いつかは、獣よ撃ち抜いて

定住ポリプ

怪獣

結局、人類文明の衰退が止まる事は無かった。最小は数mmから、最大は200mを超える生物種「怪獣」は悉くを破壊した。空を破り、大地を砕き、海を裂く。奴等は生ける大災害。辛うじて、少数の人間が生き残っている状況だ。


「8年……。食えん事もねぇかぁ」


埃で汚れた缶詰を掴んで、男はそう呟いた。今や食糧は貴重である。その日暮らしで、騙し騙し生きている彼にとって、これは十分なご馳走であった。


「貰ってくぜ。……お前が食っても、どこかしらから通り抜けちまうだけだろ」


亡骸が横たわる出口を背にして、倉庫をあとにする。外は青々しい雄大な自然が広がっていた。皮肉な程に美しかった。文明の衰退によって緑が還ってきたのだ。


「これなら……ビル群が地表を覆い尽くした方が幾らかマシだったな」


だが彼はこの光景を恨めしく思う。夕日が差し掛かり、いっとうに美しく見えても尚それは変わらない。まだしばし、歩き続ける。


「…………。」


すっかり日が暮れると、森の中で火を起こした。どうにか使えそうな木枝を持ち寄せて、焚き火を作った。怪獣が世界の覇権を握って以降、地球環境は激変したのだ。植物も例外では無く、炎で簡単に燃えるものは少ない。


「……クッソ不味い」


次に、缶詰を貪った。手が汚れるのも構わずに口に運んだ。品質の悪い人工肉だが、それでも彼の身体に染み渡る。明日を生きる活力にはなるだろう。


「ちょっと……いきなり銃口なんて向けないで」


暖の取れる焚き火に引き寄せられたのは、一人の少女だった。決して脅威となる怪獣などでは無いが、暗がりでは分かりづらい。


「悪いが食い物なんか持ってないぞ」


「その硬そうな四角いのでいいわ」


彼は生意気に思いながらも、数少ない生存者のよしみで食料を分け与えた。貴重な情報交換の機会だ。


「どこから来た?」


「ここからそう遠くない近くの村からよ。……おじさんはどこから来たの?」


拠点など滅多にあるものでは無い。大抵は移動式の物が多いが、それでも無いらしい。完全な定住だとか。


「さあな。故郷なんぞ忘れたさ。……お前はなんで村から出て来たんだ?」


「それは……私が怪獣を引き寄せるから……」


男はまた銃を向ける。これで、直ぐにでもこめかみに撃ち込める。


「待って、私を殺しても意味がないのよ。撃たないで!」


さらに強く押しつける。


「だったら早く立ち去れ。俺に近づくな」


彼女自身には害が無くとも、怪獣を引き寄せるとなれば大変に迷惑だ。


「その銃……知ってるわよ。遠い昔の、怪獣と人間が渡り合えていた日の遺物よね」


片手で持てる程度の大きさだが、怪獣の肉をも貫く威力を誇る。特殊な銃だ。今ではとても創り出せない骨董品だ。


「すごい武器かも知れないけれど、弾が出せなきゃ意味ないわよね?……私なら、その弾が保管されてる遺跡に案内出来る」


「弾の代用品なんぞ腐るほど転がってる」


しかし、あくまでも代用品である。威力は大きく劣る。彼が目的としている復讐の相手には、擦り傷一つ付けられないだろう。


「やっと銃を収めてくれた。交渉成立よね?……じゃあ明日に備えて寝ましょうよ」


彼は横になりかける少女の腕を引っ張り上げた。直ぐに焚き火を消して、荷物も背負い込んだ。


「一晩中お前のお守りなんぞ御免だ。夜通し歩き続けて、この森を抜ける」


少女は目を擦りながら、面倒そうに引っ張られている。


「そんなに急がなくちゃダメ?この辺りだと、大型の怪獣はあまり出没しないわよ」


「俺みたいな拠点を持たない人間からすれば、チビの方が面倒臭ぇんだよ。分かるだろ」


個体差もあるが、この辺りに出没する怪獣は今でも無力化する事は可能だ。特殊な加工を施して食べていた記録すらあると言われている。しかし、生身の人間には十分に脅威である。遭遇はなるべく避けたい。


