第三章 確信に変わる頃

クレア星を飛び立った日

「おお・・・ やっぱスゲーな」


 俺は、眼前に広がる宇宙の星々を見て呟いた。


「ほんと・・・」

 とティアは俺の右腕に自分の左腕を絡ませながら、俺の視線を追う様に広大な宇宙空間を見つめている。


 シーナも俺の左腕に強く抱き着きながら、

「吸い込まれそうで、少し怖いのです」

 と言った。


 今、俺達はクレア星唯一の宇宙ステーションのゲートを潜り、無重力エリアの窓から見える宇宙空間に目を奪われているところだった。


 イクスとミリカも俺達のすぐ近くで、二人で腕を組みながら同じように窓の外を見ている様だ。


 ライドとメルスは無重力を楽しむべく、フワフワと二人でまるで鬼ごっこでもしている様だ。


 無重力空間には他にも沢山の人が居て、ざっと視認できるだけでも70人~80人は居るだろう。


 ほぼ全員がプレデス星人の大人の様に見えるから、恐らくテキル星への移住を指示された惑星開拓団員なのだろう。


 そうしているうちに、俺達は間もなく、クレア星を出発する時刻を迎えていた。


 俺達をテキル星まで運んでくれる宇宙船アリア号は、今は3番乗り場に係留中で、船の整備や食料の搬入、更に俺達の荷物も既に預けていて、各個室に運んでくれているようだ。


 その時、ポーンと音がしたかと思うと、

「ただいま、3番乗り場に係留中の宇宙船、テキル星行きアリア号の整備が完了致しました。これより、搭乗ゲートを解放致します」

 と、アナウンスが聞こえてきた。


「よし、そろそろ搭乗するか」

 と俺が言うと、ティアは「まかせて」と言って姿勢を安定させる為に呼び寄せた円盤を掴んで俺の腕を引き、

「みんな、行くよ~」

 と声を掛けて搭乗ゲートの方に向かった。


 ライドとメルスも円盤を呼び出し、搭乗口の方に向かった。


 俺はティアに手を引かれながら、左腕に抱き着いているシーナの腰を抱き寄せて

「シーナ、ちゃんと捕まってろよ」

 と言った。シーナは何も言わずに頷き、俺の腕を掴む腕に力を込めていた。

 その後ろにはイクスとミリカも付いて来ており、まるで年長のお姉さんに連れられる小学生の集団登校の姿みたいだった。


 搭乗ゲートを潜ると、長い廊下が宇宙船まで続いていた。

 5メートル四方はあろうかという大きな搭乗口で、どうやら小型艇に乗ったままでも出入り出来る様になっているらしい。


 俺達は円盤に引かれるまま、搭乗口から宇宙船の中へ入っていった。


 宇宙船の中に入ると、まるで体育館のような広さの空間に出てきて、壁際には小型艇が4機並んでいた。


 それらを横目に真っすぐ進むと、人が2人ほど入れ違いに通れる位の扉が解放されており、その扉を潜ってやっと宇宙船の居住空間らしきエリアに入る事が出来た。


 宇宙船アリア号は、プレデス星から乗って来た宇宙船とはくらべものにならないほど大きかった。


 プレデス星から乗って来た宇宙船を手漕ぎボート位だとすると、この宇宙船は、太平洋を航行する大型フェリー位の規模があった。


 乗客は俺達を含めてせいぜい100名程度らしいのだが、それにしては大きすぎる船だ。


 まあ、プレデス星からは光速航行で7時間程度の距離だったけど、今回は光速航行でも5か月程度かかる訳で、船内生活を行う為の設備も全然規模が違うのだろうな。


 俺達が入った館内の居住空間らしきエリアは、どうやら乗組員の居住空間らしく、俺達が入る個室とは別物の様だった。


 扉から出入りしているのは乗組員ばかりで、無重力の船内を器用に移動していた。


 船員居住室の扉が並ぶ廊下を過ぎると、今度は密閉されたハッチが2つあり、左右のハッチが交互に開いて、10人位ずつが入室していた。


 ハッチの手前の廊下には、15人くらいの渋滞が出来ていて、今しがた開いた左側のハッチに6人のグループが入って行った。


 次いで10秒後位に右側のハッチが開き、俺達の前に居た9人のグループが入って行く。


 そしてまた10秒位経つと、左側のハッチが開いたので、俺達7人が一緒にハッチの中へと入って行った。


 背後でハッチが閉まる音がして、

「人工重力が発生します。重力レベルはクレア星と同等です」

 と短いアナウンスがあり、宙に浮いていた身体が徐々に床面に吸い寄せられたかと思うと、前面のハッチが開いて、

「前方のハッチに進んで下さい」

 とまたアナウンスがあった。


 俺達がそのまま前面のハッチを潜ると、そこは惑星疑似体験センターで見た、テキル星の街並みに似せた空間が現れた。


「凄いね、これってショーエンと行った疑似体験で見た景色に似てるよね」

 とティアも気付いている様だ。シーナが

「テキル星の街に似ているのです」

 と言うと、メルスが驚いて

「シーナはテキル星を知っているの?」

 と訊いてきた。


 シーナは、ふふんっと鼻を鳴らすと

「ショーエンと惑星疑似体験センターに行った時に、ショーエンはテキル星を選んで見せてくれたのです。きっとショーエンは、テキル星に行く事が分かっていたのです」

 と答えた。

 それを真に受けたイクスとミリカが

「ショーエンさんは、本当に凄いですね・・・」

 と驚いていたが、

「いやいや、あれは本当に偶然だって」

 と俺が言っても、なかなか信じようとしなかった。


 テキル星に似せた街並みと言っても、宇宙船の内部空間に作られたものだから、あまり大きな街並みではない。


 中央に幅6メートルほどの通路があり、2階建ての建物が両サイドに10軒ほど並んでいるだけで、その先は突き当りになっていて「乗船客用居住区 入口」と書かれた扉が見える。


