学園生活(10)シーナが成人した日

 翌日、俺は朝からイクスの部屋を訪ねた。


 勿論、ティアとシーナにホットケーキを作る為の食材調達が目的だ。


 だが、ティアと相思相愛になった事は伝えておかなければならないだろう。


 隠していても周囲に疑念を抱かせるだけだろうし、そんな事では来週からの集会時にチームワークが乱れ兼ねないからだ。


 前世の地球でも男女関係ってのは色々問題を引き起こす事が多かったしな。


 痴情のもつれなんて日常茶飯事で世界中で起きていただろうし、テレビでやってた恋愛ドラマなんて、痴情のもつれしか起きていなかったしな。


 なので、俺の野望を維持しつつ、ティアやみんなとうまくやるには、こうした事はきちんと伝えてハッキリさせておいた方がいいんだよな。


 俺がデバイスでイクスを呼び出すと、扉が開いてイクスが迎えてくれた。


 俺が部屋に入ると、何だか香ばしいような、いい匂いがする。

 なんだか懐かしいようなこの香りは・・・


「イクス! もしかして、完成したのか!?」

「はい! ショーエンさんがお待ちかねの醤油しょうゆが出来ましたよ」


 醤油!!!!


「やったなイクス! これはこの星の食文化を大きく飛躍させる調味料になるぞ!」

 と俺はイクスの両手を握り、ブンブンと何度も上下に振って喜びを伝えた。 


 そして俺は、早速イクスに醤油を見せてもらう事にした。


 イクスはキッチンに戻り、棚から小さなビンを取り出した。

 その瓶の中身は、大豆と小麦と塩から出来た漆黒の調味料、まさに醤油の姿だった。


 瓶の蓋を開けて俺は顔を近づけて香りを確かめる。

「間違いない、醤油だ」

 と俺は言いながら、頭の中で数々の醤油を使った料理のメニューが浮かんで来る。


「イクス、醤油の大量生産は可能か?」

 と俺が訊くと、イクスは珍しくドヤ顔で、

「いつでも大量生産ができる様に準備を整えていますよ」

 との事だ。


 よしよし!

 俺が欲しい調味料が全て揃うまであともう少しだな!

 俺が欲しい残りの調味料とは「酒と酢」だ。

 実は試験勉強の前に、イクスには作り方の概要は伝えている。

 あとはイクスの研究次第なのだが・・・


「ところで、果物から酒と酢を作る計画はどうなってる?」

 と俺は訊いた。イクスはこれまたドヤ顔で、

「酒は既に出来ていますよ。酢はあと1週間もあれば大丈夫かと」

 と言った。


 おお! 本当にイクスは優秀だな!


 食文化が充実するってのは、人々の幸福のいしづえになってくれるからな!


 俺が統治をして、ティアが発電と電力供給の仕組みを作り、シーナが通信網を構築する。

 衣服はミリカに任せられるし、食糧はイクスが開発してくれる。

 運搬や流通のかなめになる乗り物はライドとメルスが居れば安心だ。


 あとは建築と土木が揃えば、都市計画から人々の生活までに必要な開拓が行える。


 これは他のクラスから引き抜くか、又は惑星開拓団員の中から選出するのがいいだろう。


 あとは文化的な面の普及が必要になるが、これはやはり俺の仕事だろうな。

 地球の文化のいいとこ取りをしていく事で、新しい惑星にも人々が退屈しないだけの娯楽が提供できるだろう。

 球技なんかのスポーツ競技を取り入れていけば、面白いかも知れないしな。


 おっと、また妄想が膨らんで脱線しちまったな。


「そうそう、ホットケーキの食材を取りに来たんだったぜ」

 と俺はイクスにそう言うと、イクスは既に材料を袋にまとめてくれていた。

「それにしても、ショーエンさんの発想力は凄いですね」

 とイクスは俺に食材の袋を手渡しながら言い、「色々な事を学ばせていただいたおかげで、今はミリカとも相思相愛になれましたし、身体を触れ合う事で、とても幸せを感じる様になりましたよ」

