現世の終わりと異世界転生

「ちょっと、起きて下さい!あなた大丈夫ですか?」


 という声で松影は目覚めた。


「うーん・・・ ふあっあ~あ」

 俺が目を覚ましてベンチに横たわったまま声の主を見ると、そこには制服を来た警察官がいた。


「ちょっとあなた、こんなところで寝ちゃいけないよ。さあ、早く起きて起きて」

「ああ・・・、こりゃどうもすみませんね」


 そう言いながら体を起こした俺は、違和感を覚えてもう一度その警官の顔を見た。


「ん?」


 警官の名前は横山啓二よこやまけいじ。36歳の警部補で麹町こうじまち警察署の生活安全課に所属。近隣住民の通報でこの公園にやってきて俺を起こしに来たらしい。


 という情報が、俺の頭の中に流れ込んできた。


「んん??」


 俺は何でこんな事が分かるんだ? この警官の顔を見ただけで、何故か状況が飲み込めてしまったぞ。


 さらにその警官の顔をまじまじと見ていると、さらに情報が流れ込んでくる。


 横山啓二の家族構成は34歳の嫁と10歳の息子と8歳の娘の4人家族。先月は息子が小学校で体育の授業中にケガをした為に小学校に乗り込み、教師に対して脅迫まがいの慰謝料請求をチラつかせていた事など、警官としてあるまじき行為の数々までが、まるで見てきたかのように松影の頭の中に情報が流れ込んでくる。


「どうかしましたか?」


 様子のおかしい松影の姿に横川という警官が声をかけたが、松影の頭はあり得ない情報量を処理しきれずに混乱していた。


「あ、いや、すみません。ちょっと寝ぼけてるみたいで」

「とにかく早く起きて下さいよ。自宅はどちらですか?帰り道は分かりますか?身分証はありますか?」

「ああ、はい。自宅は池袋です。昨日は終電を逃してしまってここで休んでいただけですんで」

 そう言って立ち上がり、ついでに身分証として保険証を提示した。


 横山という警官は保険証を見て住所と名前を確認し、ベンチに置きっぱなしの俺のリュックの方をチラっと見てから俺に保険証を返した。


「じゃ、気を付けて帰ってくださいね」

「はい、どうもすみませんでした」


 俺はリュックを担ぎ、ベンチから離れた。


 いつの間にか、ベンチにあったはずのあの本は無くなっていた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 池袋のインターネットカフェまでは地下鉄で移動した。

 公園からは飯田橋の駅が近かったので、そこから東池袋の駅まで移動し、グリーン大通りを通って東口の裏通りに向かい、居住しているインターネットカフェまで帰ってきた。


 このネカフェには、他にも住居として住民票の登録をしている「住人」が多くいる。

 というか、ほぼすべての利用者が、ここに居住している「ホームレス」だ。


「おかえりなさい」

 と店員が声をかけてきた。俺は店員の顔を見て「ただいま」と声を掛けながら、店員に関する情報が頭の中に流れ込んでくるのを感じていた。


 地下鉄に乗っている時もそうだ。

 乗客一人ひとりの顔を見ると、その乗客に関する情報が怒涛の様に頭の中に流れ込んできて、まるで船酔いのような感覚に襲われて気持ち悪くなってしまった。

 思わず目を瞑ると、それらの情報は嘘のように消えてゆく。


 どうやら、俺が目にしたものに意識を向けると、それに関連する情報が頭の中に流れ込んでくるようだ。


 ネカフェに帰り着いた俺は、そそくさと自分のブースに戻り、担いでいたリュックを足元にドサリと落として、だいぶガタがきたリクライニングチェアに身体を沈めた。


「いったいどうなってんだ俺の頭は・・・」


 リクライニングチェアに身体を預けたまま目を瞑り、俺は昨日の夜の事を思い出していた。


 公園のベンチに放置されていた、ぼんやりと光っていたようにも見えるあの本。中身をめくるとすべてのページが白紙で、何も書かれてはいなかった。

 でも、あの本を枕にしようとページをめくって頭を乗せた途端、あの本が青白く光りだして俺の頭の中に津波の様に情報が流れ込んできた。

 あの時は、情報量が多すぎたのか頭の中が混乱して、とにかく早く眠りたかった。

 だからあの本から光が消えた時も、何も考えずにそのまま寝てしまった。


 俺は今までに読んできた本の内容を思い出そうとして、ふと、ある言葉に行き当たった。


「アカシックレコード・・・」


 宇宙空間すべての星々に関するすべての情報が集まる、情報の中枢。その情報は、過去の記録だけならず、未来の事までが記録されているという、SF映画の世界に出てくる空想上の施設だ。


 いや、本当に空想上の施設なのか?