 他の乗客が、街並みを通り過ぎて突き当りの扉を潜って行くのを見て、

「ここはまた後で見に来るとして、俺達も居住区に向かおう」

 と俺はみんなを促した。


 居住区への扉を潜ると、そこは長い廊下になっていて、両サイドに扉が並んでいた。

 俺達はそれぞれデバイスに促されるままに指定の扉に向かって行った。


 俺の部屋は左側の手前から3番目の扉だった。


 ティアは俺の向かいの部屋のようだ。


 シーナの部屋は左側の手前から4つ目の扉で、俺の部屋の隣の部屋だ。


 ライドがシーナのさらに隣で、メルスはティアの隣だった。


 イクスとミリカは廊下のずっと奥の方の部屋らしく、結婚している場合は夫婦が一緒の部屋に入る様だ。


 それを見ていたシーナが、

「私もショーエンと同じ部屋がいいのです」

 と言い出し、ティアまでが

「早く結婚しておけば良かった~」

 と嘆く様な声を上げていた。


「光速航行に入ったらいつでも会えるんだから、少しの我慢だろ」

 と俺は言ったが、

「でも~」

 と珍しくティアが駄々をこねている。

 シーナに至っては、

「後ですぐにショーエンの部屋に行くのです」

 と、駄々をこねるどころか、我慢をする気さえ無いらしい。


 まったく、付き合いたてだから仕方が無いが、秀才の二人がこんなにも甘えん坊になるとはな。


 俺は苦笑しながら、

「光速航行までは30分程度だ。それまでは身の安全の為にも、自室できちんと待機していろ。いい子にしてたら、後でいくらでもぴとぴとしてやるから」

 というと、シーナは

「了解なのです!」

 と言って、すぐに部屋に引っ込んだ。


 俺はティアの顔を見て苦笑すると、ティアもフフっと笑って

「じゃ、また後でね!」

 と自室に入って行った。


 俺も自室の扉を潜ると、そこは小さめのリビングの様な空間と、個室になった寝室があった。

 リビングの様な空間とは言ったが、床面が低反発クッションの様になった6畳間くらいの広さの空間で、壁面の一つが全面モニターになっていた。

 その隣には寝室があるのだが、天井が極端に低くなっていて、まるでカプセルホテルを横に3つ並べて壁を取り払った様な空間だった。

 俺は靴を脱いでリビングのマットを踏みしめ、モニターのチャンネルを変えてみた。


 ここでも館内案内の動画と、宇宙航路の説明と、外の景色が見れる窓の様なチャンネルがあったが、もう一つ、テキル星の案内についての動画のチャンネルがあった。


 俺は外の景色が見れるチャンネルに合わせて、寝室の方も確認してみた。

 寝室の天井は低く、おそらく1メートル位しかない。

 床面のマットはベッドと同じく低反発で、寝転ぶと天井にモニターがあった。

 更にベッドにはベルトが付いていたが、壁面の説明を読むと、緊急時以外は装着する必要は無いらしい。


 船内の居住空間は人工重力があるから、船が航行しても身体が壁面に叩きつけられたりしないって事の様だ。


 なるほど。


 さすが大きな船は設備が違うな。


 俺はベッドから起き上がり、リビング空間に寝転んで、モニターのチャンネルをテキル星の案内動画に変えた。


 画面にはテキル星の姿が映った。


 青と緑のコントラストが美しい惑星、テキル。


 まるで地球の様にも見えるが、大陸の形は地球のそれとは全く違う。


 北極と南極の氷に包まれた部分の面積が広く、人間が生活するのに適した温暖な地域は、赤道を挟んで8千キロ程度の幅らしい。


 惑星の直径は1万6千キロ位で、地球の直径が確か1万3千キロ弱だから、地球よりも少し大きい惑星という事になる。


 そう考えると、居住可能なエリアの広さは、地球と大差無いのかも知れないな。


 惑星に住む人間の数はおよそ25億人で、開拓後に初めてプレデス星人が移住してから、約5千年が経過している様だ。


