私と踊ってくれますか?2

 途中一度泣き出してしまったが王子は何とか聖水を飲みきって拍手が送られた。


「ジケ君」


「なんだ?」


 幼子なのによく聖水を飲みきったなと思うが上手く量を調整するなどどうにかやりくりしていたのかもしれない。

 フィオスを気に入ったようであるし見る目がある王子なのでジケも拍手を送っていた。


 すると横にいたアユインが一歩ジケに近づいた。


「これからダンスがあるんです」


「……そのようだな」


 視界の端に音楽隊が準備をしているのが見える。

 こういうパーティーにおいてダンスというのは付きものだ。


 男女が堂々と一対一で接近できる機会であるし、上手く踊り上手く話せば今後も仲良くなれるかもしれない。

 ジケは興味ないが社交のための行為としてダンスはとても重要なのである。


 そしてアユインの方からダンスの話を振られたということに少しだけイヤな予感を覚えた。


「私と踊っていただけませんか?」


 ジケは周りに聞こえないように声を抑えるアユインの顔を思わず見てしまう。

 なぜ俺なんだ? という視線を向けるとアユインはニコリと笑った。


「ジケ君以外の男の人に友達もいないですから」


 これまでアユイニュートとしての身分を隠して生きてきた。

 バレるリスクもあるために友達も最小限に抑えてきた。


 男性は関係としてややこしいことにもなる可能性があったので女性以上に付き合いには慎重だった。

 ジケとも最初は仲良くなるつもりはなかった。


 けれどリンデランやウルシュナとも仲が良いし王様やアユインを助けてくれたこともあったので少しぐらいならと関係を築いてみたのだ。

 今となっては良い判断だったとアユイン自身も思う。


 そんなこんなでアユインには踊るべき相手というものもいない。


「ジ、ジケ君が相手になってくれるなら嬉しいです……」


 正直よく知りもしない人と笑顔を浮かべてダンスなんてやりたくはない。

 でもジケならいいかと思う。


 むしろジケとなら踊ってみたいとすら感じていた。


「……む、難しいならいいけど」


 こんな風にお願いされて断れるはずがない。


「俺でいいなら踊ろうか」


「本当ですか!」


「ただし」


「た、ただし?」


「一曲だけな」


 踊るのはギリギリいいとしてもジケは貴族ではない。

 リンデランに踊ってほしいと言われた時に必死に練習したけれどどの曲でも巧みに踊れるようなレベルにはなかった。


 典型的なものをいくつか踊れる程度でしかない。

 しかも最後に踊ったのも結構前のことになる。


 事前にダンスを申し込むのだと聞いていたら練習でもしたのだが、今急に申し込まれてもジケの技量ではすぐにボロが出てしまう。

 しっかり踊れても一曲が限界になる。


「もちろんです!」


 緊張した面持ちだったアユインはジケが受けてくれて笑顔になる。


「アユイン」


「お父様」


「行こうか」


「はい!」


 前奏として曲が演奏され始めた。

 アユインの最初のダンスのパートナーは父親である王様だ。


 王様が柔らかな笑顔を浮かべて腕を差し出すとアユインが手を絡ませる。

 二人は前に出ていき、位置につくと向かい合う。


 アユインと王様の周りを踊りが得意な高位貴族たちが囲む。

 ダンスとは自分たちで踊れるだけでなく周りとの兼ね合いもあるために上手く踊れる人たちが選ばれている。


 中にはサーシャとルシウスの姿もある。

 二人とも運動神経良さそうなのでダンスも得意そうだ。


 前奏が終わってダンス曲が始まる。

 王様の挨拶なんかを見ていても貴族だなと思うけど、こうした華やかでスマートなダンスを見ているとより貴族社会を実感する。


「ジケ君、いいですか?」


「……俺はあんなスマートに踊れないぞ?」


「うふふ、楽しく踊ればいいんです」


 二曲ほど王様と踊ったアユインがトテトテとジケの前にやってきて手を差し出した。

 流石に王様はダンスも上手かった。


 体格差もあるのにアユインをリードして綺麗に見えるようにダンスをしていた。

 それを見せられた後では少し自信がない。


 でもアユインは笑顔を浮かべてジケの手を引く。

 下手くそだっていい。


 記念すべきこの日に楽しく踊れればそれでいい。

 アユインとダンスを踊っている。


 リンデランとウルシュナをナンパしてジケに絡んだ貴族の青年が顔を青くする中でジケはアユインとどうにか一曲ミスなく踊りきった。

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