 いかんな。目を瞑っていても色々考えてしまう。


 俺は意識的に考えるのをやめ、シャワーでも浴びようとブースを出た。


 午前11時、この時間は誰もシャワールームを使わない。

 ブースから着替えとタオルを持出し、レジカウンターで小さな石鹸を買い、シャワーブースでシャワーを浴びる。夜中まで働いて汗臭い服を脱ぎ棄て、脱衣所の隣にあるコインランドリーに放り込む。シャワーブースが使えるのは30分単位だ。シャワーマシーンに500円玉を入れると30分間シャワーが使える。俺はシャワーを浴びながら体を洗い、頭も石鹸でゴシゴシ洗った。シャンプーじゃないので髪の毛がギシギシするが気にしない。半分白髪になってるし、今更オシャレも何もない。


 そうして身ぎれいにした後、俺はランドリーの服を乾燥機に入れてブースに戻った。


 どういう理屈かは分からないが、あの情報津波(と呼ぶことにする)は、俺が意識を向けなければ来ないようだ。

 しかし意識を向けると、それが生き物かどうかにかかわらず、それに関する情報が怒涛の如く流れ込んでくる。


 例えば、今着ている服もそうだ。意識を向けると、その服を購入した店、製造している工場、果ては材料の採取風景までが頭に流れ込んでくる。

 しかし、特に意識をせずにぼんやり見ていてもそうした情報津波は来ない。


「アカシックレコード・・・」


 俺はもう一度そう呟いてみた。

 しかし、いくらアカシックレコードについて知ろうと意識をしてみても、情報津波は来なかった。


「何だかなぁ・・・」


 よく分からないが、アカシックレコードなど存在しないという事なのか、それとも意識の仕方にコツが必要なのか、とにかく、アカシックレコードについての情報は得られそうに無い。


「さて、今日は貴重な休暇だ。明日はまた交通整理に行かなきゃならないし、今日のうちに状況整理だけでもしておきたいところだな」


 そうだ、インターネットで調べる事は出来ないだろうか?

 あの本が原因だろう事は想像がつくが、俺は何も特別な人間なんかじゃない。

 こんな不思議な出来事が大勢に認知されているとは思えないが、俺だけが特別な体験をしたなんて事は無いはずだ。きっと他にも同じような体験をした人がいて、その体験をインターネット上で公表している可能性はあるはずだ。

 うまくすれば、原因と対処法なんかも分かるかも知れない。


 俺はPCの電源を入れ、インターネットの検索ウインドウを開いた。


 さて、何と検索したものか。


「情報津波・・・じゃあダメか。津波情報しか出てこないな。ほかには・・・」


 アカシックレコード。


 俺が検索ウインドウにそう入力してエンターキーを叩くと、それらしい情報が表示された。


「やっぱこれかな。アカシックレコードとは、元始からのすべての事象、想念、感情が記録されているという世界記憶の概念で、アーカーシャあるいはアストラル光に過去のあらゆる出来事の痕跡が永久に刻まれているという考えに基づいている。宇宙誕生以来のすべての存在について、あらゆる情報がたくわえられているという記録層を意味することが多い。by ウィキポンタ か・・・」


 他にも「宇宙の図書館」だとか「万物の情報記録庫」だとか、表現は違えど、同じような意味を表す説明文が散見される。


「ふむ・・・ では、これではどうだ?」


 俺は「宇宙」と入力した。


 すると、画面には星々の画像や宇宙の画像が表示される。

 その画像に意識を集中してみたが、どうやら宇宙の情報について「情報津波」が来る事は無いようだ。


「何なんだ一体、情報津波の発生条件くらいは分からんと、今後の生活がやりにくくてたまらんぞ」


 それから「宇宙」を含む様々なワードで検索してみたが、どうにもしっくりくる情報には出会えなかった。


 気が付けばもう午後の3時を過ぎていた。


 俺は検索を諦めて、mytubeのページを開いて、ニュース動画でも見る事にした。


 動画のサムネには「第三次世界大戦終結から10年、世界の復興状況」という動画が並んでいる。


 そうか、あの世界大戦が終わってからちょうど10年になるのか。


 2023年に始まった第三次世界大戦。西側諸国の陰謀により東側の大国による隣国侵攻をきっかけに日本も戦争に巻き込まれ、気が付けば世界を東西に分かつ大戦に発展した21世紀最悪の戦争だった。