「だからって遺跡に着くまで不眠不休で進む気なの?」


いつの時代でも程度に差はあれど、人間には休息が必要だった。この銃が作られた時代とて例外では無い。


「歩き続ければ、もう使われてない生活拠点がある。さっき倉庫で地図を見た。……分かったら無駄な体力を使うな。黙ってろ」


旧生活拠点の場所は、幸いにも遺跡の方角と見当違いな所では無い。気休め程度だが防壁も築かれている。そこで物資の補給をして休息もとる。


「分かったわよ……」


納得しても眠気が覚める事は無い。ウトウトと下を向きながら朧げに歩いていた。


「……痛ったいわね!。いきなり止まらないでよ!」


立ち止まった彼の大きな背にぶつかってしまう。何やら険しい表情をしていた。


「静かにしろ。……1匹いる」


彼が前方に向かって弾を放つ。目標は獣脚類のような小型の怪獣だった。胴のあたりに命中したが、森に発砲音を響かせてしまった。


「音出して大丈夫なの?」


「大丈夫じゃねぇが、これしか方法が無いだろ」


怪獣の様子をしばらく伺ったが、起き上がる気配は無い。恐らくは死んだのだろう。


「ギィィィァァアア!!!」


しかし、後方からもう一体の怪獣が二人を目掛けて飛びかかる。彼は咄嗟に少女を突き離すと、奴の口内を目掛けて爆弾を放り込む。


「くたばれ!」


その鋭い牙に裂かれぬように、背を屈めて懐に潜り込んだ。大きさから考えれば、爆弾は喉元に引っ掛かっている筈だ。


「ぐぁァアッ!クソが!!」


しかしヤツの武器は牙だけでは無かった。その両手の爪によって、肩の肉を裂かれてしまう。だが……時間が来た。


「ざまぁ見ろ!」


内側から頭部が吹き飛んだ。血飛沫が彼へと降りかかり、悪臭が周囲に漂う。奴らは群れで襲いかかる。まだ気を抜く事は出来ないようだ。


「嫌!!」


今度は2体同時に少女を襲うべく飛びかかる。やはり、彼女が怪獣を引き寄せたのだろうか。


「伏せてろ」


奴らを殺す方法はただ一つ。体内のコアを破壊する事だ。しかし、コアはとてつも無い硬度を誇る。それを破壊可能な兵器は数少ない。


「ありがとう。助かったわ」


「今死なれたら、ここまで徒労になっちまうからな。早く立て」


あの銃で、二つのコアを正確に撃ち抜いた。肉体の形状崩壊が起きたりはしないが、もう二度と動くことは無い。外傷は目立たないが死んでいる。


だが逆に、体がいくら欠損しようと、コアさえあれば死ぬ事はない。爆弾で頭を吹き飛ばした個体は、遅まきながらも着実に再生し続けているのだろう。


「何匹いやがる……」


森の陰からもまた、1匹、1匹と姿を表す。あと……何体も相手にすればよいのか計り知れない。だが彼は覚悟を決める。


「手間取らせやがって!ただじゃ殺さねえからな!!」


少女を前に突き出して、奴らをある程度誘き寄せる。そして彼は手際良く弾を装填した。当然ながら弾数には限りがある。


だが、そんな事は構わずに、足だけを狙って何度も何度も撃ち抜いた。彼の目論みでは、なるべく1箇所に密集させる必要があるのだ。


「ねえ!そんなに撃って大丈夫なの!?逃げなくていいの!?」


「黙れ。黙ってそこに突っ立ってろ!!」


ひたすらに装填と発砲を繰り返して、足止めを行っている。当然これだけでは、現状の打破は出来ない。ただただ、撃たれて踠く怪獣が辺りに増えるばかりである。


「離れるぞ!!」


群れを粗方撃ち尽くした。そうすれば、奴らに向かって、遂に爆弾を投げつける。一度目よりも大きなモノだ。確実に喉には通らないだろう。当然ながら威力も数段上である。二人は巻き込まれないように、必死に走った。


「痛い……」


弱音を吐きながら、爆風によって地面に叩きつけられた体を起こす。顔が泥塗れになっていた。周囲は大量の肉片が飛び散ったあとだ。先程よりも大きな血の花火が上がったのである。