 とイクスは少し照れながら言った。


「おう、そうだろ?」

 と俺はそう言い、「俺もティアと結婚を前提に付き合う事にしたぜ」

 と告げた。

 イクスは特段驚いた風でもなく、

「それは良かったです。ミリカとも話していたんです。ショーエンさんがティアと結婚すれば、きっと素敵な夫婦になるだろうって」

「おう、そうか? ありがとうな!」

 俺はそう言って頭を掻いた。


「でも、シーナの事はどうするんです?」

 とイクスは素朴な疑問のつもりで訊いてきたようだが、実はその疑問は俺にとっては大きな課題の一つだ。


「シーナは将来俺と結婚したいって今は言ってるけど、とりあえず返事はシーナが成人するまで保留ってところだな」

 と俺が言うと、イクスは少し考え事をするように顎に手を当てて、

「クレア星の法では、結婚相手は一人だけという事になっていますから、いずれショーエンさんは二人と結婚できる惑星に移住する事になるのですね」

 と言った。


 そうなのだ。


 クレア星の法では一夫多妻制は認められていない。


 なので、一夫多妻制の法を俺が作るか、又はそうした法がある惑星に移住するかの選択になるだろう。


 まあ、シーナもあの様子じゃ成人するまでにまだ時間はあると思うが、いずれ解決しなくちゃならない課題なんだよな。


 俺はイクスからホットケーキの食材と、サンプルの酒を受け取り、

「まあ、シーナの事はこれから考えるよ」

 と言って部屋を出る事にした。


 ------------------


 ティア達が来るまでにはまだ時間がある。


 俺は「結婚」について色々考える事にした。


 2035年の日本では、ただでさえ1200万人の人口を戦争で失った上に、その後も少子高齢化が進み、日本人口は9800万人になっていた。

 高齢者が人口の7割を超えていて、60歳未満は人口の3割に満たなかった訳だ。


 少子高齢化を改善する為には、結婚と子作りは必須であったはずなのに、政府は戦後復興という名の元に増税を繰り返し、それでも財政難を理由に少子化対策を後回しにした。


 政治家を決めるのは国民。しかし、有権者の8割近くが高齢者という状況では、「老後の社会保証」を求める高齢者の票が圧倒的に高くなるのは必然。


 結局、高齢者に忖度そんたくする議員ばかりが増え、結婚適齢期の若者への生活保証などは微々たるものでしか無かった為、若者は結婚すら望まなくなってしまったのだ。


 当時の日本では、結婚は男女共に16歳からになっていた。

 西暦2022年までは男は18歳、女は16歳から結婚できると法で定められていたが、国民の長寿化を背景に若者の精神的成長の鈍化が起こり、2023年には男女共に結婚年齢を18歳に引き上げる法改正が行われた。

 しかし、その矢先に第三次世界大戦が起こり、結局2026年には戦後の復興を目的に、男女共に16歳から結婚出来るように法は改正された。


 戦争により平均寿命が短くなった事が背景にあった事は間違い無いだろう。


 そもそも、もっと平均寿命が短かった平安時代の日本では、男は15歳、女は13歳から結婚できたらしい。


 平均寿命が短い世界では、できるだけ若いうちに結婚をして子を産まなければ、種の保存が出来なくなるという危機と隣り合わせだったからだ。


 では、この世界はどうだ?


