受け付けなかった感じなんだよな。


 彼らも惑星開拓団員である以上、テキル星では何かの役割を担わなければならない。

 プレデス星人直系子孫が治める国家で住まうとしても、既に500人居る「現地育ちのプレデス人」にどこまで通用するものなんだろうな。


 惑星開拓研修学園の授業は、惑星開拓に役立つ「生産」が出来る様になる事が目的だったから、それなりに「モノツクリ」で役立ってくれればいいけどな。


「ここが本屋ですよ」

 とメルスが言って中に入ろうとしていた。


 店内は他にも沢山の人が居て、本棚の本を立ち読みしている。


「やはり、混雑していますね」

 とメルスは苦笑しながら、「少し時間が掛かりそうですが、どうしますか?」

 と俺に訊いてきた。

 俺は店内を見回しながら、立ち読みされている本に意識を集中して情報津波を起こしてみた。


 すると俺の頭の中にドロっとした情報津波が起こり、様々な情報が入って来る。


 店内に居るのは俺たち4人を含めて22人。立ち読みしている18名が手にしている本は、全てテキル星の歴史に関する書物の様だ。そのうち6名が「人間史」という本を手にして、性風俗のページに釘付けになっている。他の12名は、生活習慣や食べ物、都市の歴史や街の特色等の情報に関する書物を手にしている様だ。


 さらに書棚の本にも意識を向けてみると、本の数量と種類が見えてきた。

 ここにはおよそ1000冊の本があるが、その種類は100種類程度で、元々は同じ本を12冊ずつ並べていた様だった。

 価格を見てみると、そこそこ高額ではあるが、クレア星でも使っていた「プレデス通貨」が使えるみたいなので、デバイスに記録されている俺の所持金なら、全種類を1冊ずつ購入しても、まだ半分は所持金を残しておけそうだ。

 クレア星を出発する前に、キャリートレーを購入したからだいぶ残金は減っているが、どうせテキル星に行ったらプレデス通貨は使えないし、俺たちがクレア星に戻る頃には、制服やパジャマ、食堂メニュー等がクレア星の全土に行きわたって、とてつもない報酬を得る事になるだろうから、全然気にする事は無い。


「そうだな。ここの本を全種類、1冊ずつ購入するとしよう」

 と俺が言うと、店内に居た他の客が驚いてこちらを見た。


 ここの本1冊の価値を日本円で例えるなら、だいたい1万5千円位だ。

 100種類買うという事は、およそ150万円分をイッキ買いする事な訳だから、惑星開拓団の「移住者グループ」で細々生活してきた連中には信じられない買い物だろう。


 俺がデバイスで100冊の本を注文すると、注文カウンターに本棚から抜かれた本がどんどんと積み上げられてゆき、店のキャリートレーがこれらの本を俺の部屋まで運んでくれるという通知が俺のデバイスに届いていた。


 メルスとライドは、

「さすが・・・、ショーエンさんですね・・・」

 と、うまく言葉に出来ない様だったが、ティアとシーナは、

「ショーエンなら当たり前よね」

「なのです」

 となぜか二人がドヤ顔を披露していた。


 他の客たちは呆気に取られている様子だったが、一気に空きが目立つ様になった本棚を見て、みんなは慌てた様に、手に持った本を1冊ずつ購入して行った。


 本棚は3割位の棚が空いていて、他にも沢山の人が本を購入していったのだと分かる。


「メルスの言った通り、ここは本当に人気の店なんだな」

 と俺が言うと、メルスは

「え、ええ・・・、そうですね」

 と、少し引きつった笑顔で応えたのだった。


 ---------------------


 それからの1週間は、いつも通りにみんなで朝食をとり、商店街を見て回り、午後は各々が自由に行動していた。


 メルスとイクスは、自分達で購入した本は読み終えたとの事で、俺が購入した本を「自由に読んでいいぞ」とメルスの部屋に運んでやって、その後も読書ばかりをしていた様だ。何か乗り物について学んでくれるといいのだが、テキル星の乗り物なんて馬車くらいしか無いので、本から学べる事はあまり無いかも知れないな。


 イクスとミリカは、俺が貸した「テキル星の食生活」「テキル星の衣服図鑑」の本を読んでからは元の目的を思い出したようで、夜の営みも程々に、それぞれが料理のレシピや衣服のデザインについて研究をしていた様だ。