「死んだの?」


「死んでねえよ。寧ろ死んでたら困る」


爆弾を使ったのは敢えての事だった。彼は徐に、肉片からあるものを抉り出す。


「見ろ、これが弾の代用品だ」


指で摘んで見せたのはドス黒い球体だった。これこそが怪獣のコアである。奴らの不死性の根源。いくら肉体を破壊しても、ここさえ無事であれば再生してしまう。いわば怪獣の本体だ。


「そんな危ないモノを、代用品として使っていたの!?」


彼はそれを茶色い筒の中へと密閉した。そこは真空状態である。程度の低い怪獣ならば、それで再生の封じ込めが可能だ。


「怪獣を貫く弾に、怪獣を使って何が悪りぃんだよ」


コアはあらゆる器官の中でもとびきり硬い。極少数の限定的な兵器でなければ破壊は不可能だ。逆に、少しでも傷が入れば、泥のようになって朽ちる。その点では繊細と言えるのかも知れない。


「また何匹か来るかも知れねぇ。今のうちに行くぞ」


一からの再生にはかなりの時間を要するが、あまり悠長にはしていられない。全てのコアを採取すれば、すぐにその場を後にする。


もう少しで森を抜ける。あと一息だった。……こうして、少女の長い夜は終わりを告げる。


「大丈夫だ。入れ」


旧拠点の内装は完全に朽ち果てていた。しかし、雨風を凌げる雨も、外敵から身を守る壁も一応は存在している。ほんの気休め程度だが。


「1時間毎に交代だ。先に寝ろ」


彼は壁に持たれて座り込む。少女は床に寝そべり、微かに漏れる朝日の光を手で覆う。やはり睡眠に適した場所では無い。


「おじさんは、どうして遺跡を目指してるの?」


どうにも寝付けずに、遂には声を掛けてしまう。これは予てより気になっていた事でもあった。


「分かってるのか?……1時間後だぞ」


「……気になるじゃない。だって、その銃と代用弾さえあれば十分に生きていける筈なのに、どうして?」


遺跡に行く動機が無くなれば、困るのは彼女だ。しかしそれでも検討がつかない。


「十分って訳でもねぇさ。だが……それでも、遺跡に行くってのは単純な動機だ」


彼は過去を振り返る。まだ銃が3丁もあった。それどころか、大砲を備えた空飛ぶ戦闘船団で、仲間と怪獣に挑んでいた時の事。


あの時代は、まだ人々に気力があった。今から考えれば、それだって過去の遺物に縋っていたに過ぎないのかも知れない。だが少なくとも、希望の中で死に絶える事くらいは出来ただろう。


「こんな俺にも女房がいた。生きてりゃお前くらいの娘だってな……」


しかしそれは、一夜にして奪われた。決して忘れることは無いだろう。忌々しい怪獣の光線が、前方の船を貫いた。


直撃した船は跡形も無く消え去り、その爆発の余波ですら、他の船の大破に至った。生き残ったのは彼とその師匠だけだった。


「…………神だ」


そして師も、その言葉を最後に脳幹を弾で貫いた。こうして怪獣狩りの船団は終わりを迎え、今日まで続く彼の復讐が始まった。


「アイツらは馬鹿デカイだけの生き物だ。あんなもんに神性だの罪だのを勝手に見出したのは人間だ」


師匠には多くの事を教わった。今でもその知識には助けられている。だが最後の言葉だけは、断固として否定する。


「いつかはその祭壇から怪獣共を引き摺り下ろして、ぶっ殺してやる」


祖父母のそのまた祖父母ですら知り得ない、あの栄華を極めた人類文明。きっと二度と返り咲く事は無いだろう。今や薄明だ。


「……昔、お母さんから聞いた事がある」


朝日の光を防ぐのは諦めた。硬い床に横になり、頭に手を敷いた。彼には背を向けている。


「怪獣は、その全てが人間の過ちによって生み出された。だから人が…………んぐ!?」


地響きが聞こえるので、喋る途中だった彼女の口を塞ぐ。それは移動する地響きである。音は次第に大きく、揺れは激しくなっていく。かなり大型の怪獣が接近しているようだった。