 プレデス星人の直系の子孫は500人程度しか居ないらしく、後は現地で人間に近い動物への遺伝子操作を行う事で、人類と定義する事が出来るレベルの知的生命体をしたのだそうな。


 なるほどな。


 前世の地球で読んだ事がある聖書の創世記にあった神のセリフ。

「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう」

 という記述の通りの事が起こったんだな。


 確か、初日に「光あれ」とか言って光と闇を作って、2日目に天と地を分けて、3日目に海と陸を分けて、4日目に太陽を作って、5日目に生き物を作って、6日目に人を作ったんだっけか。で、7日目には神が仕事を終えて休んだから、それが日曜日って事で休日になり、1週間が7日間になったんだよな。


 日本の古事記も同じような流れだった気もするし、違う文化の古文書で同じ様な神話が残されているあたり、どうにも事実っぽい気がしてならない。


 クレア星の授業で学んだ惑星開拓の初歩にも似ているし、やはり、地球で言うところの「神」ってのは、惑星開拓団のメンバーって事で間違い無さそうだ。


 映像は、テキル星の政治情勢にまで至った。


 テキル星には、現地人によって作られたいくつもの国があり、その国の数は、現時点で12国ある。

 プレデス星人の直系により治められている国家もあり、それを含めると13の国がある事になる。


「しかし、我々の故郷であるプレデス星の技術によって作り出された人類は、遺伝子の欠陥によって、強欲で傲慢な生物へと進化をしてしまった。その結果、我々プレデス星人が統治する豊かなる国家を、武力という愚かな行為で攻撃して来る事もあり・・・」


 と説明は続き、現地で生まれ育った人類が、プレデス星人が統治する国家に戦争を仕掛けてきた歴史についても説明されていた。


 残虐なシーンは出てこないが、何が起こったかは俺なら想像できる。


 やはりあるんだな、戦争が。


 案内動画の中では、「プレデス星の技術によって侵略者は駆逐され、本来あるべき姿へと帰した」などと表現していたが、これってつまり「殺して土に帰した」と言っているに等しい。


 剣と鎧を装備した騎士たちの姿を見れば、彼らの技術力なんてたかが知れている事が分かる。

 そしてプレデス星の技術で駆逐したってのは、恐らく最新鋭の武器によって殺したという事なのだろう。


「強欲で傲慢・・・か」


 と俺は呟いた。


 プレデス星に居た時には分からなかったが、本当に強欲で傲慢なのはプレデス星人の方だ。


 この結論には、クレア星に来てからも幾度となく行き着いたもんだ。


 プレデス星では禁忌とされる「強欲、傲慢」を心の中にしまい込んで生活していても、縛られた生活に嫌気がさして、俺達の様にクレア星に移住して勉学にいそしみ惑星開拓団を目指す事で自由を掴もうとする奴は多いのだろう。

 そして、惑星開拓団員になったら様々な惑星に派遣され、その星を統治する者は「神」となり、移住する者は「神の御使い」だったり「特別な血筋」みたいな扱いをするのだろう。


 プレデス星人にとっては、現地人の事など「実験動物」くらいにしか見えておらず、対等な人間だなんて、これっぽっちも考えていないのかも知れない。


 前世の地球人だってそうだった。

 様々な動物で実験を行い、薬や病気の研究を行ってきた。

 それらは人類の命を守る為だと言って長年行われてきたが、その動物達にも感情があるだなんて事は考えもしない。

 なので、その動物達が泣き叫ぼうが暴れようが、研究が終わったら殺処分をして、ゴミを捨てるが如く片付けるだけだ。


 テキル星で生まれ育った現地人は、プレデス星人からそんな扱いを受けているのではないのか?