 あの戦争に勝者は無く、ただただ資産家が投資した軍需産業だけが肥え太り、政治の愚策によって世界中で「戒厳令」が発令され、それと並行して世界は「政府による超管理社会」になってしまった。戦後の復興を理由に世界中で増税が行われ、それまで30年間のデフレ経済に苦しんだ日本などは特に庶民のダメージが大きかった。

 ロスジェネの一員である俺などはただでさえ貯金も無い上に消費税の増税により生活に必要な買い物さえ出来なくなる始末。

 あげくアパートの家賃さえ払えなくなり、今の生活に落ち着いた訳だ。


 あれから10年。あの「勝者無き戦争」とやらはいったい何の為の戦争だったんだか、おそらく誰にも分からないのではなかろうか?


 そんな事を考えながらニュース動画を再生した途端、突然「情報津波」がやってきた。


「うおおお!」


 それは、おぞましいうねりとなって俺の頭の中に押し寄せ、目を開けている事さえ辛くなるほどに俺の頭の中を揺さぶった。


 それは2001年から始まった。西側諸国のリーダー的存在の大国が、自国内で「同時多発テロ」を自作自演。恐怖と怒りに駆られた国民は「テロ組織を倒せ!」と声を上げ、大国は捏造したテロの罪を資源大国に擦り付けた。そして国民の声を利用して罪の無い国を侵略し、その国の資源利権を得て戦争を終結した。

 その事実を国民から覆い隠す為に、事実を知る国の党首を次々に暗殺。暗殺に失敗した国には「独裁者国家を民主化し、国民を救済する」との大義名分でさらに侵略し、その勢力を拡大し、経済的な利益を貪り食った。

 更に真実を探求する国民の目をふさぐ為に、世界中で疫病を流行らせ、「感染拡大の抑止」という大義名分の元に国民の行動を制限する法案を次々と可決。さらに国民を白痴化する為に、思考力を低下させる毒を「ワクチン」として世界中にばらまき、およそ8割の人類の白痴化に成功。そして2023年、西側諸国の工作により東側の大国が隣国侵攻を始め、白痴化した国民の支持により先進国が戦争への参加を可決。武力により戦争参加国の国民の3割が死亡する最悪の戦争に発展し、2025年に戦争が終結。

 どんな国も人口減少が3割を超えると、それは「壊滅状態」として定義され、半数以上の国が統治機能を喪失した。

 日本は辛うじて生き残ったが、それでも1割以上の若者が命を落とし、高齢化の比率が大きく悪化。

 その時にはホームレス状態だった俺は、戦争への協力義務を課される事から逃れられたが、その後に社会復帰できる社会では、既に無くなっていた。


「はっ!!」


 俺はとっさに目を瞑り、その情報を意識から遠ざけた。


「はあっ、はあっ!」


 何なんだよ一体! 今回の情報津波はかなりえげつない内容だったぞ!?

 それに何なんだよ、西側の大国の陰謀まみれの情報ばかりじゃねぇか!

 どこぞのスパイ映画だってもっと易しい内容だぞ!?

 こんな・・・ こんな事が事実な訳がねぇだろ!


 くっそ! 頭がぐわんぐわんしやがる! 吐き気がするぜ!

 収まれ!収まれ!収まれ!情報津波はやく収まれ!


 俺はギュっと目を瞑り、できるだけ美しい風景を思い浮かべる様に努めた。

 そうしているうちに情報津波は治まってゆき、やがて頭の中の乱れは薄れて無くなった。


「ふうー・・・」


 俺は目を瞑ったまま大きく深呼吸をして、呼吸を整えた。


 よし、落ち着いた。


「しかし・・・ さっきのは本当の事なのか?」


 分からない。

 だけど、事実かどうかにかかわらず「すごい話」なのは確かだ。

 もしこんな内容のスパイ映画か戦争映画があったとしたら、それは超大作に違いない。


「あ、そうだ」


 いい事を思いついてしまった。

 今の話を整理して、ちょっと脚色なんかもして、ネット上で小説の投稿みたいな事をすれば少しは稼げるんじゃないのか?