 ティアとシーナは、毎日俺の部屋で昼寝をしながら、ガイア星について知りたがった。

 俺は、当たり障りの無い範囲で地球の話をし、レプト星からやってきた罪人達と、ガイア星の開拓団員の戦いの物語を、「惑星開拓団が罪人達にされてピンチになっている」というで話してやった。


 作り話なのでいろいろ矛盾が出るかも知れないが、極力そうならない様に、俺はデバイスに自分の創作話を記録しておく事にした。


 なんか、前世で死ぬ前にも小説を書いてた気がするな。

 俺って何で死んだんだろうな。

 ネカフェ生活で生きてる意味なんて分からなかったけど、やっと生きる希望を見つけたのに、寝て起きたらプレデス星で赤ん坊だったもんな。


 病気なんて無いつもりだったけど、もう60歳間近だったし、心筋梗塞とか、そういうやつだったのかな。


 地球に行く事があったら、俺の死因とかも調べておきたいもんだ。


 ティア達は「昼寝」の為に俺の部屋に居るはずなのだが、俺が話す物語が面白いのか、腕枕をして寝転がったまま、物語の次の展開を知りたがって、ちっとも眠ってくれない。


 まあ、もう成人なんだから午後は昼寝をしなくちゃいけないなんて事は無いのだが、作り話をどんどん展開していくのは、なかなか大変なんだよな。


 前世でも小説家や漫画家が締め切りに追われて、どこかの旅館に缶詰にされるなんて話を聞いた事があるが、今の俺は、ティア達に缶詰にされた作家みたいなものかも知れないぜ。


 そうしているうちに夕刻になり、

「そろそろ夕食の時間だな」

 と俺は言った。


 ティアとシーナは、俺からガイア星の話ばかりを聞いているからか、この1週間はずっと「ガイア」で食事をしていた。

 おかげで、俺の舌もだんだん地球食に馴染んでしまい、もう二度とプレデス星には帰れない身体になっていた。


 だって、プレデス星に帰っても、野菜と果物しか無いんだぜ?

 肉が無い生活なんて、もう二度と戻れねーよ。


「今日もガイアに行くのです」

 とシーナはこの1週間、毎日このセリフを口にする。

 この船が向かっているのはテキル星のはずなのに、シーナのおかげでガイア星に向かってる気さえしてきて少し混乱しそうになる。

「りょーかい!」

 と俺は二人を抱えて立ち上がり、「じゃ、今日もガイアに行くか!」

 と言って靴を履き、部屋を出て商店街へと向かうのだった。


 ---------------------


 商店街のレストラン、その名も「ガイア」。


 地球の料理が出てくるそのメニューも半分は制覇できたと思う。


 中華やフレンチはもちろん、イタリア料理、インド料理、日本食など、色々な国の料理が並んでいたが、前世で色んな料理を食べてきた俺には、まったく満足できる内容では無かった。


 まず、米を使った料理が出てこないのが一番残念な事だ。

 米が無いおかげで、中華料理も炒飯とかに出会えないし、ベトナム料理とかでも米粉から出来る料理は何一つ無かった。


 他に、ソースが少ない。

 スパイスは色々揃っている様だが「塩、砂糖、スパイス、油」の組み合わせで味を作ろうとしているから、どうしても味の再現力に無理がある。


 あと、日本料理が少ない。日本料理と言えるものが出てきたのは、今のところ豆腐と魚の塩焼きと焼き鳥の塩味だけだ。


 結局、ほとんどが肉料理と野菜料理で、炭水化物は小麦粉しか出会えなかった。

 調味料の種類が無いってのは、こんなところにまで影響してしまうんだな。


 ま、クレア星の食文化が変われば、いずれ宇宙船の食文化も変わっていくのだろう。

 それを待つしか無いんだろうな。


「よお、お二人さん」

 俺たちがガイアに入ると、店の中にはイクスとミリカも居た。

「こんにちは、ショーエンさん。それにティアとシーナも」

 とイクス達は俺たちに挨拶してくれる。

「二人も今日はガイアで夕食なのね」

 とティアが言うと、イクスが

「そうなんです。先週ショーエンさんの話を聞いて色々考えていたんですが、もしかしたら、ここの料理に合うのではと思って、今日は醤油と砂糖を持ってきました」

 と言って小瓶に入れた醤油と砂糖袋をテーブルに置いた。


 おおおおおおお!!!