 ただでさえコミュ障だらけのプレデス星人だ。


 実験動物にまで思いを馳せるなんて事など出来そうに無いからな。


 ふうっと俺は深呼吸した。


 これ以上このチャンネルを見てたら気分が悪くなりそうだ。


 俺はチャンネルを変えて、宇宙の景色が見える窓のモードに切り替えた。


 その時、艦内アナウンスが流れだした。


「乗船された皆様にお知らせします。本船は、間もなくハッチを閉じ、出発のプロセスに入ります。本船は出航後、テキル星への進路を取ります。11分30秒後に安定軌道に入ります。安定軌道に入ってから、16分02秒後に光速航行に移行します。テキル星への到着は、体感時間で15日と1時間17分後となります。出航まで残り8分12秒です。出航後、光速航行に入るまでは、デバイスの誘導に従い、各居室内に滞在して下さい。ベッドを使用の場合は、念のためベルトにて身体を固定してください」


 なるほど、テキル星までは5か月かかるって聞いていたが、光速で移動するから体感時間は15日間なのか。


 スゲーな。ちょっとしたタイムマシンだぜ。


 アインシュタインの特殊相対性理論をこんなところで体感できるとはな。


 仮に光速航行を体感で1年かかるところまで移動した場合、実際の時間は10年過ぎてるって事か。


 どうりで学園から提示された惑星の数が少なかった訳だ。


 あまり遠くの星に行くと、卒業までに帰って来れないもんな。


 俺はリビングで寝転んだまま、モニターで宇宙の景色を見て過ごす事にした。


「乗客の皆さまにお知らせします。本船の出航プロセスが完了しました。間もなく出航します」


 宇宙船アリア号は、物音も立てずに出航を開始した。


 モニターの景色がゆっくりとステーションから離れていくのが分かる。


 しばらくして

「この船は、安定軌道に入りました」

 とアナウンスが流れた。


 モニターの景色からはクレア星が遠ざかってゆくのが分かる。

 振動も物音もしないので分かりづらいが、かなりの速度で航行している様だ。


 クレア星に来た時は、夜の時間に来たから気付かなかったが、クレア星は青い海と緑の大地の他に、赤い大地もあった様だ。


 砂漠みたいなものだろうか。


 いずれこの星に帰って来たら、あのエリアにも行って見よう。


 俺がそんな事を考えていると、


「光速航行に移行します」

 とアナウンスが流れ、モニターの景色がどんどん白くなってゆく。

 やがてモニターが真っ白になったかと思うと、だんだんと青みがかってきた。


 へぇ・・・


 光速で移動してる時の景色って、こんな感じなんだ・・・


 俺はモニターを消し、少し目をつむった。


 とうとうクレア星を出発したんだな。


 これから体感で15日間は船の中での生活だ。


 テキル星に着いたら何が待ってるか分からないし、せめて船の中だけでも楽しんでやるかな。


 俺はそう考えて立ち上がり、靴を履いて部屋の扉を開けた。


 すると目の前にシーナが立っていて

「おわっと」

 と俺は驚いて変な悲鳴を上げてしまった。


 シーナは俺の姿を見るや否やいつも通りに左腕にしがみ付き

「ショーエン・・・」

 とちょっと不安そうに「テキル星の案内は見ましたか?」

 と訊いてきた。


「ああ、途中までな」

 と俺は答え、「シーナはどこまで見たんだ?」

 と訊いた。


 シーナは

「全部見たのです」

 と言って、俺の左腕に顔を埋めた。「ショーエンが言ってた通り、テキル星には私達に武力を向けてくる人間が居るみたいなのです」

 と言って少し肩を震わせている。

 俺はシーナの背中に腕を回して軽くトントンと叩きながら、

「怖かったか?」

 と訊いた。シーナは

「怖いのです・・・」

 と言ってから、「ショーエンが死んでしまったらと考える事が、凄く怖いのです」

 と続けた。


「ああ、そうか。そういう事な」

 と俺はシーナの頭を撫で、「心配するな。お前らが俺を守ってくれるんだろ?」

 とシーナの頭に唇を付けながらそう言った。


 するとシーナの肩の震えが消え、俺の腕にしがみ付いたまま顔を上に向けて、目を瞑って唇を尖らせた。


 何だ?