 プレデス星では人間の寿命はおよそ100年。


 戦争も無く、病気もほとんど無く、皆が健康的で平均寿命も長い。


 にも拘わらず、結婚適齢期は「成人した時」とされている。


 男の成人は15歳前後、女の成人は13歳前後が平均とされているこの世界が、日本の平安時代と同じ年頃を結婚適齢期とした意図とは何なのだろうか。


 これについて調べようとしても、何故か情報津波も使えないし、当然学校で教わる事も無い。


 しかも、プレデス星では結婚も子作りも政府のAIが管理していて、適齢期になっても政府から結婚を斡旋あっせんされなければ結婚をする事が出来ない。


 これは人口数の安定化の為かも知れないが、俺の考えでは「選民せんみんの為」だ。


 選民せんみんとは、選ばれた遺伝子だけを未来に継承するという事で、逆に言えば、選ばれなかった遺伝子は継承されないという事だ。


 遺伝子の優劣は政府のAIが決める。


 つまりプレデス星の人々は、その生態に至るまでを完全に政府のAIに監理されて生きているだけの、「遺伝子情報を保存する倉庫」でしか無いんじゃないのか?


 人間の身体は、約70%が水で出来ている。


 そもそも、水というのは人の感情に作用される物質だ。


 人々が水に感謝を続けていれば、水は美味しく綺麗になる。

 人々が水に嫌悪を抱き続けると、水は淀んで腐っていく。


 それは世界中で「水の精霊」などが信じられていた歴史からも分かるし、それが科学的に実証された事も日本の学者が1999年に発表した著書に書かれていた。


 ならば、体内の7割を占める水も人の感情によって分子構造を変えるという事だ。


 水は遺伝子の保存に欠かせない存在。


 つまり、プレデス星で「善行の対価で政府から報酬を得られる」という仕組みを作ったのも「皆が善行を行う事で、人間の心を平穏なものにして体内の水の質を良くし、遺伝子の保存に適した身体にする」という事に繋がるんじゃないか?


「うーん・・・」

 と俺は呻き、もう少しで答えが出そうなのに出ないもどかしさを感じていた。


 クレア星では生殖行為によって子供を作るという事だ。


 これは生物学的に、とても自然な事だ。


 そもそも、人間の身体も構造的にそのようになっている。


 昨日のティアやシーナが抱き合って泣いている姿を見て確信したのは、彼女たちも、自然な感情を持ち合わせている「人間」であるという事だ。


 彼女が俺を愛おしいと感じ、俺がそれに応えた事で、彼女の心は大きく揺り動かされ、あのような号泣に至った。


 更にその前には、ティアはシーナを見て声を上げて笑っていた。


 ティアは、俺がこの世界に転生してから初めて見た「笑った人」なのだ。


「ふう・・・」

 と俺は息をつき、目を瞑って息を吐いた。


 人の感情が体内の水の質を左右する。

 水の質が、遺伝子の質を左右する。

 そして人は「遺伝子保管倉庫」として機能する。


 もしこの仮説が正しいとして、これらが導くプレデス星人の未来とはどんなだろうか。


 そもそも、資源も豊富で技術力も高く、人口調整も行われているプレデス星の政府が、わざわざ他の星を開拓し続ける理由は何だ?


 しかも、開拓した惑星に送り込まれたプレデス星人は、人工授精ではなく「本能に従った繁殖行為」によって子供を作る。


 それはクレア星でもそうだ。


 人間の繁殖は、男女のいわゆる性交渉によって行われ、普通に妊娠をして普通に出産をする。


 クレア星人の平均寿命は80~90歳というから、プレデス星とそう大差は無い。

 その微々たる差が生まれる理由は、クレア星の他の都市では疫病等が起こる可能性があるからだそうだ。


 なのに結婚適齢期はプレデス星と同じで「成人」すればいつでも行える。

 政府のAIに結婚を斡旋される必要などなく、二人の男女が「相思相愛」であればいいという。


 クレア星がプレデス星人によって開拓された最初の星だという事は・・・


 俺はそこまで考えて、一つの疑念を抱いた。


 開拓


 本当にそうか?


 本当は、今もなんじゃないのか?