 もしかしたらこれが俺の社会復帰のキッカケになるのかも知れない。


 特に何かの信仰がある訳じゃないけど、もしかしたら、これまで地道に頑張ってきた俺に、どこかの神様が授けてくれたチャンスなのかも知れない。


 そうだ、あの本!


 あの本は、その神様が俺に授けてくれた「能力の源」なんじゃないのか?

 だとしたらスゴイ事だぞ!

 60歳にして人生をリセットできるかも知れない!


 ここ30年以上、女にモテた事も無ければそんな余裕も無かったが、60歳なら人生あと20年は生きられる!

 残り20年だけでも幸福に生きられれば、コレまでのクソみたいな人生だって笑い飛ばせる「過去の話」にできるかも知れない!


 よし!やってやる!


 俺に文才があるとは思っていないが、これまで沢山の本を読んできた。

 俺は先ほどの「情報津波」で得た内容を元に、ショートストーリーとして小説仕立てに文章を組み立てていった。

 そうして、ほんの6時間程度で、3万文字程度の小説が出来上がった。

 そしてその小説を、出版社が運営する小説投稿サイトにアップロードした。


 時計は夜の11時になっていた。


「やった・・・」


 俺は今まで味わった事の無いような達成感を感じながら、PCの電源を落とした。


 明日はまた交通整理のバイトだ。

 小説が世に出るかどうかは分からないが、これが一つの希望になるのは間違いない。

 それまではバイトで食いつなぎながら生きるしか無いが、希望のある人生なら生きる事に意味ができるし、他にも「情報津波」を利用していろいろな小説を書いてアップロードすれば、もしかしたら、印税生活だってできるかも知れない。


「ははっ」


 自然と笑みがこぼれる。


 生きる目標を見つけて未来への希望ができた。


 たったこれだけの事なのに、これまでの絶望的な気分がバカらしく感じるほどに爽快な気分だ。


 よしっ、明日からのバイトも頑張ろう!


 その為にも今日はちゃんと寝て、明日は張り切ってバイトに行こう!


 そうして俺は、普段は節約の為に飲まなかったビールを買って、一人祝杯よろしく飲み干した。


 深夜0時頃、俺は心地よいまどろみに包まれて、ブースの中で眠りについた。


 ----------------


 深夜3時12分。


 松影が居住するインターネットカフェに2人の男が入ってきた。

 黒いスーツに身を包んだ二人の男のうち、一人が店員に身分証のようなものを見せて、小声で何かを伝えた。


 店員は強張った表情でカウンターを出て、二人の男を松影が眠るブースの前まで案内した。


 二人の男のうち、一人がそっとブースの扉を開け、ポケットから取り出したハンカチに、もう片方のポケットから取り出した小瓶に入っている液体を染みこませた。

 そしてそのハンカチを松影の顔にゆっくりと押し当てた。


 そして、男達は松影の呼吸が止まったのを確認し、店員に何かを告げてから店を出て行った。


 店員は固い表情のまましばらく時計を見て過ごし、15分が経過した頃に店の電話で「119」に電話した。


「はい、119番消防です。火事ですか?救急ですか?」

「あの・・・ 救急です・・・ 人が死んでいます・・・」

「場所はどちらですか?」

「東池袋9丁目のインターネットカフェです」

「あなたのお名前は?」

「店員の田中と申します・・・」

「15分以内に行きますので、現場はそのままにしてお待ち下さい」


 店員は、ゆっくりと受話器を置き、松影のいるブースに戻り、そっと松影の顔を覗き込んだ。


 松影は、少し笑みを含んだまま、満足そうに眠ったように死んでいたのだった。


 -----------------


 ん? 何だ? どこだここ?


 松影は目を覚ました。

 いつものネカフェの天井とは違う、無機質で清潔な天井が松影の視界にあった。


「マリエル、ショーエンが目を覚ましたようだよ」

「そうね、タルキス。とても愛らしいわ」


 うわ、何だこれ。頭の中に声が直接響いてくるみたいだ。「情報津波」みたいな不快な感じじゃないけど、なんだか変な感じだな。


 俺は、まだぼんやりしている視界をグルグルと巡らせて、声の主を探した。

 身体はどこも痛くは無いのに、どうにも首が思うように動かせない。


「うーあ」


 ???