 と俺が思っていると、シーナは、

「ティアにはチュッチュベロベロしてたのでしゅ」

 と言って背伸びをし、「私にもして欲しいのでちゅ」

 と更に口を尖らせながら言った。


 ありゃ、アレを見られてたのか。

 あの時は、シーナが眠ったと思ってティアにキスをしたつもりだったが、薄目を開けて見てやがったな。


 はあっ・・・


 と俺がため息をついて、正面を向くと、扉を開けて部屋を出てきたティアと目が合った。


 ティアは俺とシーナを見て、

「な、何してるの?」

 と訊いてきた。


「ああ、シーナにキスをせがまれてるところだ」

 と俺は正直にそう言い、「どうしたもんかね」

 とティアに困り顔で訊いてみた。


 ティアは少し顔を赤らめたが、シーナがまだ目を瞑って唇を尖らせているのを見て、

「アハハっ、シーナのその顔!」

 と言って笑い、「ちょっとだけしてあげたら?」

 と俺に言った。


 え、いいのかよ。


 と俺は、ティアの心の広さを計りかねていたが、ここは平静をよそおいつつ

「りょーかい」

 と言って、シーナの唇にチュっと小鳥の様なキスをした。

 唇同士が触れた瞬間、シーナの身体がビクンと跳ねて、シーナは驚いた様に目を開けた。

「で、電気が走ったのです・・・」

 とシーナは見開いた目をティアに向けて、「もしかして、ティアは発電をしてたのですか?」

 と真面目な顔で訊いた。


 ティアはそんなシーナのセリフに

「アハハハっ」

 と声を上げて笑い、「シーナは本当にかわいいね!」

 と言って、シーナのほっぺを両手でムニムニした。


 なるほど。ティアはシーナの事を子供扱いしてるだけだったんだな。

 それとも、先に大人のキスをした優越感が見せる余裕ってやつか?


 よく分からんが、前世でも同時に複数の女子と付き合った事など無かったから、こんな時にどうすりゃいいかなんてサッパリ分からんぞ。


 二兎を追う者一兎をも得ずってことわざもあるけど、俺達は一夫多妻制の文化を持つ惑星に向かってるところだからな。


 こういう事は、テキル星に到着して、結婚してからにして欲しいもんだ。

 でないと、デバイスに何が記録されるか分かったもんじゃないからな。


「よし、じゃあ艦内をブラブラしてみるか!」

 と俺はいつもの調子に戻そうと、少し大き目の声でそう言った。


 ティアは俺の声を聞いて、

「行こう行こう~」

 と俺の右腕にティアの左腕を絡ませ、シーナはいつも通りに左腕に両手でしがみ付きながら「行こう行こう~」とティアの真似をしている様だった。


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 テキル星の街並みに似せた空間への入口には「商店街入口」と表示されていた。


 最先端の技術が詰め込まれている割には、なんともネーミングセンスが淡白だね。


 ショッピングモールとか、テーマパークとか、コミュニティ広場とか、色々呼び名を考えればいいのにな。


 いや、もしかしたら、「呼び名」も新しい文化として流行らせる事が出来れば、それも成果として扱われるのかも知れないぞ?


 艦内アナウンスも相変わらず質素だし、もっと美辞麗句を並べ立てて、利用者の自尊心をくすぐるアナウンスにすれば、コミュ障のプレデス星人にはけっこう響くんじゃないか?


 俺はティアとシーナに両腕を引かれる様に歩きながら、商店街の中央通りを歩いていた。

 中央通りの右側には生活雑貨や日光浴ショップ等、色々な店が並んでいて、左側には様々な飲食店が並んでいる。


 飲食店のメニューはクレア星の街の食堂と同じ様な店もあれば、見た事の無いメニューを出している店もある。よく見ると、店ごとに惑星の名前が付けられている様で、俺が見た店の名前が「クレア」と「テキル」だった。