 この学園だってそうだ。


 プレデス星の技術の粋を結集した施設で、学生のクラス分けも成績別。


 しかも、成績上位者のAクラス生徒だけは、学園内の行動に制限がほとんど無い。


 さらにこの星で最も高い報酬を得られる「善行」ってのが「生産職」だ。


 そして、俺のように「新しい技術やアイデアを作る事」も「生産」として認識されている。


 学園の名前は「惑星開拓研修学園」で、新たな惑星に「人類が住める」様に開拓する為の教育を行うが、これらも全て「新しいものの開発や生産」を目的とした投資では無いのか?


 学生には学力という「成績」でくせに、スポーツ等の競技が無いのは何故だ?


 ここまで順位を気にする連中なら、スポーツ競技等は娯楽として発展するはずだ。


 なのに、そういった娯楽はプレデス星だけではなく、クレア星にも存在しない。


 良質な人間の遺伝子だけを生産管理するプレデス星。

 プレデス星人が現在ものクレア星。

 優秀でする学園。

 Aクラスメンバーにのみ許された男子寮と女子寮の往来。


 そして精通と初潮が来れば成人と定義して、すぐにでも結婚できる制度。

 しかも、相思相愛ならお互いの両親の許可も何も要らない。


 善行の定義は社会主義的なのに、結婚に関しては超個人主義的な価値観。


「うーん・・・」

 と俺はうなり、一度深呼吸する事にした。


 何かがいびつなんだよなぁ、この世界のってやつは。


 自然の摂理に反するがあるからいびつになるはずなのだが、それが何なのかが分からない。


 おかげで、政府がわざわざこういう仕組にした「目的」も分からない訳だ。


 さらに訳が分からないのは、こうした情報を得ようと「情報津波」を使おうとしても、何故かには情報津波が使えないという事だ。


 何か、大きな力が影響している事は間違い無いと確信しているのだが、それが何なのかがまだ分からない。


 俺はもう一度、深く息をしてから立ち上がり、

「今日はこのくらいにしとくか」

 と俺は考えるのを止め、デバイスに時刻を表示させた。


 11時18分。


「そろそろホットケーキの準備もしないとな」

 俺はそう言いながら、キッチンへと向かったのだった。


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 俺がホットケーキを作っている間に、ティアとシーナがやって来た。


 俺はいつも通りに扉を解錠して二人を招き入れた。


「こんにちは、ショーエン」

 と、そう言うティアの顔は、ほんのりと頬を赤くしていて心なしか瞳も潤んでいるように見えた。

 一方シーナはいつも通りの信奉者のような視線で俺を見て

「何かお手伝いするのです」

 と言いながらキッチンに入ってきた。


「よお、二人ともいらっしゃい」

 と俺は言い、シーナにはお茶の準備を、ティアにはボウルに入れたホイップクリームを混ぜる作業を依頼した。


 今回のホットケーキにはホイップクリームを乗せてやるつもりだ。

 豆乳、砂糖、レモン果汁で作る「なんちゃってホイップクリーム」だけどな。


 前回と同じく、重曹を混ぜて作ったフワフワのホットケーキに、ホイップクリームをデコレーションすれば、ただのホットケーキがちょっとオシャレなケーキに変身するからな。


 ティアはボウルの中身を混ぜながら

「これって何? だんだん固まってきた気がするけど、これでいいのかな?」

 と、だんだんホイップ状になってくるクリームを見て言った。


「おう、そろそろいい感じになって来たな」

 と俺はティアからボウルを受け取り、出来上がったホイップクリームを、あらかじめ自作しておいた絞り袋に入れて、ホットケーキの上にソフトクリームみたいに盛り付けてやった。


