強きスライム4

「くそっ! ちょこまかと逃げやがって!」


 しっかりと後ろを確認して追い詰められないようにしながらハニャワの拳を回避していく。

 その間にもじわじわとフィオスはハニャワの体を侵食していく。


 艶のない鈍色のハニャワの体にうっすらと青色が広がっていくことなど気にする人はおらず、いつまでジケが逃げ続けられるのかそればかりを観客たちは気にしていた。


「今だ!」


 ジケの動きが止まった。

 もはや疲れて動けなくなったのだとムラミはハニャワに指示を出した。


「フィオス」


 ハニャワの大きな拳が振り下ろされて迫る。

 しかしジケは動かない。

 

「お、おい! なんで攻撃を止める!」


 振り下ろされた拳がピタリとジケ寸前のところで止まった。

 攻撃を止めろとは命令していない。


 なのにハニャワが勝手に攻撃を止めたことにムラミは怒りと困惑を覚えていた。


「な、なんで……」


 ジケはニヤリと笑うと目の前の拳を避け、ゆっくりとハニャワの横から回り込む。


「う、動けよ! 何してるんだ、ハニャワ!」


「無駄だよ」


 ムラミがいくら命令を下してもハニャワは動かない。

 ジケが後ろに回し込んでもハニャワは拳を突き出した体勢のままである。


「なぜ……はっ!」


 ムラミはハニャワをよく見て気がついた。


「スライムは……どこに行った?」


 半透明の青いフィオスがハニャワの体に広がっていたはずだとムラミは思った。

 なのに今はスライムの姿はない。


「いるじゃないか。ずっとそこにいるよ」


「そこ……まさか……」


 ジケが振り向いてハニャワの背中を見る。

 どこにいるんだとハニャワの背中を凝視していたムラミはようやくフィオスの存在に気がついた。


 ハニャワの体は鈍い灰色をしている。

 金属っぽさはあるのだけどかなりくすんだ色なのである。


「その艶やかなところが……スライム?」


 それなのにハニャワの体は今ところどころ磨かれて光を反射するような滑らかな金属となっている。

 先程まで確かにハニャワの表面はそんな風に磨かれていないはずだとムラミは思った。


「どういうことだ……なんで……スライムが金属に!?」


 ムラミもようやくハニャワが動けなくなった理由を理解した。

 ハニャワの全身に広がったフィオスが金属化している。


 スライム如きにそんなことができるのかとムラミは驚いているけれど観客たちはジケがフィオスを剣にしていたことをまだ覚えている。

 あのスライムは金属になれるのだと思い、そしてアイアンゴーレムの力でも動けなくなるほどの硬さになっているのだと理解した。


「スライムじゃアイアンゴーレムを倒せないなんて言ったな。でも倒せるんだ。今はしないだけで倒そうと思えば倒せるんだよ」


 フィオスならばアイアンゴーレムも倒すことができる。

 まっすぐなジケの目にムラミは本当のことを言っているのだと感じ取った。


 確かにいとも容易く拘束してしまったのだ、倒すこともできるのかもしれないと思った。


「魔獣がいなかったらどうだ? お前は……自分で戦えるのか?」


「くっ!」


 ジケがムラミに切りかかる。

 ムラミはなんとかジケの攻撃を防いだけれど最初の頃のような余裕があってジケをバカにした態度は消え去っていた。


「この……!」


 ジケが何度か切りつけて、ムラミがそれをギリギリ防ぐ。

 弱い、とジケは思った。


 正直直接対決の実力なら一つ前の子の方が高かった。


「ゔっ!?」


 ジケがさらに速度を上げてやるとムラミは対応しきれず脇腹に一撃入った。


「……降参するか?」


 脇腹への一撃だって本気のものではない。

 審判は止めないのだし歯を食いしばって耐えようと思えば耐えられるのにムラミ剣を手放し脇腹を押さえて膝をついた。


 トドメを刺すのは容易いことであるが戦意を喪失したものを痛めつける趣味はない。

 剣まで手放してしまった。


 降参するというのなら別にジケとしてはそれで構わない。


「くそっ……」


 ムラミはチラリとハニャワを見た。

 相変わらずハニャワは同じ態勢のまま動かない。


 むしろフィオスの範囲が広がっている。


「…………降参します」


「ムラミ降参につき、勝者ジケ!」


 ムラミはガックリとうなだれて降参した。

 剣の腕前ではとても勝てそうにない。

 

 ハニャワも完璧に拘束されているし、おそらく何回やり直して戦っても勝てないとムラミは悟った。


「フィオス」


「なんなんだよ、そのスライム……」


 ジケが声をかけるとフィオスはハニャワから離れていつもの青いプルルン姿に戻る。


「こいつは特別かもしれない。でもよ……どんな魔獣にだって良いところはあって強みってもんがあるんだ。スライムだからってバカにしてちゃんと相手のことを見ないと痛い目に遭うんだぜ」


「誰がスライムにあんなことできると思うんだよ……」


「まあうちのフィオスはさいきょーだからな」


 ジケは笑った。

 どのスライムでもフィオスと同じことができるとは限らない。


 もしかしたらフィオスが特別なこともあり得るし、もしかしたらフィオスは特別なこともないのかもしれない。

 でもジケにとってはフィオスは一番大切な特別である。

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