 なるほど。


「ティア、シーナ。このテキルって店で食事にしないか?」

 と俺が言うと、ティアは店の名前を見て

「テキル星の料理が食べられるのかしら?」

 と言って「試してみたいわね!」

 と乗り気だが、シーナは

「ティアが美味しいって言ったら食べるのです」

 といつもの食わず嫌いが発動しているようだった。


 クレア星でも思ったが、シーナは食わず嫌いが多いよな。

 テキル星に着いたら、イクスに色々料理を頼む事になりそうだ。


 店に入ると、テーブルには円柱状のロボットが注文を取りに来る。

 俺達はデバイスに表示されたメニューから、自分の食べたいメニューを選んで注文をした。

 シーナはとりあえず果物だけを注文した様だ。


 しばらくすると、キャリートレーが料理を運んできた。


 俺が注文したのは「ボアの横隔膜おうかくまくの塩胡椒焼き」というメニューで、ネーミングセンスは最悪だが、要は牛で言うところの「ハラミ」だ。


 俺は前世でバイト先の店長に焼肉店に連れて行ってもらった時には、ハラミが好きでよく食べてたんだよな。


 ボアってのがどんな動物かは分からないが、まあ、ハラミがあるなら哺乳類ほにゅうるいだろうから、牛とか豚に似た動物なんだろうさ。


 俺は料理の皿をテーブルに乗せ、肉の香りを嗅いでみた。


 胡椒の香りが強くていまいち何の肉か分からんが、まあ、旨そうな匂いではある。


 向かいに座ったティアの料理は「ククルのもものステーキ」だそうで、見た目は鶏肉のステーキで、塩焼きにされている。

 ティアも同じ様に香りを嗅いで、

「なんだか鶏肉に似てるわね」

 と俺と同じ感想を口にした。


 シーナは「モーリ」という果物を注文していたが、見た目はマンゴーみたいな形をしている。

 果物はカットもされずにそのまま出てきたもんだから、シーナはナイフとフォークを手に、どうやって食べようかと、マンゴーをいろんな角度から見て悩んでいる様だ。


 俺は右手にナイフを持って、モーリを左手で押さえ、ざっくりと真っ二つにカットしてみた。

 すると、中身はメロンの様になっていて、真ん中には小さな種がドロリと詰まっていた。

 俺は「一口貰うぞ」と言って種の部分と実の部分が一緒に取れる様にフォークで掬い、食べてみた。


 種の部分はゼラチンみたいな食感のゼリーで包まれていて、種ごと食べても大丈夫そうだった。実の部分はやはりマンゴーの様な味がして、濃厚で甘くて美味しかった。


「シーナ、これ、なかなか旨いぞ」

 と俺が言うと、シーナは安心して、俺がした様にモーリの実を掬って食べ始めた。

 シーナは味にも満足した様で、うんうんと頷きながら、次々とモーリの実を食べていた。


 ティアはククルの腿肉をナイフで一口大にカットしていき、カットし終わるとフォークで刺して食べ始めた。


「あ、この鶏肉おいしいわ」

 とティアはいつもの鶏肉とは違う鶏肉に満足しているようだ。

「ショーエンも食べてみて」

 とティアは言って、フォークに刺した肉を俺の顔の前に差し出した。


 おお、これがカップル定番の「あーん」ってやつか。


 俺は「あーん」とは声に出さなかったが、ティアが差し出した肉にパクっと食いつき、モグモグと噛み締めてみた。


 なるほど、この鶏肉は旨いな。


 まるで宮崎地鶏を食べている様だ。


 俺もボアのハラミをナイフで一口大にカットして、一口食べてみた。


 肉汁たっぷりのその肉は、マトンか何かの肉によく似ている。

 ちょっとしたジビエ肉を食べているみたいだが、なかなかに旨い。


 俺はフォークに刺した肉をティアの口元に運び、

「ティアも食べてみな」

 と差し出した。

 ティアは「あーん」と声に出してボアの肉を口に含み、モグモグと食べながら

「うん。結構好きかも」

 と言って満足したようだ。

 シーナは俺達のそんなやり取りを見ながら、俺の方をみて

「あーん」

 と言って口を開けた。


 俺はシーナにも肉を一口差出し、シーナはそれにパクっと食いついてモグモグしていた。

 シーナは、ごくんと肉を飲み込むと、

「ボアの肉なら食べられそうなのです」

 と言った。

「こっちの肉も食べてみる?」

 とティアがシーナに訊き、シーナは

「もちろん食べるのです」

 と言って、同じ様に「あーん」と言って口を開けた。

 ティアがシーナの口に鶏肉を入れると、シーナはモグモグしながら

「こっちの方が私は好きなのです」

 と、どうやらククルの肉の方が気に入ったらしい。


 俺達が食事をしながら歓談していると、

「ああ、ショーエンさん。こちらに居たんですね」

 と、イクスとミリカがやって来た。


「おう、お前らは今から昼食か?」

 と俺が訊くと、イクスが頷いて、

「はい。色々な惑星の料理があるようなので、研究の為にも色々食べておこうと思います」

 と言って、隣のテーブルに着いた。

 ミリカもイクスの隣に座り、少し気だるげにイクスの肩に頭を乗せてうっとりしていた。