「…………。」


大きな鼻息さえも聞こえてくる。少しの音も漏らしてはいけない。今はただ静かに息を殺した。見つかればひとたまりも無いが、小型と違ってやり過ごせる筈だ。


「……生きた心地がしないわね」


数分すれば、やっと足音は小さくなって、遂には完全に消え去った。此処を通り過ぎたのだろう。なんとか切り抜けたようだった。


「言っただろ。小型の方が面倒だって」


彼は冷静だった。こんな事態は何度かあるらしい。しかし、いつもより長く停滞していた気がする。彼女の怪獣を引き寄せる力とやらは、大型にさえ影響があるようだ。


「ごめんなさい……。でも今の怪獣からも隠れてたのに、光線を吐く怪獣なんて本当に倒せるの?」


「だから遺跡に向かうつってんだろ。とっと寝ろよ」


今度こそ二人は交代で睡眠をとった。そして日がさらに昇り出して、もう真上くらいの昼過ぎになっていた。こんな世界でも、今のところ自転は狂っていない。


「平原か……囲まれたら不味いな」


二人はとっくにあの建物を後にしていた。遺跡に向かって歩みを進めている。1ヶ月以内にたどり着く予定だ。そうだ、まだ道程は遠い。


「ねえ?水持ってない?一昨日から何も飲んでないのよ」


やはり飲料は貴重なものだ。湖を見つけたと思えば強酸である。雨水ですら直では飲めない。重要性の割には、確保が困難となっている。


「……………………飲め」


そんな飲み水を彼は渡す。昨晩、食料を渡した時とは比にならない程に渋った。苦虫を噛み潰したように渡した。


「尿は毎回ここに出せ。それと俺が死んだ時も使え」


水を飲んでる最中の彼女に、漏斗のようなものが付いた黒い立方体を見せつける。濾過装置である。便利だが、近づけられると臭い。


「……あなたが死んでも、泣かないかも」


二口程を飲み込んで喉を潤した。彼は返された水筒を覗き込み、残量を確認する。またどこかの倉庫で補給を出来れば良いが、望みは薄いだろう。


「……ミヤか?…………ミヤなのか?お前、生きとったのかぁ。良かったなぁ」


草むらに隠されて、老人が倒れていた。虚な片目で、彼女を見つめている。そして何度も呼びかけてくる。


「知り合いか?」


女性の名前を呼んでいるが。しかし、ミヤとは彼女の名前では無い。別の誰かと間違えているのだろう。正確に視覚が機能しているかも定かでは無い。


「違うわ……ね。きっと、私によく似た娘さんの名前とかじゃ……ないかしら」


「そうか。」


彼は鈍く光る刃物を取り出した。昨晩に怪獣からコアを削いだモノと同じだ。人の身ならば切断も貫通も容易い。


「…………殺すの?」


しゃがみ込んで老人の顔を見る。血色は酷い色合いだ。あらゆる箇所から血が垂れている。異臭も漂っていた。この状態で生きている方が不思議だ。


「元気でのぉ……さきに行っとるんじゃあよ」


彼女に目を合わせて、そう言い残す。もう老体の朽ちきった体は簡単に刃を通してしまうのだ。頭蓋骨は貫いて、脳幹を突き刺せた。それで……やっとの事で目を閉じた。


「口減らしだろうな」


辺りを良く見れば、他にも死体が転がっていた。それらは、さらに酷い状態のようだ。しかし、どれだけ時間が経とうとも、もう土に還る事はあるまい。これからも地面に捨てられた死肉のままであり続けるのだろうか。


「この老人からは、資源がとれるかも知れねぇ。他の奴らも望み薄だが、試して見る価値はあるな」


人の分解者は人だけになった。彼女は、その事実を直視出来ないようだ。この星は人類を忘れかけている。ならば、人という体系を捨てでも、別の何者かに扮する事でしか生き残る術は無い……それは確かなのだが。


「あのジジイだけ長生きだったのは、これのせいだろうな」


解体を進めていると、中から硬い部品が見つかった。循環器である。他にも体を改造している跡が多数見受けられた。この老人が、生きようとしていた痕跡である。


「やっと死ねたんだろ」


「…………私は、あなたの事を責めようだなんて思ってないわ」


彼女は服を強く握って、顔は俯いたままだった。何かを堪えるように目を固く閉じている。


「だろうな。俺は何も間違った事をしちゃいいない。……もうここに用はないだろ、とっとと行くぞ」

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