「おおーっ」

 とシーナは皿に盛られたホットケーキを見て「ホットケーキが進化しています。きっと美味しいのです」

 とはしゃいでいる。

 ティアは興味深げに出来上がったホットケーキを見ていたが、シーナが紅茶をカップに注ぎ始めたのを見て、ケーキの皿と食器をテーブルに並べる作業を始めた。


 テーブルに紅茶とケーキが並べられ、俺達は席についた。


「じゃ、いただきまーす」

 と俺が言うと、二人も「いただきまーす」と元気に言った。


 ティアとシーナは、初めて見るホイップクリームから手をつけていた。

 ティアはクリームを少しフォークで救い、一口食べてみた。

「あ、甘くておいしい!」

 と好評のようだ。シーナも、

「思ってた以上に美味しいのです!」

 と大好評だ。


「おう、そうだろ? でもこのクリームは、ホットケーキに絡めて一緒に食べるのが一番旨いんだよ」

 と俺はそう言って、ホットケーキを一口大にカットして、ホイップクリームを絡めて食べて見せた。

 ティアとシーナもそれを真似る様に、大きめにカットしたホットケーキをクリームに絡めて口に頬張った。


「!!!!!!!!!」


 二人は目を見開いて無言のまま俺を見て何度も頷く様な仕草を見せた。


「そうかそうか、それほど旨かったか」

 と俺は言いながら、もぐもぐしている二人のほっぺを眺めていた。


 相変わらず、愛らしいほっぺだな。


 このほっぺを見てたら、さっきまで考えていた世界の事などどうでも良くなりそうな気さえしてくる。


 勿論そんな訳にはいかないが、それほどにこの二人のほっぺには俺の心を癒す効果があるのだろう。


 俺もホットケーキを頬張ってもぐもぐしていると、ティアが俺の顔を見て

「ショーエンがもぐもぐする顔って、何だかとても愛らしいのね」

 と言ってきた。


 あら、まさかこれは、俺以外のほっぺ愛好家が初めて生まれた瞬間か?