 そうじゃん! イクス、めちゃくちゃ調味料持ってるじゃん!

 なんで今まで気付かなかったの俺!?


 俺の心にディスコブームでも到来しているのかって位に心が踊っていたが、表面上は平静を保ちつつ、

「よく気付いたな、イクス」

 と言いながら醤油の小瓶を持ち上げた。


「イクス、お前がいかに正しい気付きを得たのかを、俺が証明してやろう」

 俺はそう言い、「みんな、今日の注文は俺が決めていいか?」

 と訊いた。

 ティアは「もちろんよ」と頷き、シーナは「楽しみなのです」と何度も頷いている。

 イクスとミリカも「学ばせて頂きます」と頭を下げた。


「じゃ、今日の夕食はコレだな」

 と言って俺が注文したのは「豚肉と生姜の塩焼」「鶏の塩焼き」「牛肉のステーキ」だ。


 その間に俺は、器に砂糖と醤油を入れてかき混ぜ、即席の焼き鳥のタレを作っていた。焼き鳥のタレは砂糖の量を変えれば、焼き肉のタレにも出来る。


 豚肉と生姜の塩焼きがどこの国の料理かは知らないが、そのまま醤油を掛けて和えれば、日本食の生姜焼きにできるし、鳥の塩焼きをカットしてタレに漬け込んで食べれば、即席の焼き鳥になるはずだ。


 俺が2種類のタレを作っていると、メルスとライドが店に入ってきた。


「こんにちは、皆さん」

 とライドがあいさつをして、ショーエンが何やら混ぜ混ぜしているのを見て、

「それは何ですか?」

 と訊いてきた。

「おう、いいとこに来たな。ちょうど新しいタレを作ってるところだから、お前らも食ってけ」


 と言って、ライドとメルスを席に着かせた。


 しばらくすると、注文した料理がトレーに乗ってやってきた。


 俺はすかさず鶏肉を一口大にカットしてゆき、カットした鶏肉を即席の焼き鳥タレの中に漬け込んだ。


 牛肉のステーキも適度な大きさにカットした。


 豚肉と生姜の塩焼きにはそのまま醤油をかけて、生姜がよく絡む様に和えた。


「よし、完成だ」

 と俺は言い、まずは牛肉を即席の焼き肉タレに浸けて食べてみた。


 うんうん、肉の熱で砂糖が溶けて、醤油と絡んで旨い!


 次に生姜焼きを一切れ食べてみた。


 うんうん、本当はもっとフライパンの上で醤油と絡めたかったけど、これはこれで「生姜焼き」だ!


 次に漬け込んだ「即席焼き鳥」を食べてみた。


 うんうん!鶏肉の熱で溶けた砂糖と醤油が混ざり合って、酒は無いけどちゃんと焼き鳥の味がする!


「よし、みんな食ってくれ!」


 というと、みんなは一斉に近くにある料理から順に食べていった。


「おお! 確かにおいしい!」

 とイクスは生姜焼きから食べている様だ。

「これ、とても美味しいです!」

 とミリカも生姜焼きを食べている。


「照り焼きバーガーとは違った美味しさがありますね!」

 とライドとメルスは焼き鳥を食べている。


「こんな簡単なのに、ただのステーキがソース一つでおいしくなるなんて凄いね」

 とティアは焼き肉を食べながら言い、隣で同じく焼き肉を食べていたシーナも、

「これはいい肉なのです」

 と訳の分からない事を言いながらも満足そうだ。


 なぜか肉と言えば塩焼きばかりのこの世界だが、醤油があるだけで砂糖が肉に合う調味料に変身する。

 醤油ってのは、それほどに可能性を秘めた調味料なのだ。


 テーブルの料理はあっという間に食べ尽くされ、俺たちは

「ごちそーさまでした!」

 と声を合わせて言ったのだった。


 今日で宇宙船での生活も15日目。


 今夜にはテキル星に到着予定だ。


「今夜はとうとうテキル星に到着だ。今からしっかり準備して、今夜の下船に備えておくぞ」

 と俺が言うと、

「はい!」

 とみんなが声を合わせて返事をする。


「よし、じゃあ解散!」


 と俺が立ち上がると、皆も立ち上がって居住区の方に向かって歩き出したのだった。


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