神女じゃなく、ウルシュナ2

「ちょっと利用させてもらったのさ」


「利用……?」


「そっ、利用さ」


 のたうち回るショウグの口からフィオスが出てきた。

 フィオスはただ食べられただけではなかった。


 食べられたのは実際予想外ではあるが、食べられたから何もできないわけではない。

 むしろ好都合なぐらいであった。


「どこの誰だか知らないけど食事に混入してたものがあったから」


「……なんの話だ?」


 フィオスは体の中に毒を集めていた。

 食事の中に入っていたものを巧みに分離して取っておいたのである。


 控え室を出る時には毒を分離しているとバレないようにフィオスの体に毒を分散させて保持していて、差し詰め今のフィオスは毒スライムとでもいっていい状態になっていた。

 ショウグに食べられたフィオスは再び毒を集めた。


 そしてショウグの中で毒を吐き出していたのである。

 いかに表面上硬くとも体内まで頑丈である魔物は少ない。


 まして胃袋の中をガードしている魔物などいないのではないかとジケは思う。

 毒耐性のない魔獣が体内に毒を浴びせられたどうなるのか。


 そんなこと結果は火を見るより明らかである。


「さて、魔獣がいなくなったのはお前の方だな」


 フィオスが出てきた後もショウグは悶えている。

 この状態ではとてもじゃないが戦えない。


「……そうだな。だけどここまでの試練はショウグの力がなくても勝ち残ってきたんだ。ショウグを抑えたぐらいで勝ったと思うなよ!」


 ムラミはハニャワが戦闘不能にさせられた時点でかなり戦意喪失していたがムサカはむしろやる気を見せている。


「勝ったなんて思ってないさ」


「なっ……それなんだよ!」


 ジケはフィオスを剣にした。

 急にスライムが剣になってムサカは驚く。


 スライムが剣になるなんて誰も考えつかない。

 しかもただ剣の形をしているだけでなく金属化してちゃんと剣になっているのだ。


「くっ! 卑怯だぞ!」


「卑怯なわけあるか! これは俺のフィオスの能力だ! 努力で手に入れた力だ!」


 剣になるのだって簡単に得られた能力じゃない。

 フィオスの能力を考えて理解し、貧しい中でも少しずつ金属を確保してフィオスに学習してもらった。


 剣だって鋭く切れるようになるまで意外と大変だった。

 ただ剣を模しただけの金属の塊では剣ではない。


 刃の先まで薄く鋭さを保って切れるようになってこそ剣になる。

 何度も練習した。


 何度も失敗した。

 諦めぬ心とやってやるんだという意思がフィオスを剣にしたのだ。


 ジケとフィオスの努力の結晶を卑怯だなんて言葉で片付けないでほしい。


「くっ!」


 ジケがフィオスソードでムサカに切りかかる。

 ムサカは防御でなく回避を選んだ。


 ギリギリの回避で前髪数本切れて散るのが見えた。

 本当に切れる剣であるとムサカは顔をしかめる。


 木製の剣で防いていたら剣が切られてしまって防ぐことなどできなかっただろう。


「チッ!」


 フィオスソードはかわすしかない。

 ただジケが持つ木剣の方でも切りかかってくるので反撃の隙が見当たらない。


 無理に反撃しようとして木剣の先端が切り落とされてムサカは思わず舌打ちする。

 ムサカも弱くはない。


 けれども切れるフィオスソードに対応するほどの技量はない。


「くそっ!」


 回避だけでは限界がある。

 木剣の方はムサカもガードしていた。


 けれども絶え間なく襲いかかってくるフィオスソードと木剣をフィオスソードは回避で、木剣はガードでと防ぎ続けるのは無理が出てくる。

 どちらを回避してどちらをガードするのかムサカもだんだんと分からなくなってきた。

 

 フィオスソードをガードしてしまってムサカの木剣が真っ二つに切り裂かれる。


「うっ! ……あっ…………」


 木剣が肩に当たってムサカは顔をしかめる。

 動きが止まった隙にムサカの首筋にフィオスソードを突きつける。


「降参するなら今だぞ?」


「……やれよ」


「えっ?」


「俺は降参しない……」


 思わぬ返事にジケの方が驚いた。

 ムサカは自ら負けを認めることはしないという。


 負けを認めなければ負けるまでは負けていない。

 なんとも子供らしい偏屈さである。


 だけど男の子らしくもある。


「んじゃ、痛いぞ」


「……どうせなら決勝勝てよ」


 フィオスソードを引いて木剣の方でムサカの頭を殴りつける。

 フィオスソードほどでなくとも木剣だって攻撃されればすごく痛い。


 頭を殴られて気を失ったムサカはそのまま地面に倒れる。

 嫌なやつだと思っていたけど戦いに真面目で負けず嫌いなだけで悪い奴でもなかったのかもしれないと思った。


「……勝者ジケ」


 ムサカが気を失って立ち上がらないのを確認してジケの勝利が確定した。

 ジケがチラリと観客席に視線を向けるとウルシュナが高揚した顔をして喜んでいた。


「後一つ。お前も一緒に帰るぞ」


 多分ウルシュナに言葉は届かない。

 でも軽く手を振ってジケはステージを後にした。


「諦めが悪い……」


 控え室に戻ってくるとまた山のようにお菓子が用意してあった。

 その意図は考えるまでもない。


 労うつもりなんてないだろう。

 きっとお菓子にも毒が盛ってある。


「その毒がさっきムサカに不利に働いたんだよなぁ」


 一々解毒薬を飲むのは面倒。

 フィオスには好きに食べてもらってジケはお菓子に手を出すのはやめておくことにした。


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