 俺は「うんうん」と頷きながら、

「ティアとシーナのもぐもぐほっぺもカワイイぜ」

 と言って返した。


 二人は頬を染めて照れているようだが、以前までの様に耳まで真っ赤にして混乱するような事は無くなった様だ。


 ちゃんと成長してるんだな。


 俺はそんな事を考えながらホットケーキを食べ終え、カップに紅茶を注ぎ足した。そして紅茶を啜りながら二人が食べ終わるのを待っていた。


 食後は昼寝をする約束になっているし、二人はそれが一番の目的だったみたいだからな。


 昨日も街からの帰りの道中、ずっと二人は俺の腕に絡みついていて、まるで身体が離れると死んでしまうかの様にくっついてたもんな。


 生まれて初めて他人とのスキンシップを覚え、今はその未知の感触を自分の中で嚙み締めながら確かめているところなんだろうな。


 どんな生き物でも、初めて見る同種の生物に対しては警戒心から入るものだ。


 それが徐々に距離を詰めながら「敵じゃない」と安心すれば、何等かのコミュニケーションを始める。


 そしてコミュニケーションによって「自分と波長が合う」と感じれば、そこからスキンシップが始まり、そうして相手を感じながら「愛情への発展」を確認する。


 愛情へと発展できれば、さらにスキンシップを深めてゆき、いずれ生殖行為にまで至るというのが自然な姿だろう。


 そんな自然の摂理に、ティアやシーナは生まれて初めて触れる事になり、その感覚を理解しようと頑張っているところなのだろうな。


 そんな事を考えているうちにティアとシーナはホットケーキを食べきった。


「おし、じゃ、ごちそーさまでした!」

 と俺が言うと、二人も続いて「ごちそーさまでした!」と言って食器を片付けだした。


 俺は食器を片付ける二人を横目で見ながら、デバイスでリビングにマットを呼び出した。


 食器を片付けている二人もそれに気づき、二人は顔を見合わせながらソワソワしている様子だ。


 食器を片付けた二人はすぐに俺の元まで歩み寄り、マットの上から俺が促すままにマットの上に乗って来た。


 俺はマットの真ん中で大の字になって寝転んだ。


 するといつも通りにシーナは俺の左腕に、ティアは少し恥ずかし気だが、おずおずと俺の右腕を枕にして横になった。


 俺は両腕に二人の頭の重みを感じながら、しばらく静かに目を瞑る事にした。


 シーナは安心しきったような表情で目を瞑っていて、やがて寝息を立てだした。

 俺はそれを見計らい、右腕にティアの頭を乗せたまま、右手をティアの腰に回した。


 ティアの身体がビクっと小さく跳ねたが、俺は構わずティアの腰に回した右手に力を込め、ティアの身体を抱き寄せた。

 ティアを抱き寄せた事で俺の右肩にあったティアの顔が、今は俺の顔のすぐ横にある。

 ティアは顔を赤くしながら目を開いて俺を見ている。ティアの首筋が少し汗ばんでいるようにも感じる。

 息が少し荒くなり、これから何をされるのかと緊張しているのが、見ていてると分かる。


 俺は自分の顔をティアの顔に近づけ、

「目を瞑って・・・」

 と、シーナを起こさない様に小さくつぶやいた。

 ティアは言われた通りに目を瞑り、俺はさらにティアを抱き寄せてティアの唇に自分の唇を重ねた。

 ティアの身体がまたビクっと跳ね、そして震えていた。

 俺は、軽く唇を重ねる小鳥の様なキスを何度もしながら、少しずつティアの唇が解けていくのを感じていた。

 そして、何度目かの小鳥の様なキスの後に、俺は自分の舌でティアの舌の先に触れた。

 ティアの身体がまた跳ねて、身体の震えが止まらない。

 俺はそんなティアを更に強く抱きしめ、一旦唇を離すと、

「ティア、怖がらなくても大丈夫、俺を信じろ」

 と言った。ティアは小さく頷き、

「うん、ショーエンに任せる」

 と、熱い息を吐きながら小声でそう言った。俺は強くティアを抱きしめたまま、もう一度ティアの唇にキスをして、少しずつ自分の舌をティアの舌に絡ませる。

 ギュっと目を瞑るティアの身体は何度もビクっと跳ねていたが、それでもしばらく長いキスをしているうちに、やがてティアの身体から徐々に力が抜けてゆき、俺になされるままになってきた。