 俺はそんな二人を見て、


 あ~、こいつら、お楽しみの後だな。


 と悟って黙っていたのだが、シーナがミリカの気だるげな姿を見て、

「ミリカ、少し元気がないのです」

 と言った。


 するとミリカは「うふふ」と声に出して笑い、

「大丈夫よ、シーナ。今、とっても心地がいいの」

 と言ってまたイクスの肩に頭を乗せた。


 そんな会話を真横で聞いているイクスが少し顔を赤らめている。


 ティアを見ると、顔を赤くしながチラチラとミリカの様子を伺っているあたり、ティアには何となく分かってしまった様だ。


 キスしか経験がないティアでも、何となく雰囲気で伝わるものなんだなぁ。


 と俺は変なところに関心しながら、食事を終えて一息ついた。


「そういえば、ライドとメルスの姿が見えないな?」

 と俺が言うと、イクスが俺を見て

「さっき、ライドがメルスの部屋に入って行くのを見ましたよ」

 と言った。


「へえ、あいつら、ほんとに仲がいいよな。テキル星で使える乗り物の事でも考えてるのかも知れないな」

 と俺が言うと、ティアも

「そうね。テキル星の重力はクレア星と比べると弱いから、乗り物の設計に何か違いがあるのかも知れないね」

 と言っていた。


 シーナはイクスの話を聞いて、

「メルスとライドは、結婚したいのかも知れないのです」

 と真面目な顔で言った。


 するとみんなは

「まさか!」

 と笑ってシーナを見たが、シーナが意外と真面目な顔をしていたので、

「まさか・・・ね」

 と、誰も笑わなくなってしまった。


 おいおい、男二人の友情をそっち方面に持っていくんじゃねーよ。


 もしそうなら、俺はあいつらをどう扱っていいのか分からなくなっちまうぜ。


 俺はそんな事を考えながら、を心の中で祈っていたのだった。


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 ライドはメルスの部屋に居た。


 実は二人は光速航行に入る前から商店街を見て回っていたのだが、商店街の中で二人は「本屋」を見つけたのだった。


 プレデス星では「本」など見た事も無かったが、テキル星の歴史やテキル星で流行している物語等の文化的な出版物を見つけて、二人は興味津々で本棚の本を漁っていたのだ。


「こうして紙に記録したものを束ねた本というのは面白い文化だよね」

 とライドが言うと、メルスも、

「これを見てよライド。馬車っていう乗り物についての歴史が書かれているよ」

 と宝物を見つけた子供の様な目で言った。


 他にも、テキル星での建築技術の歴史や、食べ物や獣図鑑の様なものまでを読み漁り、二人はすっかり本の虜になっていた。


 そしてメルスは1冊の本を手に取って動きを止めた。


「どうしたのメルス?」

 とライドはメルスの様子がおかしいのを見て言った。

 するとメルスは手にした本のページを開いてライドに見せ、

「こ、これって・・・」

 と声を震わせた。

 ライドがその開かれたページを見て

「え! こ、ここ、これって・・・」

 と言いながらみるみる顔を赤くする。


 その本の表紙には「人間史」と書かれてあり、テキル星の人間の歴史が記載されていた。

 ただ、その本の中盤には「男女営み図」と書かれたページがあり、そのページから数ページに渡って、男女が裸で交じり合うイラストが描かれていたのだ。


 ライドは、

「だ、ダメだよそんなの!」

 と顔を赤くしてメルスをたしなめたが、メルスは、

「ライド、きっとショーエンさんなら、こういう事も学んでおけって言うと思うよ」

 と言って、本をパタンと閉じた。

「そ、そうかも知れないけど・・・」

 と腰が引けるライドにメルスは、

「いいよライド。これは僕が買うから」

 と言って、他の数冊の本と共に「人間史」と書かれた本を購入した。

 ライドは、

「あ、ちょ・・・」

 とメルスを止めきれずにいたが、「分かったよ。これも勉強だもんね」

 と言って、ライドも数冊の本を購入して店を出た。


 二人は両手で重そうな本を抱えながら、そそくさと商店街から居住区の扉まで向かい、廊下に誰も居ないのを確認して自室に戻った。


 その時、艦内アナウンスが「光速航行に移行します」と告げたのだった。


 光速航行に入ってからしばらくすると、メルスは部屋の扉を開けて、廊下の様子を伺った。


 すると廊下の先にショーエンとティアとシーナの3人の姿が見え、そのまま商店街への扉を潜って行くところだった。


 メルスはライドの部屋の扉の前でデバイスを通じてライドを呼び出し、ライドの部屋の扉が開くと、

「ライド、僕の部屋で一緒に本を読まないか?」

 と誘った。

 ライドは頷き、

「う、うん。行くよ。僕の本も持っていくから、先に部屋に戻ってて」

 と言って、ライドは買ったばかりの本を1冊手にしてもう一度部屋を出た。


