王様の願い
「あぁ〜」
思わず声が出る。
「独り占め……いや、二人占めかな?」
勇気の試練を越えた先に立っていたお屋敷にはお風呂があった。
どうやら温泉が出ているらしくて常に熱々のお湯に入ることができるのだ。
お屋敷も神炎祭のためのお屋敷なのではなく、温泉を利用するために元々あった建物なのである。
そしてさらに嬉しいことも一つ。
「どうだ、フィオス?」
フィオス解禁となったのである。
魔獣を呼んでもいいし一緒に風呂に入ってもいいということだったのでここまでの疲れを流してしまおうとジケはフィオスを呼び出してお風呂に入った。
久々に会ったフィオスは嬉しさのあまり高速振動していた。
今もお風呂に入りながらプルプルと揺れていてお湯の表面が細かく波打っていた。
ウラベ以外には一日目で試練を乗り越えられる人はいなさそうで今お風呂はジケとフィオスで貸切状態だった。
温泉というのはまたただのお湯とは違っている。
ちょっと肌がスベスベとする感じがあって面白い。
フィオスも心なしかいつもよりもプルプルスベスベになっている気がする。
勇気の試練が全て終わるまで数日はかかる。
その間にこんなお風呂に入り放題だというのはとてもありがたい。
「ん?」
ぼんやりとお湯につかっていると誰かがお風呂場に入ってきた。
ただ今はジケもリラックスしていて魔力感知をしていないので誰なのか分かっていない。
足音が近づいてくる。
広い風呂なのだからわざわざこちらに来ることもないのにと思う。
「隣失礼するよ」
「あ、はい……えっ!?」
低い声。
大人だなと思いながら隣を見ると王様であるサトルであってジケは驚いた。
「え、えっと……」
「そう畏まる必要もない。君はこの国の臣民ではないのだから。それに裸の付き合いに余計な上下関係など邪魔なだけだ」
サトルは目を細めて笑う。
「よくやっているな」
少しの沈黙の時間が流れてサトルは口を開いた。
「君はあの子を愛しているのか?」
真面目な顔をしてサトルがジケの目を覗き込む。
「大切な子です」
愛しているかと聞かれると少し答えに困ってしまう。
だけどウルシュナが大事な友達であることに変わりはない。
ほんの少しだけ質問の答えとはズレているけどジケも真剣な目をして答えた。
「そうか。このようなところまで来るのだからただの婚約者というだけではないのだろうな。あの子も君のことばかり心配している」
ウルシュナは常に王様の近くにいた。
どこかでウルシュナと話す機会ぐらいいつでもある。
「ダマハと行動を共にしていたな。ならば私の目的は知っているだろう。君にはぜひともあの子を幸せにしてやってほしい」
サトルの目的はジケが神炎祭で優勝してウルシュナを国に連れて帰ってくれることである。
神炎祭を優勝した者は神女の相手となり、ひいては王様になる。
神炎祭を優勝したジケがウルシュナを連れて国を離れると国の象徴である神女と王がどちらもいなくなってしまうという状況になる。
ウルシュナの母であるサーシャとルシウスの時も同じような状況になり、結局新たな神女が選ばれてサトルが神炎祭を勝ち抜いて王様になったのである。
新たな神女が選ばれるまでの間王座は空席で国政が滞っていたわけではない。
一つ前の王様がそのまま王として政治のトップに立っていた。
つまりジケがウルシュナを連れ帰ると次の神女を選ぶまでの間王様がそのまま王様としていられるのだ。
だからサトルはジケに勝ち抜いてほしがっている。
「……それに好きな者と一緒にいることが大切なのだと私はようやく知ったのだ。神女である妻との出会いは神炎祭だった。恋をする前に結婚した。相手を知る前に私たちは夫婦になった」
サトルは遠くを見つめている。
「最初私たちの間に愛はなかった。神女とその相手、ただそれだけの関係だった。だが長いこと一緒にいて、彼女のことを知って……私は彼女に恋をした。時間はかかったけれど私たちはようやく本当に夫婦になれた」
新しく神女が選ばれる。
そのことの意味は当代の神女がいなくなったということである。
「君とあの子が結ばれているのなら神女として望まぬ結婚をするよりも心のままに生きた方がいい。そして私は王でいられる。…………王でいると私はまだ彼女と一緒にいられるような気になるのだ」
サトルのパートナーである神女は亡くなっている。
しかし神女の相手として王であるということは神女がいなくなっても変わらない。
王である限り神女と共にあるのであり、たとえ隣に居なくともサトルはそこに神女である妻の存在を感じていた。
「私たちの利害は一致している。ただ神炎祭の管理は神宮がしているから私にはできることがない。ただ君を応援するだけだ」
「……勝ちますよ。あなたのためではなく俺のため、ウルシュナのために」
「…………そうか。いらぬ心配だったかもしれないな」
「のぼせちゃうのでそろそろ上がりますね」
サトルが来る前からお湯に入っていたので流石に少し頭がぼんやりとしてきてしまった。
ジケはフィオスを抱えてひと足先にお風呂から出ていった。
「……彼女は幸せだっただろうか。それを聞くこともできなかったな」
サトルの呟きは誰にも聞かれることはなかった。
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