 俺はティアから唇を離し、ティアの耳元に口を寄せ、

「ティア、これが本当のキスだ。相思相愛の二人だけの、本当のな」

 と、耳まで顔を赤くして額に汗を浮かべているティアの耳元でささやいた。

 ティアは、はあっと熱い息を長く吐き、

「うん・・・」と小さく頷きながら右手を俺の胸の上に置き「すごかった・・・」

 と言って、身体の力が抜けたのか、俺の右腕に自分の頭の重みを預けた。


 俺の右腕には、ティアの心臓の鼓動が感じられ、その鼓動は強く、早く鳴っていた。

 俺は右手をティアの右腕に乗せて、優しくさすりながら、もう一度

「俺はティアが好きだ」

 と言って、ストンと頭をマットにおいて天井を見上げた。


 心なしか俺の息も少し荒くなっている様だ。


 俺の身体はまだ15歳、当然といえば当然だ。


 制御しきれない若い身体は、下腹部に大きなテントを張っているが、俺はそれをティアに悟らせない様に、静かに呼吸をしながら目を瞑った。


 しばらくそうしているうちに、ティアは安心したのか、いつの間にか静かな寝息をたてていた。


 それを見た俺も、目を瞑ってそのままいつしか眠りに落ちていたのだった。


 ---------------------


 それから1時間程度は眠っていただろうか。


 シーナに腕枕をしていた左腕に違和感を感じて俺は目を覚ました。


 俺がシーナの方を見ると、シーナは額に汗を浮かべながら、少し苦しそうに俺の左腕を掴んでいる。

 何か悪い夢でも見ているのだろうか、シーナは目を瞑ったまま、時折「ううっ」と呻き声を上げている。


 俺は少し右腕を動かし、ティアがそれに反応する様に目を覚ました。


「ティア、シーナの様子が少し変だ」

 と俺が言うと、ティアは俺の右腕に乗せていた頭を少し上げてシーナの方を見た。

「悪い夢でも見ているのかしら」

 とティアはそう言って身体を起こした。


 俺は自由になった右腕をシーナの左肩に回し、少しシーナの身体を揺さぶった。


「おい、シーナ。大丈夫か?」

 と俺はまだ目を瞑っているシーナに話しかけていたが、シーナは額に汗をかきながらギュっと目を瞑り、

「お腹が・・・」

 と声を出した。


「腹が痛いのか?」

 と俺が訊くと、シーナは額に汗をかいて「ううっ」と呻きながら頷いた。


 まさか、ホットケーキで食あたりになったのか?


 しかし、ティアは何とも無さそうだし・・・


 そう思った矢先、ティアがシーナの隣に屈んで、シーナの下腹部辺りを手で軽く押さえ、

「シーナ、もしかして、この辺りが痛いの?」

 と訊いた。


 それを見た俺は理解した。


「そうか、初潮か・・・」


 俺の声を聞いたティアはこちらを見て頷き、

「多分、そうだと思う」

 と言って、「ショーエン、私、一旦自分の部屋に戻って、道具を取って来る」

 と、シーナの下腹部を右手でさすりながら俺を見て言った。

「ああ、頼む」

 と言ってから、「ティア、それまでに俺が出来る事はあるか?」

 と訊いた。

「そうね・・・ じゃあ、シーナのお腹を擦ってあげてもらえるかしら」

 と言って、立ち上がった。

「分かった」

 俺はそう言い、うずくまるシーナの下腹部をさすりながら、ティアが部屋を急いで出て行くのを見ていた。


 くそっ!

 この可能性を俺が考えていなかったなんて!


 と俺は心の中で自分自身に悪態をついた。


 ミリカに生理用ショーツなどの生産も依頼しておくべきだった。


 俺はそんな事を考えながら、苦しむシーナの腹をさすって温めていた。


 そうしているうちにシーナは少し楽になったのか、熱っぽい顔を俺に向け、うっすらと目を開けて、

「ショーエンの手・・・ 気持ちいいのです」

 と言った。

「ああ。ずっとさすっててやるからな。すぐにティアも帰って来るから、もう少し頑張れよ」

 と俺はシーナを励ます事しか出来ない。


 5分もしないうちにティアがデバイスで「戻ったよ」と通知をしてきた。

 俺はすぐに扉を解錠してティアを部屋に入れた。


 ティアが手に持っていたのは小さな袋で、おそらく生理用品か何かが入っているのだろう。

 ティアは袋から紐のついた小さな玉を取り出し、シーナのスカートの中に手を入れ、ゴソゴソと処置を始めていた。


 おそらく、あの玉はタンポンの様なものなのだろう。


 しばらくしてティアはシーナのスカートの中から手を抜いて、

「これで大丈夫。しばらくしたら痛みも治まると思うわ」

 と言って俺の顔を見た。


「ありがとう」

 と俺は言いながらシーナのお腹をさすり続けていた。

 それから5分くらいでシーナは落ち着いたようで、俺とティアもほっと息をついた。


「さっきのあれは?」

 と俺はティアにさっきの玉の事を訊いてみた。

 ティアは袋からもう一つ同じ球を取り出し、

「生理用品よ。これを装着すると、経血を吸収してくれるのと、デバイスを通じて痛みを和らげる成分を分泌するの」

 と言った。「それと・・・」

 とティアはいったん言葉を詰まらせたが

「それと、これを装着して経血を感知する事で、デバイスからシーナが成人した事を政府に報告しているはずね」

 と言った。


 なるほど。


 俺の精通も、デバイスが脳波を読み取って成人した事を認識していたみたいだし、女子の場合も経血を感知させる事で成人した事が認識されるという事か。


「ティア・・・」

 とシーナがティアの手を握り、「私も成人したのです。これでショーエンと結婚できるのです。」

 と、少し誇らしげにそう言ったのだった。

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