幽霊なんて存在しない
ツキぽんず
#1 白い光のひみつ
幽霊が出るかもしれないから、夜道は気をつけてね。
脳内をかすめたその言葉は誰からだっただろうか。少し前のことなのに思い出せない。きっとクラスの名前と顔が覚えきれていないのもあるのだと思う。
話の内容だけは印象深かった。なにせ幽霊だ。馬鹿馬鹿しい。高校生にもなって不確かな存在を本気でいると信じている口ぶりが信じられなかった。
通っている高校から家路までの間に廃校になった中学校がある。見渡すと自然が目につくくらいには田舎の街なので、生徒数の問題で統廃合があったのかもしれない。
クラスメイトによると、その廃校では夜になると幽霊が出るらしい。魂が浮かび上がったかのようにぼんやりと白い光が見えるのだとか。直前に生徒が死んだこともあって、死んだ彼女と幽霊を結びつけて騒ぎたいだけなのかもしれない。
誰かが死んだんだ、女生徒だったんだという感想は浮かんだ。
けれどこうして廃校を前にしても何も思わない。
だって幽霊なんて実際にはいない。見たひともいない。証明なんてできない。
誰かの都合から生まれただけの存在で、現実にいるはずのないまやかしだ。
山道の勾配を自転車で走らせた先に見えた廃校は少しおどろおどろしくて雰囲気はあった。
校門の前には工事中に置かれているバリケードがいくつもあった。
けれどそれだけ。暗闇と境界線があやふやになった三階建ての校舎には何もいない。月明かりが差し込んだ屋上に白いものが見えるくらいだ。
あれ、白い……ひと?
思わず自転車をとめて目を凝らした。
白いのは服だろうか。風にたなびいている。そしてひと。噂の、女生徒?
目が良いだけが取り柄の僕にはソレは間違いなく女生徒に見えた。
しばらくするとその白い人影はゆったりと落下し、校舎の影へと吸い込まれていった。
「嘘でしょ……」
数秒思考が止まった。ひとが落ちたという事実。幽霊という言葉がよぎったけど、かぶりを振った。
廃校に女生徒がいる。
可能性としては断然こちらが高いのだ。
つまり僕の目の前でいま、ひとが落ちて、おそらく下には──
途端に横殴りの風が吹き付けて木々がざわつき、バリケードがガタガタと音を立てる。奥に控える廃校がやたら不気味なものに見えた。気温が何度か下がったように感じた。
こわいと思った。素直にそう思って身震いした。
この時の僕は冷静さを欠いていた。後になって思えば救急車を呼んだり、明るくなってから誰かと戻ってきても良かったのだ。けれど僕は確かめようとしてしまった。
自転車をとめて錆びついた校門をよじ登って乗り越える。普段運動をして来なかったから早くも息が切れた。手もじんじんと痛む。からだもなんだか重い。けれど吸い込まれるように僕は女生徒が落下した場所へ足を運んでいた。
そこはカタカナの『コ』の字をした校舎の真ん中だった。
緑の芝生マットが敷かれてドッジボールやサッカーで遊べるだけの広さがあった。植木鉢が近くにみえるので、おそらく周囲にも点々と配置されているのだろう。
歩くたびに枯れ葉が音を鳴らす。丸い影があってぎょっとしたけど汚れたボールだった。教科書らしきものやペンも落ちている。何でも落ちてるな。
けれどいないと結論づけて良さそうだ。周囲を歩いて数十秒後の結論だった。
僕が最悪を予感していた形はなかったのだ。ふっと口から音が漏れた。からだが弛緩させろと要求していることにようやく気付いて、腰をそらして首を持ち上げた。
そしてそこに目があることにようやく気付いた。カーテンが揺れる二階の隅角で、窓の向こう側からこちらを覗いている女生徒がいた。
きゅっと喉が鳴った。
白い制服に身を包んだ髪の長い女生徒。それ以外の情報は分からない。暗い中でもその瞳だけは黒い色だと分かった。僕たちはしばらく見つめ合っていた。
「あの、寒く、ないの?」
沈黙を破って声をかけたのは僕だった。すごく間抜けな問いかけだと思う。
「寒い」
なんとなく回答は得られないと思っていたけど返ってきた。
「何してるの?」
「書くものを落としてしまったんだ」
「書くもの? ペンとか?」
ちょうど足元に落ちていたので拾い上げる。
「ああ、それだ。それでいい。持ってきてくれ」
どうして僕が持って行かないといけないんだ。そういう疑問が首をもたげたけど、ここに来て分からないことばかりなのも気持ち悪くてその言葉に従った。
「私の下にある教室の窓から入るといい。鍵は開けてある」
女生徒の言うとおり窓に向かうと鍵のガラス部分が割れていた。
どうやら侵入しろということらしい。これじゃまるで泥棒の気分だ。
たどたどしい足取りで教室を抜けて上の階で待っている女生徒のいる部屋に入った。
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