 廊下には誰も居なかったが、ライドがメルスの部屋の前でデバイスでメルスを呼び出したところで、奥の部屋からイクスがミリカと腕を組んで出て来るのが見えた。


 その時メルスの部屋の扉が開き、ライドは後ろめたい事など無いはずなのに、まるで隠れる様にメルスの部屋に飛び込んだ。


 イクスがライドを見たのはその時だった。


 メルスの部屋に入ったライドは、何故かはあはあと息が荒くなるのを止められずに、

「メルス、き、来たよ」

 と言ってメルスが促すままにリビングに座った。

 メルスは先ほど買ったばかりの「人間史」の本を取り出し、ライドの隣に座って本のペーシを開いた。


「ライド、これは勉強だよ。絶対に必要な事だから」

「う、うん・・・」


 二人はそれから昼食もとらずに読書に夢中になり、結局夕刻になるまでずっと二人で本を読んでいたのだった。


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 俺は自分の部屋に居た。


 ティアとシーナも俺の部屋に居る。


 昼食の後は、ティアもシーナも俺の部屋に来て、結局リビングで腕枕をして昼寝をする事になったのだ。


 ま、いっか。


 二人にとっちゃ、今日という日は特別な旅立ちの日だしな。


 勿論俺にとっても特別な日ではあるのだが、俺と結婚したがたっていた二人にとって、クレア星では絶対に叶わない夢になっていたのだから、テキル星の法の下に結婚出来る日が目前に迫った今回の船出は、俺よりも特別な気持ちになるのは当然だった。


 昼寝から目覚めた俺は、両腕を枕に寝ている二人の顔を交互に見た。


 ティアは薄い茶色の長い髪で寝顔が隠れている。シーナは薄い青髪を襟の中に入れて寝息を立てている。


 俺はデバイスで時刻を確認した。


 時刻は18:02と表示された。


 この時刻がどこの時刻を指しているのかは分からないが、たぶん学園があったクレア星エスタ国の時刻をそのまま表示しているのだろう。


「そろそろ夕食の時間か」


 俺はそうつぶやいて、ティアの髪に頬ずりをした。


 するとティアが「んん・・・」と呻きながら目を覚まし、

「ショーエン、好き・・・」

 と言ってキスをせがむような顔をした。


 俺はティアの額にキスをして、

「ティア、おはよう」

 と言った。

 ティアはゆっくりと身体を起こし、

「睡眠誘導装置に頼らない睡眠って、なんていうか不思議な感じね」

 と言って身体を起こした。

 俺は自由になった右手でシーナのほっぺをぷにぷにし、両頬を掴んでピヨピヨ口にしたりした。

 するとシーナも目を覚まし、俺の顔を見ると「ちゅー・・・」と言いながら唇を尖らせた。

 俺は「はいはい」と言ってシーナの唇にチュっと小鳥の様なキスをして、

「おはようなのです」

 と言って目覚めたシーナの身体を起こした。


「もう夕刻なのね」

 とティアが言い、シーナも

「昼食の後はずっと昼寝をしてたのです」

 とまだちょっと眠そうな顔のまま言った。


 俺はデバイスで艦内の案内情報を呼び出し、乗客用のシャワールームがある事を知った。


「ティア、シーナ。この船、シャワールームがあるみたいだから、シャワーを浴びて目を覚まそうぜ」

 と俺は二人を促し、二人はのそのそと立ち上がった。

 俺は自分の着替えを持って部屋を出て、ティアとシーナにも着替えを持って来る様に言った。

 二人は自室に戻って着替えを取り出し、俺達3人はシャワールームに向かった。


 それから30分ほどでシャワーを終え、俺達はサッパリした身体で新しい服に着替え、さっきまで着ていた服を自室に戻した。


 昼食後に寝てばかりいたから、なんだか腹も減ってないんだよな。


 俺はティアとシーナの顔を見て、

「腹は減ってるか?」

 と訊いた。ティアは

「そうでも無いかな」

 と俺と同じ感じの様だが、シーナは

「お腹が減ったのです」

 と言って俺を見た。


 俺はティアと顔を見合わせ、

「仕方が無いな」

 と言って、一緒に商店街へと行く事にした。


 さてと、次はどの店に行こうかね。


 俺達3人が商店街に行くと、他のメンバーもどこの店で食べようかと相談しているところだった。


「おう、お前ら。 これから夕食か?」

 と俺が訊くと、メルスが、

「そうなんです。ショーエンさん達もですか?」

 と返した。


「おう、シーナが腹が減ったって言うからさ」

 と俺が言うと、シーナは俺の左腕に抱き着いたまま、

「お腹が減るのは仕方が無いのです。今日のお昼は果物一つしか食べてないのです」

 と言った。


「ハハっ、確かにな」

 と俺は笑い、「じゃ、みんなで夕食にするか!」

 と言って商店街のレストランを見て回るのだった。



 こうして俺達の船出の初日を過ごし、2週間後にやって来る新しい生活への活力を養うのだった。


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