ホームレスから転生した俺が異世界を統治したら、元の世界がカオスだった件

おひとりキャラバン隊

第1章 無知の頃

プロローグ

「何だこれは?」


 吉田松影よしだまつかげ(59)は、公園のベンチの上に置き捨てられた1冊の本を見てそうつぶやいた。


 日雇いバイトの交通整理の仕事を終えた深夜0時、最終電車に間に合わない事を知って徒歩で帰宅する為にトボトボ歩いていたが、足が痛くなったので通りがかった公園のベンチで休もうと、担いでいたリュックをベンチに置いた時に「その本」を見つけた。


 俺は昭和50年に生まれた、いわゆるロストジェネレーションだ。

 10代の時には「いい大学に行けば人生は安泰」といわれ、受験戦争を戦ってみれば、いざ就職しようとした時にはバブルがはじけて就職氷河期。

 結局就職できないまま数年を過ごし、いざ企業が求人を始めたと思ったら「新卒の採用」ばかりで俺達の世代は就職もままならない。

 そのまま、日々を日雇い労働で過ごすしか無くなり、社会から置いてけぼりにされた「失われた世代」の一員だ。


 社会の何が原因でそうなったのかは分からない。俺はいつも「政治のせいだ」なんて言ってたが、きっとそれは俺の言い訳なんだろう。


 気が付けば西暦2035年。俺も今年で60歳になる。


 そんな社会の落ちこぼれの俺だが、いつでもどこかの企業に就職できるようにと、読書だけは人一倍やってきた。

 ビジネス書も色々読んだし、小説や漫画も読んだ。それらは知識の蓄積や考え方の参考書としては勿論、俺の心を満たす現実逃避としても大いに役立った。

 

 そんな俺の前に、うっすらと怪しげな光さえ放っているようにも見える、国語辞典くらいの大きさの本が放置されているのだ。


 周囲を見回してみたが誰も居ない。


「うーん・・・」


 ま、誰かの忘れ物なんだろうが、調べたい事など今はインターネットでいくらでも調べられるし、大して重要な本でもないんだろう。


「枕にするのにちょうどいいかも知れないな」


 俺はそうつぶやきながら、帰宅するのも面倒になって、公園のベンチで寝る事にした。

 先ほど「帰宅しようとした」と言ったが、あれは俺の見栄だ。

 実際には、インターネットカフェのブースに住んでる、いわゆる「ホームレス」だからな。

 これまでにも仕事で帰れない日もあったし、インターネットカフェの店員も今日帰らなかったくらいで目くじら立てたりはしないだろう。


 それに今は10月。今日は天気もいいし夜は涼しくてベンチで寝た方が気持ちがいいかもしれない。


 俺は放置された本を枕にして、ベンチで寝ようと体をベンチに横たえた。


「うーん、ちょっと枕が高すぎるな」


 俺は、ちょうどいい高さの枕になるようにとその本のページを数ページ開いた。


 なんとなく開いたページには何も書かれていなかった。


「ん?変な辞典だな」


 そう思って他のページもペラペラとめくってみたが、どこにも何も書かれていない。

 どうやら、国語辞典ではなさそうだ。


 でもまぁ、何も書いてない割には立派な表紙の本だが、今は枕として役立ってくれればほかの事はどうでもいい。


 俺は適度な高さになるようにページをめくり、本を枕にして寝る事にした。


 そして俺が開かれた本に頭を乗せた瞬間、それは起こった。


 その本が突如青白い光を放ち、俺の後頭部に張り付いたかと思うと、ものすごい量の情報が俺の頭の中に津波の様に流れ込んできた。


「うおおおお・・・」


 俺はまるでその本に飲み込まれるような錯覚を覚えて立ち上がろうとしたが、体はピクリとも動かない。


 その間もとんでもない量の情報が頭の中に流れ込んでくる。


 どれくらいの時間が経ったのか分からない。ほんの数秒の事かも知れないが、本の輝きが消えたかと思うと、金縛りにあったように動かなかった俺の身体は何事も無かったように動かせるようになった。


 俺はその場で体を起こしてその本を見た。


 さっきまで、なんとなくぼんやり光っていたように見えたその本からは何の気配も感じなくなり、ただの「中身が白紙の分厚い本」だけがそこにあった。


「何だったんだ一体・・・」


 俺は疲れて夢でも見ていたのだろうか?

 それにしてはリアルな夢だったが・・・


 まあいい。


 とにかく今は寝よう。明日は仕事も無いし、ネカフェでダラダラ過ごせる貴重な休日だ。動画サイトで最近の出来事も確認しておきたいし、人生の最後くらいは「人並の生活」を経験しようという目標をあきらめた訳でも無いしな。


 なんとなく痺れる頭をボリボリと掻きながら、俺はまたベンチに横になったのだった・・・




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