魔物は魔物にお任せよ

 天井の穴から落ちてきたオオカスミは姿を現すとジケたちに向かって威嚇するように吠えた。


「エニ、これを受け取れる」


「えっ? ひゃっ!?」


 グルゼイの袖口から飛び出してきたスティーカーをエニが上手くキャッチした。


「スティーカーが見ている方向に敵がいると思え」


 敵は透明化して周りの景色に溶け込むということができる。

 ジケやグルゼイのように魔力を介して感知するか、別の方法で相手を知覚するしかない。


 スティーカーの目は特別でものを温度で見ることができる。

 例え相手が周りの景色に溶け込めるとしても温度まで全てを周りと同じにして誤魔化すことはできない。


 みんながスティーカーの視界を共有することは無理でもスティーカーが相手から目を離さずに見ていれば大まかな方向ぐらいは分かる。

 攻撃に参加はできなくとも防御はちゃんとしてもらいたい。


 剣を持って戦うリアーネやユディットではスティーカーの向いている方向を一々確認して共有するのは大変なのでエニに持たせた。


「襲って……きませんね」


 透明化して周りに溶け込んだオオカスミだったが警戒するジケたちを攻撃してこない。

 しかし敵意のようなものは感じる。


「周りが墓だから……かな」


「なるほどな」


 ジケは気がついた。

 今ジケたちはパルンサンの棺の真横にいる。


 戦い始めればジケたちはともかく体の大きなオオカスミの攻撃はパルンサンやトルシアの棺に当たってしまうかもしれないのだ。

 だから一定の距離を保ったまま攻撃してこないのである。


「……どうする?」


「なんか……倒すのちょっとだけ心苦しいよな」


 悪い魔物じゃない。

 主人の墓を守ろうとしているだけ。


 その気持ちは理解できなくもない。

 お墓に入ってきてしまったことは悪いのかもしれないけれど特別荒らしたりするつもりもないからこのまま戦わずに済む方法はないものかとジケも思った。


「でもこのままあの子が暴れてたらいつかここは見つかっちゃうよ……」


 エニの言う通りだ。

 過去でどうだったのかということを考えた時にモロデラはここを見つけて手記を手にしたはずである。


 お墓を見つけて中に入るまではいいとして手記を手にしてオオカスミにも見つからなかったのかという疑問がある。

 外に出ていることもあるようだし可能性はある。


 けれどジケは違うのではないかと思う。

 ここまででもオオカスミの存在は大きな問題となっていた。


 討伐隊が組まれて外ではオオカスミのことを探し回っている。

 どこかでどうにかしてオオカスミは倒されてしまったのではないか。


 そんな風に感じたのだ。


「もしかしたら天井が壊れて誰かが入ってくることを恐れて人を襲ってるのかもしれないな……」


 オオカスミはどこまでもパルンサンのために動いているのかもしれない。


「暴れるのは悪いけど理由があっとなるとなんだかな……」


 リアーネは渋い顔をしている。

 誰かのためにという気持ちは魔獣も人と同じなのかもしれない。


「あ、フィオス!」


 縦の形をしていたフィオスが突然スライムの形に戻った。

 そしてぴょんぴょんと跳ねていく。


 追いかけたいところだがお墓からどこまで離れると攻撃されるかも分からないので追いかけられない。

 それにジケにはフィオスが何かの考えがあるように思えた。


 フィオスは見えないオオカスミの前まで跳ねていった。

 スライムの感覚がどうなっているのかは誰にも分からないが、どうやらオオカスミの場所が分かっているようだった。


 オオカスミの前でフィオスが跳ねる。

 するとオオカスミは姿を現して頭を下げてじっとフィオスを見つめる。


「何をしているんですか?」


 不可解な光景にモロデラは困惑している。

 対してジケは冷静にフィオスの行動を見つめている。


 仲間たちもフィオスが魔物に対して不思議なことをするというのを知っていたのでジケが何もしないのならとただ見守る。


「こ、こっちにきますよ!」


 しばらくフィオスが跳ねて、オオカスミが鳴き声で返事をするようななんとも言えない時間が流れた。

 オオカスミはふと顔を上げてジケのことを見つめると、ゆっくりと歩き出し、パルンサンの棺の横で地面に体を伏せた。


「……行こう。今のうちだ」


 モロデラは何かを聞きたそうにしていたけれどオオカスミが大人しくしている間に静かに抜け出さねばならないのでとりあえずジケたちについていく。


「……あれはなんだったのですか?」


 外に出てみると日が傾いて空が赤くなっていた。


「フィオスが説得したんだ」


「……説得? スライムがですか?」


 魔物が魔物を説得するという話も聞いたことがない。

 それに加えて知能もないと言われるスライムがどうやってあんな大きな魔物を説得してみせたというのか。


「信じられないというのなら信じなくても構いません」


 以前であったカメの魔物ともフィオスは話しているようだった。

 これまでもフィオスの様子を見ると魔獣とコミュニケーションを取っているような素振りがあった。


 長く生きてきた魔物なら多少の知恵もある。

 もしかしたらフィオスが戦わないで済むようにオオカスミを説得してくれたのかもしれないとジケは思っていた。


 本当のところはフィオスとオオカスミにしか分からない。

 でもフィオスならやってしまうのだとジケは信じている。


 再び水の滲み出るところに手を突っ込んで入り口を閉じたジケはみんなの方を振り返って笑った。


「とりあえず今日は帰ろう」


 フィオスはそのまんま。

 そう思っていたけど違う。


 フィオスもジケと同じく成長してる。変わってる。前に進んでいる。

 誰も信じなくてもジケは信じている。


 全てを分かっていて、フィオスはオオカスミを説得したのだ。

 ならばそれに応えなきゃいけないなと同時に思ったのであった。

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