 何だ?うまく発声が出来ないぞ?喉の筋肉がゆるゆるで声帯がきちんと動かない感じだ。

「あーだー」

 うわぁ、やっぱダメだ。俺のノドどうなっちまったんだ?

 俺は動きそうな手で自分のノドに触れようとした。


 ??????


 え? 俺の手、小さくないか??

 ぼんやりとしか見えないけど、めちゃくちゃ小さくないか??


 自分の顔を触れようとしたが、なんだかプニプニした感触が伝わるだけで、状況がいまいち理解できない。


「ふふふふ、かわいいわね」

「ああ、本当にかわいいな」


 まただ、また頭の中に声が響いてくる。

 いったい何が「かわいい」ってんだ?

 かわいいものは俺も好きだぞ。俺もかわいいものが見たいぞ。


 不意に頬をプニプニされる感触を感じた。


 なんだよ、やめろよ。子供じゃあるまいし。

 っていうか、あれ? 今のって俺のほっぺたの感触?

 なんとなく、だんだんと視界がはっきりしてきた気がするけど、もしかしてこの小さな手って俺の手? このスベスベしてむにむにしてるのが俺のほっぺた?

 で、視界の端に映る金髪の美男美女が声の主か?

 っていうか、誰?


「やあ、おはようショーエン。パパの顔が分かるかい?」

「ふふふ、キョトンとした表情のなんて愛らしい事。ショーエンはきっと美しく成長するわね」

「ああ、目元などは君にそっくりじゃないか、マリエル」

「あら、口元はあなたに似ていてよ。タルキス」

「はは、本当に私たちの子だな、ショーエンは」


 私たちの子???

 意味が分からん!

 あ、ちょっと待て、いったい何をするつもりだ?

 おいおい美人のねーちゃん、俺を持ち上げる気か?

 そんな事できる訳が・・・


 と思った時には俺の身体は軽々と持ち上げられて、マリエルと呼ばれた金髪女の腕を枕に胸元に抱きかかえられた。


 うっわ、やわらか!

 何これ、おっぱい?おっぱいなの?

 っていうか、俺って何? 赤ん坊なの?

 これって夢? めっちゃリアルな夢見てんの俺?

 っつーか、おっぱいやわらけー!

 30年ぶりのおっぱい気持ちえー!

 感動で泣けてくるよ、ほんと涙ちょちょぎれるよこれー!


「おやおや、ショーエンが泣きそうだよ」

「あら、ほんと、お腹がすいたのかしら?」


 マリエルが白いローブのような服の胸元をはだけて俺の目の前に乳首を押し付けてきた。


 うっわ、マジで?いいの?っていうかなんだこれ?俺の中の本能的な何かがおっぱいに吸い付けって言ってるんだけど、ほんとにおっぱい吸っちゃっていいのこれ?警察に突き出されたりしない?

 あああーっ


 っと本能に抗う事が出来ずに俺はマリエルのおっぱいにむしゃぶりついてミルクを飲んでしまっていた。


 ああ・・・

 何この安心感・・・

 何なのこの充足感・・・

 ミルクなんておいしいものじゃないと思ってたのに、何この抗えない空腹感・・・


「あらあら、よっぽどお腹が空いていたのね」

 頭の中に心地よく響くマリエルの声を聞きながら、今度は俺を抗えない睡魔が襲う。


 ああ、そうか。

 俺は本当に赤ん坊になったんだ。

 どこか知らない国の子供になったんだ。

 だって、聞いたことない言葉をしゃべってるのに意味が分かるし、きっとこれも、あの本の効果なんだろう。

 ああ、あれか、いつか読んだ小説にあった「異世界転生」みたいなあれ。

 きっとそうだ。そうであってほしい。おっぱいにむしゃぶりつきながらまどろんで眠りにつけるなんて幸福、俺に訪れる訳無いもんな。夢とは思えないリアルな感触。

 ああ、意識が遠のいていく・・・

 眠りの国に誘われていく・・・

 明日の仕事なんて考えずに眠れる幸せ・・・

 おっぱいにむしゃぶりついても警察に突き出されない幸せ・・・


 ああ・・・

 幸せだ・・・


 そうして俺の第二の人生が始まろうとしていた。

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